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第 0316 話
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高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう 第1150話
それでも、輝明の心には鋭い痛みが走った。七年もの間、自分を愛し続けてくれた綿の想いに、胸が締めつけられた。昔の彼は、愛とは何かを知らなかった。ただ、漠然とした負い目だけを感じていた。でも、今ならわかる。彼はようやく気づいた──彼女がしてくれたすべてのことに、胸が痛くなるほど申し訳なく思うようになった。これこそが「愛」なのだと。かつては、綿の尽くしてくれる全てを、当たり前のように受け入れていた。けれど今は違う。本当の愛とは、彼女の涙ひとつに心が揺れ、責めることもできない。彼はただ、世界中のいちばん良いものを全部、彼女に与えたくなった。彼女を誰よりも幸せにしたいと願い、「彼女の自慢できる男になりたい」と、心から思ったのだ。女に誇りを持たせられる男こそ、本当に成功した男なのだ。輝明は綿をそっと抱きしめ、優しく囁いた。「これからは、俺が君を愛する番だ」「どれくらい愛してくれるの？」綿は小さな声で尋ねた。彼は視線を落とし、真剣に答えた。「俺の命が続く限り、君を愛し続ける」綿は微笑んだ。それだけで、十分だった。「最近、何してるの？」輝明が尋ねた。綿は答えた。「スタジオを開こうと思ってる」「デザイン関係か？」綿は頷いた。「知ってるでしょ？」輝明は深くため息をついた。「ニュースでしか知らないよ。断片的で、全然わからない。俺の婚約者がビジネス始めるっていうのに、こんなに何も知らないなんて」情けないなと彼は嘆いた。綿は笑った。「輝明、私はジュエリーデザインのスタジオを立ち上げるの。私はそこで主席デザイナーをやる」「デザインできるのか？それとも、チームを組んでブランドを立ち上げるつもりか？」輝明が訊ねた。綿は真剣な顔で言った。「輝明、前に私に『バタフライ』を知ってるかって聞いてたよね」「うん……」輝明は頷き、すぐに顔を上げた。「まさか……」綿は腕を組み、得意げに眉を上げた。わかるでしょ。輝明は呆然とした。「バタフライって……君だったのか？」彼は驚愕した。綿は満足そうに微笑んだ。「そう、私が『バタフライ』よ。『雪と涙』をデザインした、そっちの会社が何度も引き抜こうとした、あの『バタフライ』」輝明は絶句した。今になって、あの言葉の意味が痛いほ
高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう 第1149話
子どもを抱っこした無理がたたって、病室に戻るなり輝明はすぐに包帯を替えることになった。輝明はため息をつきながら、綿は目を丸くして看護師が滲んだ血で汚れた包帯を外すのを見つめていた。「もう大きな動きは控えてくださいね。この傷は場所こそ致命的ではないけど、肩は何かと力が入る場所ですから、無理をすると後遺症が残るかもしれませんよ」看護師は念押しして部屋を出て行った。綿はその背中を見送り、再びベッドに座る輝明を見た。彼は不満げな顔で座っていた。綿は思わず笑った。ベッドの端に座り、輝明の病衣をそっと引き寄せる。彼の肩に巻かれた白い包帯に指先で軽く触れた。「聞いたでしょ？もう無茶しちゃダメだよ」そう言って、綿は彼の病衣を整え、ボタンを一つ一つ丁寧に留めていった。輝明は綿をじっと見つめ、ふっと柔らかく微笑んだ。「そんなに大げさなこと、してないだろ」「子どもを抱き上げたのに？それが大したことないって？」綿は顔を上げて、彼をじっと見た。輝明は黙り込んだ。そして、彼女の指先に視線を落とす。その細く美しい指がボタンを留めるたび、時折、彼の肌に触れた。彼はふと顔を上げ、唇をきゅっと引き結ぶ綿を見つめた。喉がなぜかごくりと鳴る。綿が顔を上げた瞬間、ちょうど彼の喉が上下に動くのを目撃した。彼は少し気まずそうに視線をそらした。「何してるの？」綿が目を細めて尋ねると、輝明は眉をひそめた。「何が？」輝明が控えめなのに比べて、綿のほうはずっと率直だった。彼女は笑いながら尋ねた。「ねえ、今、私を見てゴクリって飲み込んだでしょ？高杉さん、もしかして……私の身体、欲しくなっちゃった？」輝明は思わず笑い声を漏らした。まさか綿がこんなストレートな言い方をするとは。「医者に言われたんだ。大きな動きは禁止だって」綿は眉を上げた。「つまり？欲しくなったってこと？」輝明は返事をしなかった。それが答えだった。綿は彼を逃がさなかった。輝明は数秒沈黙した後、綿をじっと見つめた。彼は綿の目元を見つめ、視線はゆっくりと彼女の唇へと落ちていった。綿は目を細める。輝明は唇を引き結びながら、綿へとそっと身を寄せた。そして手のひらを彼女の背に添え、華奢な腰を抱き寄せる。綿は彼の深い瞳を見つめながら、胸がふるえた。
高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう 第1148話
綿は思わず吹き出して笑った。昔、母親はよく「さすが私の娘、私に似て賢いわ！」と自慢げに言っていた。それが今では、こんなふうに謙遜している。「ママ、あなたの影響を受けてここまで来たんだよ。もっと自信持って。私がこんなに優秀なのは、パパとママが立派に育ててくれたからだよ！」綿は真剣な顔でそう言った。天河は首を振った。この娘は昔から、こうして母親を安心させるのが上手だった。盛晴はいつまでも子どものようで、彼だけじゃない、綿までもがそんな彼女を甘やかしてきた。「スタジオが無事に立ち上がったら、もう研究所には戻らないつもり。研究所も今は軌道に乗って、私が四六時中ついていなくても大丈夫になったから。一番大変な時期は、もう過ぎたよ」「ママ、それからもうひとつ、やりたいことがあるんだ」綿は盛晴をまっすぐ見つめた。「それは、おばあちゃんの右手を回復させるために、医術をもっと磨くこと」おばあちゃんは口には出さないけれど、夜な夜な密かに泣いているのを綿は知っていた。一生、強くたくましく生きてきた女だった。おじさんいちゃんの前でも、常に堂々としていた。それが今では、おじさんいちゃんに頼り、持てないものはすべて手伝ってもらっている。その現実を、おばあちゃんが受け入れられないことは、痛いほどわかっていた。それでも、二人の愛情は昔と変わらなかった。「それは一朝一夕にできることじゃないぞ。今の医療技術じゃ、まだ難しい」天河は穏やかに指摘した。「わかってるよ、パパ」綿はにっこり笑った。「おばあちゃんのことも、お前自身のキャリアも考えてる。なら、次は大事なことがあるよな？」天河は意味ありげに綿を見た。綿は食事を止めて顔を上げた。ん？「輝明だよ！」綿はくすっと笑った。「お前のために銃弾を受けたんだぞ。それに、お前が誘拐されたときも、なかなかの男っぷりだった」「彼が誘拐されたとき、私だって頑張ったもん！」綿は得意げに言った。天河は大きくうなずいた。「そうだな、お前もよくやった。だが、これが何を意味するか、わかるか？」綿は首をかしげた。何を意味するの？「つまり、因果応報だってことさ。お前たちの誤解はあの誘拐事件から始まり、そして今、別の誘拐事件を通じて解けた。そういう意味で、最初から最後まで、きちんと区切
高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう 第1147話
「本日、メディアの報道によると、SH2Nに最新の進展があり、来年第三四半期に臨床試験が行われる予定です！」綿は朝食をとりながら、ニュースに耳を傾けていた。SH2Nに進展があった。これは……本当に、最高のニュースだった。「昨日、メディアが陸川易さんと陸川弥生さん、陸川育恒さんが国外へ向かった姿を捉えました。一週間前には、陸川家の令嬢の嬌さんの埋葬が完了しています。ここで、近年の陸川家を振り返ってみましょう」「ご存知の方もいるかもしれませんが、何年も前に、業界内で噂されたことがありました。陸川家の令嬢の嬌さんは、弥生さんと育恒さんの実の娘ではない、という話です。この件は長年裏付けが取れずにいましたが、昨日、幸運にも我々云城エンタメニュースの記者が陸川易さん本人にインタビューすることができました。易さんの口から明かされたのは……嬌さんは、弥生さんと育恒さんの実の娘ではなかった、という事実でした」女記者は手元の原稿を見下ろし、小さくため息をつきながら続けた。「陸川家が嬌さんに注いだ愛情は、誰の目にも明らかでした。実の娘ではなくても、実の娘以上の愛を注いだ……これこそが養父母の究極の姿かもしれません」「もちろん、世界には陸川弥生さんと育恒さん以上に立派な養父母もたくさんいます。流浪する子どもたちに温かい家を与えてくれた、すべての方々に、心からの感謝を」綿は手に持った碗を少し上げ、横目で盛晴を見た。「何、私に感謝でもするの？」盛晴が茶化すように言った。昨日、綿が真実を知った直後とは打って変わって、今日の盛晴はずいぶんと気持ちが軽くなっていた。「もちろん感謝してるよ。私をこんなに大事にしてくれてたから、私は一度も自分が他人の子だなんて思ったことがなかったんだ」綿は笑いながら言った。心の底から温かさが広がっていた。盛晴は綿に肉まんを一つ取ってやり、「いい子」と微笑んだ。そこへ天河が階段を下りてきて、和やかな空気の中、にこやかに挨拶した。「おはよう」「パパ、そんなにのんびりしてたら、遅刻するよ？」綿は冗談交じりに注意した。天河は気にする様子もなく、ゆったりと座り、揚げパンを一つ取って聞いた。「随分機嫌いいじゃないか」「ちょうどパパもママも揃ってるから、私のこれからの人生設計について報告するね！」綿は顔を上げ、
高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう 第1146話
「実は君に伝えたいことは山ほどあった。でも、いざこうしてメッセージを書こうとすると、不思議と何も言えなくなった。今、俺は両親を連れてH国へ向かっている。もうすぐ雲城を離れる。きっと、またどこかで会えるよな。いや、絶対に会えるはずだ。次に会うときは、こんなみじめな姿じゃない。兄として……本当に君を愛してる。本当に、本当に、心から。君が幸せに、無事に成長してくれたこと、それが何より嬉しい。綿、初めまして、俺は易だ。この何年か、いろんなことがあった。その度に、何千、何万回も「ごめん」と言いたくなった。だけど、今さら謝ったところで、きっと何にもならない。君だって、そんな言葉、聞き飽きているだろう。それでも……それでも言わせてほしい。ごめん。俺たちは、本当に君にひどいことをしてきた。嬌も、父さんも、母さんも……誰一人、君に優しくできなかった。振り返れば、君が陸川家の血を引いていようがいまいが、もっと優しく接するべきだったんだ。綿、嬌はもうこの世にいない。どうか、もう彼女を憎まないでいてほしい。俺たちは、ここを離れる。君には、これからもっともっと幸せになってほしい。もしできたら、高杉輝明と結婚するとき、招待状を一枚だけ送ってくれないか？P.S.それから、母さんの精神状態はかなり悪い。医者によると、もう長くないかもしれない。最後に、小さなお願いをさせてくれ。もしそのときが来たら……どうか、日奈ちゃんとしてでも、綿としてでも、母さんを見送ってやってほしい。ごめん、本当にごめん。陸川易より」綿はベッドに寝転びながら、その長いメッセージを何度も何度も読み返していた。上半分は、兄から妹への言葉だった。下半分は、易という一人の人間から、綿への言葉だった。そして最後は、一人の息子として、母のために懇願する言葉だった。綿は深くため息をつき、ベッドの上でごろんと体を横にした。そのとき、輝明からメッセージが届いた。輝明「寝た？」綿「寝てない」輝明「何を考えてる？」綿は眉を上げ、珍しく気まぐれな気分で返した。綿「あなたのこと」輝明「おや、本当に俺を想ってるのか、それとも口先だけか？」綿「もちろん嘘だよ」輝明「ふん、やっぱりな」綿「明日会いに行くけど、何か食べたいものある？」輝明「君
高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう 第1145話
桜井家。綿が家に帰ると、リビングのソファには家族全員が揃っていた。綿の心は重かったが、みんなを心配させたくなくて、わざと明るく笑いながら言った。「わあ、こんなに厳かに、私の帰りを待ってたの？」天揚は鼻をこすりながら、心の中で毒づいた。——この薄情なやつめ。こんな大事なことが発覚して、陸川家の人間に会いに行ったくせに、戻ってきたらこのお気楽さ。父さんも母さんも、どれだけ心配してたと思ってるんだ！「なんでみんなそんな怖い顔して私を見てるの？」綿はソファに飛び込み、盛晴の腕にしがみついた。それでも父親の顔がさらに沈んでいるのに気づき、今度は天河の腕にも抱きついた。小さい頃から、天河は誰よりも綿を甘やかしてきた。——女の子は父親の天使だ、って本当だ。綿はそう胸を張って言える。天河の愛情は、盛晴以上だったかもしれない。「おじさんいちゃん、おばあちゃん～」綿は甘えるように呼びかけた。千恵子は眉をひそめた。彼女はいつも家族会議のとき、一番ストレートだった。「で、どうだった？あんた、まさか名字を変える気じゃないだろうね？」「何言ってるの、おばあちゃん。私、そんなことするわけないじゃん？それに、今の陸川家なんて落ちぶれてるし、変える理由なんかない。私は桜井家のご飯食べて、桜井家のお金で生きていくんだから！」綿は鼻を鳴らして、場の空気を少し和ませた。千恵子は眉を動かし、少しだけ安心した。そうだ、桜井家にはなんだかんだ言っても、まだ十分な財産があった。陸川家とは比べ物にならない。綿が現実主義なら、それに越したことはない。「でも、陸川家が没落したからじゃなくて、わしたちを愛してくれてるから、だよな？」山助が不満そうに口を挟んだ。綿はぷっと笑った。「もちろんだよ、おじさんいちゃん！私はみんなのことが大好きだもん！みんなが私を大切にしてくれるから、私は絶対離れないの！おじいちゃん、私はずーっとおじいちゃんの孫だよ！誰にも連れていかれたりしない！陸川なんて名字、絶対イヤ！私は桜井のままでいいの！みんなが許さなくても、私は桜井だもん、ふん！」両手を胸の前で組み、どこまでも意地っ張りな様子を見せた。ちょっと大げさだけど、その姿に、桜井家の皆は胸を撫で下ろした。まるで、安心のお守りをもらったようだっ
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