第29話

その後、彼女は自ら粥を炊いて彼に食べさせた。

この男性はどんな時でもその品格が際立っており、端正で気品があり、粥を食べる仕草さえも優雅で魅力的だった。

初めて彼を見たときも、その顔に惹かれたのだ。過去を振り返りながら、智美の口元には微笑が浮かんだ。

ふと彼女は突然好奇心が湧き上がり、景一に向かって尋ねた。「私たちが最初に会ったこと、覚えていますか？」

「覚えてるよ。爺さんが君を家に連れてきて、僕に嫁にするって話してたね」

景一は少し具合が悪そうで顔色が少し青白だったが、そのカッコ良さはまったく損なわれていなかった、低い声と共に、頭の中にはあの日の光景が鮮明に蘇ってきた。

その前に彼はすでに藤井家との政略結婚を知っており、それが彼にはどうしようもない、拒むことのできない結婚だった。

不満はあるのか？

確かにある。

しかし、彼女を見た瞬間、彼は彼女との生活も悪くないと思った。

でも、景一は全く気づいていなかった。それが二人にとって初めて出会いではなかったのだ。

智美が藤井家を離れ、愛媛へ行く前に、彼女はすでに彼に出会っていた。そしてその一目が、彼女の心に一生消えない深い印象を刻みつけたのだった。

でも、彼にとっては何の影響もなかった。彼女はうつむきながら、苦い笑いを浮かべた。心の中では全てが明らかだった。彼の心は最初から最後まで梨奈だけに向けられていて、他の誰かが入り込む余地なんてどこにもなかった。

彼女自身が良い例ではないか？

彼を愛してしまったからは、もう二度と他の誰かを愛することなんてできないのだ。

智美は気持ちを落ち着かせた後、静かに尋ねた。「景一さん、この結婚を後悔したことがありますか？」

「どうしてそんなことを聞くの？」

彼は眉をひそめた。

「もし私たちが結婚していなかったら、今頃あなたは田中さんと結婚していたかもしれませんね」

彼女はずっと俯いままだった。

景一は眉をひそめ、少し苛立ちを滲ませた声で言った。「そんなにたくさんの『もし』があるわけがない。すべてはもう運命で決まっているんだ」

智美は続き言った。「もし選択の権利があなたにあったとしたら、それでも私と結婚すします？」

「じゃあ、君はどう？するの？」

「私？」

「うん、君ならどう？」

智美は淡い微笑みを浮かべた。もし全てを自分の意志で決められるたら、