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第29話

 圭介がルームに足を踏み入れた瞬間、香織は驚きで固まった。

 体が硬直した。

 吉田慶隆が立ち上がり、敬意を表して挨拶した。「水原さん。」

 圭介の視線は慶隆の顔を一瞥し、香織に移った。

 普段の彼女は素顔で、彼が知っている限りでは化粧をしたことはなく、服装も端正で保守的で、サスペンダースカートなんて見たことがなかった

今夜の彼女は真っ赤なサスペンダーを着て、肌の白さが際立っていた。

慶隆は香織が動かないことに気づき、手を伸ばして彼女の腕を引いた。「早く立って挨拶しなさい。この方が水原さんだよ。」

しかし、慶隆の手が香織の腕に触れた瞬間、圭介の表情は一瞬険しくなった。もし理性が残っていなければ、彼はすぐに香織を引き寄せただろう。

香織は立ち上がり、フィットしたロングドレスが彼女の体のラインを美しく引き立てた。

それは無造作に、色っぽい感じもさせた。

圭介はまばたきをし、目の奥で一瞬光が揺らめいた。

香織は緊張で心が乱れ、まさか会うのが圭介だとは思わなかった。

もし知っていたら、絶対に受け入れなかっただろう。

彼女は口ごもりながら、「水原さん……」と言った。

続けて慶隆は笑顔で紹介する。「こちらは矢崎さんです。」

話が終わると、慶隆は香織に圭介のために椅子を引くように指示した。

香織は手を握りしめ、手のひらは冷や汗で濡れていた。なぜ彼に対してこんなにも恐怖を感じるのか、自分でも分からなかった。

おそらく、彼から受けた絶え間ない侮辱や抑圧のせいで、彼の前ではいつも慎重にならざるを得なかった。

とにかく、落ち着かない。

表向きは彼を知らないふりをして、椅子を引き、「水原さん」と言った。

圭介が座ると、香織が去ろうとしたが、彼は彼女の手を掴んだ。ビジネスの交渉の場で美人が現れるのは珍しくない。

通常、お願いする側がこうした準備をしている。

そういう女は、もちろん犠牲のためだ。

しかし、香織がそんな場に現れるとは、

彼の、水原圭介の妻が身を売るまで堕ちたのか?

「ふん」

彼は冷笑を漏らした。

香織の手首の骨が彼の握力で折れそうになり、痛みに震えた。

彼の手を振りほどいて逃げ出したかったが、それをすると慶隆に疑われるため、どうしようもなかった。仕方なく、その場に留まり、笑顔を保って媚びた。

圭介の後ろに立っている誠は、香
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