その時、医者に言われた。「病気はもうかなり進行していて、残された時間もそう長くない」と。私は軽くうなずいて、小声で言った。「大丈夫です。死ぬのは怖くありません......ただ、痛いのがちょっとだけ怖いんです」医者は、「非常に高価だけど、痛みを和らげて少し寿命を延ばせる薬がある」と教えてくれた。「お家はお金に困ってなさそうだし、両親とよく話し合って早めに入院してくださいね。でないと、これからどんどん痛みが強くなりますよ」と、医者は優しく告げた。私は引きつった笑みを浮かべて、「ありがとうございます」と礼を言いたかったけれど、どう頑張っても顔は悲しみに引きつったままだった。両親?私はもうとっくに母親を失ったし、今となってはお父さんももう父親じゃなくなったみたいだ。お父さんは毎月、私の口座に生活費を振り込んでくれている。多くもないけど、かといって少なすぎることもない。つまり、私が一切かかわらなければ生きていける程度の金額。それが私たちの関係だった。でも今度ばかりは、どうしてもお父さんに会いに行かないといけなかった。痛みが怖いから。でも、口座の残高じゃ薬代はまったく足りない。家に帰らない日が続いていたお父さんを追って、私は撮影中の現場へ向かった。そこには美羽もいた。彼女は私の一つ上だけど、お父さんに連れられて子供のころからずっとそばで育てられてきた。そして今では、俳優になりたいと自分で言い出したせいで、現場で一緒に学んでいるらしい。お父さんが仕事中の間、私は部屋の外の小さなベンチに座って待つことにした。美羽は私に気づいているのに、わざと見ないふりをして、そのまま周りの人たちと楽しそうに話している。どうせ見ないつもりなら私も見たくないと、私は俯いて病気で痩せた手をじっと見つめ、口を引き結んだ。でも、彼女と話していたスタッフのひとりが私に気づいて、ひそひそ声で話しかけるのが聞こえてきた。「ねえ、あれが月夜さんの娘なの?すごくガリガリで、ひどく不細工じゃない?月夜さんの娘にしては似ても似つかないね」「ほんとに実の娘なのかなあ。美羽ちゃんのほうがずっと綺麗だし、月夜さんの娘っていう感じにふさわしいよ」光を反射したガラス越しに映る自分の姿が見えた。痩せて干からびた四肢に、病のせいで青白くなった顔。まるで幽霊みたいに気味が悪い顔
美羽の悲鳴が聞こえたのか、お父さんが撮影を中断して駆けつけてきた。美羽の足に深い傷がついているのを見た瞬間、お父さんの顔はさらに険しくなり、冷たく言い放った。「何があった?」私は頑なにその場に立ったまま、少しも引く気はなかった。だけど、お父さんの視線は一度も私に向けられなかった。私の存在に気づきさえしなかったんだ。だから私は、前に一歩出て言った。「私がやったの。それに......彼女の自業自得」美羽は泣きながら私をにらみ、怒鳴り声で言い返した。「私、詩凜ちゃんに親切で飲み物を持っていってあげただけなのに......なのに詩凜ちゃんったら、怒って瓶を投げつけてきたの!詩凜ちゃん、私が本当に親しい妹だと思って接してたのに、こんなことされて、傷ついたよ......」泣きながら美羽が弁解すると、周りはすっかり彼女の味方のようだった。もう私が何を言っても意味がない。だって、どうせお父さんは私の言葉を信じないんだから。お父さんはきっと、私が生まれつきの悪者で、嘘ばかりつく人間だと決めつけている。だから、私は目を伏せて、お父さんと美羽の仲睦まじい様子を見ないようにして、ただ静かに伝えた。「私......病気なんです。医者にかなり重い病気だと言われて、お金がないと治療できないんです」お父さんは私を一瞥し、冷笑を浮かべて言った。「お前みたいな、陰険で嘘つきな娘を持って、本当に恥ずかしいよ。また新しい手口で金をせびろうってか?まあ、金をやるのはやぶさかじゃないが......その前に、美羽に謝るんだ」私は拳を握りしめ、全身が冷え切っていくのを感じた。お父さんは母さんを憎み、私にも嫌悪感しかないのは知っている。それでも今まで、お金で私を締め付けることだけはしなかった。きっと、お金を与えることで、親子の縁を買い取ろうとしていたんだと思う。だから私は、何があってもお父さんを頼らずにここまできた。でも、今回お父さんは違った。ただ金をやるために、私に美羽に謝らせようとしている。お父さんの目には、私が金のためなら平気で頭を下げる人間に映っているんだろう。だから、私が何のために金を欲しいかなんてどうでもいい。お父さんはただ、自分の思うままに私を屈服させたいだけ。金を使って、私の尊厳を踏みにじりたいんだ。美羽の前で、私を
記憶の中からふと戻ると、警察が到着して、私の遺体を運び出そうとしていた。お父さんは遠くから鼻をつまんで、私の血まみれで蛆がたかる体を嫌悪の目で見つめていた。警察は証拠の写真を撮り、簡単な検査をしてから私の遺体に白い布をかけた。そして、そのまま遺体を検死に持ち帰るために台車で運び出そうとした。だけど、白布をかけた遺体が冷哉お父さんのそばを通り過ぎる瞬間、彼の顔にどこか変わった表情が浮かんだ。お父さんは、何かに引き寄せられるように一歩近づいてきた。そして、布越しに、思わず手を伸ばしそうになった―その先に横たわっているのが、他でもない自分の実の娘だとも知らずに。彼の指先が布に触れた瞬間、警察官がきっぱりとした声で制した。「おい、やめろ、何をしてる!」お父さんは一瞬ハッと我に返って、手を引っ込めた。こうして、彼は最後に私の顔を見るチャンスをまた失ってしまった。「申し訳ありません、彼、こういう現場は慣れてなくて、驚いてるだけなんです」監督がすぐに近づいて警察に謝り、その場を取り繕った。警察は彼らを一瞥すると、特に問題がないと判断し、そのまま遺体を運び去っていった。「若いのに......気の毒に、あれだけ若いとさぞ親御さんも悲しんでるだろうな」後ろのほうで、劇場のスタッフたちが私の遺体を指差し、ささやきあっているのが聞こえた。運ばれていく私の遺体を目で追うように、お父さんはふいに苦しそうに胸を押さえ、深く息を吸い込んでいた。その様子を、私はぼんやりと見ていた。......血のつながりって、こうやって心に響くものなのかな。だけど、もうどうでもいい。だって私は、もうこの世にはいないのだから。
私の遺体が見つかったことで、当然撮影は続行できなくなった。お父さんは、美羽から誘われた食事も断り、久しぶりに自宅へと戻った。玄関のドアを開けると、中は真っ暗。そこには、かつてお父さんが帰ってくるのを待っていた私の姿も、もうなかった。「詩凜......家にいるのか?」お父さんは手探りで電気をつけ、空っぽの部屋の中で、私の名前を呼び続けていた。彼にしてみれば、自分が少しでも優しい顔を見せれば、私が必ずすり寄ってくると思っていたのだろう。実際、以前の私はその通りだった。愛されたいと願って、どうしても期待してしまっていたから。でも、もう何度呼んだって、私は返事をしない。お父さんはどこか諦めきれないような顔をして、再び名前を呼んだけれど、静まり返った空間には彼の声が虚しく響くだけだった。誰もいないはずの部屋の中で、私は彼の目の前に立っていた。だけど、もちろん彼には見えない。お父さんのそんな姿を見ていると、心が少しだけ痛んだ。私なんていなくてもいいんじゃなかったの?外で死んでくれたほうがいいって言ってたのに......どうして今さら、私を呼ぶの?お父さんは疲れた様子でソファに腰を下ろすと、眉間をもみほぐしてから、ふとスマホを取り出して画面を見た。お父さんが何を見ているのか、私には分かっている。この時間になると、私はいつもお父さんにメッセージを送っていた。今日あった出来事を長々と書き連ねて、最後に「お父さん、大好きだよ」って言葉で締めくくっていたから。でも、ここ数日、そんなメッセージは一度も届かなかった。通知欄には、いくつかのグループチャットのメッセージ以外、何もなかった。イライラしたようにお父さんはスマホを放り投げ、立ち上がるとそのまま私の部屋へと足を運んだ。お父さんは部屋の中をじっと見渡し、何か痕跡を探し出そうとするように、すみずみまで目を配っていた。私の部屋に入ったのはこれが初めてだ。彼は私にこの家を与えたあとも、ほとんど帰ってくることがなかったし、帰ってきても自分の書斎にこもりっきりで、私の部屋に踏み入れることなんて一度もなかった。まさか、私が死んでから初めて来るなんてね。数歩で私のデスクまで歩み寄ったお父さんは、机の上に置かれた数枚の紙に目を留めた。それは、私の診断書だった。お父さんはその紙を手に取ると、何
車のスピードは限界に近いくらいまで上がっていた。それでもお父さんは、さらにアクセルを踏み込んでいた。バックミラーに映る彼の目は赤く充血していて、そのまま猛スピードで走り続け、ようやく病院の前で車を止めた。私が診断を受けた、あの病院だ。お父さんが車を降りたとき、その足取りはよろけていて、受付にたどり着くと、私の診断書を握りしめながら必死に私の病状を尋ねていた。けれど、医師は冷静に告げた。「病院は患者のプライバシーを簡単に漏らせません」と。お父さんの表情が一気に崩れて、握りしめた診断書をさらにぎゅっと掴んだ。目を真っ赤にして、受付の医師を睨みつけると、ついに叫んでしまった。「この診断書は、私の娘のものだ!私は彼女の父親なんだ!どうして娘の病状が分からないなんてことがあるんだ、どうしてだ!」言葉を最後まで言い切る前に、声が震えて涙がこぼれていた。医師はその様子に驚き、急いで主任を呼びに行った。お父さんは主任の後に続いて、すぐに医師のオフィスに入ると、焦った様子で私のことを必死に伝えた。主任は眼鏡をかけ直し、診断書をじっくり読み返してから言った。「この子のことは覚えていますよ......診断が遅すぎたんです。もう少し早く来ていたら助けられたかもしれないのに。ただ、そのとき私は言いましたよ、痛みを和らげる薬ならありますから、治療を続けましょうって。でもその後、彼女は二度と病院には来ませんでした。その時の服装や持ち物を見る限り、家庭には少しはお金があるように見えましたが......どうして娘さんを治療に連れて来なかったんです?この病気はかなり辛いはずですから」その言葉は雷のようにお父さんを打ちのめし、彼は動けなくなってしまった。あの日、私が治療費を求めに彼のもとを訪ねたことを、お父さんは思い出していた。お父さんは顔を両手で覆って、消毒薬の匂いが充満する狭いオフィスで、泣き崩れた。息もまともにできないほどに、嗚咽がこみ上げていた。そのそばに座っている私の魂は、静かに彼を見つめていた。お父さんはようやく気づいた。私は嘘をついていたんじゃない。私のために速度オーバーで車を飛ばしてきて、今も私のために泣いている。彼はついに、私という存在を少しだけでも大切に思ってくれたのかもしれない。でも、遅すぎる。全てが、あまりにも遅すぎ
「彼女は本当に......そんなに優秀なんですか?」お父さんは視線を落とし、誰にもその目の奥の感情を読ませないまま、ぽつりとそう尋ねた。「もちろんですよ。何年も教えてきましたが、彼女のような生徒は滅多にいません。本当に立派な子ですよ」目頭が少し熱くなった。だけど、それはお父さんのためではなく、この先生のためだった。名前も知らない先生だけど、私のことを知ってくれていた。私が知らないところで、私を評価してくれる人がちゃんといた。私の人生は、思っていたほど惨めではなかったんだ。お父さんの手が、わずかに震えているのが見えた。そして、先生が「彼女は一週間の欠席届を出しており、ここ数日は学校に来ていない」と告げたとたん、お父さんの平静さが一気に崩れ去った。「学校にもいない、家にもいない......じゃあ、一体どこにいるっていうんだ!」お父さんは声を荒げ、焦りを隠しきれなくなっていた。その時、ポケットの中でスマホが鳴り響いた。慌ててスマホを取り出し、画面を確認する。見知らぬ番号が表示されているのを見て、お父さんは肩を落とした。「詩凜じゃないのか......」......そんなに、私からの電話が欲しいの?お父さんが電話に出ると、相手の男性の厳しい声が響いてきた。そして―『パシッ』お父さんの手からスマホが床に落ち、その衝撃で画面が粉々に砕けた。でも、そんなことを気にしている場合ではなかった。電話の相手はこう告げてきたのだ。「遺体の確認に来てください」と。冷凍された遺体安置所の中、誰もが神妙な面持ちで立ち尽くし、張り詰めた空気の中で呼吸すら控えめにしていた。お父さんは私の遺体の周りを何度も歩き、まだ信じられない様子でつぶやいていた。「そんな......そんなはずがあるか?こんなの、詩凜であるわけがない......」お父さんは急に思いついたように、顔を上げて言った。「分かったぞ......詩凜、お前、彼らと一緒に俺を騙してるんだろ?お前が学校に行かなかったことなんて、もう怒らないから。さあ、目を覚ましてくれ!今すぐ起きれば、お父さんは何も咎めない。こんな悪い冗談、もうやめにしよう。詩凜、お父さんを怒らせないでくれ」その様子を見ていた警官の一人が、重い口調で言った。「結果は嘘をつきません。これは間違いなくあなたの娘さん
「彼女は重力により肺が破裂し、血液が肺と気管に満たされて窒息死しました。検査結果では自殺と見られ、他殺の可能性は現在のところ......」その後の警察の言葉が、お父さんにはもう耳に入らなかった。だって、お父さんには分かっていたから。私が飛び降り自殺をしたのは、まぎれもなくお父さんのせいだったと。お父さんが私のことを気にもかけず、治療のチャンスを逃させた。信じようともせず、助けを求めた私を侮辱した。だから、娘を死なせた「犯人」は他でもなく、お父さん自身だった。私の病気は本当だった。お父さんにほめられたくて、必死に勉強したのも、病気を治すために助けを求めたのも、全部本当だった。でも、お父さんはただ母さんへの憎しみだけで私のすべてを拒絶し、どんな思いも届かなかった。お父さんは、急に肩を震わせて笑い出した。疲れ切った顔に、狂気のような笑みを浮かべて。誰もがその姿に声を失っていた。お父さんは、私の青白く血の気のない顔を見つめ、何度も視線をさまよわせていた。まるで、私が生前に感じた痛みを追体験しようとするかのように。医者は、お父さんに言っていた。「この病気はとても痛みが強いんです」と。痛がりの私が、どれだけの苦しみを味わい、どれだけ絶望して自ら命を絶ったか......お父さんには、想像もつかないだろう。だけど、私は分かっていた。どんな苦しみよりも、お父さんの無関心こそが私を傷つけたのだと。お父さんの目に涙が浮かび、床にひざまずくと、口からこぼれるように何度もつぶやき始めた。「全部......俺のせいだ......全部俺の......」その眼差しは空虚で、まるで魂が抜けてしまったかのように見えた。その日、警察署にいた人々はみな、テレビに何度も映るあの有名な俳優が、ひとりの遺体の前で取り乱して泣き叫ぶ姿を目撃した。最後にお父さんは、ぽろりと血を吐き、その場で倒れ込んだのだった。
お父さんが病院で目を覚ましたとき、彼のそばには美羽が付き添っていた。彼が目を開けると、美羽はすぐに水を持ってきて、お父さんに差し出した。だけど今のお父さんは、まるで錆びついたロボットのように、誰かに動かされるままのぎこちない反応しかできなかった。何かを思い出したのか、突然、こう言い出した。「詩凜は......詩凜を迎えに行かなくちゃ。そうだ、ここにいたらダメだ、今日は学校まで迎えに行くって約束してるんだ」それは、私が小学校一年生の頃のことだった。通学路で、私を連れて行ってくれるはずの家政婦と別れ、私が見かけたのは美羽を学校へ連れて行っていたお父さんだった。私は泣きながら走り寄って、お父さんの足にしがみついてこう言った。「パパ、私も一度でいいからパパに迎えに来てほしい」おそらく、涙で顔をくしゃくしゃにした私があまりにみじめに見えたからだろう。もしくは、美羽を遅刻させたくなかったのかもしれない。お父さんはそのとき「放課後、迎えに行く」と約束してくれた。父親から初めて受け取った温かくも力強い約束に、私は胸をときめかせて、放課後が来るのを心待ちにしていた。だけど、お父さんは来なかった。父親としての約束を、お父さんはすっかり忘れてしまったのだ。そして十数年経った今になって、ようやくそのことを思い出したなんて。お父さんがふらつく足で立ち上がろうとしたその時、美羽は少し慌てた様子で彼の腕を引き止めた。表情にはどこか焦りが見えた。生きている者が死者に勝つことはできない。美羽は分かっていた。もし私が生きていたら、おそらくお父さんが私を気にかけることはなかったかもしれない。でも、今私はもうこの世にいない。お父さんの罪悪感は増幅して、全てが美羽にとって不利に働くのだと。「月夜おじさま、あまりご自分を責めないでください。詩凜ちゃんのために、十分なことをしてあげましたよ。彼女の死なんて、誰も望んでなかったんです。でも......今となってはもう......それに、詩凜ちゃんがいなくなっても、月夜おじさまには私がいますから。私は小さい頃からずっと、月夜おじさまを本当のお父さまみたいに思ってきたんです。私は、おじさまの娘ですから」美羽の気持ちはいつも隠されていたけど、このときばかりは、その焦りが隠し切れていなかった。美羽が言い終わら