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第2話

私はその場に立ち尽くしたまま、百万円をどうにかして工面できないものかと必死に考えた。給料の前借りを頼めないだろうかと思った矢先——。

「待ってられねえ!」

恭一は苛立ちを隠せず、私の手提げを奪い取ると中身を荒々しく掻き回し始めた。

探しても探しても欲しいものが見つからず、ついには手提げを地面に投げ捨てた。

「何で金も持ってこねえんだよ!お前みたいなのが親なんて、めぐみが怒るのも当たり前だろ!」

「ごめんなさい、すぐに何とかするわ。上司に電話して、来月の給料を前借りできないか聞いてみるから......」

恭一は呆れた表情で私を見下ろしていたが、突然目を輝かせ、私の左手を乱暴に掴んだ。

「そうだ、そのブレスレット。散々大事にしてたみたいだけど、今日は嫁の顔見せ代わりってことで貰うぜ」

私が答える間もなく、腕からブレスレットを引き剥がそうとした。

「やめて!これは、おじいちゃんが残してくれた最後の形見なの。私にとって唯一の......」

恭一は私の懇願も、痛みで赤く腫れ上がった手首も意に介さなかった。

しばらく引っ張ってみたものの、ブレスレットはびくともしなかった。

そこへ矢島家の車が到着。私は藁にもすがる思いで矢島夫妻を見つめた。せめて私の立場を理解してくれないだろうかと。

だが返ってきたのは、同じような冷ややかな軽蔑の眼差しだった。

矢島母が私を値踏みするように見回し、めぐみに向かって言った。

「これがあなたの義母になる人?あなた、これからさぞかし大変でしょうね」

恭一は媚びるような笑みを浮かべた。

「お母さん、安心してください。結婚後は母とは同居しませんから。めぐみに苦労なんてさせません!これからは親孝行させていただきますよ!」

その言葉を聞いて、ようやく矢島母は満足げな表情を見せた。

「まあいいわ、めぐみ。今日はあなたの晴れ舞台よ。こんな些細なことで矢島の体面を汚すんじゃありませんよ」

めぐみは不満げに私を一瞥した。

「あなたが言ったのよ。私を大切にするって。誰かのせいで私が困ることになったら、許さないわよ」

恭一はようやく安堵の表情を浮かべ、急いで矢島夫妻と列席の方々を会場内へと案内した。

式は滞りなく進行した。

「それでは、ご両家の親御様にご登壇いただき、新郎新婦へのお祝いのお言葉を頂戴したいと存じます」

矢島夫妻が威厳に満ちた様子で壇上へ向かう。

私は手の中で皺くちゃになったスピーチの原稿を握りしめながら、恭一のために捧げてきた年月を思い、胸が締め付けられた。

「本日は、皆様お忙しい中、私どもの一人娘の結婚式にお越しくださり、誠にありがとうございます。めぐみは幼い頃から手塩にかけて育ててまいりました。嫁ぎ先での苦労を心配し、東雲台ガーデンレジデンスにマンションも用意させていただきました。新郎新婦の末永い幸せを願って、些細ではございますが、披露宴をご用意いたしました。どうぞごゆっくりお楽しみください」

「東雲台......?」

私は呟いた。あのマンション、私が家を売り払い、一生の貯金を投げ打って買ったはずなのに。

どうして矢島家が買ったことになっているの?

この披露宴だって、私が少しずつ貯めたお金。恭一が「村瀬の恥にならないように」と言うから、足を怪我しても病院にも行かずに節約して......

「女性側がすべて出したんですって?新郎側は人だけ?よくそんな図々しいことができますわね」

「新郎のご両親、まだ姿を見せないけど、さすがに恥ずかしいんじゃない?女性側の財布当てにしてるなんて、よっぽど厚かましいわねぇ」

「矢島さんも娘さん想いねぇ。お嬢様の幸せのためとはいえ、ここまでするなんて」

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