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頼みどころ
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著者: 南の壁

第1話

「今夜帰ってくる?晩ご飯作ったんだけど......」

話が終わらないうちに遮られた。

「つづみが暗いのが怖がるから、一人にはできないんだ」

そう言うと、電話は切れた。

もう二ヶ月、夫と息子に会っていない。

彼の初恋の人が帰国して以来、彼は息子を連れて、山本つづみのために用意したマンションで暮らしている。

「つづみは帰国したばかりで知り合いもいないから、手伝っているだけだよ」

息子の嘱言も眉をひそめて私を見た。

「ママ、そんな身勝手はダメだよ。つづみおばさんが寂しくて困るでしょ」

その真剣な表情は、まるで父親そのもの。

まるで私が悪者であるかのようだった。

黙って荷物をまとめようと階段を上がったところ、背後から息子の不満げな声が聞こえた。

「ママ、もう演技しなくていいよ。パパが言ってた、ママには僕たち以外に身寄りも、行く場所もないって」

藤田彦治も階段を上がってきて、私の後ろに立ち、冷ややかな笑みを浮かべた。

「この何年も、ちゃんとした服も持ってないくせに。誰に見せたいの、その荷物まとめる芝居は」

手が止まった。そうだ、私には行く場所がない。

彼らはみんなそれを知っている。だから、私に何をしても逃げられないと思っているのだ。

「もういい加減にしろ。つづみが戻っても、大人しくしていれば、この家にいられるんだぞ」

藤田彦治は息子を抱き上げ、嘲るような目で私を見て出て行った。

力が抜けたように、ベッドに座り込んだ。

この二ヶ月は、現実を受け入れるための時間だったのかもしれない。誰からも連絡はなく、多くのことが見えてきた。

再び荷物をまとめ、出ようとした時、階下で藤田彦治と鉢合わせた。今日帰ってくるとは知らなかった。

私を見た彼も一瞬驚いたような顔をした。すぐに眉をひそめて言った。

「また何のつもりだ?

今日帰ってくるって分かってたから、また同じ手を使おうとしてるのか?」

藤田彦治は嫌そうに言った。「前に出て行くって言ったじゃないか。まだここにいたのか?」

「森本すず、こういう駆け引きにはもううんざりだ」

面倒くさそうに近づいてきた彼は、プレゼント用の香水を私の前に置いた。

「最近元気がないって聞いて、つづみが気を遣って選んでくれたんだ。

彼女みたいに気が利くようになったらどうだ?

少しは身だしなみを整えて、キッチンの匂いも消した方がいい」

ちらりと私を見て、皮肉を込めて続けた。

「それと森本すず、お前はもう若くないんだから、考えて行動しろ。四歳の子供の母親なんだぞ」

携帯を差し出して言った。「お礼の一言くらい言えよ。これが最低限の礼儀というものだよ」

彼の携帯の待ち受け画面が目に入った。明るく笑う女性は私に似ている。特に目尻の泣きぼくろまで、私と同じ位置にある。

つづ、すず......

全てを悟った。最初から最後まで、私はただの代用品だったのだ。

完全に彼を無視し、荷物を持って出ようとした。藤田彦治は怒りに任せて私の腕を掴み、荷物を放り投げた。

「何を駄々こねてるんだ!」

その勢いで私はバランスを崩し、テーブルの角に腕をぶつけた。香水瓶が割れる音が響いた。

刺激的な香りが鼻を突いた。最近の藤田彦治の香りと全く同じ!

この香水は...表向きの贈り物で、実は当てつけ?私に同じ香りをまとわせ、私が代用品に過ぎないことを思い知らせるため?

「森本すず、お前は本当にけしからん!」

藤田彦治が怒鳴りかけたが、突然声が止まって言った。「血が......出てる」

彼の声には少しの後悔が混じっていた。近寄って私の腕を掴み、じっくりと見始めた。

その時になって初めて痛みを感じた。血がじわじわと滲んでいた。

腕には古い傷跡の上に新しい傷が重なり、一層醜く見えた。それは数年前、火事で藤田彦治を助けた時の傷跡だった。

藤田彦治は慌ててガーゼを持ってきて、傷を包もうとした。

「動くな、わざとじゃなかったんだ。早く止血しないと」

「もういい、見せかけの優しさはいらない......」

言い終わらないうちに、携帯の着信音が鳴った。画面には「つづみ」の文字が表示されていた。

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