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第226話

池内蓮司の端正な顔には、無関心の表情が浮かんでいた。「断ってもいいが、帰国のことは諦めろ……」

和泉夕子は愕然として立ち尽くした。池内蓮司はパスポートで指輪の箱を軽く叩きながら、「待つのは五分だけだ」と告げた。

つまり、これは彼女に与えられた唯一のチャンスで、彼の提案を拒めば、二度と帰国する機会は得られない。

彼女の心には重い石がのしかかり、呼吸が苦しくなり、決断が迫られているように感じた。

池内蓮司は彼女の表情の変化を観察し、余裕の表情で時間が経つのを待っているようだった。

五分後、和泉夕子は深い息を吐き、ようやく決断して頷いた。「わかりました。条件を受け入れます。でも、名義上の結婚に限ります」

池内蓮司は軽く鼻で笑い、「他に何があると思ってるんだ?」と答えた。

彼は指輪を取り出し、顎をしゃくって彼女に手を差し出すよう指示した。

和泉夕子は渋々と手を差し出すと、池内蓮司は容赦なくその指輪を彼女の右手の薬指にはめた。

指輪をはめ終わると、池内蓮司は彼女の手を離し、漆黒の瞳で彼女を見つめて言った。「明日、教会で」

それだけを告げて彼は春奈のパスポートをポケットにしまい、その場を去った。

和泉夕子は自分の手元を見つめ、無名指の指輪に視線を落とした。言葉にできない違和感が胸の中で渦巻いていた。

まるでこの先の人生が池内蓮司と永遠に結びつけられてしまったかのような感覚だった。

いや、彼が姉の心臓を彼女の体に移植した時点で、すでにその運命は決まっていたのかもしれない……

池内蓮司はどんな手段を使ったのか、彼女の身元情報をすべて春奈に変更し、顔認証まで設定し直していた。

こうして和泉夕子は、再び「春奈」という名前で生きることになった。

一か月後、和泉夕子はA市行きの国際線に乗り込んだ。

彼女はファーストクラスの窓側の席に座り、外の景色を眺めながら物思いにふけっていた。

機内の扉が閉まろうとする直前、背の高い影が機内に足を踏み入れた。

その人物が目に入った瞬間、和泉夕子は驚きで目を見開いた。「私一人で帰らせるんじゃなかったの?」

池内蓮司は彼女の隣に座り、足を組んで、何気なく言った。「俺の言うことを信じるとは、お前もまだまだだな」

和泉夕子は言葉を失い、この男に対する無言の抗議を示した。

彼女は彼を無視して窓の外に視線を戻し、池内蓮司も
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