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第279話

「助手席に座れ」

雅之の声は冷たく、まるで拒否する余地を与えない強い口調だった。夏実は仕方なく「わかった」と小さく答えた。

翡翠居(ひすいきょ)に戻ると、二人は大統領スイートの前に着いた。桜井はカードキーを取り出してドアを開けたが、その瞬間、彼の心臓はドキドキしていた。

部屋に入ると、夏実はすぐに切り出した。「部屋、たくさんあるし、ここに泊まってもいい?あなたのこと、ちゃんとお世話するから。どう?」

雅之の頬にはまだ酔いの赤みが残っていた。部屋を一通り見渡すと、里香の姿はなかった。

彼はソファにどっかりと座り、目を閉じたまま桜井に言った。「もう一部屋、準備させておけ」

「かしこまりました」桜井は頷き、夏実に「こちらへどうぞ」と促した。

だが、夏実は雅之をじっと見つめ、「お願い、ここに泊まらせて。絶対に邪魔しないから。料理だってできるし、あなたの面倒も見るわ。お願い、いいでしょ?」とすがりついた。

雅之は冷静に答えた。「それはできない」

夏実の顔が一瞬固まった。

ここで食い下がれば、嫌われるかもしれない。あの時「結婚の話はなかったことにする」と言われた言葉が頭をよぎり、夏実は感情を飲み込んだ。

「…わかったわ。何かあったら、電話してね」

「うん」雅之は短く返事をした。

夏実は桜井に連れられ、部屋を後にした。

雅之はすぐに立ち上がり、隣の部屋を確認した。そこも空っぽだった。里香はもういなかった。表情が一気に険しくなり、彼はスマホを取り出し、里香に電話をかけた。

「もしもし?」

里香の声が聞こえた。

「今どこだ?」

雅之は低い声で問い詰めた。

里香は淡々と答えた。「あなた、私に誰かをつけてるんでしょ?聞けばすぐわかるんじゃない?」

雅之の声はさらに冷たくなった。「お前から聞きたいんだ!」

里香はくすっと笑い、「でも、言いたくないわ」と軽く返した。

「里香!」

雅之の胸の奥に怒りが沸き起こった。「俺が許可したか?今すぐ戻れ!」

里香は思わず笑ってしまった。「私の足でしょ?どこに行こうが、なんであなたの許可がいるの?」

雅之のこめかみがピクッと動いた。彼は冷静さを保とうと必死だった。「里香、外は危険だ。今すぐ戻れば、勝手に出て行ったことは不問にしてやる」

「ふん!」里香は鼻で笑い、電話を切った。

雅之は怒りに任せてスマホを
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