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第436話

Author: 似水
里香はふと思い出した。月宮がかおるを寝室に連れて行ったことを。

「どいてよ!」そう言って彼女はすぐに行こうとしたが、雅之に手で制されてしまった。

里香の真剣な顔を見ながら、雅之は彼女の手をしっかり握り、低い声でささやいた。「今行っても、かえって気まずくなるんじゃないか?」

里香は一瞬、迷ったように表情を曇らせた。

「何事もお互いが同意してのことだからさ。無理なら、誰だってやめさせることはできるんだよ」と雅之は続けた。

それでも里香は一瞬寝室の方に視線をやったが、やがて諦めたようにその場を離れた。

彼女の脳裏にかおるの曖昧な態度がよぎり、もしかしたら......ただ遊んでいるだけかも、と思う。どうせ飽きれば、いずれは離れるだろうと。

くるっと踵を返し、みんなで部屋を出た。

階段の廊下は狭く、並んで降りるには一列になるしかなかった。

雅之が一番前、里香がその後ろ、そして祐介が最後尾だ。

歩きながら祐介が里香にささやいた。「海外で面白いものを見つけたんだ。今度時間があれば見せてあげるよ」

里香は軽く振り返って「いいね」と微笑む。

祐介も口元に笑みを浮かべて続けた。「景色もすごいんだよ。B島のオーロラは世界一美しくて、ずっと見ていたくなるくらいだ。一緒に行けたらいいのに」

里香の目に少し憧れの色が混じった。「黒い砂浜もすごいって聞いたけど、本当に不思議な場所だよね」

「うん、いつか行こう」

「行きたいなあ......」そう言いかけたその時、突然、里香の鼻がズキっと痛み、目には思わず涙が滲んだ。気づかぬうちに前を歩く雅之にぶつかってしまったのだ。

「なんで急に止まったのよ!」

鼻を押さえながら、涙でぼやけた目で雅之を見上げる。

雅之は振り返りもせずに言った。「階段で話しながら降りると危ないだろ?それに、君たちが話し終わるのを待ってからのほうがいいかと思っただけさ」

言い方は穏やかだが、彼の冷たい雰囲気が漂っている。

里香は何度か瞬きをしながら雅之の背中を見つめ、何も言わずにそのまま歩いた。

祐介がくすくすと笑って、「二宮さん、おばあちゃんへのプレゼントはまだ買ってないんじゃなかったっけ?」と尋ねる。

雅之はあっさりと答えた。「急がないさ、君たちの話が終わってからでもいいだろ」

里香は少し間を置いて、「お店が閉まる前に早く行こうよ」
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    景司はまさか、雅之がこんなにストレートに聞いてくるとは思ってもみなかった。こいつ、本当に距離感ってものを知らないのか?少し眉をひそめ、雅之をじっと見つめると、淡々と答えた。「当たり前だろ。お前には関係ない話なんだから」雅之は半笑いで肩をすくめた。「信じられないな」まったく、何なんだこいつは。そんな雅之を無視し、里香は景司に向かって言った。「向こうで話そう」少し離れたところに小さな公園がある。散策する人の姿がちらほら見え、陽射しも心地よく、微風が吹いて寒さも和らいでいる。「いいよ」景司は頷くと、すぐに里香とともに歩き出した。数歩進んでから、ちらりと振り返り、雅之を一瞥した。その目には、わずかに嘲笑の色が浮かんでいた。雅之は何も言わず、ただじっと里香を見つめる。そしてしばらくすると、諦めたようにため息をついた。どうすることもできない。今の雅之にとって、里香は従うしかない「女王様」のような存在。機嫌を損ねれば、ますます遠ざかってしまう。それだけは避けなければならなかった。公園に着くと、景司が口を開いた。「雅之と仲直りしたのか?」里香はすぐに首を振った。「してないよ」景司は怪訝そうに眉を寄せた。「でも、お前たち、一緒にいるよな?」里香は景司をチラリと見て、軽く息をついた。「偶然だって言ったら、信じる?」景司は少し考え込み、「偶然とは思えないな。むしろ、誰かが意図的に仕組んだように見える。里香、伊藤さんの時間は貴重だ。裁判が開かなければ、この件はどんどん長引くぞ」と言った。里香は小さく頷き、「知ってる。訴訟、取り下げるつもりなの」「え?なんで?」景司は思わず驚き、思い直したように尋ねた。里香はため息をつき、肩を落とした。「離婚って、お互いが同意しないと成立しない。どちらかが拒否すれば、訴えたところで無駄なの」雅之は絶対に折れない。だから、誰も手出しできない。景司は深く眉をひそめた。「確かに、そうかもしれない。でも、このままじゃダメだろ」そんなこと、里香だって分かってる。でも、こっちには打つ手がない。雅之が首を縦に振らない限り、どうしようもないのだ。だから今は、ただ様子を見ながら進むしかない。「大丈夫。時間が経てば、彼も同意するよ」そう言う里香を、景司は心配そうにじっと見つめ

  • 離婚後、恋の始まり   第750話

    ゆかりはさらに緊張し、警戒しながらドアの方をじっと見つめた。「……あんた、誰?」しかし、返事はない。「ねえ、まだそこにいるの?」そう言いながら、恐る恐る二歩前に進み、外に向かって呼びかけた。だが、やはり何の反応もない。どういうこと?誰かがいるはずじゃ……?不安を押し殺し、意を決してドアに手をかけた。次の瞬間、突然、一つの影が飛び込んできた!「きゃっ——!」ゆかりは悲鳴を上げ、慌てて後ずさった。目の前の人物を警戒しながら睨みつけた。男だった。帽子とマスクをつけたまま無言で立っていたが、やがてそれを外し、素顔を見せた。「怖がらなくていいよ。別に君を傷つけるつもりはない。それに、君が里香を潰したいなら、手を貸すこともできる」その顔を見た瞬間、ゆかりの目が大きく見開かれた。「君、二宮雅之に似てるね。彼とどんな関係?」男は他ならぬみっくんだ。男はニッと笑いながら肩をすくめた。「みっくんって呼んでくれていいよ。雅之とは何の関係もないさ」それでもゆかりは警戒を解かず、じっと睨んだまま問い詰めた。「じゃあ、どうして私を助けるの?まさか里香と何か因縁でも?」みっくんは軽く笑って、「まあ、そんなところかな」と答えた。そして少し表情を引き締め、静かに言葉を続けた。「里香が瀬名家に戻れなくする方法がある。信じられないなら、今すぐ立ち去るよ。でもな……」彼はゆかりをまっすぐ見つめ、ゆっくりと言った。「里香には二宮雅之がついてる。今はどうあれ、いずれ瀬名家に戻るだろう。その時、君の今までの全てが、跡形もなく消えるってわけだ」その言葉と、自信に満ちた態度に、嘘は感じられなかった。その通りだ。雅之が里香を支えている以上、彼女が瀬名家に戻るのは時間の問題。特に最近、父の瀬名秀樹が元妻の写真を見つめる、あの表情を思い出すたびに、ゆかりの中に広がる不安は、どんどん膨らんでいく。「いいわ!」迷いなくその話に乗ったゆかり。一方その頃、里香は車に戻り、しばらく走らせていたが、突然、車がガクンと揺れ、止まった。「エンスト?」雅之はハンドルを握ったまま、一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに車を降り、ボンネットを開けて確認した。「……ダメだな。修理が必要だ」里香は眉をひそめ、車の外を見回し

  • 離婚後、恋の始まり   第749話

    雅之は里香をしっかりと抱きしめ、その落ち込んだ気持ちをひしひしと感じていた。「そのうちきっと会えるよ。もしお前を失望させるような両親なら、無視しても構わないよ」雅之は低い声で言った。里香は目を閉じ、しばらく黙っていた後、ゆっくりと口を開いた。「放して、ちょっと歩きたい」雅之は里香を放し、その顔が穏やかな表情に変わったのを見て、ほっと息をついた。安江町はそんなに広くない町だから、歩けばすぐに街の端に着く。遠くに広がる野原の風景に、里香は道端で立ち止まり、冷たい風を体に受けながら考え込んでいた。雅之は少し離れた場所から里香を見守っていたが、その時、スマホが鳴った。電話を取ると、新の声が響いた。「もしもし?」「雅之様、調査結果が出ました。例のボディガードたちは、瀬名家の長女、ゆかりが送り込んだものです。瀬名ゆかりは安江町のホーム出身で、この数年、沙知子とは連絡を取り続けていたようです。そして、最近は沙知子がゆかり名義の家に住んでいました」幸子によると、誰かが里香の身分を替わっていると。それから、里香の両親が富豪だということも言っていた。雅之は静かに言った。「ゆかりが瀬名家の実の娘じゃないって情報を瀬名家に漏らして、まずは彼らの反応を見てみよう」今となっては、里香が瀬名家の娘であることはほぼ確定的だ。しかし、今はまだ里香にはこのことを伝えるつもりはない。まずは瀬名家の反応を見てから決めるつもりだ。もし、彼らがどうしてもゆかりを選ぶというなら、もう再会する必要もないだろう。里香は振り返り、戻ってきた。雅之が電話をしているのを見て近寄らず、車の方に向かって歩き出した。その頃、錦山の瀬名家では、沙知子(さちこ)が貴婦人たちとお茶を飲みながら、麻雀をしていた。突然、スマホが鳴り、助手からの電話だった。沙知子は微笑みながら、「皆さま、少し失礼させていただきますわ。お電話を取ってまいりますので」と言って庭へ向かって歩きながら電話を取った。「どうかしましたか?」「奥様、ゆかりお嬢様が瀬名家の実の娘ではないという情報をキャッチしましたが、どのように対処なさいますか?」沙知子は驚いたように眉をひそめた。「誰かが調査をしているのかしら?」「はい、どうやら」「幸子のことは見つかりましたか?」「まだです。冬木の

  • 離婚後、恋の始まり   第748話

    雅之を完全に無視していたけど、ふと見上げると、ちょうど電話会議を終えたところだった。「何?」里香にじっと見つめられているのに気づくと、雅之は余裕のある表情で視線を返した。その瞳には、もう冷たさはなく、まるで彼女を包み込むような柔らかさが宿っていた。でも、里香の心の壁は、相変わらず頑丈だった。「山本のおじさんに会いに行きたい」雅之はあっさりとうなずいた。「いいよ」「啓をあんなに苦しめておいて、おじさんに会ったら罪悪感は沸かないの?」雅之はニヤリと笑い、「啓を解放しろって言いたいの?」「啓が潔白だと信じてるわ」雅之はじっと里香を見つめ、「里香、山本のおじさんはもうお金を受け取った。啓が無実かどうかなんて、問題はそこじゃないんだろ?」何か反論したかった。でも、言葉がうまく出てこなかった。そうよね。啓は両親に見捨てられた。今さら何を言ったところで意味なんかない。山本のおじさんはお金を手に入れて、老後は安泰。啓のことなんて、もう誰も気にしちゃいない……里香はそれ以上雅之を見ず、黙って朝食を食べ始めた。そんな彼女の様子を見ながら、雅之はぽつりと言った。「啓は死んでないし、死なないよ」思わず雅之を一瞥すると、彼はさらに続けた。「証拠は揃ってる。でも、お前の意見には一理あると思ってる。ただ、啓の無実を証明する決定的な証拠が、まだ見つかってないだけだ」里香は無意識に箸を握り締め、「……なんで今さら、そんなことを?」と尋ねた。雅之はまっすぐに里香を見て、「これ以上、お前に誤解されたり、怯えられたり、拒まれたりしたくないから」と言った。一瞬、戸惑いがよぎり、里香は視線を逸らした。雅之の考えは、いつだってストレートだ。それが意味するのは、要するに――離婚したくない、ってこと。でも……それでも、心の中にある壁は、どうしても崩せなかった。もう何も言わず、朝食を終えた里香は、山本の焼き鳥屋へ向かって歩き出した。雅之はさりげなく会計を済ませ、黙って後をついてくる。焼き鳥屋はそう遠くない。角を曲がればすぐのはずだった。なのに、里香はその角で立ち止まり、足を止めた。「どうして行かないの?」と雅之が横に立った。里香は複雑な表情で、じっと前を見つめた。「……焼き鳥屋、もうないの」雅之も視線を向けた。そこ

  • 離婚後、恋の始まり   第747話

    雅之は身をかがめて里香をじっと見つめた。二人の距離はとても近かった。里香の冷たい顔を見て、雅之は口元を引き上げて微笑みながら口を開いた。「冷たいな、昨日の夜とまるで別人みたいだ」里香は眉をひそめた。「その話、もうやめてくれない?」「じゃあ、せめてキスだけでも」里香は無言で雅之を押しのけ、立ち上がって言った。「私たちの関係はあくまで取引だから、余計な感情を混ぜないで。お互いにとって良くないから」雅之は里香の冷静すぎる顔を見て、笑いながら言った。「僕にとっては、むしろいいことだと思うけど」「私の質問に答えて。やるかやらないか、はっきりしてくれない?」この男、なんでこんなにわずらわしいんだ?「ああ、やるさ」雅之は里香の前に来て、優しい声で彼女の気持ちをなだめた。「お前に頼まれたことだし、やらないわけにはいかないよ。それに、ちゃんと綺麗にやるさ」欲しい答えを得た里香は振り返って部屋を出て行った。雅之が手伝ってくれるから、幸子を送り出す必要もなくなった。今日は冬木に戻るつもりだ。「帰っちゃうのか?そんなに急いでるのか?ここでもう少しゆっくりしない?」里香が帰ると聞いて、哲也はすぐに引き留めようとした。里香は首を振りながら、「ここには急に来たから、冬木での仕事があるの。そんなに長くは遅らせられないわ」と答えた。哲也は少し寂しそうだったが、それでも頷いた。「そうか、じゃあいつ発つんだ?」「明日よ」「それならちょうどいい。後で少し買い物に行って、今晩は一緒に鍋を食べよう。子供たちもきっと嬉しいよ」里香は頷きながら「いいね」と答えた。ちょうどこの時間を利用して山本さんを訪ねるつもりだ。雅之は里香の部屋からゆっくり出てきて、会話を聞いて「何話してるの?」と尋ねた。哲也はそれを見て、少し驚いて言葉に詰まった。「君たち……」雅之は里香の肩を抱きしめて、「どうしたの?」と言った。哲也はしばらく呆然としていたが、里香は雅之の腕から抜け出し、扉の方へ歩いて行った。雅之もそのまま後を追った。ドアを出ると、雅之がついてきたのを見て、里香は言った。「私には自分の用事があるから、もう追いかけないで」雅之は言った。「お前の用事を邪魔するつもりはないよ」どうやらついてくる気満々だ。里香は眉をひそめ、「あなた、

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