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第502話

 この中に書かれていた内容はシンプルだったが、桃が最初に想像していたものとは全く違っていた。

 契約書は確かに翔吾の養育権に関するものだったが、そこに記されていたのは、1か月以内に翔吾を無事に桃に返すという約束だった。もし雅彦が1か月後にその約束を果たせなかった場合、雅彦が所有する全ての財産や株が桃に譲渡されるという内容だった。

 桃はその文章をじっと見つめ、しばらくの間、何が起こっているのか理解できなかった。

 そうでなければ、こんなばかげた内容を目にするはずがない。どう考えても現実とは思えなかった。

 彼女は自分の腕を思い切りつねり、鋭い痛みが襲ってきた。その痛みで、彼女はようやく自分が夢を見ているわけではなく、現実にいることを理解した。

 雅彦は、彼女のその幼稚な仕草を見て、口元に微笑を浮かべた。

 「どうだ?この内容に何か疑問でもあるか?」

 その声で我に返った桃は、雅彦の目を見つめ、「どうして?」と尋ねた。

 雅彦は成功したビジネスマンであり、この契約書に記されている内容は明らかに彼に不利なものだった。桃はこれが雅彦らしくないと感じた。

 「君が僕を信じてくれないことは分かっている。過去のことがあるから、僕が何を言っても君は信じようとしない。だから、今回は白黒はっきりさせて、君に僕が嘘をついていないことを信じさせたかったんだ」

 雅彦は桃の顔を見つめ、真剣な表情で話した。

 桃はその視線に気まずさを覚え、すぐに視線をそらした。何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。

 彼女の頭は、この男の言葉を信じるなと告げていたが、心の中では不思議な揺らぎを感じていた。

 その揺らぎに気付いた桃は、雅彦に見えないところで、自分の脚を強くつねった。痛みが頭を冷静にし、桃は深く息を吸い込んだ。

 「そう言われても、今日も確認したけど、菊池家の地位を考えると、須弥市で弁護士を探してあなたたちと裁判をしようとしても、誰も私の依頼を受けてくれるとは思えない。だから、この契約書が本当に私を助けたいものなのか、それともただ時間を稼いで私が翔吾の養育権を諦めるのを待っているだけなのか、私は確認できないの」

 雅彦の目が一瞬暗くなった。桃にもう一度自分を信じてもらうのがどれだけ難しいかは十分理解していたが、彼女の目に浮かぶ疑念を見て、雅彦は少なからずショッ
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