LOGIN「言っただろ!君、もう気が狂いそうだって」マイクはからかうように言う。「今夜、彼が君を探さなくても、数日中には来るはずだ。あまり心配するな。少なくとも今は安全だ」マイクの言葉に、とわこは少し安心する。しかし、彼女はすでに奏と蓮を探しに行く約束をしていたので、出かけなければならなかった。「今からDLホテルに行くわ。車で行くから、ここで待っていて」とわこはボディーガードに告げる。「マイクが、蓮に私たちの宿泊先の情報を伝えたって。もし今夜蓮がここに来たら、すぐに電話して」ボディーガードは答える。「分かりました。蓮を探しに行くのは危なくないですが、二人が剛に捕まるのが怖いです」「そんな危険があれば、奏は私を行かせないはず」とわこは車を運転し、DLホテルへ向かう。彼女が出発して約二十分後、蓮の姿がボディーガードの視界に入る。蓮はいつものキャップも、黒いランドセルも背負っていない。一人だけで、とわこの宿泊するホテルのロビーに現れる。背が高く細身で、姿勢も良い。ボディーガードは一目で彼だと分かる。ボディーガードは大股で彼の前に行き、腕を掴む。「蓮!お母さん、ずっと君を探してて心配してたんだぞ」灯りに照らされた、奏似の冷たい小さな顔を見て、ほっと息をつく。「無事でよかった」「ママは?」蓮はマイクから送られた暗号化メッセージを見て、ここに来た。「お母さんは奏さんを探しに行ってる。奏さんも君を探してる」ボディーガードは彼をロビーのソファに座らせる。「ちょっと座って待て。お母さんに電話するから。ところで、なんで一人で来たんだ。ここは危険だぞ。お母さんは今夜、君を帰国させるはずだ。知っているか、彼女は一昨日、誘拐されて危うく命を落とすところだったんだ……」「ママに電話しないで」蓮は真剣な顔で腕を握る。「誘拐ってどういうことなの」「それは話が長い……」「簡単に言って」「剛の娘の誕生日の日、お母さんとお父さんがクルーザーで親密になった。その後、高橋家の人間に見つかって、夜、お母さんは剛の息子の大貴に誘拐された」ボディーガードは最も簡潔な言葉で事実を伝える。「彼はお母さんを侮辱しようとした。妹のためだ」蓮の周りから強烈な殺気が放たれる。ボディーガードは怒りに気づき、すぐに宥める。「怒るな。お母さんは無事だ。頭が良くて
DLホテル。奏はフロントに蓮の宿泊情報を確認しに行かなかった。とわこが昼間に問い合わせており、フロントが泊まっていないと言った以上、ここにはいないはずだった。蓮が偽名を使う可能性、あるいはホテルで奏に遭遇してすぐチェックアウトした可能性、そのどちらかしか考えられない。今必要なのは、蓮がまだホテル内にいるかどうかを確かめることだった。奏は直接監視室へ向かい、当直の警備員に今日の午前中の映像を見せるよう指示した。「奏様、お探しの方はどんな方ですか」「子供だが背が高い、自分で探すから構わない」と奏は椅子に座り、マウスを握って時間を絞っていく。フロントでチェックインしているかどうか、エレベーターに入った映像があるかどうか、それさえ分かれば本当に宿泊したかどうかが判断できる。しかし、奏が自分と蓮が会った時間帯を入力して検索をかけると、画面には真っ白な映像が出た。奏の身体が一気に強張り、マウスを握る指先が固まる。監視映像が消されている。別の時間を適当に入力すると、そちらは正常に映っている。蓮が映っているはずの時間帯だけ、完全に消去されていた。これこそが、蓮が本当にY国へ来ている証拠だった。奏は勢いよく椅子を離れ、監視室を出てフロントへ向かう。「昼間のスタッフはどこだ」女性スタッフが替わっており、昼間のスタッフはちょうど上がったところだと説明する。奏の顔を見て彼の身分を悟り、「必要なら連絡しましょうか」と言ってくる。奏はすぐ電話をかけるよう言い残し、ホテルの外へ歩いていく。夜の帳が落ち、ネオンが瞬く。蓮は今どこにいるのか。奏はスマートフォンを取り出し、とわこに電話をかけた。すぐにとわこが出る。「蓮の手がかりがあったの?」「蓮がホテルの監視を消した」と奏は冷静に告げる。「彼以外にそんなことができる者はいない」とわこはまだ連絡が来ていないと焦りを滲ませる。今日何度もスマホを見ては落胆していた。「蓮の最近の写真が、一枚送る」「ある」とわこが言い、小さく考え込んだあと、「DLホテルにいるのなら自分も向かおうか。蓮がそこに泊まっていないとしても、他のホテルにいるに違いない」奏は短い沈黙のあと、承諾する。今はほかの事情より、蓮を見つけ出すことが最優先だった。電話を切り、とわこは出か
もしかすると、ここまで悲観するべきではないのかもしれない。今の彼女は蓮を見つけられないが、高橋家の人間だってそう簡単には彼を見つけられない。昼食を終えてとわこは部屋に戻る。蓮からの連絡はまだ来ない。彼女は検査画像を取り出して、細かく見直す。脳内の腫瘍は前回より少し大きくなっている。あの時、俊平の顔色があれほど悪かったのも無理はない。彼女が蓮のことを持ち出さず、行方不明だと言わなければ、俊平は間違いなく早めの手術を勧めていたはずだった。午後三時。奏は昼食を終えて家に戻る。昼食の席で少し酒を飲んだ。剛が付き合いの深い客を何人か呼んでおり、奏も断りきれず数杯つき合った。帰宅すると、真っすぐ寝室へ向かう。頭が少しぼんやりしていて、少し休まないと夜に蓮を探す気力がもたない。寝室の扉を開けた瞬間、ベッドに横たわる真帆の姿が目に入り、彼は思わず動きを止めた。「奏、お酒を飲んだの?」と真帆がスマートフォンを置き、赤らんだ彼の顔を見て尋ねる。「お兄ちゃんが昼に様子を見に来て、主寝室で休むよう言ったの」奏はうなずき、ベッドのそばに腰を下ろす。彼女の青ざめた顔を見て調子を尋ねる。「傷のあたりが少し痛む以外は、昨日よりずっと楽よ」と真帆は言い、さらに続ける。「薬を飲んでいるんだからお酒は避けるべきよ。薬を理由に断れば、誰も無理に飲ませたりしない」「少し寝たい」。その言葉の意図を悟った真帆は起き上がろうとする。しかし奏が制し、「怪我をしているんだから横になっていればいい」と言って彼女の隣に横になり、目を閉じた。真帆は息をひそめるようにしながら、彼が眠りにつくのを静かに見守る。呼吸が徐々に落ち着いたところで、ようやく胸をなで下ろす。ようやく彼の顔の一つひとつの線を、心ゆくまで見つめることができた。彼女と彼が同じベッドに横になるのは、これが初めてだった。彼は知らない。彼女が長い年月、密かに彼を想ってきたことを。自分の気持ちが男女としての想いなのだと気付いた時には、彼はすでにA国で事業を広げるために移っていた。その後、彼はほとんどY国に戻らなくなった。まさか彼が落ちぶれる日が来るとは思わなかった。もし今回の状況がなければ、彼が彼女と結婚することなどあり得なかったはずだった。今、彼は彼女の夫だ。と
電話に出たものの、とわこは感情を整えられなかった。「奏、蓮が見つからないの。ホテルで聞いたけど、フロントは蓮が泊まっていないって」胸が締め付けられるようで、涙が今にもこぼれ落ちそうになる。もし蓮がここではなく他国へ行っていたのなら、ここまで焦りはしない。「本当にこのホテルで見たの?」とわこは掠れた声で問う。「見た。間違いない」奏の声は断言していた。「蓮のこと、忘れてなかったのよね? レラのことも、蒼のことも……」さらに追及すると、奏の呼吸が一瞬止まった気配が伝わる。「蓮がY国にいるのは確かだ。君は蓮を探すべきで、くだらない質問をするな」「探してる!でも見つからないの!」とわこの涙がついに頬を伝う。「どこを探せばいいのか全然分からない。電話も通じない。あの子から連絡がなければ、私は……」蓮はもう二、三歳の幼子ではない。半年の留学で能力は驚くほど伸び、今の蓮は彼女の知っている蓮ではなかった。彼女の泣き声を聞き、奏の眉は険しく寄る。「俺が探す」彼は今、剛とわこたちと昼食の席にいた。蓮のことが気掛かりで、席を外して洗面所から彼女に電話していた。電話が切れると、とわこは立ち上がる。蓮を見つけ出し、奏に動かせるわけにはいかない。剛が蓮の存在を知れば、奏を揺さぶるために利用しかねない。涙を拭い、とわこはマイクへ電話した。マイクは疲れを笑いで誤魔化しながら出た。「ここ数日、あえて連絡してなかったんだぞ。君から電話が来るかどうか見てた」「蓮がY国に来てるの。今、全く連絡が取れない。あなた、何とかできない?」とわこは灼ける日差しの下、ホテルの入口を見つめながら言う。「は? Y国? あのガキ、そんな度胸あったのかよ」マイクは椅子から飛び上がり、叫ぶ。「すぐ探す! 何か分かったらすぐ電話する!」通話を終えると、とわこはホテルの入口から目を離した。ボディーガードは汗だくの彼女を見て提案する。「一度戻りましょう。蓮はあなたに会いに来たんです。必ず連絡がありますよ」「その前に高橋家の連中に捕まったらどうするの」胸に重い石がのしかかるような感覚。「蓮はそんなに愚かじゃないですよ」ボディーガードは冷静に言う。「一度ホテルに戻りましょう。案外、もう来てるかもしれません」蓮は幼いが、その理解力は大人に引けを取らず
このあと彼には別の仕事があり、ここにずっと留まることはできない。ただ、とわこが来れば必ず蓮を見つけられると彼は思っている。とわこが蓮を見つけさえすれば、すぐにでもここから離れさせられる。とわこが電話を切ると、俊平は彼女の顔色が悪いのに気付き問いかけた。「どうした。酸素が足りていないように見える」「俊平、急用ができたの。すぐ行かないといけない」とわこは焦り切っていて、説明する余裕もない。「あとでちゃんと話すから」そう言い残し、エレベーターへ向かって早足で歩く。俊平は追いかけようとしたが、CTの結果がまだ出ていないため、ここで待つしかなかった。彼女が動くと、ボディーガードもすぐに後を追う。誘拐事件以来、ボディーガードは彼女から一歩も離れない。エレベーターに乗ると、ボディーガードが尋ねた。「何か大変なことが起きたんですか」「さっき奏から電話があって、蓮を見たって」とわこが緊張して言った瞬間、ある可能性が脳裏をよぎる。彼女は素早くスマホを開き、涼太の番号を探し出した。エレベーターが一階に着くと、とわこは急いで外へ出て電話をかける。涼太が電話に出た。「涼太、三浦さんの話だと、蓮があなたとレラを訪ねたって。今そっちにいるの?」とわこが問う。涼太はレラを見て、困ったように表情を曇らせた。レラは嘘をつくよう頼んでいたが、とわこにだけは嘘がつけない。「どうして黙っているの。蓮、そっちに行ってないの?」とわこは頭痛を覚えながら言う。「蓮はY国に来てる」「そっちに向かったのか」涼太はレラと蓮の計画を全く知らなかった。とわこから電話が来なければ、何も気付かないままだった。「違う。こっちには来てない」その返事が、とわこの焦りをさらに強くする。「奏がホテルで見たって。Y国に来たのに、私に連絡もせずホテルに行くなんて。最近は自分で判断し過ぎてて、危なっかしい」涼太は慰めようとしたが、とわこはそれより早く切羽詰まった声を出した。「今すぐ蓮を探しに行く。レラのこと頼んだわ」「分かった」電話を切ると、とわことボディーガードは病院を出ていく。車に乗り込むと、ボディーガードはDLホテルへ向けてアクセルを踏んだ。「社長、奏さんはあなたを忘れてるはずですよね。どうして蓮のことは覚えてるんです」ボディーガードが
蓮はその顔をはっきり確認した瞬間、別のエレベーターへ早足で向かう。奏は随行の者たちとともにエレベーターを出て、ホテルの正面口へ向かっていく。彼は蓮に気付いていない様子だ。あるいは気付いていても、自分の息子だとは思っていないのかもしれない。とにかく今回は危うく見つかりそうになりながらも、なんとか切り抜けた。奏が去った後、蓮の前のエレベーターが開く。蓮は数秒ほどためらい、結局フロントへ向かいチェックアウトすることにした。今日ここで奏に会った以上、このホテルにいればまた鉢合わせする可能性は高い。このホテルはY国でも指折りの高級ホテルで、蓮がここを選んだのは安全性が高いからだ。ただ、このホテルのオーナーは剛である。奏が今日ホテルに来たのは、剛に視察を頼まれたためだ。剛は自分の事業を奏に引き継がせたいと考えている。大貴はやり方が粗く、外で敵を作り過ぎた。もし剛が庇わなければ、とっくに誰かに潰されている。そのため剛は一昨年、大貴を別の都市へ送り出し、新規事業の開拓を任せた。表向きは新規開拓だが、実際は嵐を避けさせるためだった。しかし大貴は数年経っても成果を出せず、剛としては奏を手元に引き込むしか道がない。一昨日、とわこの件で二人の間に多少の軋轢はあったが、幸い深刻な溝にはならなかった。奏はホテルを出て、駐車場へ向かい大股で歩く。ボディーガードが先に進み、ドアを開けて待つ。奏はドアの前でふと歩みを止めた。「ちょっと電話をする」そう告げると、踵を返しホテル前の噴水の方へ向かった。その頃、とわこと俊平は病院にいた。とわこは俊平の顔の傷に塗り薬が必要だと思い、俊平は彼女が脳腫瘍の状態を確認するため再検査すべきだと考えている。互いに譲らず説得し合い、結果として二人は折衷案に落ち着いた。彼は外用薬を買いに行き、とわこは検査を受ける。奏が電話をかけてきたとき、とわこはCT室で検査中だった。彼女のスマホは俊平が預かっている。俊平は奏からの着信を見て、出るべきか迷った。出たところで、とわこのスマホが自分の手にある理由をどう説明すればいい。そう考え、出ないことに決めた。奏は疑い深く鋭い男で、彼の前で下手な嘘をつけばすぐに見抜かれる。五分後、とわこがCT室から出てきた。俊平







