私は、いわゆる「偽のお嬢様」ものに登場する「真のお嬢様」の育ての親だ。 物語の中では、真のお嬢様が首富の家に戻った後、偽のお嬢様に策略で追い詰められ、最後には家を追われ孤独な人生を送ることになる。 そんな未来を知っているからこそ、目の前で大人しく宿題をしている娘の姿を見ると、どうしても目頭が熱くなってしまう。 私はその小さな背中を思わずぎゅっと抱きしめた。 「雫、大丈夫だよ。ママが絶対に守ってあげるからね!」
もっと見る雫は証拠を揃え、瑠奈を警察に突き出した。 白峰家も彼女との縁を切り、保釈しようともしなかった。 瑠奈は足の骨折が治らず、手も後遺症が残り、二度とピアノを弾けない体に。大学受験を逃し、前科持ちとなり、人生は完全に終わった。 私は一度、彼女に会うために刑務所を訪れた。 彼女は最初、期待するような媚びた笑顔を浮かべたが、私だと気づくと顔をしかめた。 「……あんたなの?」 私は平然と椅子に座り、静かに言った。 「当然でしょ。白峰夫婦はもうあなたに会いたくないもの。自分の本当の娘を永遠に失ったのは、あなたのせいだからね。でも、私は生みの親として、一度くらい顔を見ておこうと思ったのよ」 瑠奈は怒りを込めて叫んだ。 「私は白峰家の娘よ!あんたなんか私の母親じゃない!」 「どうして本当の娘の私を裏切って、雫の味方をするのよ!」 私は静かに微笑んだ。 「私も犯罪者の娘なんていらないわよ。 けれど、あなたが自分の欲を抑えて、雫とうまくやってくれたら、こんなことにはならなかったでしょう? でも、あなたは雫を陥れ続けた。だから、私は彼女を守るしかなかったの もう少し、自分の手札をうまく使えていたら、こんなことにはならなかったのにね」 私は瑠奈の叫びを無視して立ち上がり、刑務所を後にした。 雫は大学受験に合格し、有名な遠方の大学に進学することが決まった。 私たちは、この因縁だらけの街を離れることに決めた。彼女が進学する大学のある街で、新しい生活を始めるために。 白峰家からもらった二億円のおかげで、生活には余裕ができた。 飛行機のチケットを手配すると、白峰夫婦がその情報を察知し、出発前に会いにやってきた。 「どうか、雫。もう一度私たちと一緒に……」 二人は疲れた様子で、しかし必死に雫に訴えかけた。 私はその間、散歩に出かけ、彼らに話す時間を与えた。 一時間後、夫婦は泣きながら家を出ていった。目には深い後悔が浮かんでいた。 「母さん、行こう!」 雫は明るい笑顔を浮かべ、荷物を持って玄関に立っていた。 「これから、私たち二人の幸せな生活が始まるんだよ!」
私が入院しているこの2週間、雫は白峰家に「折れる」形で謝罪をした。白峰夫婦の前で、慎重に、そしてしっかりと瑠奈に頭を下げたのだ。雫は夫婦にとって唯一の血縁者。時間が経つにつれ、彼らの怒りも自然と薄れ、形式的な叱責をしただけで、すぐに彼女を受け入れた。雫は従順そうな笑顔を浮かべ、優しく瑠奈の手を取った。その様子に瑠奈の顔は青ざめたり白くなったり忙しい。彼女にとっては予想外だったのだろう――雫が戻ってくるなんて。「お姉ちゃん、私が戻ってきて、嫌だった?」「あなたとお母さんがくれた『贈り物』、ちゃんとお返しするからね」久しぶりに姉妹のわだかまりが解けたように見えたタイミングで、二人の誕生日がやってきた。白峰家は盛大な誕生日パーティーを計画し、私も招待された。私が瑠奈の生みの親であり、雫の育ての親である以上、招待しないわけにはいかなかったのだろう。その日、パーティー会場にはS市の名士が集まり、白峰家の豪華さを讃える声が飛び交っていた。瑠奈のクラスメイトたちも参加しており、子供たちは噂話に夢中だ。「ねえ、最近ネットで流れてる動画見た?雫って本当に酷い子みたいよ」「瑠奈を突き落としたとか、人間じゃないよね!ピアノがもう弾けないなんて可哀想すぎる」「あの育ての親もヤバいらしいよ。実の娘なのに虐待してたんだって」私は軽く笑みを浮かべたまま、そんな話に耳を貸さなかった。パーティーが正式に始まり、正義がステージ上で挨拶を始めた。「皆様、お忙しい中、娘たちの誕生日パーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます……」スピーチが終わると、瑠奈と雫が人々に囲まれながらステージに登った。二人とも豪華なドレスに身を包み、頭にはダイヤモンドが散りばめられたティアラが輝いている。ただ、瑠奈はまだ車椅子に座っていた。三階から落ちた事故で足を骨折していたからだ。「さて、ここで娘たちの成長を記録した映像をご覧いただきます」スクリーンに映し出されたのは、瑠奈が幼い頃から撮りためた写真の数々だった。プリンセスのようなドレスを着た姿、初めて学校に行った日の笑顔、過去の誕生日パーティーでの華やかな様子――どれも愛情と金銭がたっぷり注がれた、美しく輝かしい瞬間ばかりだった。映像が終わると、会場から拍手が起こる。だ
私は雫を連れて白峰家から去った。この一件も、これで終わった――そう思っていた。 だが、瑠奈はそれでは満足しなかったらしい。 一週間後、インターネット上にとある動画が拡散された。 そこには病院着姿で顔色の悪い瑠奈が映っており、弱々しい声で私たち母娘の「罪」を語っていた。 「雫お姉ちゃんは、私を妬んでいたんです。美貌も、両親の愛も――全部。それで私を階段から突き落としたんです…… 篠原さんもひどい人です。私が一緒に暮らした一週間、毎日虐待されました……」 白峰家の力とその名声が相まって、動画は瞬く間に広まり、私たちは悪役として世間の非難を浴びるようになった。 買い物に行けば、誰もが私たちを指差してひそひそ話をする。 「ねえ、あれが例の母娘よ。見た目は清楚そうなのに、実際は……」 「白峰家が親切に引き取ったのに、恩を仇で返すなんて……信じられないわね」 私は表情を崩さず、雫の手をしっかりと握って歩き続けた。 けれど、その手に込める力が無意識に強くなっていた。 いつも買い物をしていた八百屋に立ち寄ると、店主は私を一目見るなり、慌てて商品を片付け、逃げるように店を閉めた。 まるで、私が災厄でも運んでくる化け物にでも見えたかのように。 市場を一周したが、どの店でも私に商品を売ろうとはしなかった。ひどい店主は、私たちを追い払おうとまでした。 隣を歩く雫が唇を噛みしめ、拳をぎゅっと握りしめているのがわかった。白峰家に雫を置いておくことで彼女の未来を守れると思ったのに――結局、守れなかったどころか、余計に彼女を傷つけてしまった。自分を責める気持ちが胸を刺す。 「……大丈夫よ、雫。スーパーで買いましょう」 私は小さくため息をつきながら言った。スーパーでの買い物を終え、マンションの前にたどり着いたときだった。 突然、覆面をした男が物陰から飛び出してきた。 「お前ら、瑠奈を傷つけやがって!許さねえぞ!」 そう叫ぶと、男は透明な液体の入った瓶を振りかざし、私たちに向けて液体を撒き散らした。 私は雫を庇うように前に飛び出したが、液体が背中に降りかかり、猛烈な痛みが走った――灼けるような感覚。 ――硫酸だ。 雫の目に涙が浮かび、震える声で電話をかけているのが聞こえた。 「警察ですか!助けて
瑠奈の妨害がなくなったことで、白峰夫婦は雫が私と一緒にどれだけ苦労してきたかを心から気にかけ、彼女を溺愛するようになった。 一方で、私の数々の策もあって、瑠奈に対する夫婦の心証は徐々に悪化していった。 学校では、雫こそが真のお嬢様であることが広まり、周囲から尊敬される存在になった。もはや、誰も彼女をいじめようなどとは思わない。 すべてが順調だった――一ヶ月後にあの電話が来るまでは。 「もしもし、篠原さんですか?白峰瑠奈さんのお母様ですね。彼女が三階から転落し、現在手術を受けています」 その知らせを聞いた瞬間、私の心臓が跳ね上がった。胸の奥で不安が一気に膨れ上がる。 急いで病院に駆けつけると、私が目にしたのは、正義が雫を激しく平手打ちする瞬間だった。 ――全身の血が一気に凍りついた。 次の一発が雫に向かおうとしたその瞬間、私は白峰氏の手を掴んで止めた。 「何してるんですか!話し合いで解決できることでしょ!子供を殴るなんて、どういうつもりですか!」 正義は荒い息をつきながら、雫を指差して怒鳴った。 「どういうつもりだって!?自分の娘に聞いてみろ!何をやったのかってな!」 私は雫の顔を見た。彼女は無表情で、目には光がなく、ただ小さな声で言った。 「母さん、私は瑠奈を突き落としてなんかいない」 その言葉に、私の心がぎゅっと締めつけられる。私は雫を抱き寄せ、優しくささやいた。 「母さんは信じてるよ。雫がそんなことする子じゃないって」 その後ろで、白峰夫人が泣きながら言った。 「まだ言い逃れするつもり?私たちみんな見てたのよ!あなたが瑠奈を突き落としたの! まさか、自分がこんな悪い子を産んでしまっていたなんて…… 瑠奈があなたの人生を十年以上奪ったのは確かよ。でも、それは瑠奈のせいじゃないのに、どうして許せないの?」正義は疲れた様子で額を揉みながら、まるで施しでも与えるような口調で言った。 「瑠奈が目を覚ましたら、彼女に謝りなさい。それで、この話は終わりにする。何しろ、君は私たちの『本当の娘』なんだからね。 瑠奈は優しくて穏やかな子だ。きっと君のことを許してくれるさ」 その瞬間、私は自分の手が雫にぎゅっと握りしめられるのを感じた。 彼女は唇を真っ白にし、絶望的な表情で「仁慈」を装う白
「実はね、私は瑠奈の実の母親なの。そして、雫こそが白峰家の本当の娘なのよ」 私は明るく、けれどしっかりと周囲に聞こえるように語った。 「でも、昔病院で子供を取り違えてしまったの。雫を取り戻す代わりに、私は泣く泣く瑠奈を白峰家に残したわ。だって、白峰家のような立派な家で育つほうが、彼女のためになると思ったから。 だから、これからも瑠奈をよろしくお願いね。私の代わりに彼女のことを守ってあげてちょうだい」 私の言葉に、周囲の生徒たちの表情が変わる。 彼らはバカではない。さっき瑠奈が言った言葉の真意を、すぐに理解したのだ。 お金持ちの家ほど血筋を重視するものだ。そして今、彼らはこう考えている――瑠奈は真のお嬢様の地位を奪っただけでなく、さっきわざと嘘をついて、彼らを騙して雫を攻撃させようとした、と。 つまり、瑠奈は自分たちを利用しようとしていたのだ。 その考えが頭をよぎると、彼らの目には瑠奈への軽蔑と怒りが浮かび始める。 瑠奈の顔は真っ赤になり、怒りに震えながら私を突き飛ばした。 「もう、なんなのよ!本当に鬱陶しいわね!」 そう叫ぶと、彼女はその場を駆け去っていった。 私は残された雫と顔を見合わせる。 すると雫が、無邪気に肩をすくめながら、さっきの瑠奈の演技を真似て口を開いた。 「ごめんなさいね。妹、昨日ようやく自分の本当の立場を知ったばかりで、気持ちの整理がついてないの。どうか許してあげてください」 私は目を丸くして雫を見ると、彼女は私に向かってウィンクしてみせた。 なんてこと――雫が私から送られた「偽お嬢様」ものの知識を完璧に活かし始めている! 偽のお嬢様にはしっかり対抗できる、そんな強さが身についているではないか! その夜、瑠奈は家に戻らなかった。そして私は、白峰夫婦から連絡を受けた。 「瑠奈について少し話したいから、白峰家に来てほしい」 ――ふむ、瑠奈が何かを告げ口したようね。この機会、うまく使わせてもらおう。 白峰家に到着すると、瑠奈は白峰夫人の胸に顔をうずめ、涙でぐしょぐしょになっていた。 「まぁ、本当に可哀想……」とばかりに、夫人は彼女をぎゅっと抱きしめている。 一方、白峰氏は私を怒りの目で睨みつけるなり、声を荒げた。 「篠原さん!今日のあなたの行動はどういうつ
翌朝、白峰家のドライバーが瑠奈を迎えにやってきた。 同時に、雫も一緒にその車に乗り込むことになっていた。白峰夫婦がすでに雫を瑠奈と同じ国際学校に転校させてくれたのだ。 瑠奈は背筋をピンと伸ばし、まるで優雅なスワンのようにロールス○○スの後部座席に座る。 その様子は誰が見ても、完璧な令嬢そのものだった。 運転手がドアを閉めようとした瞬間、私はさっと手で止め、無理やり車に乗り込んだ。 瑠奈は驚き、苛立った声をあげた。 「ちょっと!何するのよ!」 私は無邪気そうにまばたきをしながら答える。 「だって、今日は雫の初登校の日でしょ?母さん、心配だから様子を見に行くわ」 瑠奈の顔色がさっと変わり、ぎこちなく笑顔を作りながら言う。 「篠原さん、大丈夫ですよ。私がちゃんとお姉ちゃんのこと、面倒見ますから。篠原さんはお仕事があるんでしょ?無理しないでください!」 「仕事?辞めたわよ。もうお金もあるし、新しい事業を始めようと思ってるの」 心の中で冷笑しながら、私は絶対に車を降りるつもりはなかった。 ――瑠奈に、雫を傷つけるチャンスを与えるわけにはいかない。 物語の中では、瑠奈が白峰家の唯一の令嬢の地位を守るため、雫に「私生児」だという噂を広めていた。 国際学校に通う生徒たちはみな裕福な家柄の子供ばかり。彼らにとって、「私生児」というレッテルは最大の侮辱だった。 瑠奈の煽動で、雫は学校で壮絶ないじめを受けた。閉じ込められたり、暴力を振るわれたり、さらには酷い屈辱を味わわされた…… そんな未来を、私は絶対に繰り返させない。 どれだけ瑠奈が説得しようと、私は車から降りなかった。 学校に着くと、瑠奈と雫が一緒に車を降りた。その瞬間、周囲の生徒たちが興味津々でこちらを見ていた。 その中の一人、瑠奈と親しい様子のクラスメイトが瑠奈に声をかけた。 「瑠奈、あの子、誰?」 彼女は雫を指差して尋ねた。 瑠奈は唇を噛み、視線を落としながら一瞬言葉を詰まらせた。 「えっと……その…… ……お姉ちゃんよ。白峰雫」 瑠奈はしぶしぶそう答えた。 クラスメイトは目を大きく見開いて驚いた様子だった。 「え、お姉ちゃん?白峰家にもう一人娘がいたなんて聞いたことないけど?」 瑠奈は困ったように下唇を軽く噛み
その夜、私の口座には白峰夫婦から送金された二億円が振り込まれていた。 彼らから届いたメッセージは長文で、瑠奈を大事にするよう繰り返し念押しする内容だった。そして、雫の姓を「白峰」に改めてほしいという要望も書かれていた。 私は快く同意した。 たかが姓ひとつ。それで雫の未来が明るくなるなら、安いものだ。 一方の瑠奈は、明らかに機嫌を損ねていた。ふくれっ面で仕方なく私が用意した客室にこもり、その夜はそこで寝ることになった。 廊下を通りかかると、瑠奈が電話をしている声がかすかに聞こえてきた。泣きながら、白峰夫婦に訴えかけているようだった。 「ママ、今日の晩ごはん、ひどかったのよ!なんと、肉が全然出てこなかったの!篠原さんったら、私のこと全然大事にしてくれないんだから! ママたちがたくさんお金を渡したのに、私のために全然使ってくれないのよ! やっぱりママたちが一番いいわ……ねぇ、いつになったら私を迎えに来てくれるの?」 甘えたような声に、悔しそうな泣き声を混ぜ込む瑠奈。いかにも可哀想で愛おしくなるような響きだ。 もし私が、事前に白峰夫婦へ夕食の写真を送っていなかったら、彼らは今頃瑠奈を迎えに戻る準備をしていたかもしれない。 だが――私はそこまで浅はかではない。 夕食時、たっぷりと肉と魚介が並んだ豪華な食卓を写真に撮っておいたのだ。ロブスターやカニも盛り込まれ、瑠奈が美味しそうに食べている姿もしっかりと収めた。 その写真とともに、白峰夫婦にこう送ったのだ。 「白峰さん、本当にありがとうございます。おかげで、こんなに豪華な夕食を初めていただけました。雫なんて、私と暮らしている間、一度も海鮮なんて食べられませんでしたから! でも、瑠奈がこんなに美味しそうに食べてくれるのを見ると、本当に嬉しくて……これからは、私の二人の娘たち、どちらも幸せな毎日を過ごせると思います!」 電話の向こうで夫婦は一瞬沈黙した。 彼らは、普段から大人しくて可愛いと思っていた娘が、親を悪く言っている事実に驚いたのだろう。しかし、それを「子供の小さな嫉妬心」だと解釈したのか、表立って瑠奈を責めることはしなかった。 「瑠奈、しばらく篠原さんと一緒にいなさい。あの方は一人で頑張ってきたのだから、少しでも寄り添ってあげるのがいいわ。一週間後に迎え
白峰夫人は居心地悪そうに微笑みながら言った。 「白峰家には最高の環境があります。お子さんはうちで育ったほうがきっと幸せになれますわ」 私はさも納得したように、驚いた表情を作った。 「なるほど、白峰家は二人とも自分たちの娘にしたいわけですね!」 雫が何か言いかけたのを、私はきつい視線で止めた。 彼女が残りたいと思っていることはわかっている。でも、白峰夫人の言うことは正しい。 白峰家には最高の環境が整っている――それは、雫の未来にとって何より大切なものだ。 親が子供を愛するなら、その将来を最優先に考えるべきだ。 だから私は――ここで涙を浮かべることにした。 「奥さん、あなたも十か月お腹の中で子供を育てたんですよね?その苦労を知っているなら、私の気持ちもわかりますよね……二人とも離れるなんて、私には耐えられません! お金がないのは認めます。でも、私が二人を愛している気持ちは、あなたたちにだって負けません!」 その言葉に、白峰夫人の目に一瞬の動揺が浮かぶ。そして、気まずそうに口を開いた。 「……一億円を補償としてお渡しします。それと、篠原さんがいつでも家に来られるようにしますわ」 その言葉を聞いて私は深く傷ついた表情を作りつつ、心の中では密かに微笑んだ。 狙い通りだ――お金さえあれば、万が一雫が白峰家で苦しむことがあれば、いつでも彼女を引き戻せる。この一億が、そのための切り札になるのだ。 「白峰さん、お願いがあります」 私は涙声で言った。 「私はまだ実の娘と一日も過ごしたことがありません。せめて彼女を一週間だけこちらにいさせてください。それが終わったら、ちゃんとお返ししますから!」 白峰夫人は少し迷ったようだった。私はここぞとばかりに押し切る。 「たった一週間ですよ!それくらいさせてくれてもいいでしょう?」 夫人がようやく口を開きかけたそのとき、瑠奈の顔がみるみる青ざめていくのが見えた。 そう――彼女は絶対に私と一緒に一週間も過ごしたくないのだ。この一週間は、彼女にとって決定的な意味を持つからだ。 物語の中では、雫が白峰家に戻った直後、瑠奈は表向きは優雅に振る舞いつつ、裏では雫を「教養がない」と非難し続けた。それによって雫は白峰家での居場所を失い、疎外感を抱くことになる。 さらに、夫
私と雫はソファの片側に座り、大富豪夫婦と瑠奈は反対側に腰を下ろしていた。 「つまり、そういうことです。私たちと篠原さんは、病院で子供を取り違えてしまったのです」 白峰正義(しらみね まさよし)が、重々しい表情で事実を語った。隣に座る夫人もタイミングよくハンカチを取り出し、涙を拭っている。 「なんて不運な巡り合わせなのかしら!」 隣の雫は目を丸くして私の肩を叩きながら、信じられない様子で叫んだ。 「母さん!聞いた!?私、大富豪の娘だって!これで私たち、超リッチになれるよ!」 私は彼女の手を取り外しながら冷静に答える。 「母さんは耳が聞こえないわけじゃない。ちゃんとわかってる」 白峰夫人が雫を抱きしめ、声を上げて泣き出した。 「なんてこと……かわいそうに。こんなに苦労させてしまって……さあ、家に帰りましょう。私たちがこれから全部取り戻してあげるからね!」 その隣で瑠奈が、自分の腕をつねりながら涙を流し始める。 「お姉ちゃん、ごめんなさい!全部、私のせいなんです。ずっとお姉ちゃんの立場を奪っていた私が悪いんです! お姉ちゃんに顔向けできません。私は何もいらないから、せめてパパとママのそばにいることだけ許してください!」 お得意の「猫被り」が始まったわね――つまり、何もかも雫が意地悪しているみたいに見せる巧妙な演技だ。 白峰夫人は慌てて雫を放し、瑠奈を抱きしめながら優しい声でなだめる。 「瑠奈はずっと私たちの大切な娘よ。何も変わらないからね」 一方、雫は困惑した顔でそのやり取りを見つめている。何が起きているのか、理解しきれていないようだったが、どことなく居心地の悪さを感じているらしい。 そんな様子を横目に、私は冷たく笑った。瑠奈が私の実の娘であっても、雫を傷つけるのは許さない。 ここからが本番だ――! 私はこの一年間、ネットの様々な物語で「偽お嬢様」攻略法を研究し尽くしてきた。鍛え上げたスキルを、今こそ活用する時だ! 「うわああああん!」 突然、私の泣き声が部屋に響き渡った。周囲が驚く中、私は瑠奈の手を引き、自分の胸に抱き寄せる。 「瑠奈……!なんてこと、あなたが私の本当の娘だったなんて!本当にそっくりね! さすが大富豪の家で育っただけあるわ。このエ○メスのバッグ、私たち家族の2年分
買い物を終えて家に戻ると、ボロいアパートの前に高級車の列が並んでいるのが目に入った。その黒い車たちを見て、私は思わず目を見開いた。 とうとう、この日が来てしまったんだ。 それはちょうど一年前のこと。頭に花瓶が落ちてきた拍子に、突如として見知らぬ記憶が脳内を駆け巡った。 どうやら私は、「偽のお嬢様」ものの世界にいるらしい。 私が16年かけて苦労して育ててきた娘――篠原雫(しのはら しずく)は、実は私の本当の娘ではなく、大富豪の家の「真のお嬢様」だった。 出産の日、大富豪の敵対者が病院で赤ん坊を無作為にすり替えたせいで、私たち親子の運命が狂わされたのだ。 真のお嬢様――彼女は周囲に愛される主人公的存在。一方で偽のお嬢様は嫉妬深く描かれた悪役ポジション。 物語では、真のお嬢様が実の両親に嫌われ、偽のお嬢様を取り巻く仲間たちに学校でいじめられる。さらに反撃を試みるたびに偽のお嬢様の策略に嵌められ、最後は家を追われてしまう。 「そんな未来、絶対に許せない……!」 机に向かう雫をじっと見つめていると、涙が込み上げてくる。この子があんな結末を迎えるなんて、絶対に許せない。 「雫、お母さんが絶対に守るからね!」 突然の抱擁に雫は目を丸くし、困惑したように私を見上げた。 「母さん、大丈夫?なんか変な病気じゃないよね?」 その後、私は彼女を連れて家の外に出た。すると、派手な服装をした夫婦が嬉しそうに歩み寄ってきた。 私はその二人を一瞥し、視線を彼らの後ろに立つ一人の少女へ向ける。 白峰瑠奈(しらみね るな)――私の実の娘だ。シャ○ルのスーツにエ○メスのバッグを身に着けたその姿は、明らかに裕福な家の令嬢だった。今にも泣きそうな表情で私たちを見つめている。 さすがに複雑な気持ちになる。十か月孕んで、自分の体から生まれた娘であることに変わりはないのだから。 もし彼女が雫に優しくしてくれるなら、それが一番いい展開だと思う。 ……だが、現実はそう甘くなかった。 瑠奈は二歩ほど前に進み、夫人の服の袖をそっと引っ張った。そして、困ったように唇を尖らせる。 「ママ、この人が私のお姉ちゃんなの?でも、なんだか私より新しいママに懐いてるみたい……私のこと嫌いになったりしないよね? それに、もしお姉ちゃんが戻ってきたら……私...
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