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第2話

「山田輝、私たち、別れましょう」

「こんなことで?薬、ちゃんと届けただろう?高橋美穂、いい加減にしろよ。俺の忍耐にも限界があるんだ!」

私は苦く笑いしながら彼を見上げた。これが、私が何年も愛してきた男なのか。命がかかったこの状況で、彼はこんなにも薄情だった。私が本当に必要としていたものを知っていたはずなのに、それでも私を放り出して立ち去っていった。

私は全身の力を振り絞って、彼の顔に思い切り平手打ちをした!

山田はその場で動きを止め、呆然とした表情のまま私の手首を掴み、二度目を阻んだ。

「お前、気でも狂ったのか!」

「言ったでしょ、私たち別れるの!」

「別れるなら別れればいい!言っておくが、高橋、お前が後悔しても知らないぞ!」

彼は私を乱暴に突き飛ばし、振り返ることなくドアを乱暴に閉めて出て行った。しかし、それから数分も経たないうちに再び戻ってきた彼の目は血走っていて、私を睨みつけた。「今回だけは絶対に許さない!」

私は鼻で笑い、冷たく言い放った。「さっさと消えろ!」

この小さな家は山田のものだ。彼を追い出してから、ようやくその事実に気づいた。

出て行くべきなのは私のほうだったのだ。

しかし、私は遠慮しなかった。彼がいない間に、素早く荷物をまとめ始めた。

押し入れの奥から出てきたのは、一枚の家族写真だった。それを見た瞬間、目頭が熱くなった。

正月に帰省して家族全員で撮ったものだ。だが、今では写真の中に生きているのは私だけ。

私は深呼吸をして、写真を丁寧に荷物にしまった。そして、部屋の中にある自分に関するものをすべて処分し、最後にスーツケースを持ってこの家から出た。

彼との写真は一枚しかない。付き合いを始めて間もない頃、私が彼を誘って遊園地に行き、観覧車の中で撮ったものだ。

その写真の中で、山田は無表情のまま私の肩を抱き、口元にわずかな笑みを浮かべている。どこか気だるげで無関心な様子だったが、当時の私はその姿にすっかり心を奪われ、深く恋に落ちてしまった。

しかし今になって振り返ると、私に優しい顔を見せることはほとんどなかったことに気づく。

ましてや感情をあらわにすることなど皆無だった。

ただ、あの女の前にいる時だけ、彼は焦りを見せていた。

でも、もういい。これから先、全てはどうでもいいことだ。

スーツケースを手にしたまま、私は深く息をついて山本玲奈に電話をかけた。彼女はすぐに車で駆けつけ、私のやつれた顔と今にも倒れそうな姿を見るなり、思わず怒鳴りつけた。

「高橋美穂、あんた、自分の姿を鏡で見てみなさいよ!たかが男のためにこんなボロボロになるなんて!」

そう言いながら、彼女は私を車の中に引っ張り込んだ。私はもう感情を抑えきれず、彼女にしがみついて泣き出した。

「玲奈、私、父さんも母さんも、家族みんなを失っちゃった!」

玲奈は驚きのあまり目を見開き、慌てて急ブレーキを踏み込んだ。

「何を言っているの?皆なくなった!美穂……」

「お願い、玲奈。あいつらに必ず血の代償を払わせたいの!」

私は事情の一部始終を彼女に話した。彼女は怒りのあまり、思わず声を荒げて罵り始めた。

「あのクズ、よくそんなことが言えたもんだ!ダメよ、すぐに警察に通報しなきゃ!」

私は彼女の手をぎゅっと握りしめ、「警察?何度も通報したけど、検査中だとか言われて、全然進展がないのよ。それに、山田輝もこのことを知ってるんじゃないかって疑ってるの」

「玲奈、あいつのやり方を知ってるでしょ」

それを聞いて、玲奈は私の手を軽く叩いて励ました。「心配しないで。この件、私に任せて。世間の目がある以上、あいつが全部隠し通せるなんてありえないわ」

「とにかく、今は私の家に戻ってしっかり休みなさい。体が回復してから、一緒にゆっくり考えましょう!」

私は頷いて、彼女に連れられて家に向かった。

玲奈の小さな部屋のベッドに横たわると、私はすぐに深い眠りに落ちた。しかし、目を閉じるとすぐに、父や母、そして小さな甥っ子たちが血まみれの顔で現れた。彼らは無言のまま私の腕を掴み、ただじっと私を見つめていた。

私は泣き叫びながら悪夢にうなされていた。その時、耳元でかすかな声が聞こえた。「美穂、美穂、薬を飲んで」

朦朧とした意識の中で、私は差し出された薬を飲み、水を一口流し込むと、そのまま再び深い眠りに落ちていった。

次に目を覚ました時、隣には玲奈が座っていた。「やっと起きたのね。一晩中高熱が続いて、本当に心配で死ぬかと思ったんだから!」

私は何か言おうとしたが、喉がひどく痛み、声にならなかった。玲奈が優しく水を飲ませてくれて、少し楽になったところで彼女が口を開いた。「あのクズから電話が来たのよ。もちろん、私がガツンと叱りつけてやったわ!」

彼女の言葉が終わると同時に、スマホの着信音が鳴り響いた。山田輝だった。

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