翌日、北條守は遅くまで勤めが続き、参膠丸を買うことができなかった。そこで美奈子に、明日薬王堂で参膠丸を八粒買ってきてほしいと頼み、併せて乳母と産婆も探してほしいと相談した。美奈子は承諾した。どうせ姑の雪心丸も買い置きしなければならなかったからだ。以前は病を理由に家政から手を引いていたものの、広大な将軍邸とはいえ、帳簿上の残金が乏しいことは承知していた。そこで翌日、薬を買いに出かける前に会計室へ立ち寄って金を引き出そうとしたところ、残高がわずか十両しかないことを知った。資金が逼迫しているとは分かっていたが、将軍邸全体でたった十両とは。あまりの事実に美奈子は愕然とした。次男家は分家していないのだから、そちらからの上納金も相当な額になるはず。それに夫と舅、それに義弟の北條守の俸給に加え、賜った百両の黄金まで。いくら使ったところで、少なくとも二、三百両は残っているものと思い込んでいた。ところが実際は、たったの十両。美奈子は帳簿を一つ一つ確認していった。義妹の嫁入り支度に出費があり、葉月琴音も幾らか引き出し、親房夕美の毎月の出費も少なくない。そこに姑の薬代、屋敷の使用人たちの食費と給金。すべての出費が帳簿に記されており、計算上の誤りは一切なかった。ただ、親房夕美の出費があまりにも大きかった。燕の巣だけでも一ヶ月に一斤も消費し、他の滋養品に至っては言うまでもない。しかも屋敷には滋養品が揃っているはずだった。以前、義弟が怪我をした際、大勢から滋養品が贈られてきた。夕美の実家の義姉からも随分と届いていたはず。屋敷にあるものを使えばよいものを、なぜわざわざ外で買い求めるのか。どうしても理解できない美奈子は文月館へと向かい、夕美に尋ねることにした。もともと物柔らかな性格の美奈子は、ただ事情を聞きたいだけで、とがめ立てするつもりなど毛頭なかった。ところが夕美は誤解してしまった。妊婦の自分の出費を咎められたと思い込み、美奈子に対して激しく感情を爆発させた。果ては鋏を手に取って美奈子に突きつけ、「それほど金が惜しいのなら、この腹を刺して子を堕ろせばいい」とまで言い出す始末だった。美奈子は恐れをなして文月館から逃げ出すように立ち去った。背後からは夕美の取り乱した泣き声が響いてきた。まだ動揺の収まらぬ中、老夫人付きの侍女が駆けつけてきた。老夫人が胸
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