「私はこれまでこの呼び方しか知らなくて、彼がどんな顔をしているかさえ知らなかった」狛村静恵は指を噛んで言った。「彼はとても神秘的だった。そのせいで私は、彼のどんな要求をも逆らえなかった!彼の能力は私の想像を絶するものと言ってもいいくらい」「何バカなことを言ってんだ!」森川次郎はあざ笑いをして挑発した。「帝都にそんな人物がいるはずがない!」「あんたの知見の浅さに呆れるわ!晋太郎があんたより強いと思う?」「俺はただ権力を握っていないだけ。でないとヤツの程度では俺と比較される資格などない!」「自惚れるな」静恵はあざ笑いをした。「あんたは私が知ってる人の中で一番傲慢だ。自分が一番強いと勘違いしている。自分がどれほど晋太郎にぶちのめされてるか振り返ってみた?それでもそんなことが言えるの?」「狛村、貴様また殴られたいのか?」次郎の怒りは静恵に掻きたてられた。「今のあんた、体の半分がギプスで固められてるのに、私に怒鳴る資格なんてどこにあるの?」静恵は蔑みながら言った。「こんな傷なんて、すぐに治るさ!俺が回復したら、どうなるか思い知るがいい!」静恵は蔑んで次郎を見つめた。彼女はゆっくりと次郎の傍まで歩いていき、体をかがめると同時に、次郎の左足を思い切り手で押した。すると、次郎の悲鳴が部屋中を響いた。「このアマが!クソ野郎!離せ!手を離せ!」次郎は叫びながら、手を伸ばして静恵の髪の毛を掴んだ。痛みを感じた静恵は思わず悲鳴を上げたが、同時に押している手の力を増した。「離してよ。離さないとその足をもう一度折ってやるわよ!」次郎は仕方なく静恵の髪を離した。彼は手を引き、歯を食いしばりながら怒鳴った。「お前も手を引け!引けって言ってんだよ!」静恵も手を引いた。これから次郎を苦しめるチャンスはいくらでもある。まだ気は済んでいないが、今回は許してやることにした。次郎は充血した目で静恵を睨んだ。この女に死んでもらう!絶対に殺してやる!森川晋太郎もだ!ヤツじゃなかったら、こんな所に監禁されなくて済んだ!静恵に苦しめられる羽目にならなくて済んだ!ヤツを捕まえるチャンスさえあれば、絶対に死にたくなるほど苦しませてやる!それと同時に。とある
入江ゆみは駄々をこねながら、父の懐に潜った。森川晋太郎は思わず口の端を上げ、真っ黒な瞳は愛に満ちた。「行きたくないなら行かなくていいよ」晋太郎の言葉を聞いて、ゆみはすっと目を開けて父を見つめた。「ほんと?本当に学校に行かなくていいの?」「うん、でも条件がある」「なに、条件って?」ゆみは大きくてきれいな目を光らせながら尋ねた。「どんな条件なの?」「携帯を預けるのと学校に行くこと、どっちを選ぶ?」そう聞かれ、ゆみはがっかりして肩を落とした。「やっぱり学校にいく。携帯を没収されるなんていや」「昨晩も結構遅くまで遊んでいたんだろ?」晋太郎は尋ねた。「そんなことないよ……」ゆみは口をすぼめて答えた。「お兄ちゃんがあそばせてくれないもん」「じゃあ、ぼく達が寝たと思ってこっそりと携帯を出して遊んでいたのは誰だった?」シャワールームから佑樹の声が聞こえてきた。ゆみが驚いて説明しようとすると、晋太郎に遮られた。「うーん、うそをつくようになったか。やはり俺は父失格だ」「えっ?」「違うの。お父さんのせいじゃない。ゆみが遊びに夢中だっただけ。お父さんは関係ない……もうこれから夜は遊ばないから!!学校にいくから!」ゆみは慌てて悔しそうに言った。「じゃあ、約束して」晋太郎は笑みを浮かべながら満足げな表情になった。1階にて。晋太郎が子供達を連れて降りてきたのを見て、紀美子は少し躊躇ってから口を開いた。「今日はこの子達を休ませよう」「どうして?」晋太郎は尋ねた。「子供達を連れて見舞いに行きたいの。まゆさんが、彼はもう長くないって……」「本当に会いに行くのか?」晋太郎は暫く考えてから尋ねた。「うん。恩や怨みなどもうどうでもいいわ」「情に弱いのはよくない」晋太郎は注意した。「分かってるけど、もう真由さんと約束してるから」「分かった」晋太郎はそれ以上言わなかった。「子供達に飯を食わせてからにして」「ちょっと甘やかしすぎてないかしら?」晋太郎がゆみを抱えて座るのを見て、紀美子は少し困った顔で言った。「ご飯を食べるくらい、ゆみは自分でできるじゃない」「女の子だから、少し甘えてやったって問題ない」「お母さん、そんなことを言っても無駄
20分後、一行は病院に到着した。長澤真由は森川念江の手を、渡辺翔太は佑樹の手を取り、紀美子はゆみを抱えて病院に入った。ゆみは首を傾げて口を開いた。「お母さんが、ゆみに独立しなさいと言ってたじゃない?何で今は抱っこしてくれるの?」紀美子は暫く沈黙した。前回ゆみが病院でおかしくなってから、きつく抱きしめていないと何か良くないことが起きる気がして怖かった。「病院は広いからね。抱っこしてあげる」「わーい、やっぱりお母さんは優しいね!」ゆみは母の首に手を回して言った。「ゆみは今でも他の人が見えないモノが見えるの?」紀美子は笑みを浮かべて尋ねた。「お母さんは霊のことを聞いてるの?」ゆみは口をすぼめて暫く考えた。紀美子はやや驚いたが、そのまま頷いた。「見える時と見えないときがある……」ゆみは悔しそうに答えた。紀美子は、前回晋太郎が教えてくれたみなしさんからの伝言を思い出した。ゆみは今はまだ霊眼を開いている途中だ。そのせいか、ゆみは時々何かが見えるのだろう。「うん、お母さんは知ってるよ。後で病室に入って、何か怖いモノが見えたら、必ずお母さんに教えてね。いい?」「分かった。安心して。お母さん!」病室の入り口にて。真由はドアを押し開いて入っていった。病室の中、衰弱した様子の渡辺野碩はベッドに寝ていた。彼は両目を瞑っており、顔には酸素マスクを付けられていた。隣のモニターには彼の穏やかな心拍を映し出していた。野碩を見て、ゆみは戸惑った様子で母に尋ねた。「お母さん、彼があの冷たかったお爺ちゃんなの?」「何でゆみが知ってるの?」紀美子は驚いた。「皆知ってるよ!」ゆみは答えた。「ゆみもね」「うん、その人がお母さんの祖父、つまりゆみの曾祖父なの」「分かった」ゆみは頷いた。真由は念江をソファに座らせ、翔太も紀美子に座るように合図をした。そして、真由は野碩の近くにいき、体をかがめて呼んだ。「お父さん、皆がお見舞いにきたよ」真由の声が聞こえたからか、野碩はゆっくりと両目を開いた。彼は呆然と暫く天井を眺め、そして周りを見渡した。翔太を見ると、野碩の指は動いた。「おじいちゃん」翔太は近づいて野碩を呼んだ。野碩は目を閉じ、かすれた声で口
入江紀美子を捉えても、渡辺野碩の目の中には特になんの感情も見えなかった。まるで全く知らない人を見ているようだった。随分経ってから、彼は突然思い出したように、無力に口を開いた。「来て」紀美子はゆみを佑樹に預け、ベッドの近くまで来た。渡辺翔太は立ち上がり、紀美子を先ほど自分が座っていたところに座らせた。紀美子が座った瞬間、野碩はゆっくりと長く息を吐いた。彼の目は、更に濁った。「悪かった」紀美子は特に何も言わず、ただ野碩に合わせて「うん」と返事した。「人間は……老いたら固執するようになるほか、はっきりと見えないことも……ある。わしの懺悔など……君は聞きたくもないだろうな……しかし……わしはやはり君に……謝りたいのじゃ……」紀美子は目を下に向け、低い声で返事した。「分かった、受け入れるわ」野碩は首を傾げ、紀美子を見つめた。そのまま暫くして、彼はゆっくりと笑った。「やはり親子……紗月とそっくりだ……」そして、野碩の視線は紀美子の後ろの子供達に向けられた。「あれは……君の子供か……」紀美子は頷き、子供達に「こっち来て」と示した。子供達が立ち上がり、ベッドの横に集まってきた。「曾祖父様と呼んで」紀美子は子供達に言った。「曾祖父様」子供達は声を合わせて呼んだ。「いいのう……いい子達だ」野碩は笑って返事した。そして、彼は深呼吸をしてから、疲れたかのように目を閉じた。誰もが声を出さず、静かに野碩が再び目を開けるのを待った。しかし、いくら待っても野碩の反応は見れなかった。彼らは慌てて横のバイタルサインモニターを確認するが、映っている生態情報は至って穏やかだった。真由が口を開こうとした時、ゆみはゾクッと身震いをした。皆の視線は一斉にゆみに集まった。ゆみは慌てて周りを見渡し、その視線は入り口の方向に向けられた。紀美子は緊張したまま娘の反応をじっくりと観察した。ゆみは柔らかい声で、入り口の方に向って口を開いた。「きれいなおばさん」その場にいる他の全員が、一斉に入り口を見た。「ゆ、ゆみちゃん、誰のことを言ってるの?」真由は驚いて尋ねた。「ゆみ、何が見えた?」翔太も険しい表情で尋ねた。紀美子は真っ先にゆみを抱き上げようとしたが、
紗月は周囲の人々を一巡して見渡し、仕方なくため息をついてからゆみを見た。「ゆみ、どうして言うことを聞かないの?」ゆみは無邪気に紗月に小さな手を差し出した。「おばあちゃん?」紗月はうなずきながら言った。「そうよ、ゆみはとても可愛いし、お兄ちゃんたちもとてもかっこいいわ。おばあちゃんはみんなが大好きよ」「おばあちゃん、どうして急に現れたの?」ゆみは尋ねた。紗月は優しく答えた。「ひいじいさんと一緒にいくために来たの」「行く?」ゆみは首をかしげて聞いた。「どこに行くの?」「ひいじいさんとひいばあさんが再び会える場所に行くのよ」紗月は言った。「嫌よ!」ゆみは小さな頭を振って言った。「おばあちゃんは綺麗で優しいから、ずっといてほしい!」「ダメよ。私たちには私たちの世界があって、あなたたちと一緒にいることはできないの。そうしないと、あなたたちが想像できない代償を払わなければならなくなるわ」「代償?」ゆみは理解できない様子で尋ねた。「どんな代償?おばあちゃん、どうしてみんなはあなたが見えないの?」紗月は目を伏せて言った。「おばあちゃんはもうこの世界に属していないから」そう言うと、紗月は腰をかがめ、ゆみの澄んだ瞳に静かに目を合わせた。「ゆみ、あなたが大きくなって、力を身につけたら、私を成仏させてくれるかしら?」ゆみはまだ成仏の意味が分からなかったが、それでもおとなしく頷いた。「分かったよ」紗月は満足そうに微笑んだ後、再び紀美子と翔太を見た。「ゆみ、おばあちゃんから伝えてほしいことがあるの。お母さんに、おばあちゃんのことを怒らないようにって。ずっと苦しませてごめんねって。それと、おじさんに、あまり遅くまで働かないようにって、体を大事にしなさいって、私はすごく心配なの。それから真由おばあちゃんにも、私は元気だから、心配しないでって伝えてね。それと……」そのあたりから、紗月の声は詰まってきた。彼女の目からは、血のように赤い涙が流れた。ゆみはこんな状況を見たのは初めてで、少し驚いた。しかし、目の前の人が自分のおばあちゃんだと分かっていたため、必死に冷静さを装った。「それと何?おばあちゃん?」ゆみは聞いた。「それと……」紗月は涙を拭った
「他には?」念江も尋ねた。ゆみは両手を腰に当て、ため息をつきながら言った。「お兄ちゃんたちはかっこよくて、ゆみは可愛いって言ってた!」紗月が言った成仏のことについて、ゆみは口にしなかった。彼女はそれが何か分からなかったが、話してはいけないことだと分かっていたので、しっかりとその約束を守っていた。帰り道。ゆみは小さな手で紀美子の顔を何度もなぞった。紀美子は苦笑いしながら彼女を見た。「ゆみ、何をしてるの?」「おばあちゃんがこんな風に顔を触ってたの!ママを触りたかったけど、触れなかったみたい」ゆみは答えた。紀美子は驚いた。「おばあちゃん……そんなことしてたの?」「そうよ!」ゆみは紀美子の腕に飛び込んだ。「ママ、おばあちゃんは本当にきれいだったよ。長くて巻かれた髪が腰まであって、目はママと一緒だった!でも、おばあちゃんはずっと泣いてて、涙は赤かった」紀美子はゆみの話を聞きながら驚いた。どうして赤い涙が出るの?「おばあちゃんは、また会いに来るって言ってた?」紀美子は聞いた。ゆみは首を横に振り、目を閉じて言った。「ないよ。ママ、ゆみはちょっと疲れた……」そう言うと、ゆみは口を開けてあくびをした。「ママ、抱っこして。眠い……」紀美子はゆみを膝に乗せ、背中を優しく叩きながら寝かしつけた。MK。晋太郎は技術部の社員と会議をしていた。技術部長は晋太郎に資料を渡した。「社長、こちらが相手のファイアウォール突破回数です。MKの支社はすべて統計を取っていますので、ご確認ください」晋太郎は資料を受け取り、集中して目を通した。最後に見て、眉をひそめた。「A国のファイアウォールは、すでに8回も攻撃されたのか?!」A国の会社を除けば、他の支社の回数はどれも3回を超えていない。相手はかなりの情報を持っているに違いない。だからこそ攻撃を繰り返しているのだろう。「A国の技術部から何か連絡はあったか?」晋太郎は冷たく聞いた。「はい、彼らは8時間おきにファイアウォールの修復と暗号化を行っていると言っていました。すぐには突破できないだろうとのことです」技術部長は答えた。「向こうの副社長に連絡して、重要なファイルを速やかに多層暗号化するよう伝えてくれ。
「この件は早くはっきりさせるべきだ」晋太郎は言った。「引き延ばすのは、佳世子にもお前にも良くない」「分かってるけど、どう言い出せばいいのか分からないんだ」晴は答えた。「藍子と子どものことから始めて、佳世子に対する偏見を最小限に抑えてみて」晴は少し黙ってから言った。「親に言えっていうことか?孫が藍子に殺されたって?それは無理だ!母は佳世子のお腹の子が俺の子じゃないと考えているんだ!」「それで、彼らが言ってるからって信じるのか?」晋太郎は冷笑した。「晴、お前、男だよな?」「そうだよ!だから俺だって藍子に会いに行ったんだろ!?」「それが?」晋太郎は嘲笑しながら言った。「お前は、佳世子に対する気持ちが深いと言いながら、彼女を弁護する勇気すらないのか?」晴は黙った。「とりあえず、明日の婚約式、来てくれ」晋太郎は立ち上がった。「婚約式?」晴は驚いて言った。「紀美子と俺の婚約式だ」晋太郎はデスクの席に着きながら言った。「全然情報が流れてないじゃないか。メディアには知らせたのか?」晴は目を見開いて言った。「メディアには、夜の12時に公開させるつもりだ」晋太郎は微笑んだ。「俺と紀美子の婚約のことを、みんなに知らしめるんだ」晴は晋太郎を見て、心から喜んだ。「よかったな、紀美子とやっと報われたな!」「お前もだろう」晋太郎は晴をじっと見つめながら言った。「晴、自問してみろ。今の佳世子の状況を見ても、彼女を選ぶのか?」「俺は、何があっても彼女と一緒にいる!」晴は迷わず言った。「彼女がどんな病気にかかってても構わない!俺が望むのは、彼女が俺の元に戻ってくることだけだ!」晋太郎は彼をじっと見て言った。「周りの目を、全て受け入れられるか?」「もちろん!」「将来的に感染のリスクがあることを、覚悟できてるか?」「もちろんだ!!」晋太郎は冷笑しながら言った。「なら、どうして親に言うことを先延ばしにしてるんだ?」晴は答えられなかった。「この件は俺には手伝えない。晴、お前は自分でやるしかない」晋太郎は忠告した。「分かってる……」晴は深いため息をついて言った。「時間を見つけて、親にはっきり話すよ」「忘れるな、藍子の裁判前
晋太郎はうなずき、紀美子と一緒にリビングに入った。その時、子どもたちも階段を下りてきた。ちょうど朔也も電話を終えたところだった。彼は紀美子に言った。「G、これ、全部晋太郎の仕業だろう?結局は俺が手伝わなきゃならないなんて、まったく。君たち二人の婚約式なのに、まるで俺が主役みたいだ」紀美子は子供たちに小さなフォークを配りながら言った。「さっき、お酒のランクは高ければ高いほどいいって言ってたのは誰?」朔也はニヤニヤしながら言った。「俺さ!」「それで、お酒を変えた方がいいって言ったのは誰?」「それも俺さ」「じゃあ、なんでそんなことを言うの?」紀美子は呆れた。朔也は鼻を鳴らして言った。「俺は、ホテルが用意した酒なんて見向きもしないよ。晋太郎、お前も少しは気を使ってくれよ」「君が手伝ってくれるじゃないか」晋太郎は彼を一瞥した。「……まあまあ、俺はお前たち夫婦にはかなわないよ」朔也は言った。「夫……夫婦……」紀美子は恥ずかしくなり、慌てて一切れのリンゴを取って、朔也の口に押し込んだ。「もう、黙ってて!」「あまり準備できていないけど、怒らない?」晋太郎は紀美子を見て言った。紀美子はオレンジを差し出しながら言った。「全然。婚約のことは急に決まったから、まだいろいろなことが残っているじゃない。こんな小さなことは気にしないで」「これは小さなことじゃない」晋太郎は言った。「婚約式は一回だけだから」「分かった、あなたの言う通りにするわ」紀美子は仕方なく言った。「ママ」紀美子の言葉が終わると、ゆみがイチゴを食べながら顔を上げて聞いた。「ママ、今夜はちゃんと早く寝るんだよ?」「どうしたの?」紀美子は驚いて尋ねた。「早く寝ないと、明日元気が出ないよ」佑樹が言った。「ママ、きれいな花嫁になりたくないの?」紀美子は子どもたちに言われて耳が赤くなった。「まだ花嫁じゃない……」「明日婚約したら、もう婚約者だよ」念江が言った。「半分くらい花嫁だね」「こんなこと、誰に教わったんだ?みんな結構詳しいな」朔也は笑って言った。「ネットで調べたよ!ママ、今晩は早く寝ないと、明日元気いっぱいにならないよ!」ゆみはニヤリと笑って言った
「分かった、今すぐ行こう」晴は頷いた。「私も!」佳世子も続けて言った。30分後。三人は車で会社の前に到着した。到着すると、入り口に多くのボディガードが立っているのが見えた。次の瞬間、数人のボディガードが担架を持ち出してきた。担架の上には一人が横たわっていたが、白い布がかけられていて、顔は見えなかった。すぐに、相手の車がエンジンをかけ、動き出した。「ついて行って」晴は隆一を見て言った。車は2時間ほど走り、火葬場の前で停車した。ボディーガードたちは担架を運び出し、火葬場の中へと運び入れていった。晴たち三人も車を降り、距離を保ちながら慎重に後を追った。ボディーガードたちは、スタッフと交渉を終えた後そのまま火葬場を後にした。「スタッフに、運ばれてきたのは誰か尋ねてみようか」晴は小声で言った。隆一と佳世子は頷き、三人は一緒に前に進んだ。隆一は言い訳をしてスタッフと話をすると、スタッフは白い布を引き剥がして、彼らに見せてくれた。白布が引き剥がされた瞬間、三人は言葉を失った。小原が再び火葬場に運ばれた後、三人はようやく我に返った。小原の首にあった深く長い傷を見た佳世子は、恐怖で震えながらその場に立ち尽くしていた。「行こう」晴は冷たくなった佳世子の手を握りしめて言った。三人は火葬場を後にした。「ここで少し待とう。小原の最後の見送りをしよう」隆一は言った。晴と佳世子は頷いた。隆一はハンドルをしっかりと握りしめて言った。「小原だけがここにいるということは……少なくとも肇はまだ無事なんじゃないか?」晴は短く考え込んだあと、冷静に答えた。「肇が今無事だとすれば、命を守るために悟に寝返る可能性もある」「そんなことあり得ない!」隆一は目を見開いて言った。「肇は一番忠実だったじゃないか!そんなことするわけがない!」晴は彼を一瞥した。「今の状況で、あり得ないことなんてないだろう」「……」隆一は言葉を失った。病院。看護師が病室に入って紀美子の傷の薬を取り替えに来た。紀美子が横を向いて背を向けているのを見て、看護師は声をかけた。「入江さん、薬を取り替えますよ」紀美子は反応しなかった。看護師は眉をひそめて、紀美子の肩を軽く叩い
肇は、小原が目の前で死ぬのをただ呆然と見つめていた。体は鉛でも詰め込まれたかのように重かったが、それでも小原に向かって一歩一歩ゆっくりと進んでいった。その傍らで、エリーが悟を見ると、悟は軽く頷いた。肇は小原の元へ歩み寄り、血の海に倒れた小原の前で膝をついた。涙が絶えず彼の目から溢れ出ていった。肇は震える手で小原の目を覆い、歯を食いしばりながら小原の目を閉じてあげた。「ごめん……」肇は頭を垂れて泣きながら呟いた。「ごめん、ごめん!!」肇は膝をついたまま、何度も何度も謝った。その時、オフィスのドアが開かれた。ルアーが外から歩いて入ってきた。オフィスの惨状を目の当たりにして、彼の顔色は一瞬で真っ白になった。悟は顔を横に向け、ルアーに言った。「全員揃ったか?」ルアーは怒りを抑えながら答えた。「はい、影山さん!」ルアーの声を聞いた肇は、ゆっくりと振り返って彼を見た。ルアーは気まずそうに視線をそらした。肇は鼻で笑った。やはり……予想は正しかったか……悟は立ち上がり、肇に目を向けた。「そろそろ動こうか」そう言うと、悟はオフィスを出て行き、エリーもそれに続いた。肇は数秒間ぼんやりとした後、無表情のまま立ち上がった。まるで操り人形のように、二人に続いてオフィスの外へと歩き出した。ルアーの近くを通り過ぎると、彼は肇の腕を掴んだ。彼は低い声で言った。「肇!お前、本当に彼について行くつもりなのか?!頭がおかしくなったのか?」肇は冷笑を浮かべて言った。「お前がしてきたことは許されるのか?なら、俺だってやるさ」「俺は仕方なくそうしたんだ!」肇は彼を無視して、腕を引き抜き、悟に続いた。ルアーは仕方なく、それに続くことにした。ホテルでは。晴と隆一は、じっとしていられずに部屋の中を歩き回っていた。佳世子は膝を抱えて黙ったままどこかをじっと見つめて座っていた。時間はすでに昼近くになっていたが、肇からの連絡はまだなかった。それに対して、隆一はさらにイライラしていた。「晴、彼らにも何かあったんじゃないか?」隆一が尋ねた。「俺に聞いても、どうしようもないだろう?」晴は眉をひそめて言った。「やっぱり、悟が来たんだろうな」隆一は言った。
数言の挨拶を交わした後、肇は電話を切った。その後、肇が悟を見つめる表情には憎しみと怒りが交錯しており、理性が今にも崩壊しそうに見えた。しかし、祖母のために、肇は歯を食いしばり、感情を無理やり押し殺した。「塚原さん、一体私に何をさせたいんですか?」彼は尋ねた。この言葉を聞いた小原は、戦いの最中にも関わらず肇を振り返り叫んだ。「肇!しっかりしろ!!!」「黙れ!!!」肇も叫び返した。「おばあさんが危険に晒されるのをただ見ているわけにはいかないんだ!!」「くそっ!」小原は激怒した。「お前が晋様を裏切るなら、まず俺がお前を殺す!!」肇は小原の言葉を無視し、震える体で悟を見つめた。「塚原さん、どうかお答えください!」悟は和やかな笑みを浮かべて口を開いた。「お前が分かってくれたのなら、俺はお前の家族に手を出さない。お前にやってもらいたいのは、MKの全支社を順番に制圧する手助けだ」「塚原さん、それは無理です!晋様がいなくても、裕太様がいますから。彼に会社を継ぐ権利があります!」「彼には俺と対抗する力がない。ましてや、彼は遺言書を持っていないだろ?」悟は答えた。肇は愕然とした。これはどういう意味だ?裕太様が遺言書を持っていない?ということは、悟は持っているのか?「そんな目で俺を見る必要はない。俺がこう言うのは、すべての人を説得できる自信があるからだ」肇は一気に無力感に襲われた。この状況では、もうこの道を進むしかないのかもしれない。自分にはまだやるべきことがあるのだ。ここで命を絶つわけにはいかない。「わかりました。お受けします」「肇!!!」小原は怒り狂った様子で叫んだ。「お前は裏切り者に成り下がる気か?!」肇は何も言わなかった。「お前、どう言ってた?!晋様が戻るまで待つって言ってたよな?!どうして今さらそんなことを言うんだ!!」小原はエリーの攻撃を防ぎながら、怒りを爆発させて叫び続けた。「肇、お前がそんなことをすれば、みんながお前を許さないぞ!!もし晋様が戻ってきたら、お前はどんな顔をして晋様に会うつもりだ?!」「小原……」肇は虚ろな声で言った。「晋様はもう戻ってこない」「ふざけるな!!肇、その言葉を取り消せ!!そんなこと承諾す
二人の視線が交わり、戦いの気配がオフィス内にじわじわと広がった。悟は肇を見ながら言った。「俺がここに現れたことで、お前たちの疑念は解けたはずだ。俺はこれからやるべきことがあるから、お前たち二人は邪魔をしないようにしてもらいたい」肇は言った。「塚原さんが何をしようとしているのかは分かりませんが、現在晋様が不在です。重要なことは、晋様が戻ってから話してください」悟は唇をわずかに引き上げ、穏やかに微笑んだ。「肇君、君には何度か遭ったことがあるが、俺はお前が固執な人間ではないと思っている。状況を見極めることこそが、賢明な人間のやり方だ」肇はとぼけたふりをしてして言い返した。「塚原さんが何を言っているのか、私はよく分かりません」悟が黙ったままのため、エリーが代わりに説明するために口を開いた。「森川晋太郎はすでに死亡しています。あなたたちもよく知っているでしょう。これからは我々が晋太郎の会社の全ての事務を引き継ぐことになります」小原は我慢できず、怒りを込めて言った。「晋様は死んでいない!!ここに外部の者が干渉する資格はない!!」エリーは小原を一瞥して言った。「無礼を言わないでください」小原は激怒した。「無礼なのはそっちの方だろ!!」エリーは冷たい目を向け、冷笑しながら言った。「どうやら、命が惜しくないようですね」そう言ってエリーが手首をひねると、鋭いナイフが袖口から滑り落ち、手のひらに収まった。小原は腰から鉄の棒を引き抜いた。力強く振ると、短い鉄棒は長い棒に変わった。二人は言葉も交わさず、直接向かい合い、戦い始めた。ナイフと鉄棒がぶつかり、耳をつんざくような音が鳴り響いた。肇は小原を心配そうに見つめた。悟は一体どこからエリーのような手下を呼び寄せたのか。その動きは目を見張るほど素早い。でも小原も負けじと反撃しており、二人の実力はほぼ互角に見えた。悟は二人の戦いをまるで見ていないかのように、肇に平静な顔で言った。「お前たちの前には二つの道がある。一つは会社を離れること、もう一つは俺のために働くことだ」「肇!」小原は叫んだ。「彼の言うことは一切信じるな!!」「どちらも選ばない。晋様が戻るまで待つつもりだ」肇は冷静に答えた。悟は眉をひそめ、その目
晴が説明しようとしたが、佳世子はすぐに晴の手を振り払った。「どうやって落ち着けって言うの?!」佳世子は混乱している様子で、声を荒げて言った。「私が聞いているだけでこんなに辛いのに、紀美子はどうだと思う?!彼女の気持ちを考えてみた?!!事故に遭ったのは彼女の実の兄、心を通わせた友達と最愛の男じゃない!こんなにも続けざまに受けた衝撃、彼女が耐えられると思う?!しかも彼女、銃で撃たれたのよ!!」佳世子は泣きながら悲痛な声をあげた。「私が戻って彼女を支えないと。彼女を一人にさせられない。彼女、壊れてしまうかもしれない!!」「君が戻ってもどうにもならない」隆一は深いため息をついて答えた。「今、誰も紀美子や彼女の子供たちに近づくことができないんだ」佳世子は赤くなった目で隆一を見つめ、問い返した。「近づけないってどういう意味?」晴は言った。「紀美子は今、悟の部下に監禁されている。病室に閉じ込められているんだ。彼女のおじさんの話によると、子供たちは紀美子とは別の病室に閉じ込められている」その言葉を聞いた瞬間、佳世子は膝がガクンと崩れそうになった。晴がすぐに手を伸ばして支えてくれなければ、彼女はその場に座り込んでいたかもしれない。佳世子は呆然とした表情で言った。「どうしてこんなことに……」晴は何も言わず、佳世子を抱きしめたまま黙っていた。佳世子はもはや抵抗する力も残っていなかった。ただ胸が張り裂けそうだった。しかし彼女は分かっていた。自分の痛みなど、紀美子が感じている苦しみの微塵にも及ばないことを。佳世子は声を押し殺し泣いた。「悟はなんでこんなことを……どうして紀美子にこんな仕打ちをするの……彼女のこと好きだったんじゃないの?それも、八年間も!どうしてこんな残酷なことを……紀美子は死のうとするに決まってるわ!彼女には耐えられないわよ……」佳世子の泣き声を聞きながら、晴と隆一は何度もため息をついた。この出来事は、二人にとっても理解できないことだった。悟の目的は、一体何なのだろうか…………A国、MK支社。悟とエリーは、数十人のボディーガードを引き連れて会社の下に到着した。出勤してきた社員たちは、その威圧的な雰囲気を見て、次々と道を避けて通り過ぎた。悟が会社に入ると、
「他人が見ようが見まいが関係ない!」そう言うと晴の目には涙が浮かんでいた。彼は喉を詰まらせながら言った。「もう二度と君を放さない、佳世子!絶対に君を消えさせはしない!」心臓が引き裂かれるような感覚、今はもうその空虚さが埋められている。彼はもう、あの空虚で狂いそうな気持ちを二度と味わいたくなかった。佳世子は深く息を吸い、冷静に彼をなだめるように言った。「放して、私たち座ってちゃんと話そう」晴はすぐに反論した。「放さない!死んでも放さない!」佳世子は我慢しようとしていた気持ちが一瞬で消え失せ、「ふざけんな、放せ!」と叫んだ。晴はその言葉を聞いた瞬間手を放し、戸惑いながらも、自分の目の前に立っている思いを巡らせてきた女を見つめた。佳世子は呼吸を整え感情を押し殺し、冷静に彼を見つめながら言った。「どのテーブルに座る?」晴は動かず、佳世子のことをじっと見つめ、叫んだ。「隆一、ホテルへ!」「あ、ああ……わかった!」隆一は急いで指示通りに動き出した。……15分後。三人はホテルの部屋に到着した。晴は佳世子を心配そうに見つめており、その様子は隆一の目にはまるで変態ように映った。佳世子はソファに腰掛け、晴も彼女にぴったりと寄り添って座った。佳世子は彼らの向かい側に座り、佳世子に問いかけた。「佳世子、ずっとA国にいたのか?」「そうよ、ずっとA国で治療を受けてるの」佳世子は率直に答えた。「そうか」隆一は言った。「晴がずっと君を探していたのは知ってるか?」佳世子は頭に手を当てながら頷いた。「ええ、森川社長から聞いたわ」その名前を聞いた瞬間、晴と隆一は思わず息を呑んだ。そして二人は顔を伏せ、目には深い悲しみの色を浮かばせた。佳世子は一瞬戸惑い、隆一と晴を順番に見た。「二人とも……それは何の表情?」佳世子には理解できなかった。晴は口を閉じたまま言葉を発しなかった。彼は肘をつき、頭を抱えながら言った。「晋太郎が事故に遭って、今、行方不明なんだ……」「生きているのか、それとも死んでいるのかすら分からない」隆一が続けて言った。佳世子はふと数日前に見たニュースを思い出した。彼女は目を大きく見開き、驚いた表情で問いかけた。「それって
「あまり寝てないせいか、瞼が痙攣するんだ」田中晴は目を揉みながら言った。「左の方?右の方?」鈴木隆一は尋ねた。「左」「なるほど、ほっといていいんじゃない?左の方が痙攣するのはいいことがあるというのを聞いたことがある」「そんなのを信じるのか?」「信じたほうがいいものもあるのさ」それを聞いて晴は急に足を止め、隆一は戸惑って晴を見た。「隆一、紀美子が撃たれた夜、朔也が何を言っていたか覚えてる?」隆一は眉を寄せて必死に思い出そうとした。「たしか、彼は自分の残りの命と引き換えに紀美子を目覚めさせたい、と」晴は険しい顔で頷いた。「そして美紀子は目が覚めた」「朔也が……死んだ……」隆一は目を大きく開いた。ここまで会話をすると、2人共ぞっとしてきた。晴の瞼はまだ痙攣が止まらなかった。彼は暫くぼんやりとして、視線を隆一の後ろのレストランに落とした。もしかして……晴はそう考えながら、いきなり険しい目つきでレストランに駆け込んだ。彼は店内を一周回ったが、あの見慣れた姿が見つからなかった。「どうしたんだよ、急に?」隆一は慌てて晴に追いついて尋ねた。晴はがっかりした顔で首を振った。「何でもない、とりあえず飯にしよう」2人は席に座って注文を決めた。「さっき……もしかして佳世子に会えるじゃないかと思った?」隆一は寂しい顔をしている晴に尋ねた。晴は唇を噛みしめて何も言わなかった。「彼女が海外に出たのは確かだけど、どの国に行ったかは誰もしらないんだ。そんな簡単にばったりと出会えるはずがないよ。世界はそこまで狭くないし」「すみません!」隆一の話がまだ終わっていないうちに、生き生きした声が返ってきた。晴は手が震え、隆一も急に黙った。「いつものをください」その声を聞いて晴と隆一は目を合わせた。二人が入り口の方を見ると、黒いスポーツウェアとハッチング帽を被った女性がいた。女性の横顔を見ると、晴は思わず目を大きく開いた。隆一もびっくりして口を開けたまま停止した。か、佳世子!まさか言い当てたのか?そう考えているうちに、隣から晴がすっと立ち上がる音がした。彼の顔には困惑と喜びが浮かんでおり、真っすぐに佳世子の方へダッシュした。彼女が振り向こうと
「会社は社長の心血です!」 そう言い放ったルアー・ウェイドの眼差しはとても鋭かった。 「心血、だと?」 塚原悟は軽くあざ笑いをして、ルアーに一歩近づいた。 その紺色の瞳は、人をぞっとさせる陰湿さを帯びていた。「晋太郎は既に死んだだろ?」 彼は冷たくそう言い放った。 「そ、そうだとしてもあなたは社長の座に着けません!森川家の人間ではないため、相続権はありません」 ルアーは心臓の激しい鼓動を堪えながら、恐る恐る言った。 「そう?」 悟は軽く笑った。 そして、彼はエリーに手を伸ばし、彼女が渡してきた書類を受け取った。 「まずはこれを読んでみろ」 悟はその書類をルアーの胸に叩きつけて言った。 ルアーは一瞬戸惑ったが、書類を開いた。 中身を読んだ彼は、思わず目を大きく開いた。 A国警察署にて。 田中晴と鈴木隆一は一通り聞きまわってから警察署から出てきた。 車に乗り込み、2人共深く眉を寄せながら考えた。 そして車がある程度の距離を走り出してから、隆一は口を開いた。 「どうしても信じられん!犯人の死体まで見つかったのに、なぜ晋太郎のが見つかっていないんだ?」 「警察の話によると、パラシュート降下も不可能ではないが、彼らは随分と捜索範囲を広げたのに、全く痕跡が無かったそうだ。 それにしても、晋太郎の遺体も見つからないのは、一体どういうことだ?」 「見つかっていないってことは、まだ彼が生きていると考えてもいいのか?」 隆一は尋ねた。 「俺は今すごく混乱してるよ。全く現状の整理ができない!」 晴はイラついて自分の髪の毛を引っ張った。 「とりあえず、うちの父に電話をしよう」 隆一はため息をついて言った。それを聞いて晴は急に体を起こした。 「そうだな。あんたのお父さんもA国に人脈があるから、彼に裏ルートから探してもらえないか?」 「うん、今のところはそうするしかない。とりあえず、ホテルに戻ろう」 隆一は頷いた。 「そう言えば、渡辺翔太も事故にあったそうだが、聞いてる?」 「聞いたけど、向こうも死体が見つからないようだ」 隆一は悔しくため息をついた。 「紀美子はもう全て聞いたと思うけど、受け止めきれるかな?」 晴は入江紀美子のことを思い出して心配
外の騒ぎが聞こえたのか、2人の子供達も警戒して体を起こした。渡辺瑠美は彼らに瞬きをし、黙っててと合図を送った。そして彼女は看護婦のような口調で尋ねた。「どの方、具合が悪いのですか?」「この子です」長澤真由は反応して目線で入江ゆみを示した。瑠美は頷き、ドアを閉めようとした。「何をする?」ボディーガードは瑠美を止めた。「検査です!」瑠美は厳しい声で説明した。「子供が具合が悪いようなので、服を脱がして状況を確認するのです!もしそうさせてくれないなら、今すぐ警察を呼びます!」ボディーガードは顔が真っ白なゆみを眺めた。ボディーガード達が受けた命令はこの数人の監視であり、如何なる問題もあってはならない。もちろん、その数人の安全や健康もそのうちに入る。つまり、今の状況を鑑みると、過度に阻んではならないことは彼らにもわかっていた。万が一何かがあっても、責任は負えない。「早く検査しろ」そう言って、ボディーガードは思い切りドアを閉めた。その瞬間、瑠美はほっとした。入江佑樹と森川念江はまだじっとしており、真由も同じだった。瑠美は何も言わずに靴を脱ぎ、中から携帯電話を取り出した。彼女の動きを見て、皆は驚いて目を大きく開いた。こんな隠し方があったんだ!瑠美はカメラを起動させ、彼達に「しーっ」と指を唇に当てた。そして彼達の写真を撮り、自分のメールアドレスに送った。「助け出す方法を考えるけど、あともう数日だけ我慢してて」瑠美は言った。「それと、私がこれから言う話を覚えて。ゆみには、具合が悪いと言ってもらって協力してもらうの。あんた達が時々騒いでくれれば、私も入ってくる口実ができるから。あと、何か聞きたいことある?時間が限られてるから、手短にね」「瑠美、翔太は今どんな状況?」真由は慌てて低い声で口を開いた。「紀美子の様子を見てきてくれる?とても心配なの」その話になると、瑠美は思わず一瞬息が止まった。「お兄ちゃんはまだ見つかっていないの。でも朔也の死体は見つかったわ。あと、お父さんから聞いたんだけど、晋太郎お兄さんも事故に遭ったらしい……」瑠美はこれまでの出来事を一通り皆に説明した。この数件の知らせは、いずれも3人の子供達にとって衝撃的だった。瑠美は彼達が悲