All Chapters of 会社を辞めてから始まる社長との恋: Chapter 861 - Chapter 870

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第861話 先ずははっきりと話を聞かせて

「晴お兄ちゃん、何で来たの?」田中晴を見て、加藤藍子はすぐに笑みを浮かべた。しかし晴は藍子を見てすぐに、嫌悪感を抱いた。彼は胸の怒りを抑えながら、手を伸ばして藍子の首を掴んだ。「は、晴お兄ちゃん……な、何をするの?」藍子は恐怖で目を大きく開き、必死に息を吸いながら尋ねた。晴は藍子を玄関の壁に押し付けた。「藍子、俺と佳世子が一体何をしたって言うんだ?お前は佳世子の人生を壊し、俺の子供の命まで奪った!一体何故あんなことをしたんだ?」藍子の祖母の美知子が晴の声を聞いて出てきた。美知子は素朴ながらも上品な着物を纏っていた。しかし、2人を見て、美知子の整った顔は真っ白になった。「田中家のせがれ、何をしておる!早よ藍子を離しなさい!」「離せ、だと?彼女が俺に何をしたと思う?うちの妻に何をしたと思う?俺のまだ産まれてもない子供に何をしたと思ってんだ!」「な、何言ってんの?」美知子は驚いた。「俺の説明が分かりづらいなら、こいつに説明してもらえ!」そう言って、晴は急に手を引いた。それと同時に、藍子は咳をしながら喉を押えて床に崩れ落ちた。隣の使用人達が慌てて藍子を支えようとすると、彼女に軽く押しのけられた。猛烈に咳き込むのを抑えたが、藍子は目元を赤く染め涙がこぼれ落ちそうだった。彼女は恐怖と失望を帯びた目でまだ怒りが鎮まらない晴を見つめた。「そう、私がやったの」藍子は心の痛みに堪えながら口を開いた。「藍子、あんたが一体何をやらかしたというのだ?」美知子は目を大きく開いて尋ねた。藍子は壁にしがみついて立ち上がった。「ごめん、晴お兄ちゃん。私はずっと後悔しているの」「後悔?」隣の鈴木隆一は我慢できずに口を開いた。「後悔しているなら、何故早く晴に謝らなかった?」「こいつの謝りなどいらん!」晴は叫んだ。「その命で償え!佳世子に、そして堕された子供にな!」「いいわ……」佳世子は絶望して目を閉じた。「晴お兄ちゃん、欲しいならこの場でもらっていって」美知子はその状況を見て、いきなり晴の前で立ちふさがった。「せがれ、この老骨の顔に免じて、まずは話をはっきりと聞かせてもらえないかしら?」晴は美知子を見て、歯を食いしばりながら言った。「いいさ、
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第862話 家門の不幸だ

「私が悪かったわ。おばあ様、破門してくれても何も言わない」ここまで言って、加藤藍子は涙を堪えきれず、苦しい顔で目を閉じた。「家門の不幸者だ!」「あんた達はただ自分の非を認めればいいが、俺の子供は?佳世子は?彼女は一生あんな病気に付き纏われながら生きなければなれないなんて、考えたことあるか?一生薬を飲み続けなければならないんだぞ!藍子!なぜあんなことしたんだよ!」「晴お兄ちゃん、これは私がやらかしたことだから、責任を取るわ」そう言って、藍子は警察に手を突き出した。「どうか法律に則って、私を逮捕してください」警察の宮下孝久は驚いて藍子を見た。まさか彼女がこんなにあっさりと過ちを認めるとは思わなかったからだ。他の人だったら、言い訳していたに違いない。確かにこの藍子は酷いことをしたが、彼女のその様子を見て、なぜか彼は息が詰まりそうになった。「では、失礼」そう言って、孝久は立ち上がり、藍子に手錠をかけた。「おばあ様、私の心の狭さと愚かさを許して。私、行ってくるわ」藍子は祖母に深くお辞儀をした。「加藤家は……あんたのような者は許さない!破門される心の準備をしといて!」美知子は涙を堪えながら言った。「分かってるわ、おばあ様」そう言って、藍子は警察に連れていかれた。晴と隆一は別荘の玄関でそれを見送った。「晴、どう思っているか分からないが、今回のこと、あまり意味がないみたいだ」「彼女を見損なった」晴は冷たく視線を戻しながら言った。「どういうこと?」「彼女は、説明しても無駄だと分かっていたんだ。だからあんな風に心を入れ替える顔をして、寛大な扱いを狙った!」「そうしたとしても、刑務所に入ることは避けられないじゃないか?」隆一は戸惑いながら尋ねた。「こんなに簡単に終わるはずがない!」「何だと?」隆一は驚いた。Tycにて。会議を終えたばかりの入江紀美子は秘書の竹内佳奈と話をしていた。「私はこれから暫く会社に来れないわ。毎日、サインが必要な書類をメールで私に送ってね。サインしたらファックスで送り返すから」「社長、何処かに出張でもするのですか?」佳奈は尋ねた。「そうじゃないわ。ただ、式の日が近くて、その準備で忙しくなるの」紀美子は
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第863話 式の礼服を選びに行く

「確実な証拠を掴んだわ。佳世子、彼女には法律の裁きを受けてもらうけど、あなたは……戻ってくる?」入江紀美子は恐る恐ると尋ねた。「晴は……」「彼は今日朝一加藤家に押し込んで、晋太郎も手伝って警察を呼んだようよ。佳世子、彼は今とても苦しんでいるの。たった数日で随分と老けたみたい。電話くらい、してあげられない?」紀美子は尋ねた。「……紀美子、この病気は治らないわ」佳世子は無力に答えた。「諦めないで、必ず方法があるはず。皆があなたを待ってる」「諦めたりするわけがないよ。ただ……私が一体何をしたからこんなばちが当たったのだろう」佳世子は苦笑いをした。「晴と一緒になって藍子に嫉妬されたから?私の子供が……子供が可哀想なのよ……紀美子、私毎日が眠るのが怖くて……目を閉じれば子供の姿が見えちゃう!彼は血しぶきとなったの!夢の中で、いつも彼に罵られ、問い詰められてる。なぜ下ろしたの?なぜちゃんと守ってくれなかったの?って……」「佳世子……」紀美子は涙を堪えた。「私はまだ戻れない」佳世子は泣きながら言った。「たとえ晴がこんな私を受けいれてくれるとしても、私が納得いかないわ!」「佳世子、お願い、バカなことを考えないで!」「そんなことはしないわ……私は、この目で加藤藍子と狛村静恵が法律の裁きを受けるのを見届けたい!」だがその答えを聞いても、紀美子はまだ安心できなかった。自分には最近特に急な用事もない。紀美子は一度佳世子に会いに行こうと考えた。「佳世子、今何処にいるの?」紀美子は尋ねた。「会いたい」「あんた、森川社長と婚約を結んだよね?朔也が教えてくれたわ」「……うん、まだ3日あるわ」「こんな時はじっとしてて」佳世子は無理に笑って聞かせた。「紀美子、幸せにね」「一番の親友が傍にいないのに、幸せになんてなれるわけがないでしょ?」「結婚式の日には、必ず」佳世子は頑張って笑顔を作った。「結婚式の日になったら、必ず戻ってあんたのブライズメイドになってあげる!」「うん、必ず来てね」「約束するわ!」もう少し会話してから、佳世子が電話を切った。紀美子が暫くぼんやりしてから、仕事に取りかかろうとすると、今度は長澤真由から電話が
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第864話 外界に知らせるつもりはないの?

森川晋太郎がそう言ったので、入江紀美子はそのまま長澤真由と渡辺瑠美を藤河別荘に誘った。午後。紀美子はいつもより早く家に帰って他の人達を待った。玄関に入ると、ボディーガード達が防犯カメラを持って出てきたのが見えた。「それを外してどうするの?」紀美子はボディーガードの1人を止めて尋ねた。「入江さん、森川社長から指示です。カメラのプログラムに侵入され、遠隔で覗かれる恐れがあるので、外すように、と」ちょうどその時、晋太郎が入ってきた。「前回の件があったから、気をつけなければならん」晋太郎は紀美子に説明した。紀美子には彼が狛村静恵のことを言っているのが分かっていた。「なるほど。MK社の人はいつ来るの?」「そろそろ着くはずだ」晋太郎は腕時計を覗いて答えた。そう言った傍から、玄関の前に一台の商用車が止まった。服装部の副部長が降りてきて、後ろには3人のアシスタントがついていた。アシスタント達は一人二つ、大きなスーツケースを持っていた。その様子を見て紀美子は少し驚いた。「そのスーツケースの中身は皆礼服?」紀美子は不思議そうに尋ねた。「全部試着したら日が暮れるんじゃない?」晋太郎は笑って彼女を見た。「いずれもMKの最新スタイルだ、全部試着して」「カタログ一冊だけ持ってくればよかったのに」「カタログ何かより、実際試着した方がいいだろ?」紀美子はそれ以上遠慮せず、晋太郎と一緒に別荘に入ろうとしたが、後ろから声をかけられた。「紀美子」真由の声だった。振り向いてみると、彼女が瑠美の手を繋いで歩いてきた。「いらっしゃい、おば様、瑠美」紀美子は挨拶をした。「こんにちは」瑠美はしぶしぶと返事した。真由は紀美子の手を繋いで、歩きながら喋り始めた。「さっきのスーツケース、あれ中身全部礼服だよね?」「そうよ、晋太郎がMKの服装部に指示して持ってきてもらったの」紀美子は頷いて答えた。「準備は周到にってことね」真由は晋太郎の手際の良さを褒めた。リビングに入ると、アシスタント達は持ってきた礼服を一着ずつ並べた。スタイルは沢山あり、紀美子は眩暈しそうになった。紀美子が礼服を選んでいる間、晋太郎はこっそりと瑠美に尋ねた。「今日は塚原悟の監視はいいのか
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第865話 あんたの為にそんなことをしている

「そうよ、紀美子さんの部屋はどれ?」渡辺瑠美が尋ねた。森川念江は指指して見せた。「そこだよ。おばさんは入ってて。僕は下に降りるから」「分かった」瑠美は紀美子の部屋の前に来て、ドアをノックした。「はい」瑠美がドアを押し開けると、入江紀美子は上着を脱いだばかりだった。「お母さんが、手伝いに行ってって」「ありがとう」紀美子は快く答えた。瑠美はドアを閉め、紀美子の傍に来て礼服を手に取った。「まさかあんたが礼服の試着を手伝ってくれるとは思わなかったわ」紀美子は服を脱ぎながら言った。「私はそんなに心が狭い人ではないし」瑠美は少し気まずそうに言った。「そんなふうに思ったことないわ」「ところで、まだ仕事が見つからないの?」紀美子は話を逸らした。「何でそんなこと聞くの?就職活動、手伝ってくれるの?」瑠美は手に持っていた礼服を紀美子に渡した。「あんたの能力なら、私が手伝う必要がないはずよ」紀美子は言った。「今は仕事を探す時間がないわ。尾行の仕事がなかったら、とっくに一番いい新聞社に入ってたはず」「尾行?」紀美子は驚いた。「誰の尾行?」瑠美はうっかり塚原悟を尾行していることを言ってしまいそうになった。「なんでもないわ」瑠美は首を振った。紀美子は礼服を着てファスナーを閉めた。「この前、あんたがわざと私を尾行したじゃないよね?」「そんなに暇なワケがないでしょ?」瑠美は鼻であしらった。「もしかして、悟さんを尾行してるの?」紀美子は暫く考えてから尋ねた。「そんなことしてないわ!勝手な想像はやめて!それに、たとえ私が彼を尾行しているとしたとして、それで何?あんた、そんなに気に入らないの?」瑠美は慌てて目を逸らしながら答えた。彼女の反応を見て、紀美子は既に分かっていた。「なぜ彼を尾行してるの?うちの兄に言われてそうしてるの?」「あんたは、いったい塚原さんと晋太郎お兄ちゃんのどっちを気にしてるの?」瑠美は聞き返した。「私が愛しているのは晋太郎だけど、悟だって私の友達だわ」それを聞いて、瑠美はあざ笑いをした。「あんたのお友達はこっそりと何をやっているか分からないわ。いつも夜中に出かけて誰かと会ってた!もし彼が晋太郎
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第866話 無理なお願いをして、ごめんね

渡辺瑠美が入江紀美子の礼服の裾を掴んで、2人で降りてきた。「紀美子、こっち来て。おばちゃんによく見せてあげて!」長澤真由は動揺して立ち上がり、涙を堪えながら言った。森川晋太郎と息子の念江も紀美子の方を見つめた。艶めかしく輝くその礼服が紀美子の白肌を一層映えさせ、晋太郎の欲望を掻きたてた。紀美子が皆の前に進むと、真由がドレスの裾を掴んで何かを言おうとした。しかし晋太郎が先に口を開いた。「他のに換えて」皆は彼を驚いた目で見た。「露出度が高すぎる」晋太郎は不満そうに言った。「上はボタンで止めてるのに、どこが露出度が高いの?」紀美子は丁寧に説明した。「上のレースだ!」晋太郎は立ち上がり、紀美子の前にきた。彼女の体はとてもスタイルがいいが、他の人に見せるのは許せなかった!暫くして、晋太郎はもう一着の薄い色の礼服を選び、紀美子に渡した。「これにして」皆は絶句した。「お父さん、婚約式なのに、なんで赤じゃなくて白を選ぶの?」念江は理解できなかった。「白は純潔を代表する色だ。お前には分からんだろう」紀美子は、晋太郎を説得するのは無理だと悟り、大人しく着替えることにした。今回は胸以外にあまり露出がなかったので、晋太郎は満足した。質素なデザインだが、紀美子の美しさで十分に補えた。礼服を選び終えると、瑠美は先に帰った。残りの数時間、真由は晋太郎と紀美子と式の流れについて相談した。紀美子は真由にご飯を食べていくように誘った。「祖父の見舞いに行ったらどう?」真由は紀美子を少し離れたところに呼んで、困った顔で尋ねた。「叔母さん、私……」「彼を憎んでいるのは分かってるわ」まゆは紀美子の言葉を打ち切って言った。「でも彼はもうあまり長くない」「どうしたの?」紀美子は驚いた。「彼、前回あんたに会ってから調子がもっと悪くなったの。看護婦さんの話によると、彼は最近ずっと朦朧としていて紗月の名前を呼んでいたらしい。紗月が迎えにくると呟いてたって」紀美子は眉を寄せ、黙って聞いていた。「ねえ、紀美子」真由は続けて言った。「たとえあんた達の仲が悪かったとしても、あんたは紗月の娘じゃない。祖父が一番紗月のことを可愛がっていたのよ。母親の代わりに、最後の親孝行を
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第867話 死にたくなるほど苦しませてやる

「私はこれまでこの呼び方しか知らなくて、彼がどんな顔をしているかさえ知らなかった」狛村静恵は指を噛んで言った。「彼はとても神秘的だった。そのせいで私は、彼のどんな要求をも逆らえなかった!彼の能力は私の想像を絶するものと言ってもいいくらい」「何バカなことを言ってんだ!」森川次郎はあざ笑いをして挑発した。「帝都にそんな人物がいるはずがない!」「あんたの知見の浅さに呆れるわ!晋太郎があんたより強いと思う?」「俺はただ権力を握っていないだけ。でないとヤツの程度では俺と比較される資格などない!」「自惚れるな」静恵はあざ笑いをした。「あんたは私が知ってる人の中で一番傲慢だ。自分が一番強いと勘違いしている。自分がどれほど晋太郎にぶちのめされてるか振り返ってみた?それでもそんなことが言えるの?」「狛村、貴様また殴られたいのか?」次郎の怒りは静恵に掻きたてられた。「今のあんた、体の半分がギプスで固められてるのに、私に怒鳴る資格なんてどこにあるの?」静恵は蔑みながら言った。「こんな傷なんて、すぐに治るさ!俺が回復したら、どうなるか思い知るがいい!」静恵は蔑んで次郎を見つめた。彼女はゆっくりと次郎の傍まで歩いていき、体をかがめると同時に、次郎の左足を思い切り手で押した。すると、次郎の悲鳴が部屋中を響いた。「このアマが!クソ野郎!離せ!手を離せ!」次郎は叫びながら、手を伸ばして静恵の髪の毛を掴んだ。痛みを感じた静恵は思わず悲鳴を上げたが、同時に押している手の力を増した。「離してよ。離さないとその足をもう一度折ってやるわよ!」次郎は仕方なく静恵の髪を離した。彼は手を引き、歯を食いしばりながら怒鳴った。「お前も手を引け!引けって言ってんだよ!」静恵も手を引いた。これから次郎を苦しめるチャンスはいくらでもある。まだ気は済んでいないが、今回は許してやることにした。次郎は充血した目で静恵を睨んだ。この女に死んでもらう!絶対に殺してやる!森川晋太郎もだ!ヤツじゃなかったら、こんな所に監禁されなくて済んだ!静恵に苦しめられる羽目にならなくて済んだ!ヤツを捕まえるチャンスさえあれば、絶対に死にたくなるほど苦しませてやる!それと同時に。とある
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第868話 本当に行かなくていいの?

入江ゆみは駄々をこねながら、父の懐に潜った。森川晋太郎は思わず口の端を上げ、真っ黒な瞳は愛に満ちた。「行きたくないなら行かなくていいよ」晋太郎の言葉を聞いて、ゆみはすっと目を開けて父を見つめた。「ほんと?本当に学校に行かなくていいの?」「うん、でも条件がある」「なに、条件って?」ゆみは大きくてきれいな目を光らせながら尋ねた。「どんな条件なの?」「携帯を預けるのと学校に行くこと、どっちを選ぶ?」そう聞かれ、ゆみはがっかりして肩を落とした。「やっぱり学校にいく。携帯を没収されるなんていや」「昨晩も結構遅くまで遊んでいたんだろ?」晋太郎は尋ねた。「そんなことないよ……」ゆみは口をすぼめて答えた。「お兄ちゃんがあそばせてくれないもん」「じゃあ、ぼく達が寝たと思ってこっそりと携帯を出して遊んでいたのは誰だった?」シャワールームから佑樹の声が聞こえてきた。ゆみが驚いて説明しようとすると、晋太郎に遮られた。「うーん、うそをつくようになったか。やはり俺は父失格だ」「えっ?」「違うの。お父さんのせいじゃない。ゆみが遊びに夢中だっただけ。お父さんは関係ない……もうこれから夜は遊ばないから!!学校にいくから!」ゆみは慌てて悔しそうに言った。「じゃあ、約束して」晋太郎は笑みを浮かべながら満足げな表情になった。1階にて。晋太郎が子供達を連れて降りてきたのを見て、紀美子は少し躊躇ってから口を開いた。「今日はこの子達を休ませよう」「どうして?」晋太郎は尋ねた。「子供達を連れて見舞いに行きたいの。まゆさんが、彼はもう長くないって……」「本当に会いに行くのか?」晋太郎は暫く考えてから尋ねた。「うん。恩や怨みなどもうどうでもいいわ」「情に弱いのはよくない」晋太郎は注意した。「分かってるけど、もう真由さんと約束してるから」「分かった」晋太郎はそれ以上言わなかった。「子供達に飯を食わせてからにして」「ちょっと甘やかしすぎてないかしら?」晋太郎がゆみを抱えて座るのを見て、紀美子は少し困った顔で言った。「ご飯を食べるくらい、ゆみは自分でできるじゃない」「女の子だから、少し甘えてやったって問題ない」「お母さん、そんなことを言っても無駄
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第869話 何をしに尋ねてきた?

20分後、一行は病院に到着した。長澤真由は森川念江の手を、渡辺翔太は佑樹の手を取り、紀美子はゆみを抱えて病院に入った。ゆみは首を傾げて口を開いた。「お母さんが、ゆみに独立しなさいと言ってたじゃない?何で今は抱っこしてくれるの?」紀美子は暫く沈黙した。前回ゆみが病院でおかしくなってから、きつく抱きしめていないと何か良くないことが起きる気がして怖かった。「病院は広いからね。抱っこしてあげる」「わーい、やっぱりお母さんは優しいね!」ゆみは母の首に手を回して言った。「ゆみは今でも他の人が見えないモノが見えるの?」紀美子は笑みを浮かべて尋ねた。「お母さんは霊のことを聞いてるの?」ゆみは口をすぼめて暫く考えた。紀美子はやや驚いたが、そのまま頷いた。「見える時と見えないときがある……」ゆみは悔しそうに答えた。紀美子は、前回晋太郎が教えてくれたみなしさんからの伝言を思い出した。ゆみは今はまだ霊眼を開いている途中だ。そのせいか、ゆみは時々何かが見えるのだろう。「うん、お母さんは知ってるよ。後で病室に入って、何か怖いモノが見えたら、必ずお母さんに教えてね。いい?」「分かった。安心して。お母さん!」病室の入り口にて。真由はドアを押し開いて入っていった。病室の中、衰弱した様子の渡辺野碩はベッドに寝ていた。彼は両目を瞑っており、顔には酸素マスクを付けられていた。隣のモニターには彼の穏やかな心拍を映し出していた。野碩を見て、ゆみは戸惑った様子で母に尋ねた。「お母さん、彼があの冷たかったお爺ちゃんなの?」「何でゆみが知ってるの?」紀美子は驚いた。「皆知ってるよ!」ゆみは答えた。「ゆみもね」「うん、その人がお母さんの祖父、つまりゆみの曾祖父なの」「分かった」ゆみは頷いた。真由は念江をソファに座らせ、翔太も紀美子に座るように合図をした。そして、真由は野碩の近くにいき、体をかがめて呼んだ。「お父さん、皆がお見舞いにきたよ」真由の声が聞こえたからか、野碩はゆっくりと両目を開いた。彼は呆然と暫く天井を眺め、そして周りを見渡した。翔太を見ると、野碩の指は動いた。「おじいちゃん」翔太は近づいて野碩を呼んだ。野碩は目を閉じ、かすれた声で口
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第870話 見えない人

入江紀美子を捉えても、渡辺野碩の目の中には特になんの感情も見えなかった。まるで全く知らない人を見ているようだった。随分経ってから、彼は突然思い出したように、無力に口を開いた。「来て」紀美子はゆみを佑樹に預け、ベッドの近くまで来た。渡辺翔太は立ち上がり、紀美子を先ほど自分が座っていたところに座らせた。紀美子が座った瞬間、野碩はゆっくりと長く息を吐いた。彼の目は、更に濁った。「悪かった」紀美子は特に何も言わず、ただ野碩に合わせて「うん」と返事した。「人間は……老いたら固執するようになるほか、はっきりと見えないことも……ある。わしの懺悔など……君は聞きたくもないだろうな……しかし……わしはやはり君に……謝りたいのじゃ……」紀美子は目を下に向け、低い声で返事した。「分かった、受け入れるわ」野碩は首を傾げ、紀美子を見つめた。そのまま暫くして、彼はゆっくりと笑った。「やはり親子……紗月とそっくりだ……」そして、野碩の視線は紀美子の後ろの子供達に向けられた。「あれは……君の子供か……」紀美子は頷き、子供達に「こっち来て」と示した。子供達が立ち上がり、ベッドの横に集まってきた。「曾祖父様と呼んで」紀美子は子供達に言った。「曾祖父様」子供達は声を合わせて呼んだ。「いいのう……いい子達だ」野碩は笑って返事した。そして、彼は深呼吸をしてから、疲れたかのように目を閉じた。誰もが声を出さず、静かに野碩が再び目を開けるのを待った。しかし、いくら待っても野碩の反応は見れなかった。彼らは慌てて横のバイタルサインモニターを確認するが、映っている生態情報は至って穏やかだった。真由が口を開こうとした時、ゆみはゾクッと身震いをした。皆の視線は一斉にゆみに集まった。ゆみは慌てて周りを見渡し、その視線は入り口の方向に向けられた。紀美子は緊張したまま娘の反応をじっくりと観察した。ゆみは柔らかい声で、入り口の方に向って口を開いた。「きれいなおばさん」その場にいる他の全員が、一斉に入り口を見た。「ゆ、ゆみちゃん、誰のことを言ってるの?」真由は驚いて尋ねた。「ゆみ、何が見えた?」翔太も険しい表情で尋ねた。紀美子は真っ先にゆみを抱き上げようとしたが、
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