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第3話

藤田彦治はなかなか帰ってこなかった。

スマホには彼のSNSの投稿が表示された。遊園地での様子が9枚の写真に収められていた。

嘱言が遊園地で楽しそうに笑っている写真、三人で撮った記念写真、そして山本つづみが藤田彦治の腕に寄り添う親密な姿まであった。

そして「取り戻した大切な時間」というコメント付きもあった。

昔の私なら、すぐに電話をして、これはどういうことかと問い詰めていただろう。

でも、この二ヶ月で私は諦めきっていた。慣れてしまったのだ。

完全に無関心になっていた。

黙ってその投稿に「いいね」を押した。

今日、彼らは帰ってこないだろう。

外から聞こえる虫の声が、家の静けさを際立たせる。

用意したスーツケースを見つめながら、私も思わず写真を撮った。

SNSに投稿し、こう書き添えた。

【来ない人を、もう待つ必要はない】

それを見た藤田彦治は、案の定、翌朝慌てて帰ってきた。

玄関を開けると、ソファで待っている私の姿が目に入った。

車の鍵を乱暴にテーブルに叩きつけ、顔を歪めて怒鳴った。

「いつまで出て行くだの騒ぐつもりだ?本気なら、今すぐ出て行けよ!

SNSにあんなこと書いて、恥ずかしくないのか?俺の立場も考えろ!

父さんまで心配して電話してきたんだぞ!わざと皆に知られるように仕向けているのか!」

私は彼の取り乱した様子を冷ややかに見つめ、どこか満足感すら覚えた。

一体誰が先に恥知らずだったのか。藤田彦治か、それとも彼の「大切な人」山本つづみか。

「ええ、本当に出て行くつもりよ」

私は冷静な声で言い、バッグから用意していた離婚届を取り出して彼の前に置いた。

「藤田さん、サインをお願いします」

彼は呆然として私を見つめ、今回の私が本気だと気付いたようだった。

「昨日は薬を買って来て手当てするつもりだったんだ。でも、つづみと嘱言にどうしても付き合ってくれって言われて......」

彼の言い訳は空しく響いた。

「それに、大した怪我じゃないだろう?こんなことで大げさに......」

私は冷笑して、氷のような目で彼を見つめ、はっきりと言った。「大げさじゃないわ」

藤田彦治の表情が曇った。「本気で離婚するつもりか?」

「ええ」躊躇なく答えた。

彼は目を細めて言った。「嘱言はどうするつもりだ?」

その言葉が胸に突き刺さった。やはり私の弱みを知っていた。

「子供を盾にしないで」感情を抑えながら言った。「嘱言は私が育てる」

「簡単に言うな」藤田彦治の目が鋭くなった。「お前一人で嘱言を育てられると思っているのか?どう考えても無理だろう?」

家族のために仕事を辞めた私には、もう自立する力もない。

私は孤児院育ち。社会の支援で生きてきた。

藤田彦治は母親を早くに亡くし、父親一人に育てられた。

その父も体が弱く、嘱言も小さかったから、私は仕事を辞めて家庭に入るしかなかった。

長い沈黙の後、私は言った。

「親権はあなたに譲ります。財産分与も要りません。ただ、結婚前に貸した二百万円だけは返してください」

会社を立ち上げる時、私は躊躇なく全貯金を彼に貸した。

当時の私にとってその金額の意味、彼はきっと分かっているはず。

私は全力で彼を愛していた。

この結婚に、私は精一杯尽くした。

でも、人の心は温められないこともある。

「離婚のために子供まで捨てるのか?」

私は穏やかに微笑んだ。「ええ」

藤田彦治は信じられない表情を浮かべ、私が本気だと気付いた。

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