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第2話

作者: 夏目八月
守は諦めたように言った。「無理をしなくてもいいんだ。これは陛下の勅命だ。それに琴音が入籍しても、お前たちは東西別棟に住むんだ。家事権を奪うつもりもない。さくら、お前が大切にしているものなんて、琴音は欲しがりもしないよ」

「私が家事権に執着していると思うのですか?」さくらは問い返した。将軍家の家計を切り盛りするのは容易なことではなかった。老夫人が毎月丹治先生の漢方薬を飲むだけでも、数十両の金貨がかかっていた。他の者の衣食住に人付き合いと、何かと出費が絶えなかった。

将軍家は見かけ倒れだった。この一年、自分の持参金をかなり注ぎ込んだのに、こんな結果になるとは。

守はすっかり我慢の限界に達していた。「もういい。話すだけ無駄だ。本来なら一言伝えるだけで十分なんだ。お前が同意しようがしまいが、結果は変わらない」

さくらは彼が冷たく袖を払って去っていく姿を見つめ、心の中でさらに皮肉な思いが募った。

「お嬢様」女中のお珠が傍らで涙を拭いていた。「旦那様のやり方はひどすぎます」

「そんな呼び方はやめなさい!」さくらは彼女を軽く見遣った。「私たちはまだ夫婦の実を結んでいない。あの人はあなたの旦那様じゃないわ。私の持参金リストを持ってきて」

「なぜ持参金リストを?」お珠は尋ねた。

さくらは彼女の額をこつんと叩いた。「馬鹿な子ね。こんな家にまだ居続けるつもりなの?」

宝珠は額を押さえながら呻いた。「でも、この縁談は奥様が取り持たれたものです。侯爵様も生前、お嬢様に嫁いで子を産んでほしいとおっしゃっていました」

母親の話が出て、さくらの目に初めて涙が浮かんだ。

父は側室を持たず、母一人だけを妻とし、6男1女を設けた。兄たちは皆父について戦場に赴き、三年前の邪馬台の戦いで誰一人帰ってこなかった。

武将の家に生まれた彼女は、女の子でありながら幼い頃から武芸を学んだ。七歳の時、父は彼女を梅月山に送り、師について武芸を学ばせ、兵書や戦略論を熟読させた。

十五歳で山を下りた時、父と兄たちが一年前に邪馬台の戦場で命を落としていたことを知った。

母は目が見えなくなるほど泣き続け、彼女を抱きしめてこう言った。「あなたはこれからは都の貴族の娘のように、良い夫を見つけて結婚し、子どもを産んで、安らかな人生を送りなさい。私にはもうあなた一人しか娘がいないのだから」

さくらの心は抉られたようで、痛みのあまり涙さえ流せなかった。

それから一年かけて三従と四徳や、宗家の妻として家を切り盛りする術を学んだ。母を喜ばせたかったのだ。

北平侯爵家の嫡女の夫探しは、彼女の美貌が町一番だったこともあり、求婚者が後を絶たなかった。母は北條守を選んだ。守が母の前で、さくらを妻に迎えられたら決して側室は持たないと誓ったからだった。

しかし半年前、北平侯爵家は一族皆殺しの悲劇に見舞われた。老若男女問わず、使用人まで全員が刀の餌食となり、一人一人が108回も斬られ、遺体はバラバラになっていた。

最年少の甥はまだ2歳半だったのに。三番目の兄の遺児だった。

京都奉行所と御城番が駆けつけ、数人を捕らえたが、平安京の諜報員だと判明した。

前線で戦況が厳しい中、平安京の諜報員があえて正体を明かしてまで侯爵家を滅ぼそうとしたのは、まるで恨みを晴らすかのような残虐な殺し方だった。

知らせを聞いて屋敷に駆けつけたさくらは、祖母と母の八つ裂きにされた遺体を目にした。

屋敷中が血で染まり、全ての人が無惨な最期を遂げていた。

今や、北平侯爵家にはさくら一人しか残っていない。侯爵家の再興など不可能だと、少なくとも外部の人間はそう考えていた。

結局のところ、誰もが彼女をか弱い女性としか見ていなかったのだ。

一方、葉月琴音は違った。彼女は戦功を立て、朝廷初の女将軍となり、太后の賞賛も得ていた。今後は彼女が守を支えることで、守の地位はさらに安定するだろう。だから北條家の人々もこの縁組みに同意したのだ。

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    斎藤皇后が口を開いた。「調査の経緯について、陛下にお話しできるのなら、私にもお話しいただけるでしょう。父があのような人物であるはずがありません」さくらは真っ直ぐに皇后を見つめた。「皇后様、実はご尊父様にお尋ねになられた方がよろしいかと存じます。謀反の件に関わることですので、結果についてはお話し申し上げられます。確かにご尊父様に関わることではありますが、捜査の過程についてお話しするのは適切ではないかと。これはあくまでも朝廷の政務でございますので」斎藤皇后は一瞬たじろいだ。確かに、自分が調査の過程を問うべきではなかった。後宮は政に関わってはならない。特に今や斎藤家は絶頂期にあり、自身も后の位にある。些細な過ちでさえ、大きく取り沙汰されかねないのだ。斎藤忠義は眉を寄せた。父に尋ねる?どうやって口にできるというのか。この件が真実なのか否か、確かな情報もないまま父に問いただしたところで、仮に父が否定したとしても、心に棘が残るだけではないか。「上原殿、皇后様にはお話しできないとしても、私にはお話しいただけないでしょうか。捜査に干渉するつもりはございません。ただ、我が斎藤家に関わることですから、情報の出所を知りたいと思うのは当然のことかと」さくらが少し考え込んだ様子を見せたその時、皇后は立ち上がった。「私は内殿に下がっております。お二人でお話しください」そう言うと、ちょうどお茶を運んできた吉備蘭子も一緒に連れて、内殿へと入っていった。さくらはお茶を一口すすり、喉を潤した。斎藤忠義の、切実さと恐れの入り混じった眼差しを見つめ返しながら、静かに語り出した。「大長公主家の庶出の娘たちがどの家に送られたかは、全て監視する者がおりました。早い時期に送り込まれた娘たちについては、実母が亡くなっていれば影響力を行使できないと影森茨子も承知していたため、関与を避けていたようです。それらについては別の方法で調査いたしました。しかし、ここ数年で送り込まれた者たちについては、彼女たちと接触していた担当者がまだ存在しております。その者の供述から、ご尊父様の妾となった女性がどのようにご尊父様に近づき、どのように引き取られ、どこに住まわせられ、側近が何人いるのか、全てが明らかになりました。管理人が白状し、私どもで事実確認をした上での結論でございます。ですが、やはり斎藤殿には直

  • 桜華、戦場に舞う   第790話

    さくらが御書院を出てわずか数歩のところで、皇后付きの吉備蘭子に呼び止められた。蘭子は笑みを浮かべて会釈し、「王妃様、お久しぶりでございます」と声をかけた。さくらも笑顔で返した。「蘭子様、何かご用でしょうか?」「特に急ぎの用件ではございません。皇后様が王妃様とはお久しぶりだとおっしゃって、春長殿でお茶をご一緒したいとのことです」さくらは喉が渇いて仕方がなかったが、皇后に呼ばれるのは良くないことだと察していた。断れるものだろうか。吉備蘭子の断る余地を与えない態度を見て、仕方ないと悟った。彼女は微笑んで「ご案内よろしくお願いします」と答えた。「王妃様、こちらへどうぞ」蘭子は笑顔で両手を前で組み、軽く腰を曲げてから歩き始めた。御書院から春長殿までは少し距離があったが、幸い今日は天気が良く、風もそれほど強くなかった。御書院での緊張感が少し和らいだ。緊張がほぐれ、少し肩の力が抜けた。斎藤皇后も友好的ではないが、陛下の威圧感や重圧に比べれば、はるかに対応しやすかった。春長殿に到着し、吉備蘭子に案内されて中に入った。殿内に入ると、錦の衣をまとった男性が座っていたが、彼女を見るや立ち上がって礼をした。上原さくらは彼を知っていた。斎藤皇后の兄、斎藤忠義だ。三位の枢密院学士で、陛下の即位直後に登用された心腹の大臣だった。さくらはまず礼を行い、「皇后様にご参内申し上げます」と言った。「お上がりなさい」斎藤皇后は端正な姿勢で上座に座り、冷静で距離を置いた声で言った。斎藤忠義は会釈して「上原殿」と呼びかけた。さくらも礼を返して「斎藤殿」と応じた。「お座りなさい」皇后が言った。さくらは礼を言い、左側の椅子に座った。忠義も彼女の向かいに腰を下ろした。席に着くや否や、忠義は急いで尋ねた。「上原殿、一つお聞きしたいことがございます。どうか偽りなくお答えいただきたい」さくらは喉の渇きを覚え、「皇后様、お茶を一杯いただいてもよろしいでしょうか」と申し出た。「茶を持ってまいれ」皇后はすぐさま命じた。茶を待つ間、さくらは尋ねた。「斎藤殿、何をお聞きになりたいのでしょうか」「本日、親王様がお越しになり......」斎藤忠義は言葉を詰まらせた。この話題を切り出すのが難しいようだったが、避けて通れない質問だった。心中の屈辱を

  • 桜華、戦場に舞う   第789話

    比較の結果、大長公主邸の甲冑は兵部のものよりも素材と作りが優れており、特に武将用の戦甲は極めて精巧であることが判明した。御書院での実験では、連続で何度斬りつけても破れず、むしろ刀の方に欠けが生じた。弩機の試験結果も出たが、こちらは兵部のものに及ばなかった。これにより、激怒していた清和天皇の表情が幾分和らいだ。少なくともひとつ証明されたのは、国公家の青露が嘘をついていなかったことだ。彼女は弩機と甲冑の設計図を持ち出してはいなかった。両者が異なっていたからだ。それでも、衛利定はおそらく罪に問われるだろう。兵器の設計図という極めて重要なものを外部に漏らしたのだから。幸いなことに、陛下は依然としてそれらの女性たちへの扱いを変えず、上原さくらが提案した一括管理にも賛同した。結局のところ、彼女たちは操られていただけで、実質的な被害も出していない。陛下にとっても仁徳の名を得る好機となるだろう。承恩伯爵家を大混乱に陥れた椎名青舞についても、清和天皇は熟慮していた。つまるところ、梁田孝浩の無能さも原因だった。多くの女性が名家に入っても大きな波乱は起こさなかったのに、唯一承恩伯爵家だけが大混乱に陥った。彼ら自身にも大きな責任があるのだ。さくらはようやく本当に安堵の息をついた。天皇は兵部大臣たちを退出させ、さくらだけを残して話を続けた。陛下の目に疲れの色はなく、謀反事件に対して尽きることのない精力を持っているようだった。「上原卿、朕が一つ尋ねる。偽りなく答えよ」さくらは答えた。「はっ!」天皇は威圧的な上位者の眼差しで彼女を見つめた。「影森茨子の背後にいる者、お前は誰だと思う?」さくらは背筋が凍る思いがした。この質問については、玄武が既に陛下に報告しているはずだ。陛下も調査しているに違いない。今この時点で改めて尋ねる意図は何なのか。「あるいはこう問おう。玄武が燕良親王について言及したが、お前もそう考えているのか?」さくらは躊躇なく頷いた。「はい、私もそのように考えております」「刑部と禁衛の現在の調査では、金森側妃が影森茨子に女子を送った件を除いて、燕良親王の関与を示す証拠は見つかっているのか?」清和天皇は深い海のような眼差しでさくらを見据えた。「朕は先代燕良親王妃の件で、燕良親王家とお前の間に深い溝ができたことを知って

  • 桜華、戦場に舞う   第788話

    斎藤皇后は不快そうに言った。「どうあれ、父上がそんなことをするはずがないわ。きっと彼らの調査に間違いがあるのよ。まだこの話は広まっていないでしょうね?」「屋敷の者たちだけが知っているんだ。叔父が厳しく命じて、誰にも外部に漏らすなと言ったよ」「じゃあ、あなたが宮中に来る時、父上はお戻りになっていたの?」と斎藤皇后は尋ねた。忠義は答えた。「私が出発した時、父上はまだ戻っておられなかったんだ。禁衛府に上原さくらを探しに行ったんだが、宮中に入ったと聞いて、すぐにここに来たんだ。彼女を止めて事情を聞き、対応策を考えようと思ってな」「とにかく、父上が妾を囲っているなんて、絶対に信じられないわ」斎藤皇后は冷たく言い放った。斎藤忠義は最初、親王の言葉だったので信じていた。しかし、叔父の言葉を聞き、自分でも熟考した結果、半信半疑になった。これは親王の調査結果ではなく、禁衛の調査だ。上原さくらは一介の女性で、武芸は優れているかもしれないが、事件の捜査経験はあっても、こういった調査の経験はない。恐らく、世間知らずの女性のように、噂話を真に受けてしまったのだろう。斎藤家はここ数年、油が火に掛かったように勢いづき、多くの人の不満を買っている。外では悪い噂もよく流れている。父と母の仲の良さを妬んだ誰かが、父が妾を囲っているという噂を広めたのかもしれない。都の上流社会には、嫉妬深く噂話を好む輩が少なくないのだから。忠義は言った。「とにかく、上原さくらがどこから情報を得たのか聞かなきゃならない。そうしないと、母上が傷つくし、父上の名誉も守れないからな」斎藤皇后の心の中には、上原さくらに対する敵意が残っていた。かつて陛下は彼女を宮中に入れようとしていた。後にそれが北冥親王から兵権を取り上げるための帝王の術策だと分かったとはいえ。斎藤皇后は忘れていなかった。あの時、陛下が自分にこの件を話した時の目の奥に押し殺された熱い光。それは彼女が見たことのないものだった。定子妃に向ける時でさえ、そんな眼差しはなかった。陛下が定子妃を寵愛されるのも、前朝の事情が絡んでいた。定子妃の父は刑部卿であり、兵部大臣の清家本宗とは本家筋にあたる。陛下は兵権において弱みを抱えておられたため、必然的に清家本宗を重用せざるを得なかったのだ。斎藤皇后は定子妃の寵愛をそれほど気に

  • 桜華、戦場に舞う   第787話

    しかし、斎藤忠義は外部の人々には隠せても、屋敷の中では隠し通せないと考えた。屋敷内には多くの人がいて、様々な噂が飛び交う。必ず祖父や母にも伝わるだろう。彼は斎藤次男を見て言った。「叔父上、この件については私が上原さくらに確認に行きます。彼女の情報源を確かめ、もし単なる世間の噂話を聞いただけで父上が外に妾を囲っていると言い切ったのなら、決して許しはしません」「よし、急いで行け!」斎藤次男は急かした。他人がどう思っているかは分からないが、斎藤次男は兄がそんな人物であるはずがないと固く信じていた。家訓は高く掲げられ、兄は今や斎藤家の当主だ。外に妾を囲うような愚かな真似はしないはずだ。斎藤忠義は馬を走らせて禁衛府に向かったが、上原さくらが宮中に召されたと聞いた。国舅の彼でも、自由に宮中に入ることはできない。しかし、皇后様に拝謁したいと申し出れば、皇后が宮門まで人を寄越し、入宮できるだろう。まず、上原さくらがまだ宮中にいるか確認し、いると知ると、すぐに皇后に取り次ぎを頼み、迎えの者を寄越すよう頼んだ。春長殿で皇后に会うと、彼は無駄話をせずに言った。「今、上原さくらは御書院にいるそうだ。人を遣わして待たせ、彼女をここに呼んでくれないか」「何があったの?」斎藤皇后は兄の厳しい表情を見て緊張した。上原さくらは刑部と協力して謀反の調査をしている。その立場は特殊だ。もしかして、斎藤家に何か見つかったのだろうか。「まずは人を遣わしてくれ」斎藤皇后は急いで命じた。「蘭子、すぐに行って。御書院の外で待機し、上原さくらが出てきたら、すぐに春長殿に来るよう伝えなさい」蘭子は承諾し、すぐに出発した。吉備蘭子が去り、宮中の他の者たちも下がった後、斎藤忠義は皇后に話し始めた。昨日、上原さくらは禁衛を連れて衛国公邸を訪れ、半時間も門前で待たされてから、ようやく中に入れたそうだ。父上は今日は我が斎藤家に来るだろうと予想していた。案の定、昨夜、北冥親王家から使いが来て、今日の辰の刻の終わりに父上に待機するよう伝えてきたんだ......」「何ですって?」忠義の言葉が終わる前に、斎藤皇后の気高い顔が怒りで紅潮した。「使いを寄越して、父上に決まった時刻に待つよう言い渡すなんて。確かに彼女は各大家を回って、簡単な質問をしているのは分かっているわ。でも、なぜ我が

  • 桜華、戦場に舞う   第786話

    玄武は半刻も待たされたが、斎藤式部卿の姿は見えなかった。玄武は激怒した。斎藤家の態度は許し難かった。昨夜わざわざ使いを送って知らせたのに、今日は姿すら見せない。おそらく今日来るのはさくらだと思い、故意に待たせるつもりだったのだろう。衛国公邸のように門前で待たせはしなかったが、それでも態度は良くない。彼は妻を大切にしている。自分を侮辱するのもいけないが、さくらを侮辱するのはなおさら許せない。その場で、斎藤式部卿の意向を気にせず、集まった斎藤家の若殿たちの前で、大長公主がここに送り込んだ駒を指摘した。それは斎藤式部卿が外に囲っている妾で、三年間関係を続け、既に一人の娘がいるという。そう告げると、玄武は有田先生を連れて、怒りを露わにしたまま立ち去った。斎藤家の人々は、自分たちの耳を疑った。そんなことがあり得るだろうか?斎藤家は何人もの大学者を輩出した礼儀正しい家柄で、厳格な家風を持っている。妾を囲うどころか、邸内の側室の数さえ少なく、妻妾の尊卑も明確だった。妾は正妻の私有財産であり、正妻が管理し、毎月の奉仕の順番も正妻が取り仕切っていた。この規則は斎藤帝師の時代から守られており、斎藤家の人々にとっては国法に匹敵するほど厳しい家訓だった。これまで斎藤式部卿は決して欲に溺れる人物ではなかった。妾の部屋を訪れることは稀で、月に2、3回が限度だった。それ以外は大抵夫人の部屋に宿泊していた夫婦仲も良好で、琴瑟相和すと都の美談になっていたほどだ。誰が想像しただろうか。彼が外に妾を囲っているなど。「あり得ない。絶対にあり得ないぞ」斎藤家の次男は慌てて首を振り、呆然とする一同、特に斎藤式部卿の長男である斎藤忠義を見た。「忠義、お前の父上はそんな人ではない。きっと何かの誤解だ」斎藤忠義は三位の官位にあり、今や陛下の信任も厚く、国舅の称号を賜り、将来の斎藤家当主となる人物だ。彼が生涯最も敬愛しているのは祖父と父親だった。彼の心の中で父は完璧で、一点の瑕疵もない存在だった。彼は幾度となく、生涯父を模範とすると語っていた。今、彼の心中はまるで蝿を飲み込んだかのように嫌悪感に満ちていた。叔父の言う通り、あり得ないことだ。もし他の誰かが言ったのなら、彼はそれを信じただろう。しかし、北冥親王の口から出た言葉なら、それは絶対に嘘ではない

  • 桜華、戦場に舞う   第785話

    湛輝親王邸を後にしたさくらの心は、随分と軽くなった。大長公主家の侍妾や庶出の娘たちのことは、さくらの心に重くのしかかる山々のようで、息苦しさを感じるほどだった。彼女には、なぜそれらの侍妾たちが公主邸に連れ戻されたのか、よく分かっていた。同時に、彼女たちの悲惨な境遇が大長公主によるものだということも理解していた。さくらは父母の罪を少しも自分に引き受けるつもりはなかったが、それでも心の中で言いようのない苦しみを感じていた。特に、虐待で苦しめられた女性たちの虚ろな目や、ほんの些細な物音にも驚いて飛び上がる様子を見ると、胸が締め付けられるようだった。これらすべてを目にすると、本当に心が痛んだ。椎名青影の存在は、さくらにほんの少しの癒しを与えてくれた。しかし、それはほんのわずかな慰めに過ぎず、泡沫のようだった。陽の光に当たれば虹色に輝くが、一度破裂すれば、その下には依然として困難な漆黒が広がっているのだ。夜風が強く吹き、馬車の幕が「パタパタ」と音を立てていた。玄武はさくらを抱きしめ、二人とも無言だった。心の中で何かを考えているようだったが、実際には同じことを思い巡らせていた。影森茨子への一撃で、燕良親王の野心は後退を余儀なくされた。おそらく燕良親王は今、都からの脱出方法を模索しているだろう。しかし今はまだ動けない。榮乃妃の病が癒えておらず、謀反の事件も結審していない。陛下が結審を急がないのは賢明な判断だった。事件が未解決で影森茨子が生きている限り、燕良親王は不安に苛まれ続けるからだ。一年や半年なら耐えられるかもしれないが、長引けば二つの道しかない。謀反の考えを完全に捨てるか、すべてを賭けて一か八かの行動に出るかだ。燕良親王には良い機会があったのに、欲張りすぎた。帝位も名声も欲しがった。おそらく邪馬台が本当に奪回できるとは考えていなかったのだろう。羅刹国の人々が今回、反撃してこないとは予想外だったに違いない。二人は考えに耽りながら、同時に口を開いた。「燕良親王は当分の間、裏工作に頼るしかないでしょうね」顔を見合わせて笑い合う。夫婦になれば、こんな風に息が合うものなのだ。「陛下は燕良親王を疑っているはずだ」と影森玄武が言った。「今のところ、陛下はみんなを疑っていらっしゃるでしょうけど、燕良親王が最も疑わしいと

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