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第2話

咄嗟に携帯を掴もうとして、傷口に触れてしまった。

「痛っ......」

その隙に藤田彦治は電話に出た。

受話器から嘱言の幼い声が聞こえてきた。

「パパ、つづみおばさんと遊園地に連れて行ってほしいの」

続いて、甘えた声で女性が話し始めた。

「彦治くん、タクシーが全然捕まらなくて。私と嘱言を遊園地まで送ってもらえないかしら?」

何か言おうとした私を完全に無視して、藤田彦治は玄関へ向かいながら「分かった、すぐ行くから」と返事をした。

電話を切ると、私を横目で見て「戻ってくるまで待ってろ」と言い残し、出ようとした。

「藤田彦治」と呼び止めると、彼は眉をひそめ、うんざりした様子で言った。

「何だよ?その程度の怪我なら病院に行く必要もないだろう。もう少し大人になれよ。いつも......」

私は冷たく遮った。

「ただの注意よ。遊園地は日差しが強いから、嘱言に帽子と水筒を持たせてあげて」

私が命がけで産んだ子なのだから、面倒を見るのは当然のことだ。

彼は一瞬驚いたような顔をして、「ああ」とだけ言った。

少し間を置いて、見下すような口調で続けた。

「また止めるのかと思ったよ。ただ遊園地に連れて行くだけじゃないか。そんな狭量なことは止めろよ」

彼は必要な物を取ってからこう言って急いで家を出た。

「すぐ戻る。家で待ってろ。薬買ってきて傷の手当てをしてやる」

昔なら怒鳴り返していただろう。でも今は、もう何も感じない。

つい先日のことを思い出した。彼の父の看病で深夜まで病院にいた時のことだった。

仕事を終えた時には、外は真っ暗になった。

病院は不便な場所にあり、通りには人影もなく、不気味なほど静かだった。

夜風が冷たく、背筋が凍るようだった。

「お客様のお掛けになった電話は、ただいま通話中です......」

藤田彦治の携帯は30分も通話中のままだった。

「どうして30分も通話中なの?今、お父さんの病院の前にいるんだけど......」

やっと電話が繋がったと言いかける時、イライラした声で遮られた。

「今忙しいんだ。つづみの家の電球を替えてるところだ。

お前はどうしてそんなに疑り深いんだ。つづみが暗いの苦手だから、ずっと電話で話してただけだろう」

そこへ嘱言まで口を挟んできた。

「ママ、わがままは良くないよ。自分のことは自分でするって、ママが言ってたでしょう?」

山本つづみから電話があって、部屋の電球が切れ、だから二人して直しに行ってるんだと言った。

「パパが言ってた。ママはタクシーで帰ってって」

そう言うと、電話は切れた。

一言も言い返せなかった......

出かける前、必ず迎えに来るって約束したのに。

仕方なく彦治い中で待ち続けた。

やっとタクシーを拾えて、車酔いが心配で助手席に座った。

運転手は、シートベルトの確認を装って、しつこく体に触ってきた。

車内で、何度も私の身の上を探るような質問を投げかけてきた。

怖くて必死に藤田彦治に電話をかけ続けたけれど、全く繋がらなかった......

嘱言の持っている子供用携帯にもかけたが、応答はなかった。

私は携帯を耳に当てたまま、誰かと話しているふりを続け、やっと無事に家にたどり着いた。

でもその家には、誰もいなかった。

真っ暗で、静まり返っていて......

外よりもずっと彦治く、静かだった......

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