「……なあ、お前なんて言うの?」
「うっ、学。ぐすっ」「お前、女みたいな容姿してるし、めそめそしてるからいじめられてるんじゃねーか」
「うっ、うっ……」これは幼少時の俺達の記憶……?
俺はその昔の視覚情報を冷静に整理していく。
(俺の隣のブランコに座っているのは小さい時の学だなこりゃ。だってちっこいし、赤い半袖Tシャツに半パンとおこちゃま仕様だしな)
この当時の学は見た目が本当に女性みたいに華奢で、喧嘩が弱く、毎日めそめそ泣いていたっけ。
対して俺は孤児院の中でも当時はガタイが良くて、要領も良かったからイジメにあうことはなかった。
というのも暗記は得意だったので動画とか見て、空手の技も学んで強くなっていたからだ。
「なあ、お前。良かったら俺が喧嘩の仕方教えてやるよ?」
俺はブランコを静かに立ちこぎしながら、隣の学を見つめる。
「えっ? 守君が、その……俺を守ってくれれば……」
もしもじしている学に、俺は心底呆れた。
「あのな……? 例え俺がお前を守ったとする。でもさ、俺がいないところだとお前はもっといじめられるだろ? それじゃ何の解決にもならない。だからさ、その名の通り俺から喧嘩の技を学べっていってんの!」
「あ……。そっか、そうだね! へへ、守君は本当は優しいんだね……」学のまるで女の子の様な泣き顔に少しドキリとし、俺は少し顔を赤らめてしまう。
「ば、ばーか、そんなんじゃねーよ……」
こうして学は俺から喧嘩の技を教わり、次第に強くなっていく。
(名前の通り学習能力が高く、色んな技を一瞬で覚えていく様に俺は旋律を覚えたんだっけ)
「よーし、今日はこれまで! 空手の型をちゃんと覚えておけよ。型を覚えて置けば、一人でも練習はできるし対人のイメージトレーニングも出来るからな!」
「うん、ありがとう守君!」そうそう、当時学は素直な可愛らしい子だったんだよな。
それから学はどんどん強くなっていき、結果、孤児院でいじめられることはなくなった。
というか、孤児院での喧嘩は負け知らずになっていた。
そして月日が流れ、おれらが高校生の時くらいかな? 寒い雪が降る日に孤児院が謎の火事に合い、俺達はバラバラに引き取られることになってしまったんだっけ。
ま、いわゆる別れの時ってやつだな。
「守、またな」
「ああ」俺と学はお互いの拳を軽く合わせ、孤児院の広場に静かに佇む。
「お前に鍛えられた恩、俺はその、一生忘れねえ……」
学はこの時、白いセーターの上からでも分るくらい引き締まった体つきになっていた。
あ、そうそう! 学の奴は何故かこの時から青いジーパンを愛用しだしたんだよな?
「うん、お前逞しくなったもんな」
実際もう俺は高校生の時に学に喧嘩で勝てなくなったしね。
正直俺は、最低限の護身術として覚えてたまでであって、喧嘩よりも頭を使って何かを得る方が好きだった。
(決して、負け惜しみではない、多分……)
「守……。その、俺お前に言わなきゃいけないことがあって……さ」
学は何故か顔を真っ赤にし、何やらもじもじしている?
(あ? トイレか? ん、違うこの感じ、漫画でよくある、も、もしや?)
が、俺は男であるし、コイツも当然それである。
(この感じ、危険だ。つーことで先手必勝だな……)
「スマン俺は、大のおっぱい星人であるし、そっちの毛はない!」
「成程そ、そうか……お前巨乳が好みなんだな……」学は何故か自身の胸元を見てますが?
うん、引き締まった腹筋が凄いな! て、自慢かよっ!
「いやいや、おめーにおっぱいはねーし、そもそもタケノコじゃねんだから生えてこねーよ! 孤児院内で『おっぱいの知識にかけて右に出るものはいない』と言われた大賢者守様の知識をなめんなよ!」
「そ、そうなんだ。て、ん? 事務員が『俺のPCで【おっぱいはバレーボール並み】というサイトを見た奴出て来い』って、昔探し回ってたのってまさか……?」「さ、さあ?」
俺は学が俺から少し距離を置いたのをしっかりと目視した。
(よ、よしよし、これで適度な心の距離間が保てたはず)
「ま、まあ、細かいことは置いといてだな。とりあえず、親友としてまた会おうな! それと海外エロサイトを検索する時は仕込みウィルスに気を付けるんだぞ!」
俺はいちお保険を掛けて友達認定した。
そして何故か俺の珠玉のコレクションが海外サイトでコンピューターウィルス『トロイの木馬』に感染し、その半分をクラッシュされて辛い思いでを思い出し、目頭が熱くなっていた……。
(まあ、俺のPCじゃなくて、例の事務員のおっさんの物だから傷は浅かったんだけどね……)
「じゃ、またな守!」
で、俺達はがっちりと深い握手を交わし、別々の家に引き取られることになったが……。
驚いたことに、転向し通う高校が一緒だったしクラスも一緒だった。
しかも、今の大学すらも……。
腐れ縁にも程がある。
(学とはほぼ、兄弟みたいなもんだったな、ホント……)
……。
「う、うあああ――――――⁈」
落下の感覚を思い出した俺は絶叫を上げ目を覚ます。
気が付くと俺は白いベッドに寝ていたのだ。
(は、ははっ、夢かあ……。そ、そうだよなあ、よ、良かったあ……)
俺は額の汗を拭い、落ち着く為に呼吸を整え、ゆっくりとベッドから起き上がる。
(ん? しかし、なんか変だな?)
俺はその得も知れぬ直感を確認すべく、周囲をよく観察していくことにする。
ベッドと枕はフカフカだ。
頭上を見上げると高級感漂うシャンデリアが吊し上げられていし、部屋は一室でプール並みに広い。
更にじっくりと観察していくと、白壁には高級感漂う名画っぽい絵、部屋の壁際には無数の重量感を感じる鎧の置物などの装飾品が飾ってある。
そう、結論から言うと、どう考えても一人暮らしの狭い俺の部屋ではない。
(この感じ、どこかの豪邸か高級ホテル? ってか、俺達確か事故にあって崖下から落ちていたよな? てことはもしかして助かったのか? う、うーん、わ、分からない)
と……とりあえず、顔を洗って頭をスッキリさせよう!
そうだ、そうしよう……。
俺は洗面所にゆっくりと移動し、深いため息を吐いた後、顔を洗うため鏡を見つめる。
「うっ? うわああああああああああああああ――――――っ?!」
思わず反射的に絶叫してしまう俺。
何故かって? だってその鏡には映画やアニメで見た立派なねじくれた角を二本生やした悪魔? が映っていたからだ!
(し、しかも、顔は俺に瓜二つ?! な、なななにが? ど、どどどっどうなってっ⁈)
俺は再びパニックに陥ってしまう。
(お、落ち着け俺っ! と、とりあえず、こんな時は深呼吸だ、深呼吸っ! そして脈拍を計ろうっ)
俺はゆっくりと息を吐き吸い込み、脈拍を計るために自身の手首をそっと握る。
(あ、あれ? し、心拍数がふ、複数っ⁉)
俺はその異常事態に驚き、自身の激しい心音を感じてしまう。
どどっ、どどっ!
(ま、間違いない。て、ことはま、まさか、心臓が複数あるってことか⁉)
でも、それって人間じゃなくね?
俺はふと、先程鏡に映ったバケモノの姿を思い出してしまう。
(じ、じゃあ、アレは? も、もしかして?)
俺はそれを確認すべく、おそるおそる再び鏡に映った自身を見ようとするが……。
「ど、どうしましたっ? マモル坊ちゃま?」
鏡越しで分ったことだが、勢いよく俺のいた部屋の扉が開き、聞き慣れない低い声が聞こえてくる?
なんと驚いたことに、鏡越しに見えたのは、『羊のような角を生やした年老いた白髪メガネ黒服の執事』だったのた⁈
「う、うーん……」
俺は頭の処理が追い付かず、かつショックで目の前が真っ白にな……る……。
「……?」
「……おお、お気づきになりましたか」目を覚ますと、俺は再びベッドに横になっていた。
どうやら、目の前にいる執事が俺を看病してくれていたようだ。
残念ながらこれは夢じゃない。
(まじかよ……)
そして間違いなく俺の心臓は2つあり、角があるバケモンだ。
睡眠を取り、現実を直視出来た俺は気を取り直す。
(よ、よし! もういいっ! この際だからこの執事に色んなことを聞くことにしよう)
「じ、実は先ほど顔を洗う時に頭を打って、ちょっとした記憶喪失になってね……?」
この執事の名前は、シツジイと言う名前でとても覚えやすかった。
どうやらここはアデレという異世界で、俺は魔王の次男らしい。
(もう色々凄すぎて驚かない)
俺がいるこの部屋は魔王の居城内の俺の個室とのこと。
「ちなみに知っての通り、この世界は大きく三つの国に別れてますぞ?」
「そ、そうだったね……。そこら辺も、頭うって記憶が飛んでるから詳しくね?」執事は軽く咳払いすると、再び三国について簡略的な説明をしてくれた。
一つ目は『魔族の国ザイアード』。
俺ら魔王が統治している国であり、この世界の北側に存在する豪雪地帯。
魔族は丈夫な体に闇魔法を使う攻撃に特化した種族であり、闇の力が強い高位魔族が支配する傾向がある。
血筋で生まれた時の闇の力の強さが決まり魔王の子は次期魔王が確定しているほどらしい。
次っ!
二つ目はこの世界の中央に存在する『人の国ファイラス』。
分かりやすいイメージだと、四季がある中世のヨーロッパってところか。
個々の力はそれほどでもないが、勇者の血筋が厄介らしく、伝説の武具を使い今まで何人もの魔王が倒されたんだとか。
で、俺のこの世界での両親達も何十年前に勇者達に倒されたらしく、その時に人族は多大な損害を被ったらしい。
結果、現在は人族と魔族は停戦状態になっているそうな。
最後っ!
三つ目は『エルフの国エルシード』、場所はこの世界の南側に存在し豊かな森に覆われている。
エルフ達は自然と共に共存する習慣があるらしく、争いごとを極端に嫌い、森に隠れ住んでいるんだとか。
人口は他国と比べると極端に少なく、強力な戦力はない。
その代わりに防御や瞬間転移などの補助系魔法が得意であり、何でも先代の王が特殊な魔法異次元結界を張ったんだそうだ。
その関係でここ数百年、人族も魔族もエルフの国にたどり着いたものはいないらしい。
「以上ですじゃ……。ちなみに三国は現在は停戦中となっております」
「な、成程。ありがとうシツジイ! そうだったよねー、なんか記憶が戻ってきたっ、ははっ……」めっさ大嘘こき、俺は乾いた笑いをする。
(ざ、罪悪感で胸が痛い。許せシツジイ、見た目は魔王になっているが心は人間なんだ……うん)
てかね、今の俺見た目で気がついたけど、中世ヨーロッパの王族みたいな恰好してるんだな。
黒色の装飾燕尾服に胸の場所に白色の刺繍のディテールがもうね、我ながらハズイ。
……ざっくりとした国の状況は掴めたが、さてどうしたものか?
(だってさ、俺転生したらいきなり魔王だぜ? 普通転生物って勇者とか冒険者じゃないの? しかもバチバチの争いごとの最中じゃん? どーするんだこれ)
……とか考えていると、何やら周りがざわつき騒がしい。
シツジイは白いアゴヒゲを片手で整えながら、「この感じは、マナブ様が帰ってこられましたな……」と、ぼそりと呟く。
俺は何処かで聞いたことがある名前だなと思った。
(マナブ? はて学?! いや、まさかね?)
てことで、俺は早速先ほど執事に教えてもらった魔法アイテム『魔水晶』を使うことにした。『魔水晶』とはアニメや映画で魔女が良く使っている対象を映し出すもの。
なんでも、条件として使い手が一度映したい対象の姿を見てしまえば、魔水晶に映しだせるらしい。
俺は学のことを思い出し念じて、ボーリングの球くらいの大きさの魔水晶に自身の手をかざす!
するとなんと、透明な水晶玉に一本の立派な角を生やし、悪魔の翼を広げ意気揚々と城に向かって飛んでくる学の姿が映しだされたのだった!
ちな、服装は俺と同じ、ベースの色が赤色で違うくらいです、はい。
その姿が似合いすぎて、俺は「ぷっ、こ、こいつ変わってねー。しかも超絶似合ってるよ!」と、腹を抱え笑い転げてしまう。
(ま、まあでも、学が無事でホントに良かったな……)
だからか俺は心の底からほっとできた。
それから数時間後、ここは俺の魔王部屋だ。「ま、学うー……。良かったなー無事で」 「ははっ……。お前こそ……な」 真っ赤なソファーに仲良く腰掛け、俺達はしばらく再会の会話を楽しんでいた。 この会話で分かったことだが、この世界では不思議なことにどの種族間でも言語が統一されているらしい。 早い話、ドラゴンでも、魔族でも、人でもある程度知恵があるものなら会話が可能のご様子。 うんまあ、異世界転生あるあるだし、正直便利に越したことないしどうでもいいかな。(そんな事より、この悪友が長男と言う事実が俺には一番ビックリニュースだったけどね。うんまあ、嬉しいけど) 「それはいいとしてさあ、お前一体何処いってたんだ?」 「へへっ! ファイラスまで散歩っ!」 学は両腕を元気よく左右に振り、ジェスチャーで示す。(こ、こいつ……相変わらずエネルギッシュ馬鹿だな。まあ、魔王だから、むしろそれが正常なのか) 俺はコイツがこのザイアードに転生した理由が分った気がした。「で、わざわざ敵国に何しに?」 「偵察だな。なんでもこの国に攻めてくると言う噂を聞いたんでな?」 執事に聞いた話と違い、「えっ? 停戦中じゃなかったのか?」と、目をまん丸くする俺。 俺の心情を察した執事は「マモル坊ちゃま、実はここ数日で色々状況の変化があったのでございます」と、近況を補足説明をしていく。 何でも我が国の斥候情報によると、最近『ファイラス』では数十万単位の軍隊が練兵しているんだとか。 そのためこの感じだと、少なくても数か月後にはこの国に攻めてくるとシツジイは予想している。「実際、練兵している姿を俺はこの目で見てきたぜ?」 学の言葉に「マ⁈」と、狼狽える俺。「た、大変な事になるじゃねーかそれ? その規模だと、どっちかの国が亡びるかの大戦じゃね?」(こ、これはえらいこっちゃ……) 俺は急に不安になり、その場をうろうろしてしまう。 学は執事に、「まあ、そうなるな……。なあ、シツジイ、基本人と魔族の一人当たりの戦力差は人一人の百倍と言われているよな?」と、この世界の種族間の戦力ポテンシャルを確認する。 対して執事は、「そうでございます。これは魔族の闇の魔力の強力さが理由と言われております」と、サラリと返す。 が、学が疑問に持つのも無理もない。 この国は五万の兵力を
こうして驚きの連続の一日が無事終わり? 翌日の昼を迎える。 ここは俺の魔王部屋。 接客用のフカフカの赤いソファーに優雅に腰かけ、俺と学は談話の真っ最中だったりする。「……守、ここは慣れたか?」 学の鋭い問いに対し、俺は「ま、まあ、なんとかね?」と、虚勢を隠すために紅茶をすすり、それをテーブルに静かに置く。(てかさあ、正直、魔王としての立場とかまだ色々違和感はあるだよなあ) が、悲観しても仕方がないし、慣れるしかない。 そう、こちとら幸か不幸か孤児院時代で培ったハングリー精神がある! それに現実世界で起きてる紛争とかに比べると、別に絶望的ではないしな。 見知った学もいるし、忠臣のシツジイもいる。(立場上、俺は魔王だし、なんとかなるよ。てか、俺がなんとかして見せるさ!) そんな事を考えてる俺に守は「そうか。ところで守は転生した時に『特殊能力が使える事』に気づいているか?」と、腕組みし俺の顔を覗き見する。 俺は「え? 空飛べる以外に、まだ大それた何かが出来るの? 勿体ぶらずに、サクッと内容を教えてくれよ?」と、驚いたわけだが。 実際俺は昨日、シツジイに直接指導を受け、嬉しくって大空をガンガン飛びまくった。(へへっ、だからもう鷹とかツバメとかより早く飛べるぜ!) なんとといっても機動力は早めに確保した方がファンタジー世界では色々便利だしね。 俺のやれることから直実に詰めていった方がいい。「流石、守ポジティブ思考だな。んと、そうだな。言葉で説明するより実際見せたほうが早いか……。てことで外に出ようぜ!」 「おう!」 てことで、俺達は漆黒の翼を大きく広げ、近くのただっ広い平地まで飛んでいくことにした。 澄んだ青空を気持ちよく飛びながら俺はふと後ろを振り返り、今飛び出したばかりのザイアード城を眺める。(うん! 壮観、壮観っ!) 城はごつごつとしたクソデカイ岩山をくり抜いて作られた、ゴシック様式の白亜の天然要塞といったところ。 その城の周りだけ漆黒の瘴気にうっすらと覆われているところがもう、なんか「ザ魔王の城」って感じだ。 だからか、俺は「なんかこの城ってさ、ドラキュラが住んでそうな雰囲気出てるよな」て、言葉が自然とでてしまう。 対して学は「ははっ、そうだな。てか俺達今、魔族だからな?」と、飛翔しながら苦笑いする始末。
それから数週間たったある日。 ここは人の国『ファイラス』の王の間、大理石の白壁に囲われたの城内である。 天井には壮大な壁画が見られ、均一に立派な硝子細工のシャンデリアが吊るされている。 床には立派な赤い絨毯が引かれ、そこに静かに整列した重曹騎士団が見守る中、一部の権力者達が会合を行っている最中であった。「お兄様方、私は他国と争うことは反対です!」 「だ、黙れっ! 王女であるお前に決定権はないし、俺達は方針を変えるつもりはないっ!」 シズク王女と王子達の口論が静かに城内に響き渡る。 『ファイラス』では現在、第一王子レッツ、第二王子ゴウ、そして第一王女のシズクの3人による統治が行われていた。 そう、雫は『ファイラス』の王女として守と同時期に転生していたのだ。 激情型である第一王子レッツはシズク王女の態度に激昂し、頭上の王冠を激しく床に叩きつけ、怒りをあらわにする。 黄金の鎧を纏っていても分かる恵まれた体格、更には獅子の如きレッツの形相に、周囲の大臣や宰相などはおろおろし、たじろぐばかりであった。「……兄上のおっしゃる通りだ。もう確定事項なんだよこれは……。お前は頭を冷やしに城外に散歩に行ってきなさい。……いい子だから、な?」 対して温和で優しい第二王子ゴウはその王冠を拾いレッツに手渡し、シズク王女をもなだめる。 「……っ、分かりました。では、失礼します……」 雫は王子達に軽く一礼し、言われるがまま静かに城外に出て行く。 雫は峠を越え城外からかなり離れた川岸に出るやいなや、周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認し大きく深呼吸する。「レッツ王子のバッカヤロー! イノシシ武者――――――――――――っ!」 雫はそんな気持ちをぶつけるかの如く、大きく腕を振り絞り小石を川に勢いよく投げつけるのだった。 ドポンという鈍い音とともに、川に緩やかに広がっていく波紋。「あ―――――――すっきりした!」 落ち着いた雫はふと振り返り、少し小さくなったファイラス城を見
一方その頃、ここは『エルフの国エルシード』の城内の王女室。 エルシード城は雲に届くかと言わんばかりの超巨大な大木で構成されており、例外なく王女室も樹木の壁で覆われていた。 そう、スイはエルシードの第一王女として守と同時期に転生していたのだ! 彼女は王女らしく、鮮やかなオレンジ色の麻の服を身に纏い、煌びやかな宝石の腕輪を見に付け統治を行っていた。 すっかり長くなった両耳をうさぎのようにぴこぴこさせているのは、彼女が転生してエルフになった証拠だろう。 スイはブラウン色のふかふかの高級ソファーに深く腰掛け、優雅に紅茶を飲みながら考え事をしていた。 スイが転生して分かったこと。 それはこのエルシードは『過去の歴史を網羅できる巨大な図書館及び全世界の情報が一瞬で集まる国』だという事だった。 スイは木製の丸テーブルに乗っている物に目を移す。 それは丁度盆バケツくらいの大きさで、エメラルドの結晶のような不思議な植物であった。 その植物の名は『古代図書装置ユグドラ』。「……ねえ、ユグドラ。雫は今何しているの?」 「王子達ト口論ニナリ、カワデ、ストレスハッサンチュウデス。ソシテ、スイ様達ノ身ヲ案ジテオリマス」「そう、ありがとうユグドラ。ふふっ、雫も頑張っているのね……。そして優しい……」 「ドウイタシマシテ」 この『古代図書装置ユグドラ』の正体。 それは、この世界アデレの情報を全て網羅できる生きたコンピャーターみたいな存在だ。 と、話は変わるが、ここエルシードは他国と比べ軍事力は皆無であるものの、お家芸として『創造神以外の能力を断絶する結界能力』を保有している。 で、この結界の関係で他国にはユグドラの情報は知られていない。(この国ってある意味最強の鎖国国家よね……) スイは陶磁器のティーカップをテーブルに静かに置き、しみじみと思うのだ。 スイがユグドラを介しわかったこと。 それは「転生者には例外なく固有スキルを
それから数か月後。 ここは再び人の国ファイラス城。 血相を変え、赤床の回廊をかけていく王女雫。(ファイラスの王子達が大戦のためザイアードに出兵し、監視が極端に緩んだ今しか抜け出せないないなんて……)「は、早く二人の元に行かないと! 大変な事に……!」 雫はファイラス城内から王家のみが使用できる転送装置を使い外に抜け出すことに成功していた。 その転送先はファイラスとザイアードの国境近くに配置されている古代遺跡であった。 勿論遺跡の中には誰もいない。 理由は、一部のの特権階級しか知らない秘匿情報であるからだ。 なお、雫がこんなに必死になっているのは理由があった。 雫がここ最近集めた情報によると、「大戦はこの遺跡から近い国境近くの場所で決着するシナリオ」と知ったからだ。 幸いファイラス軍が国境にたどり着くのは数日はかかる。 であるからして、雫はそれまでになんとかザイアードにいる学と守に会って、それを伝えたいのだ。 雫はぼんやりと不思議な青白い光を放つ転送装置を見つめながら、なんでも入る魔法の鞄にしまっていた魔法のスクロールを次々に取り出していく。 そこから飛び出すは、立派な1つの角を持った銀色のたてがみをなびかせ、いななく一頭のユニコーンであった。「ああっ! このままでは、学達が……。急いでお願いね? ユニコーン……」 雫は逸る気持ちを抑えきれず、ユニコーンに急いでまたがり、覆ったものの姿を消す魔法のマントを羽織った後『ザイアード』の城に向かい電光石火の如く爆走していくのだった。 ♢ 一方その同時刻、守達がいるザイアードにファイラスからの文書が届いていた。「な、なんだとっ! あの馬鹿人間の王子どもっ! く、くそっ!」 学は文書を見るやいなや、血相を変その文書を力いっぱい床に叩きつけ、急いで城外へ飛び出していった。 守はそ
それから数時間後、学は腕を組み1人静かに佇んでいた。 晴天の最中、まっ平の草原にまばらに散見される木々や岩々……。 ザイアードとファイラスの国境近くのこの場所は、戦闘するにはもってこいの場所であった。 学が佇むその場所に向け、砂埃を上げながらこちらに進んで来る馬上に跨った大軍が見えてくる。(……ざっと見ただけでも万はいるな) 学は仁王立ちしながら静かにその様子を見守る。 その学の右手には金属製の赤黒い小手が装着されており、それは鈍く怪しい輝きを放っていた。(予想より早い! 軍馬の移動だと数日はかかる計算。ということはこの尋常じゃない移動スピードは『集団の空間転移魔法』。となると今回の件、裏にエルシードが絡んでると予想されるな) そんな事を考えている学の前に、砂塵を上げて進む大軍の中から一人軍馬にまたがり颯爽と学の目の前に姿を現す者がいた。「俺はファイラスの第一王子レッツである! 貴様が魔族の王か?」 輝く黄金の鎧に身に纏った屈強な男……。 それはファイラスの第一王子レッツだった。 学はレッツのその話を聞き、魔族を見下している感が理解出来た。(そもそも、あいつの同盟の文書の返答がこれだしな……)「……レッツよ確認するが、ザイアードとの同盟は考えてないのだな?」 学は無駄とは分かっていても、守との約束を考え律儀に確認することにした。「はっ、断る! 確かに同盟の文書が届いていたが、どうせ姦計を計って我らを皆殺しにする予定だったのだろう?」 レッツのその失言に対し、ファイラスの私兵は呼応するように魔族達に対する侮蔑の言葉を吐き嘲笑していく。「な、なんだとっ!」 学はファイラス軍のその態度に激昂し、自身の髪が逆立つのが理解出来た。 幼き頃から兄弟同然に育った守に対し、侮蔑としか思えない言葉を述べたのだから当然と言えば当然だろう。「あいつがどんな気持ちで文書を書いたか知らないくせに、よくもぬけぬけと! あいつがその気になればお前達なんぞ、正攻法で数回は皆殺しに出来る魔力を持っているというのに、お前達と来たら。まあいい、死んであいつに詫びろっ!」 学は瞬時に話の通じない相手と見切りをつけ、戦闘態勢を取っていく。 学は全身の闇の魔力を徐々に右手に全集中させていく。 魔王であり、転生者である学が使える『闇の魔力を物理攻撃に上乗せする
「え? 貴方もしかして、スイ……?」 「ええっ?」(ま、まじ? このエ〇フもとい、エルフの女王らしき人ってあのスイさんなのか……? それにそうだとしたら何故彼女が此処に……?) 煌びやかな青のドレスを身に纏ったエルフの統治者らしき人物。 よく見ると確かにスイさんに瓜二つだった。 当然再び会えた嬉しさもあった。 が、何故スイさんがファイラス残党兵と共闘しているのかなどの疑問もあった。「……スイさんは何故此処に? そ、それにさっきの話は……?」 「ごめんなさい、挨拶がまだだったわ、お久しぶりね? そして時間が勿体ないから担当直入に聞くわね。貴方達『Fプロジェクト』って知ってる?」「……知らないな?」 俺はあまりにも自分勝手すぎるスイさんの物言いに警戒し、言葉を慎重に選ぶ。(時間が無いからだって? ふ、ふざけるなよ! 学や沢山の人が目の前で死んでるんだぞ! それに『Fプロジェクト』? なんだそれ?)「やっぱ知らないか。……じゃ、別の質問。学さんが人造人間だということは?」 「……は?」(スイさんはさっきからなにを言っているんだ?) 正直俺にはさっきから彼女が言っている意味が全く分からなかった。 分かっている事は逆にスイさんは俺達の様子を見て、何やら色々確認作業している事。「はあ、ホントに何も知らなかったみたいね……。学さんは貴方を護衛するために『Fプロジェクト』で作られた人造人間なのよ?」 「え、仮にそれが本当だとしたら女性型のってこと?」 雫さんはスイさんによくわからない質問をするっ……て⁉「えっ、え? さっきからホント何の話?」 俺は訳が分からなくなり、思わずそれが言葉に出てしまう。 色々確認したいことが多いが、何事にも優先順序ってものがある。 と、とりあえず学がおっぱ……じゃなくて女性かどうか確認したい。「あ、あの、も、もしかして、あの時に雫さんが学と車で喧嘩した理由って……」 「そ、俺は女性って言われ触って確認したのよね……。見事に胸にサラシを巻いていたわ」(な、成程……。あの時、後部座席で雫さん達がボディタッチしてイチャこらしていたように見えたのは……その確認作業ってことか) 「いやいや、喉と声で普通一発でわかるでしょ」 スイさんからとっても鋭い突込みが入る。(た、確かに……でも)「いや、
ふと周囲を見渡すと、手に持った『天罰の涙』のように太陽は染まり沈みかけていた……。 真っ赤に染まった空と雲をぼんやりと見つめながら、俺達は失意のままユニコーンに跨り、近くにある遺跡へと向かう。 俺は背に担いだ動かくなった学のまだ温かい体温を感じ、思い出したかのように嗚咽を漏らす。 俺の後ろの雫さんも然りで、俺はいたたまれない気持ちになってしまう。 程なくし、目的地の遺跡に辿り着く俺達。 周囲はすっかり闇夜に染まり、昴が輝く星空の中、無数の流れ星が流れていくのが見える。 それはまるで、学や散って行った沢山の命が形になって流れているように俺には見えて……。 だけど不思議な事に、学が死んだこと以外あまり悲しいと感じない俺がいる。(もしかしたらこれが「この世界で魔王に転生した副作用」なのか……?) 魔に染まるとはこのことを指すのではと、俺は自身の立場をしみじみと実感してしまうのだ。「ここよ……」 悲しい気持ちでいっぱいの雫さんの言葉は暗く重い。 俺も無言で頷き、ユニコーンから下馬する。 正直俺も気持ちの整理が全然追いついていない。 でも、もしかしたらという気持ちで俺達は遺跡に来ており、期待に満ちた瞳でそれを見つめていた。 蛍光ゴケの関係かボンヤリと明るく輝いているそれ……。 まるでかまくらの大きさの様な岩肌の入り口から、俺達は地下への階段を無言で降りていく。 しばらく奥に進んでいくと、周囲が光輝く紫水晶で出来ている不思議な部屋にたどり着く。「綺麗だ……」 「そうね……。それにヒンヤリして独特の雰囲気があるよね」 実際に神秘的な雰囲気ではあったが、先程の事で俺達の心は沈んでいたし、だからこそ素直に感動できずにいた。 だからか雫さんも俺も、口数が少なかったんだろうと思う。 ……無言で進んでいくと、等身大の像が見えて来る。 よく見るとその像は紫水晶で出来た女姓の像であった。「大きく広げた両手と折りたたんだ6枚羽、更には整った凛々しいお顔……。これってまさか?」 「そう、これが女神アデレの像よ」 俺の隣で「そうだ」と言わんばかりに静かに頷く雫さん。 雫さんは緊張のためか、その声は震えていた。(ん? この女神像の顔、なんか見たことがあるような……?) ふとそんな事を考えつつも、前方に何か見えるものに注視す
そんなこんなで楽しいひと時はあっという間に終わり、深夜自室にて俺はベッド横たわり窓から闇夜に見える綺麗な満月を眺めながら物思いに耽る……。(いよいよ明日から異世界ルマニアに行くわけだけど、なんだか寂しくなるな……。それに学や雫さんとの関係は上手くやれるんだろうか……?)「失礼します……」 その時、静かにドアをノックする声が聞こえて来る。「……この声ガウスか。……どうぞ」「失礼します。少しお話をしたいので会議室によろしいですか……?」「……そうだね。俺達がいなくなったこととかも話しときたいしね」 という事で俺はガウスと共に話しながら会議室に移動していく。 「……色々心配されているようですが、まあ後は私達に任せてください……」「そうだね……申し訳ないけど俺達に出来る事はそれしかないからね」 俺は苦笑しながらガウスに答えるし、ほんそれである。「まあガウス達には色々と世話になったし、ホント感謝しきれないよ」「はは、まあそれが自分達の仕事ですしね。当然の事をしたまでですよ……」 ガウスは謙遜しているのだろうが、その当たり前のことが当たり前に出来ない人が本当に多いのだ……。 なので、俺は本当にガウスやギール達には感謝している。「ということで自分の話はこれで終わりです」「え? じゃ会議室に行く意味ないじゃん」「まあ、そこは守様に用事がある人達がいるからですね……」 ガウスは片目を閉じ、俺に対しウィンクして見せる。(ああ、他の重臣やゴリさん達もか……。まあ、最後になるかも
……数時間後、此処はファイラス城内の会議室。 そんなこんなでファイラス城内に戻った俺達は事の顛末をガウスなどの重臣達を呼び簡潔に説明した。「なるほど、そうだったのですか。なんにせよ魔王スカードの件お疲れ様でした……」「はは、あガウス達のバックアップがあったお陰でだからね……?」 俺はガウス達重臣一同が椅子から起立して深々と頭を下げるのを制して、苦笑する。「……それにしてもにわかには信じられないですが守様達は異世界からの転生者だったとは……」「うん、そうなんだ」「では、貴方達の変わりに本来此処にいるべきレッツ第1王子とゴウ王子達はどちらに?」 「親父の話だと、どうやらルマニアに転移しているらしい」 ザイアードのそもそもの魔王達も当然ルマニアに転生しているらしいし、エルシードのエルフの女王についても然りだ。 これはこの異世界アデレとルマニアが対になっている関係らしいけど、親父達も詳細は分っていないらしい。 なので俺がルマニアからこちらの世界に戻ってきたとしても「ガウス達との繋がりがどうなってしまうかな?」と俺は危惧していたりもする。「……ま、なんにせよ1つの大戦は無事終結し、貴方達の頑張りのお陰でこの世界に平和が訪れた事実があります。という事で明日早速凱旋バレードをしましょう!」「お、いいねえ!」「うん! 国の勝利を伝える大事な行事よね!」「のじゃっ!」 ガウスの言葉に両手を空高く上げガッツポーズを取り、すっかりテンションアゲアゲの俺達。 ……という事で翌日の朝。 俺と雫さんは雫さんの愛馬シルバーウィングに跨りファイラス城外の凱旋門で静かに待機する。 そして雲一つない澄んだ青空の中、その上空にはエンシェントフレイムに変化した双竜、即ち学とノジャが優雅に大空を舞っている。 更に
……オヤジのしばらくの沈黙後に女神様がとんでもない回答を述べる。 「……え?」「俺も後で知ったんだが、アデレと対となる双子の星、『ルマニア』に転生しているらしい」「アデレとルマニアは双子の星にして1つの世界。そしてそこにいるスカードとサイファーはそのルマニアの住人なのですよ」「え、ええっ!」 女神様の話の内容に驚くしかない俺達だった。「うーんそうなると、スカードがこちらの世界に来たのも多分偶然じゃないかもね……」「ええっ! 雫さんがそんな事言うとなんか妙に説得力があるんだよね」(となるとスカード達は双極の星からの使者ってことかあ……) 「あの博士、少し訪ねたい事があるんですが?」「ん、なんだい雫さんとやら」「何故、私達にこの世界でこんな経験を積ませたんです?」「理由は大きく2つある。1つは母さんを探すのに純粋に力と仲間が必要だった」(なるほど、結果的にはなるが魔王スカードと出会えたのも必然だったのかもね) 俺はもう1つの星の住人である魔王スカードとサイファーを見つめ、納得せざるを得なかった。(だってさ魔王スカードみたいな強者がルマニアにはまだいるってことだろ? そうなると、女神様が俺と魔王スカードを戦わせたのは納得なんだよな)「で、親父。もう1つの理由は?」「多分、異世界転生計画の真の目的じゃないかしら? 私は組織から月面移住計画と並行して進められた新しい地球の代替えとなる新天地が目的って聞いていたけど……?」 「へ?」 俺達はスイさんの難しい言葉に目を細め唖然とする。「月面移住計画って、私の両親も確か関わっているって聞いたけど。確か月を探索して資源や新しい土地を求める計画よね?」「ああ、そうだ。月じゃなくて地球に類似した異世界を探す方が早いからな」「ぶっ飛んだ計画ではあるけど、理には適ってる
「……えっと? あのそうじゃなくて俺の両親は?」 俺は訳が分からず女神様の目を見つめる。「ああっ! なによ! 『古代図書装置ユグドラ』が転生した月神博士だったの? もう、ずっと私の目の前にあったものがそうだったなんて……!」「ってええ? ス、スイさん?」「て、こ、この植物が月神博士?」 俺達は色々と驚きながら、いつの間にかまじかに姿を現したスイさんを見つめる。「あ、そっか! スカードが全生物を生き返らせたから……」「そ! 私魔法使いだから瞬間移動の魔法も使えるしね!」「スイあんた……」「ご、ごめんなさいっ! 私も立場上色々あって仕方なくやってたの! でも、もう色々と諦めたから本当に許して! お願いっ!」 スイさんは俺達の目の前で深々とひれ伏し土下座して謝っている。「なあ、スカードどうする?」「俺はもうこやつを一度断罪したので、正直どうでもいい。だが、お前はFプロジェクトの事を知っておく必要があるだろうし、こいつと仲良くやった方が俺はお前の為になるとおもうのだががな……」(そっか、そうだよな。流石スカード、戦っていないときは非常に頼もしいし、キレのある回答をしてくるな) なんか位置付き的に神様みたいだしね。「うんまあ、完全には信じられないけど本当に罪悪感を感じているなら色々教えてくれると嬉しいかな……」 その、正直俺の初恋の人でもあるしね……。 俺は少しだけ顔を赤らめながら、ぼそりとつぶやく。「んんっ……そうよね。じゃお詫びに私の知っている事を全て話すね」「まあ、貴方の嘘を看破するスカードもいるしね?」 雫さんは少しの皮肉を込め、苦笑いしてますが? 中々辛辣である。「ば、ばかっ! そ、そんなんじゃないって!」「ふむ、半分
ファイラス城に向かうのは勿論、いつもの隠し通路から女神の神殿まで移動するためだ。 と、その時突風とともに真横に凄い勢いで何かが通り過ぎる! それはファイラス城の城壁に轟音を立て突き刺さる! よく見るとそれは樹齢百年は超えている大木そのものであった! ……更にはパラパラと音をたて、崩れる城の城壁……。「き、きゃあ――――――?」 そして、城内からは女中のけたたましい金切り声が多数上がっている……。「ひええええっ?」 思わず俺達もそのアクシデントに慌てまくる。(こ、これはま、まさか?) 嫌な予感を確かめるべく俺は恐る恐る後方を振り返る。「に、が、さ、ん!」 すると巨大化した魔王スカードが2本目の大木をこちらに向い、まるでやり投げの槍の様に投擲しようと振りかぶっている姿が見えたのだった!「ま、学っ! 急げっ!」「ひ、ひえええっ⁈」 学は蛇行飛行をし、スカードに的を絞らないようにさせながら城内を目指していく。 その間にも2本目の大木が軽々と投擲され、またもや俺達の真横を通りすぎ轟音をたて城内に突き刺さる! と同時にまたもやガラスの割れる鈍い音、女中の甲高い悲鳴が聞こえて来る。 最早城内は地獄絵図だ……。 不幸中の幸いで、俺達はその割れたガラス窓から、神殿に向かうための隠し通路に急いで向かえた。 ……3本目の投擲の様子が無い所を見ると、ガウス達が上手く囮になってくれているのだろう……。(ごめんな皆、しばらく耐えてくれよ……?) それからしばらくして、俺達はなんとか女神の神殿にたどり着く事が出来た。 進んでいくと周囲がうっすらと光輝くうす透明な紫色の水晶で出来ている部屋にたどり着く。
(本当は、俺よりも剣術が優れている雫さんがこれを使う予定だったけどね) だから、俺に雫さんはあの時この黄昏の剣を託したのだ。 よく見るとサイファーも元の姿に戻りスカード同様地面にうずくまっていた。(おそらくアーマーアームドの耐久が限界値を超えたんだろうな……) それを見たガウスは俺の右手を握り、掲げ勝どきを上げる!「聞け! ファイラスの全兵そして国民よ! ザイアードの大将魔王スカードをファイラス国王守様が打ち取ったぞー!」「うおおおおっ! やったぞ皆っ! 俺達の勝利だっ!」「ファイラス軍万歳っ!」 遥か後方に下がっていた全兵が歓喜の大声を上げながら、次第にこちらに近づいてくる!(よし、もういいだろう)「……アームド解っ!」 俺は学のアームドを解除し、その場にへたり込む。 学も同様にへたり込んでいた。「守、学っ!」 気が付くと雫さんも俺達の元へ駆け寄ってきた!(この感じ、終わったのか……?) 俺は隣で親指を立て、爽やかな笑顔でこちらを見つめている学を見ながら激しい戦闘に終止符が打たれた事を実感したのだ。「ッ⁈」 何故か急に寒気と、胸騒ぎがする……⁉ 俺は反射的にスカードが倒れていた場所に目を移す。 何とスカードは驚いた事にその場に立ち上がり、仁王立ちしているではないか!「ば、馬鹿なっ! お前は守様によって心臓を貫かれたはずだぞっ!」 ガウスは剣を再び抜き、その切っ先をスカードに向け威嚇する。 俺達も急いで立ち上がり、警戒態勢をとるが……?「……なんかスカードの奴、ぼーっとしているし様子が変じゃないか?」「う、うん……。目がなんか真っ赤に変わっているし…&hellip
「はっはっはっ! 守様、大人しく寝ていれば良いのに!」「ぬかせ、ガウス! お前に美味しいとこだけ持っていかれてたまるか! 冗談言ってないで、挟み込むぞ!」「ははっ!」 俺とガウスはスカードを挟みこむ様に左右に別れ、上手く連携し、追い込んでいく!「ぬっ! ぐうっ!」 それに対しスカードも懸命に対応しているが、正直分が悪すぎると俺は思う。 というのも俺とガウスの師弟コンビの息の合った連携、更には雫さんと学の息の合った支援、そしてファイラスが誇る各将と粒ぞろいの人材のバックアップがあるのだから……。 そしてこの猛攻に耐え切れず、スカードのアーマーアームドに細やかなヒビが増えてきているのが分った。(よしよし! 間違いなく追い込んできている証拠だ!)「守さん! 今、サイファーの解析が終わったわ! サイファーはもう体力、魔力共につきかけている! やるなら今よ!」「分かった、ありがとう雫!」(……あ、雫さんのこと初めて呼び捨てしてしまった……。そして雫さん、顔若干赤くなってんな、うん……) これは恥ずい。 が、今はスカードに集中したいところ。『てことで、手筈通り頼むぞ学!』『はいはい……』 俺と学は心の会話を終え、右手以外の全身の主導権を学に任せる。 そう、この時の為に取っておいたとっておき! それをスカードに食らわす為にね……! 刹那、そのチャンスが訪れる! スカードの鎧の隙間に雫さん達が射た弓矢が数本刺さり、奴の動きが極端に鈍くなる!「うぐうっ……!」 だからか、スカードが苦しそうに呻いている! そして、ガウスは当然そのチャンスを逃さない!「はああっ!」 ガウスはここぞとばかりに気合の入った必殺の
弓が飛んできた方向を瞬時に追うと、遠目に見えるは雫さんとヒューリが弓を構えるその姿。「ぐうっ!」 だからか、スカードは苦痛の呻き声を上げていた。 その痛みのせいか一瞬スカードの体が浮き、俺の腰にまわしていた手の力も緩む!(い、今がチャンス!)「お、おおおっ!」 俺達は気合を入れ、スカードの両手を勢いよく振りほどく! と同時に奴のアゴに向かって頭突きを食らわせる!「がっ!」 スカードは呻き、たまらずよろける。 続いて体勢の崩れたスカードに勢いよく体当たりをかまし、俺達はやっとのことスカードから解放される結果となった。 (はあ、はあ、あ、危なかった……。ありがとう、ノジャ……) というのもノジャの加護が無ければ、俺達は恐らくとっくの昔に感電死していただろう。(もっとも今のスカードの電撃を食らい、加護が切れてしまったけどね……) 雫さんを見ると、あちらもその加護は切れていた。 なるほど、この効果は2人で共用しているものだったんだろう。「うっ? くっ!」 俺達は気合で立ち上がろうとするが電流のせいで体が痺れているため、よろけ情けないことにその場にへたり込んでしまう。「守様、だ、大丈夫ですか? 今、状態回復魔法をかけますので、しばらく大人しくしといてください……」 小走りで駆け付けたウィンディーニが状態異常回復魔法を俺達にかけていく。「あ、ああ……」 素直にありがとうと言いたかったけど、申し訳ないが麻痺している為か舌も回らない状態だ。「……スカード申し訳ないけどこれは決闘じゃない、国単位の戦争なのよ……」「……然り……」 雫さんとヒュ
「ク、クククク……」 スカードは怒りとも歓喜ともとれる不敵な笑みを浮かべている? その為か、スカードの肩が若干揺れている様にも見える……って⁈ よく見るとスカードが装着しているアーマーアームドを覆っていた青白い光が更に強くなり、なにやら激しい異音が響き渡っているのだが……?(な、なんだ、こ、これは……? なんだがとっても嫌な予感がするんだけど?) 俺は雫さんを見つめるが、その雫さんは静かに横に首を振っている。(雫さんの未解析の技か。なるほど、スカード達のとっておきってわけか……⁈) 「……数百年ぶりだな……。この状態になるのは……」「何ッ⁈」「……この状態になるのは、お前で2人目だということだっ守っ!」 スカードはその咆哮と同時に俺達に急接近してくる!(は、はやっ……?) 一瞬消えたかのように見える程の移動スピード! が、俺達は瞬時に迎撃体勢を取る。「……お前何処を見ている?」(なっ? 後ろ? 今確かに正面から向かってきていたはずっ! が、大丈夫だ、学がしっかり防御してくれる……) 「遅いな……?」「かはっ?」 俺は俺の左わき腹にスカードの重い拳が突き刺さりのを感じ、たまらず呻き声を上げる。(なっ? ひ、左?) 「くそっ!」 俺は捨て身の食らいうち狙いで、右手に握った剣をスカードに向かって突きを繰り出す! が、もうそこに奴はいない。(こ、これは……ざ、残像現象……?)