それから数か月後。
ここは再び人の国ファイラス城。
血相を変え、赤床の回廊をかけていく王女雫。
(ファイラスの王子達が大戦のためザイアードに出兵し、監視が極端に緩んだ今しか抜け出せないないなんて……)
「は、早く二人の元に行かないと! 大変な事に……!」
雫はファイラス城内から王家のみが使用できる転送装置を使い外に抜け出すことに成功していた。
その転送先はファイラスとザイアードの国境近くに配置されている古代遺跡であった。
勿論遺跡の中には誰もいない。
理由は、一部のの特権階級しか知らない秘匿情報であるからだ。
なお、雫がこんなに必死になっているのは理由があった。
雫がここ最近集めた情報によると、「大戦はこの遺跡から近い国境近くの場所で決着するシナリオ」と知ったからだ。
幸いファイラス軍が国境にたどり着くのは数日はかかる。
であるからして、雫はそれまでになんとかザイアードにいる学と守に会って、それを伝えたいのだ。
雫はぼんやりと不思議な青白い光を放つ転送装置を見つめながら、なんでも入る魔法の鞄にしまっていた魔法のスクロールを次々に取り出していく。
そこから飛び出すは、立派な1つの角を持った銀色のたてがみをなびかせ、いななく一頭のユニコーンであった。
「ああっ! このままでは、学達が……。急いでお願いね? ユニコーン……」
雫は逸る気持ちを抑えきれず、ユニコーンに急いでまたがり、覆ったものの姿を消す魔法のマントを羽織った後『ザイアード』の城に向かい電光石火の如く爆走していくのだった。
♢
一方その同時刻、守達がいるザイアードにファイラスからの文書が届いていた。
「な、なんだとっ! あの馬鹿人間の王子どもっ! く、くそっ!」
学は文書を見るやいなや、血相を変その文書を力いっぱい床に叩きつけ、急いで城外へ飛び出していった。
守はそ
それから数時間後、学は腕を組み1人静かに佇んでいた。 晴天の最中、まっ平の草原にまばらに散見される木々や岩々……。 ザイアードとファイラスの国境近くのこの場所は、戦闘するにはもってこいの場所であった。 学が佇むその場所に向け、砂埃を上げながらこちらに進んで来る馬上に跨った大軍が見えてくる。(……ざっと見ただけでも万はいるな) 学は仁王立ちしながら静かにその様子を見守る。 その学の右手には金属製の赤黒い小手が装着されており、それは鈍く怪しい輝きを放っていた。(予想より早い! 軍馬の移動だと数日はかかる計算。ということはこの尋常じゃない移動スピードは『集団の空間転移魔法』。となると今回の件、裏にエルシードが絡んでると予想されるな) そんな事を考えている学の前に、砂塵を上げて進む大軍の中から一人軍馬にまたがり颯爽と学の目の前に姿を現す者がいた。「俺はファイラスの第一王子レッツである! 貴様が魔族の王か?」 輝く黄金の鎧に身に纏った屈強な男……。 それはファイラスの第一王子レッツだった。 学はレッツのその話を聞き、魔族を見下している感が理解出来た。(そもそも、あいつの同盟の文書の返答がこれだしな……)「……レッツよ確認するが、ザイアードとの同盟は考えてないのだな?」 学は無駄とは分かっていても、守との約束を考え律儀に確認することにした。「はっ、断る! 確かに同盟の文書が届いていたが、どうせ姦計を計って我らを皆殺しにする予定だったのだろう?」 レッツのその失言に対し、ファイラスの私兵は呼応するように魔族達に対する侮蔑の言葉を吐き嘲笑していく。「な、なんだとっ!」 学はファイラス軍のその態度に激昂し、自身の髪が逆立つのが理解出来た。 幼き頃から兄弟同然に育った守に対し、侮蔑としか思えない言葉を述べたのだから当然と言えば当然だろう。「あいつがどんな気持ちで文書を書いたか知らないくせに、よくもぬけぬけと! あいつがその気になればお前達なんぞ、正攻法で数回は皆殺しに出来る魔力を持っているというのに、お前達と来たら。まあいい、死んであいつに詫びろっ!」 学は瞬時に話の通じない相手と見切りをつけ、戦闘態勢を取っていく。 学は全身の闇の魔力を徐々に右手に全集中させていく。 魔王であり、転生者である学が使える『闇の魔力を物理攻撃に上乗せする
「え? 貴方もしかして、スイ……?」 「ええっ?」(ま、まじ? このエ〇フもとい、エルフの女王らしき人ってあのスイさんなのか……? それにそうだとしたら何故彼女が此処に……?) 煌びやかな青のドレスを身に纏ったエルフの統治者らしき人物。 よく見ると確かにスイさんに瓜二つだった。 当然再び会えた嬉しさもあった。 が、何故スイさんがファイラス残党兵と共闘しているのかなどの疑問もあった。「……スイさんは何故此処に? そ、それにさっきの話は……?」 「ごめんなさい、挨拶がまだだったわ、お久しぶりね? そして時間が勿体ないから担当直入に聞くわね。貴方達『Fプロジェクト』って知ってる?」「……知らないな?」 俺はあまりにも自分勝手すぎるスイさんの物言いに警戒し、言葉を慎重に選ぶ。(時間が無いからだって? ふ、ふざけるなよ! 学や沢山の人が目の前で死んでるんだぞ! それに『Fプロジェクト』? なんだそれ?)「やっぱ知らないか。……じゃ、別の質問。学さんが人造人間だということは?」 「……は?」(スイさんはさっきからなにを言っているんだ?) 正直俺にはさっきから彼女が言っている意味が全く分からなかった。 分かっている事は逆にスイさんは俺達の様子を見て、何やら色々確認作業している事。「はあ、ホントに何も知らなかったみたいね……。学さんは貴方を護衛するために『Fプロジェクト』で作られた人造人間なのよ?」 「え、仮にそれが本当だとしたら女性型のってこと?」 雫さんはスイさんによくわからない質問をするっ……て⁉「えっ、え? さっきからホント何の話?」 俺は訳が分からなくなり、思わずそれが言葉に出てしまう。 色々確認したいことが多いが、何事にも優先順序ってものがある。 と、とりあえず学がおっぱ……じゃなくて女性かどうか確認したい。「あ、あの、も、もしかして、あの時に雫さんが学と車で喧嘩した理由って……」 「そ、俺は女性って言われ触って確認したのよね……。見事に胸にサラシを巻いていたわ」(な、成程……。あの時、後部座席で雫さん達がボディタッチしてイチャこらしていたように見えたのは……その確認作業ってことか) 「いやいや、喉と声で普通一発でわかるでしょ」 スイさんからとっても鋭い突込みが入る。(た、確かに……でも)「いや、
ふと周囲を見渡すと、手に持った『天罰の涙』のように太陽は染まり沈みかけていた……。 真っ赤に染まった空と雲をぼんやりと見つめながら、俺達は失意のままユニコーンに跨り、近くにある遺跡へと向かう。 俺は背に担いだ動かくなった学のまだ温かい体温を感じ、思い出したかのように嗚咽を漏らす。 俺の後ろの雫さんも然りで、俺はいたたまれない気持ちになってしまう。 程なくし、目的地の遺跡に辿り着く俺達。 周囲はすっかり闇夜に染まり、昴が輝く星空の中、無数の流れ星が流れていくのが見える。 それはまるで、学や散って行った沢山の命が形になって流れているように俺には見えて……。 だけど不思議な事に、学が死んだこと以外あまり悲しいと感じない俺がいる。(もしかしたらこれが「この世界で魔王に転生した副作用」なのか……?) 魔に染まるとはこのことを指すのではと、俺は自身の立場をしみじみと実感してしまうのだ。「ここよ……」 悲しい気持ちでいっぱいの雫さんの言葉は暗く重い。 俺も無言で頷き、ユニコーンから下馬する。 正直俺も気持ちの整理が全然追いついていない。 でも、もしかしたらという気持ちで俺達は遺跡に来ており、期待に満ちた瞳でそれを見つめていた。 蛍光ゴケの関係かボンヤリと明るく輝いているそれ……。 まるでかまくらの大きさの様な岩肌の入り口から、俺達は地下への階段を無言で降りていく。 しばらく奥に進んでいくと、周囲が光輝く紫水晶で出来ている不思議な部屋にたどり着く。「綺麗だ……」 「そうね……。それにヒンヤリして独特の雰囲気があるよね」 実際に神秘的な雰囲気ではあったが、先程の事で俺達の心は沈んでいたし、だからこそ素直に感動できずにいた。 だからか雫さんも俺も、口数が少なかったんだろうと思う。 ……無言で進んでいくと、等身大の像が見えて来る。 よく見るとその像は紫水晶で出来た女姓の像であった。「大きく広げた両手と折りたたんだ6枚羽、更には整った凛々しいお顔……。これってまさか?」 「そう、これが女神アデレの像よ」 俺の隣で「そうだ」と言わんばかりに静かに頷く雫さん。 雫さんは緊張のためか、その声は震えていた。(ん? この女神像の顔、なんか見たことがあるような……?) ふとそんな事を考えつつも、前方に何か見えるものに注視す
……ぼんやりとする中、俺は周囲をゆっくりと見回していく。 白壁に銀の装飾壁時計、更には風景画が掛けられている。 天井を見て見ると硝子細工の豪華なシャンデリアが吊るされ火が灯されていた。 窓から外を見ると、闇夜に真ん丸お月様が輝いている。(何処かの城内みたいだけど? ザイアードの城内とは違う?) というのも、ザイアード城内には赤い絨毯なぞ敷かれていなかったからだ。 部屋の広さは同じくらい広いけどね。(それはさておき、皆は何処だ? おいおい、実は今までのひっくるめて夢オチか? うーん、取り敢えず此処は顔を洗って……) 俺はフカフカのベットから慌てて飛び起き、ふと何かに気が付く。 ……デジァヴ。 いや、このフラグは回避しよう。 俺は色々先読みして、おそるおそる髪の毛辺りを触る。(つ、角が無いっ? い、いや普通はないけど、この世界じゃあったはず!) その時、部屋のドアが静かに開くのが分った。(し、しまったっ、いや、ドアは空いたんだけどもっ!) お、落ち着け俺。 こ、ここで、まさかのシツジイ⁈(い、いや、そうだとしても今度はもう驚かないぞっ!) 俺はそんな事を考えながら、咄嗟に身構える。「あ、やっぱり、守君もいたいた!」「な、何だ……。雫さんかあ……」 そう、入ってきたのは紫色のドレスに身を纏った雫さんだったのだ。 安心した俺は、ほっと胸をなでおろす。(て、どーなってんだコレ?) というのもね、さっきまであった俺のねじくれた角や逞しい翼はない。 でも、雫さんの見た目は変わっていないのだ。「てことは、もしかしてここは……?」「そっ、ファイラス!」(あ、ああ、成程……) 「お、俺角と翼生えてないよね?」「そりゃね? はい手鏡」 俺は手渡された手鏡で自分の状態を確認する。(うん、服装は変わってない) その代わりに当然、魔族のように角や翼はない。 どうやら、今度は人に戻った模様。(ん? じゃ、使えた能力とかはどうなってんだろう?) 気になる……。 と、その前に……。「えっと雫さん、学は?」 そう、学には色々聞いておきたいことがある。「いるよ? 照れて部屋に入ってこないのよね」 ああ、そうか、ドアの向こうにいるわけだなアイツ。(じゃ、先手必勝、先に謝って置くかあ) 「学、そ、その色
それからしばらくして……。「ふう、2人とも待たせたね?」 俺は長いトイレから戻ってくると、接客用のソファーに腰を掛ける。「おそふぁったな?」「気のせいだ……」 学はリスのようにリンゴをほおばりながら話す。 どうやらさっき雫さんが用意してくれたフ、ルーツのカット盛を食べているようだ。「ホントだ? なんかすっきりしてない?」「色んなものを生産、もとい清算してきたんだよ……。おいおい、知らないのか? 賢者には必要な時間があるのだよ?」「ふーん……」 2人とも胡散臭そうにジト目で俺を見ている。「さ、さて、色々スッキリ? したことだし、皆で情報共有したいことがあるんだよね」「あ、そうだな」「うんうん」 俺は白皿の上に乗ったカットリンゴをムシャりながら一呼吸おく。「えっふぉ、ふぉりあえず俺が仕切って良い? 何か詳しい情報がでたら、その人に主導権を投げる形にしたいんだけど?」 「うん、意義なーし!」 2人とも静かに頷き、軽く手を真上にあげた。「こほん……。では取り敢えず現状を把握したい。でだ、ファイラスにいる俺達の地位と元々の2人の王子達がどうなったかを知りたいかな」「あ、はい。それは私に任せて」 俺と学は頷き、元々の地の利がある雫さんに任せることにした。「まずね、元々の2人の王子はいないわ」「あー、代わりに俺達が来て役者が代わったってこと?」「みたいね。さっきこの国の宰相ガウスに色々話を聞いたら、2人の王子は最初から存在していない状態になっていたの! で、代わりに私が第1王女、学が第2王女、守君が第1王子になってる状態みたい」「え? てことは?」「そ! ここでは守君が一番偉い状態。つまり、国総出で何でも出来る事になるわ」「な、なっ⁉ 何でも……!」 俺は先ほどの充実したピンクイベントを脳裏に浮かべる。(お、俺が第1王子なら、あれ以上の事を何でも出来る……⁉) 俺はいけない事を考えてしまい、少し前のめりになってしまう。「じゃあ、た、例えば、例えばだよ? 厳選したCカップ以上のきゃわいいメイドさんを俺の世話係に複数人配置することとかは……可能?」 「……出来るけど却下」「なんなら代わりに俺の正拳突きをお前の顔面に複数発配置しようか? あ……?」 2人は無造作に立ち上がり、俺の目の前で両腕をポキポキ鳴らし始める
同時刻、ここはエルシードの王女室。「……」「……トイウコトデ、ファイラスノ皆サマハ、スイ様ガイルコトハ完全ニ把握ハシテマセン……」 スイは閉じていた瞼をゆっくりと開き、木製のテーブルの上に乗っている『古代図書装置ユグドラ』に目をやる。「……ありがとう。ユグドラ」「ドウイタシマシテ」(な、何よ。3人とも楽しそうにして……!) 人間というものは実に不思議なもので、仲間はずれを感じると嫉妬するもの。 再びエルフの女王に転生したスイも例外ではなかった。「けど、あの3人が同じ国にいるのはまずいわね。……にしても、何だったの? あいつら? まあ、お陰でここに戻ってこれたから感謝はしているけど。はー……」 スイはソファーに深く腰掛け、両腕を組み大きなため息つく。 そう、実はスイは女神の力で元の現実世界に戻されたものの、とある理由で戻ってこられのである。(そ、そうだ!) スイは『古代図書装置ユグドラ』を再び起動させ、調べものをすることにした。「ねえ、ユグドラ? 今のザイアードの状況、特に支配者の2人の魔王の情報を教えて頂戴?」「ワカリマシタ……。支配者ノ王子ハ、長男スカード、次男ライファーニナリマス」「え?」スイはその全く聞き覚えのない魔王達の名に眉を潜め、困惑してしまう。「スイ様、コノ2人ノ魔王ハ異世界カラノ転生者デス」(えっ! ……異世界からの転生者? も、もしかして私達がいた現実世界からってこと? それとも……?) 再び瞼を閉じ、しばし熟考するスイ。「……ん? スカードって、あ―――っ⁉ も、もしかしたらこいつら、あの時の……⁈」スイは大声で絶叫し、目の前の丸テーブルを激しく台パンしてしまう!♢これは、スイが女神の力で生き返り、現実世界に飛ばされ戻ってきた時のお話。現実世界に戻ってきたスイは、異世界アデレに来る前に発生した不思議な白い光の球体に包まれ佇んでいた。「ん……?」意識を取り直し、呻くスイ。スイは不思議な力で崖下の空中に浮遊している状態であり、謎の力でゆっくりと浮上していく!「あ、ああっ! こ、このままじゃあの異世界に戻れなくなってしまう⁉」そんなスイの頭上に何者かが舞い降りて来る気配がする。幸か不幸かスイは再び白い光の球体まで押し付けられていた。「いいぞライファー、そのままそいつをおさえて
時間軸は戻り、再びファイラスの守の部屋。俺達は色々話し合った結果、ザイアードの情報をリサーチすることにした。理由はもう一つの国のエルシードは鎖国している関係で全てが謎に包まれているし、解明するには時間がかかると皆で判断したからだ。「えっと、今のザイアードにはスカードとライファーが魔王として君臨してるみたいね」雫さんはスキルを使ってるからか、目を閉じながら話している。「え? 誰それ。聞き覚えがないけど、誰か知ってる?」「 う、うーん?」(ですよね……。となると俺達のいなくなった代わりのNPC役?(しっかし、転生者の個人情報がまるっとわかるなんて集団戦では便利な能力だよな)それから程なくして……。「ええっ! ってなにこれ……」雫さんが何やら驚いていますが?「え? 何なに?」 「ち、長男スカードの能力『異世界の魔王』? 次男ライファー『異世界の魔王の幹部』ですって……?」どうやら雫さんも、自分で口に出している言葉を理解できていない感じだ。「え? ここ、そもそも異世界だぜ?」俺も学の言うことに賛成だった。「違うそうじゃないの......」「 へ?」「だって守さん達を調べた時にそんな表記はなかった。つまりここや現実とは違う、つまりは第3の異世界から来た魔王達ってことになるの……」 「な、なるほどお……」雫さんの説明に納得する俺達。(流石雫さん察しが良い。また、エスパーモードが発動してるのかな? と、勘ぐってしまったのはおもいっきり内緒だ) そ、それは置いといて……。「仮にそうだとしたらさ、此処に来た目的ってなんだろうね? 俺はそこが一番重要な気がするな」 「確かに、守の言う通りだな」学は俺の意見に賛同し挙手をする。「それを知るためにも、早急に直接会って話すのが得策かなって」 「あ、それは俺も賛成!」行動派の学は雫さんの意見に挙手し賛成する。が、俺はそれについては一理あるものの、色々情報を集めてから動くのが良いと感じている。ということでだ。「話は変わるけど、雫さん。国宝とかって今どんな状態かわかるかな?」 「それがね、使えない状態みたいね」「え、ええっ?」(まずいぞそれは……)というのも、「最悪俺ら誰かが犠牲になって敵をせん滅し、犠牲者を後で復活させる」という復活儀式前提の強力な荒業は使えなくなって
「で、次ですが博士達からの伝言になります。こちらは過去音声を守さんの脳に直接流しますね」 「た、頼んます……」(お、俺の両親の声か、やっぱ初めて聞くから緊張するな……)俺は内心、心臓をバクバクさせながら聞き耳をたてる。『初めまして、守。その、なんだ……今まで自分勝手して、色々迷惑をかけてすまなかったね』(こ、これが俺の父親の声? 想像より優し気な声だけなんだけど、なんか緊張するな……)『これを聞いているってことはもう深く巻き込んでしまったわけだ。で、お前にこの話を今まで伝えなかった理由は【これはとある組織の計画を防ぐために行ったこと】なので許して欲しい……』(多分スイさんの組織との関係だろうけど……。一体どんな理由なんだ?)『詳細は言えないが、この計画には学とお前も大きく関わっている。だから申し訳ないが組織の計画を防ぐためにも、この世界で色んな経験を積んで強くなって欲しい。で、学とも仲良くやってくれ。運が良ければ俺達と会えることもあるだろうし、その時はおそらく……いや何でもない以上だ……』親父の音声はそこで途切れていた……。(そ、そういうことか……。だから、この世界で強くなれと……!)俺は崖下から落ちる謎の黒のクラウンを思い出し、色々納得していた。(その計画、組織の人間であるスイさんなら知っているんだろうか?)が、スイさんはもう現世に帰還させてしまっているしね……。(くそっ、失敗したなあ……!)『……以上です』親父の話が終わったから、俺の脳裏に再び女神様の声が聞こえて来る。 (うーん、なんにせよ母さんの事とか気になる事は沢山あるが、一つずつ片付けていくしかないか。ま、俺も孤児院育ちであるし、タフなんでね……)自身を納得させ、再び女神様の声に耳を傾けていく俺でした。『あ、もう一つ伝言が......』「 あ、うん、何でしょう?」『「この世界を愛し、仲間と共に楽しんでくれ」だそうです。それがFプロジェクトの最短の攻略に繋がると……』
数十分ほど走り終えた後、今度は腰に下げている剣を抜き、俺の目線程の高さ以上ある枯れた大木目掛けて突きの練習をしていく。「ふっ!」 呼吸とも気合とも取れる声と共に、右手をピンと真っすぐに伸ばす俺。 一回一回丁寧にしかも鋭く早い突きを繰り出し、大木を突いていく。「朝から精が出ますな守様……?」「ッ!」 背後から聞こえる声に俺は驚き、振り向く。 するとなんと、ガウスがそこに立っていた。「な、なんだ、ガ、ガウスかビックリさせるなよ……」「はっはっはっ、申し訳ございません守様……。相手が雫様と学様ならもっと驚きましたか……?」(うっ! こ、コイツ、まさか……?) 「……な、何の話?」 俺は内心では思いっきり動揺していたが、冷静を装い一心不乱に大木を突いていく。「守様……。どうでもいいですが剣筋が乱れておりますぞ?」「なっ?」 よく見ると、確かに俺の剣は大木の真ん中から極端に離れた場所を突いていた。「何やら注意力散漫ですが、ナニがあったんでしょうなあ?」(こ、コイツ……? 昨日の事を知っているのか? それとも……?) 俺は訓練を中断し、ガウスと向き合う事にする。「……なあガウス、せっかくだし、ちょっと剣の相手をしてくれよ?」「ほお? やる気があるのは良いことですし、いいでしょう……」 ガウスは腰に下げている練習用の模擬剣を構え、更にはもう一本の模擬剣を俺に投げる。 軽くキャッチし、模擬剣を胸元に構える俺。 よく見るとガウスも同じように模擬剣構え、その丸くなった切っ先がこちらに見える。「では、行きますぞ?
「あ゛――――――――――――――――――⁈」 と、同時に湯船の中で学の絶叫が静かにこだまする……。 そ、そのお陰で俺は現状を視認出来た。 夢見心地の中、そっと雫さんの唇は離れていく。 更には再び俺の肩に自身の頭をそっと置く雫さん。 だからか、否応が無く先程の唇の感覚が俺の脳裏に鮮明に蘇って来る! 「あ、あの……? 雫さん?」「えへへ、その言葉ずっと待ってたんだ……」 雫さんは顔を真っ赤にしながら、少し照れくさそうはにかむ……。 俺もそれにつられて顔が真っ赤になるんですが?「あ……」(よく考えたら、今さっきの俺の言葉、ほとんど告白じゃねーか……!) 「えっ、え゛っぐ……う、うっうっ……」(ううっ、い、嫌な予感がする……) 当然、嗚咽を漏らしていたのは学だったが……。「ま、ま、学さん……?」 俺はもう訳が分からず思わずさん付けをしてしまうくらい狼狽えてしまっていた。「雫が雫が、守のファーストキスを取った―――! 俺なんか幼いころから好きだったのに、告白しようとして断られたのに―――!」 学は俺の肩に突っ伏し、号泣しだす始末! その俺の肩には涙やら、鼻水やら、何やら生暖かい液体がポタポタと流れ落ちてますが? うん、その一滴一滴が何やら重い、いや思い? 俺は孤児院時代の幼い頃の記憶を思い出し、友達認定して別れた頃を思い出していた……。(あ、ああ、あれはそう言う事だったのか……! いや、だってねえ? ホラ? 昔は男みたいだったじゃん? あ、でも、今
そんなこんなで数時間後、俺達は前に来たことある例の『秘湯の温泉宿』に来ていた。 「あー、久々の温泉は気持ちいいな……」 俺はお湯をゆるりと手ですくい、ゆっくりと顔を洗う。 リラックス出来た関係か、嗅覚が鋭くなり硫黄臭を強く感じる。(逆にそんなところが温泉地に来た雰囲気が味わえていいんだけどね……) まだお昼であるし、太陽が昇っている関係で当然周囲は明るく少し離れた山々の深緑がくっきりと見え、空気が余計美味しく感じられる。 太陽の反射光を浴びたお湯は輝いておりとても眩しい。(こんな時間にゆっくり浸かれるのはホント贅沢極まりないよな……) 「失礼しまーす!」「し、失礼します……」 複数の声の主が俺が浸っている湯舟に近づいて来るのが分る。 (きたきた学と雫さん達だ……!) 今回は二人ともタオルを羽織っている状態ではあるが?「こっ、こら押すな雫!」「え? だってこうでもしないと学は照れちゃって先に進めないでしょ?」 お2人がきゃいきゃい言いながら少しずつ近づいて来る。 顔を真っ赤にし、もじもじと照れながら、雫さんに背中をグイ押しされながら近づいて来る学。 太陽の逆光で眩く輝く、もち肌のうら若き女性達……。(こいつぁー、たまりましぇん……) タオルに半分ほど隠された白桃のような艶やかな胸は、そのボリュームの余り窮屈なタオルに逆らうかの如く食い込みが発生している状態だ。(……こ、今年の果物は豊作かな……?) 何故かそんな言葉が脳裏をよぎる。 不思議、止まらない……⁉ そして、そのサイズの大きい白桃は学が歩く振
今回、ドラゴン化した学の背に俺、雫さん、ウィンディーニが乗り込む。 ちなみにノジャの背には『封魔の炎龍石』を積み込むための大袋等が載せてある。「……じ、じゃあいくぞ……?」「は、はい……」 ウィンディーニは鞍に跨りプルプルと振えているが……。 なんというかその色々面白い。 そして、エンシェントフレイム化した学が力強く大空に舞い上がり、ノジャもその後を追う。「ひ、ひえええ……」 ウィンデーニは情けなく悲鳴を上げていたが……。「ぷふっ……」 その様子を後方で見ていた雫さんが思わず吹き出している。(こ、コラコラ、笑っちゃ失礼だろ? ほ、本人は真剣なんだから……!) とか思いながら、申し訳ないが俺も爆笑していたりする。 俺は雫さんや学が余計な事を言う前に、適当な話題を振る事にする。「あ、そういえばウィンディーニって、その名前の由来、もしかして水の精霊に関係してたりする?」 とか考えていたら、雫さんは機転をきかし話題を振ってくれた。「そうですね……。うちの家系は代々、水の精霊と仲が良いので何かしら水属性の名前を付けるしきたりがありまして。ちなみにうちの父はアイスバードといいます」「へーそうなんだ! じゃあ……」 そんな雑談を続けてから数時間後……。 例の温泉宿から少し離れた僻地に、ウィンデーニの知人が住んでいるというので寄ることになった。「へー、こんなとこに小屋があるなんて知らなかったなあ……」(ファイラスの地理に詳しい雫さんでも知らない場所か、正にだな) 「ええ、自分とギール様しか知らない秘密の
俺はそんな事を考えながらそっとため息を吐き、会議室から1人席を外し、そのまま自室に直行する。 俺は注意深く周囲を見て誰もいない事を確認し、机に腰かけゆっくりと背伸びをし、足腰を伸ばす。 俺が一人でここに来たのには深い理由があった。 それは休憩もだけど、ガウスから手渡された封書の内容を誰にも見せられないためだったりする。(ガウスは剣の腕と仕事の内容に関しては嘘をつかないからね……) 俺は中身が傷つかないようにペーパーナイフで丁寧に封書の封を切り、その内容に目を通していく。(ん? 誰からだと思えばウィンディーニから? あの場で伝えたいことを言えばとは思ったけど、あの天才児のことだから何か理由があるだろう。どれどれ……?) 「……え、これマジなん? じ、じゃあ学達のあの行動は……?」 ……俺は書かれていた内容に驚愕し、思わず独り言を呟いてしまった。(しっかし、ウィンデーニ、本物の天才なのかも) ……それから俺は色々な用事を済ませ、再び会議室にこっそり戻る。 部屋に入るなり、雫さん達が俺の周りに集まってくる。「あっ、守君! 今、学達と話してね、急遽アグール火山に行くことになったから!」 雫さん達は嬉しそうにきゃいきゃいとはしゃいでいますが?(こ、この感じ、帰りはまた温泉宿泊コースかもしれんな。嫌いじゃないけどねっ!) 俺は温泉内のピンクイベントを思い出し、もっこ……もといにっこりと微笑む。「守様! あのっ! 自分も火山に同行することになりましたので、よろしくお願いいたします!」 ウィンディーニは元気よく俺にペコリとお辞儀をする。「彼には私の代理で現場視察に行ってもらうことになりましたので、守様よろしくお願いいたしますね」 ギールは俺にそう述べ、軽く一礼する。
それから数分後……。 俺達はギールの資料とウィンディーニの魔導知識を元に話しを詰めていく事になった。 「なるほど、ルモール森林全土には『封魔の炎龍石』を使った魔法陣をしかけられそうですが……」 「え? 何か問題があるの?」「森林の地下トンネルに配置する分が全く足りません……」「仕方ない、ではこれで足りるのでは?」 ギールは一番下に置いていた、とっておきと思われる資料をウィンディーニに手渡す。「ああ、これなら地下トンネル分も余裕で足りますね! 余った分で数十人の鎧加工分も作れるでしょう。あの、それはさておき、この資料は私は見たことが無かったのですが?」「最近、ようやく火山上部で発掘出来る環境になり、未開拓であった関係で大量に発掘出来たものだからですな」 ギールは咳払いしながら、俺をチラリ見している。(ああ、例のやつね……。まあ、役に立って何よりだったよ) 俺はそんな事を考えながら思わず苦笑する。「んんっ! ……守様はこのピンポン玉くらいの大きさの『封魔の炎龍石』の価値を知っておいでですか?」 ギールはそんな俺の態度を見て、俺を厳しい目つきで睨む。(う、うわあ? や、やっべ、俺、地雷踏んだかも……?) 「い、いや?」 「分かりやすくこの『封魔の炎龍石』の価値を説明させていただますね。これ一つでだいたい人家10件分の価値があります……。何故そんなに高値で売れるかと言うと、『エルシード』の連中が価値を見出し、大人買いしていくのですよ……」「お、おう……」(そ、それはギールが出し渋るのもシカタナイデスヨネ……?) 俺はギールの言葉の重みを感じ、額に変な汗が流れて来るのを自身で感じ取る。「この
それから数時間後、此処はファイラス城内会議室。「イエーイ!」「やりましたな!」 心地よいハイタッチの音がファイラス城会議室に響きわたる。 ファイラス城に帰還した守達は宰相ガウスら重臣達と、ザイアード軍掃討作戦の成功の喜びを分かち合っていた。「いやー、あんなに上手くいくとは思いませんでしたな!」「流石ガウス! 地の利を生かしてあんなエグイ作戦を思いつくなんて……」 俺は作戦を考えた功労者であるガウスを労って、ワインをガウスのグラスになみなみと注ぐ。「はっはっは、そんなに褒められても困りますなあ? この作戦は鉱山などの労働者や魔法兵団の方々にも協力してもらったからこそ出来た作戦ですしね」 ガウスは自分で言った言葉を嚙みしめるようにワインを飲み干していく。 ガウスは終始笑顔ではいるものの、顔や手などはすり傷だらけではあった。「そうだよね……。この作戦は兵だけでなく、ファイラスの住人みんなにも協力してもらったからこその成果ですものね」「だね」 俺もガウスや雫さんと同じ考えだ。「ぷはー上手い……! 口の中の傷にしみますが、勝利の美酒ということで今日だけは許してもらいましょうか……」「そうだね……。これからしばらくは飲むことは出来なそうだしね」「では、勝利とこれからの戦に向けて乾杯!」 ファイラス会議室内には複数のグラスが打ち鳴らす軽快な音と賑やかな談笑が響き渡る……。 そう、今だけは……。 俺達は勝利の美酒を飲みながら今までの苦労を思い出していた。 ♢ 時は遡り、20日前のファイラス城作戦会議室……。 会議室の10人ほどが囲える木製の広いテーブルがある。 その周りに俺達いつものメンツ、それに宰相ガウスら重臣達、ゴリさん、城下町の町長など、これからの作戦に欠かせないメンツが揃い論議中であった。「……では2人の魔王の能力の分析が少し進んだので、要警戒の能力だけ情報共有させてもらうね?」 雫さんの言葉に一同は静かに頷き耳を傾ける。「2人に共通しているのは『色んな探知魔法』を使えること」 「……して、具体的には?」 雫さんの話の重要性を感知し、ガウスは耳を傾けている。 「んー色々あるみたいだけど……。中でも罠感知・生体感知・魔法感知・音声感知が要注意かな?」 「それまた厄介な能力ですな……」 確かに、ガウスが
「ほう? シツジイよ詳しそうだな? 話せ……」「この魔法を遮断する結界には希少な魔石を使うのです。これ単品では効果は発揮出来ないので、効果を発揮させるために加工と魔法陣が必要にはなりますが……。そしてこれは音を遮断する静寂の風石よりも、もっと希少なものなのです」 シツジイは握りこぶしより2まわり程小さい真紅に輝く魔石を懐から取り出し、魔王スカードに手渡す。「ほう? つまり?」「ルモール森林すべてを遮断するのにファイラスでとれる魔石を全て使っていると逆算出来ます」「……シツジイがそのように考える根拠はなんだ? 述べて見よ」「ファイラスの宝石鉱山で稀にこの魔石が発掘されることはスカード様もご存じのはず」「……そうだな」 アグール火山に太古から住む龍がこの魔石を生み出すのに関係していると噂されていることを魔王スカードは確かに知っていた。「この森林だけでも数年前のファイラスの宝石生産量から取れる魔石の数年分ほどの量は使われていると思われます」 シツジイはその算出データが書かれた資料を黒カバンから取り出し、魔王スカードにそっと手渡す。 それからしばらくして……。「成程、見事な資料だ。お前を信じようシツジイ……。ところで、シツジイが算出基礎で用いているものは数年前のデータであろうし、近年生産量が増えている可能性は?」「……斥候情報によるとここ数年、年々宝石の生産量が少なくなっていると聞いております。メインで採掘している場所については、体積的に考えて枯渇することはあっても多くなることはないと思いますが」 シツジイは今度は魔王スカードにファイラスから極秘で入手した、アグール火山の見取り図とそこで発掘しているメインの発掘場のポイント図を提出する。「……成程、宝石自体いつか枯渇するものであるし、急に増える理由はないか…&hel
「思い起こせば今まで、行軍中に何も無かったのがそもそもの罠の一つだったようです……」 「……ふむ、お前の言葉確かに間違いでないし、俺もそのように感じていたところだ。早い話がこの俺のミスであり、お前達を咎める事は一切ない。だから遠慮なく続きを語ると良い……」「そ、それは違います! 魔王スカード様が悪いのではなく、このサイファーめが至らなかったのがそもそものミスなのです! どうか、どうかこのサイファーめに罰をお与え下さいっ!」 サイファーは魔王スカードのその言葉に心を心底痛め、スカードを庇うように弁明していく。「ふふ、良い。確かにお前が進言した内容は事実。だがな、それを聞いたこのスカードが最終判断を下したのだ。だからお前は気にすることはない……」 「う、うう、す、すみませぬ……」 腹心サイファーはその大きな体で地面に土下座をし、魔王スカードにひたすら平謝りをする。 その様子を見ていたザイアードの伝令兵はなんとなく流れを理解し、サイファーの為にも話を続けることにした。「あれは、数時間前のこと……。俺達ザイアード兵は霧が深いルモール森林をひたすら前進していました。森林の中は更に霧が濃くなり隣の兵の存在くらいしか確認できない状態でした……」 「そうだな……。俺の魔力感知にひっかからないところを見るとこの霧は自然発生したものだろう……」「で、ですよね。俺も先ほど色んな感知魔法を使って、周囲探索をしていましたが何も怪しいところは発見出来ていません!」 ただひたすらに忠臣であるサイファーは慌てて立ち上がり、魔王スカードに歩み寄り、そのフォローする。「い、異変に気が付いたのは高樹齢の大木が見え始め道の分岐が激しくなり、各々がバラけ行軍していたころでした」 「ふむ、続けよ」 ザイアード兵は震えながら続きを語って行く。 恐らくその時の様子を思い出し、恐怖におののいているのだろう……。 魔王スカードはザイアード兵のその様子を見ながら現在の心理状態を冷静に分析していた。「しばらくして、再び合流した時に結構な数の兵がいなくなっていることに気がつき……」 「まるで神隠しだな……」「じ、情報を共有させるために他の兵と、か、会話しようとしたところ……」 「……ところ?」「こ、声が出なかったのです……。入り口からしばらくはいった場所までは声が出せて