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第278話

桜井は、さらに言葉を続けた。「社長があなたを助けたこと、覚えていますよね。どうかお願いします!」

里香は一瞬目を閉じ、しばらくしてから「わかった」と短く答えた。

桜井はホッとしたように息をついて、「ありがとうございます。すぐに住所を送ります」と言って電話を切った。

スマホを見つめながら、里香の心には複雑な思いが湧いていた。彼に助けてもらったことがあるからって、何かあるたびにそのことを持ち出されるの?

でも、毎回巻き込まれているのは雅之のせいじゃないの?

そう思いながら、里香は服を着替えて外へ出て、バーへ向かった。

バーに着くと、二階に座っている雅之の姿がすぐに目に飛び込んできた。暗い照明の中でも、彼の冷たく高貴な雰囲気が際立っている。

ただ、彼の隣には一人の女性が座っていた。

夏実だ。彼女が安江町に来てたなんて。

里香は無言でその光景を見つめた。夏実が何か話しかけ、雅之も酒を飲む手を止めている。

誰が「私しか彼を説得できない」なんて言ったの?見て、夏実だってできてるじゃない。

雅之が夏実に手を伸ばすのを見て、里香はその場から目をそらし、踵を返してそのまま立ち去ろうとした。

桜井は今にも泣き出しそうな顔をしていた。誰か教えてくれ!どうして夏実が安江町に来て、しかもここにいるんだ?

桜井は一歩下がり、ソファに座っている夏実をじっと見つめ、次にスマホを見下ろした。

なんてこった......誰か、助けてくれ!

さっき小松さんに電話したばかりだっていうのに。本当は、少しでも社長と小松さんの関係を和らげたかったのに、これじゃ......全部台無しだ。

さっき見たんだよ、小松さんがもう帰っちゃったのを。絶対に夏実を見たに違いない。

ああ、なんてこった!

夏実は優しく微笑みながら雅之を見つめ、彼が自分に触れるのを待っていた。

しかし、雅之の手が半分伸びたところでピタッと止まった。彼の端正な顔には少し酔いが残っており、半開きの目で夏実を見ながら、「お前、誰だ?」と問いかけた。

夏実は驚き、すぐに彼の手を握りしめた。「私よ、夏実よ」

雅之はすぐに手を引っ込め、眉間を押さえながら、「どうしてここにいる?」と尋ねた。

その声には少し冷静さが戻っていた。

夏実は空っぽになった手を見つめながら、柔らかな声で答えた。「しばらく帰ってこなかったでしょ
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