第392話

「君は清次の元妻だろう」健二は軽く冗談を交えて言った。「由佳さんが危険な依頼だと言わなかったら、僕は清次がまた新しい恋人でも作ったのかと思ったよ」

由佳は冷静な表情で応じた。「清次の元妻という以外にも、実はもう一つの肩書がある。たかし記者の娘だ」

健二は一瞬驚き、顔つきが急に真剣になった。

実を言うと、たかしが亡くなった当時、健二は大学を卒業したばかりで、正義感に燃えていた頃だった。そのため、正義のジャーナリストとして名を馳せたたかしの死に大きな衝撃を受け、彼の事件には強い関心を持っていた。

その当時、多くの人がたかしは敵を作りすぎて殺されたのだと疑っていたが、最終的な調査結果は、単なる交通事故に過ぎないというものだった。

この結論に納得しない者は少なくなかったが、時間が経つにつれ、たかしの死は徐々に人々の記憶から薄れていった。

今、由佳が突然現れ、亡き父の話題を持ち出したことで、健二は彼女が何か知っているのではないかと考えた。

だからこそ、彼女は「危険な依頼」と言ったのだろう。

たかしが敵に回した人物の多くは、強大な資本を持つ者たちで、その手は決して清くなかった。

「由佳さんの依頼は、お父様に関係があるのか？」健二が尋ねた。

「ええ、健二さんが父のことを知っているようなので、詳しい説明は不要ですね」由佳はコーヒーを一口飲み、「私の依頼を話す前に、健二さんは父が亡くなる直前に、虹崎市で起こった誘拐事件を覚えていますか？」と尋ねた。

健二は少し考え込み、「なんとなく覚えている気がする」と答えた。

「父は当時、その事件を調査していたんです」

健二は何かに気づいた。「由佳さんは、何か手がかりがあったの？」

そうでなければ、たかしが亡くなってから10年近く経った今、彼女が自分を訪ねてくるはずがない。

健二はずっと、たかしは大手企業や財閥に殺されたのだと思っていたが、まさか誘拐事件に関連していたとは考えていなかった。

由佳は軽く頷き、「どうですか？健二さん、この依頼を引き受けていただけますか？もし引き受けてもらえるなら、話を進めます。無理なら、今日の話は秘密にしておいてください」と告げた。

健二は由佳の穏やかな表情を見つめ、しばらく黙り込んだ。

かつて彼は熱血で正義感に溢れた若者だった。しかし、私立探偵としての長い年月の中で、多くの闇を見て