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第4話

その場に膝をつき、涙が止まらなかった。この「息子」のために尽くした人生に、初めて疑問を感じた。

そんな私の姿に気付いていなかった。入り口に佇む白髪の紳士が、怒りを必死に抑えながら、目を見開いて見つめていたことに。

追い出された後も、悔しさや屈辱に浸る間もなく、足を引きずりながら働き口のホテルへ向かった。

私の惨めな姿を見た同僚たちは心配そうに声をかけてくれたが、あの出来事を思い出す勇気すら私にはなかった。

午後のことだった。支配人の矢島善一がゆっくりと私の前まで歩いてきた。

「村瀬さん、これじゃあねぇ。床だってろくに拭けないじゃないか。こんな仕事ぶりなら、採用した意味がないよ」

埃一つない床を見つめながら、私は黙って作業を続けた。

「いい年して、もっと現実的に考えなきゃダメだよ。やっぱり女手一つじゃねぇ......男の支えがないと」

善一は下卑た笑みを浮かべながら、私の体を値踏みするように見た。

その時、突然の怒号が響いた。

「出てきなさいよ!母さんのネックレスを盗んだんでしょう?よくも相親家の物に手を出せたわね!」

めぐみが両親と恭一を引き連れて怒鳴り込んできた。

「まさかこんな人だったなんて。さっさと返してくれれば大目に見てあげますけど」

恭一は心を痛めるような表情を作りながら、私をじっと見つめた。まるで私のためを思うかのように、濡れ衣を着るよう迫ってくる。

やってもいないことを、認めるわけにはいかなかった。

「私じゃありません。人様の物を取るなんて、そんなことは......」

「おじさま!どうしてここに?この人の上司だったの?」

めぐみは善一を見つけ、さらに威勢を増した。

善一の態度は一変した。

「めぐみちゃん、心配いらないよ。部下だからって贔屓するつもりはない。きっちり白黒つけさせるからね」

モップに体重を預けながら、私は身を引く恭一を見つめた。胸が張り裂けそうだった。

十八で引き取り、必死で育て上げた息子は、私が濡れ衣を着せられていると分かっていながら、自分の立場と他人のために、二十五年間の育ての親を陥れようとしている。

瞼を固く閉じても、涙は溢れ出た。

「おばさん、大人しくネックレスを出しな。矢島さんは俺の兄だ。親戚の顔もある。警察沙汰にはしたくないんだがね」

「早く返してよ!今日、私の近くにいた部外者はあなただけ。私に恨みを持って、わざと盗んだんでしょう?」

一方的に持ち物を探り始める彼らに、なすすべもなかった。

「あった!ここだ!」

信じられない光景だった。私のバッグからネックレスが出てきた。

黙り込むしかなかった。今の私の言葉など、誰も信じてはくれない。次々と浴びせられる平手打ちを、ただ受け止めるしかなかった。

「村瀬、お前は解雇だ。藤原ホテルに泥棒は要らないんでね。荷物をまとめて出て行ってもらおう」

「母さん......こんな人が母親だなんて、本当に恥ずかしい」

恭一は冷たい目で、私が虐げられる様子を見ていた。その無情な眼差しに、背筋が凍る思いだった。

「今日限り、親子の縁を切らせてもらいます」

膝から崩れ落ちた私の手首から、祖父の形見の腕輪が外れ、粉々に砕けた。

「本当に......私たちの縁を切るつもり?」

感情を殺した声で、私は問いかけた。

「ああ、俺、村瀬恭一はここに村瀬さくらとの親子関係を断絶する。これからは他人だ」

「母親じゃないんだから、恭一、情に流されることはないわ。泥棒は刑務所が相応しいでしょう」

その言葉を聞いた瞬間、私は意識を失った。

「この藤原勝也の娘に、誰が手を出そうというのか!」

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