共有

縁切りの祝宴
縁切りの祝宴
著者: 美垣 玲子

第1話

「母さん、なんだよその汚い格好は。今日は矢島家の人間も、会社の偉い人たちも来てんだぞ。こんなみっともない親がいるって知られたら、俺の立場はどうなると思ってるんだ!」

恭一は私の姿を見るなり、露骨に顔をしかめた。乗り継ぎバスで疲れた体に鞭打ちながら、私は精一杯の笑顔を作った。

息子の結婚のために、私は長年住み慣れた家を手放した。バブル前に買った家だったから、なんとか今の相場で恭一たちの新居のローンの頭金になった。ありがたいことに、藤原グループに入社した息子の将来を見込んで、不動産屋さんも融資を通してくれた。

家を売った後は、少しでも出費を抑えようと、駅裏の古いアパートの六畳一間で暮らすことにした。窮屈で不便だけれど、息子が幸せな家庭を築けるなら、それだけで私は満足だった。

けれど恭一は、「あんな場末のボロアパートに住んでるなんて恥ずかしい」と、婚約直後から新居に引っ越してしまった。

今朝も、遅刻しそうだから車で迎えに来てと頼んだのに、明日から新生活なんだ。余計な手間かけんな」と、突き放すように言い放った。

仕方なく、朝一番のバスに飛び乗って、なんとか人前式に間に合ったというのに。

ところが会場に着くなり、息子から浴びせられたのは容赦のない叱責だった。

恭一の声は周りにも聞こえていただろう。近くの参列者たちが、私の方をちらちらと見ている。

あからさまな軽蔑の視線に、私は顔を上げる勇気もなかった。

それでも、取り繕うように笑って、小さな声で言った。

「これね、恭一くんが大学生の時に買ってくれた服なの。大切な日まで取っておいて......」

「うっせえな。めぐみが来る時間だ。お前の姿なんか見せたくねえんだよ」

息子は私の言葉を遮り、いらだたしげに続けた。

「それと、親族紹介の時も、壇上になんか来んじゃねえぞ。矢島家の連中の前で恥かかせんな」

そう言い放つと、私の不自由な足を一瞥し、踵を返して豪華なホテルのエントランスへと消えていった。

息子の背中と、華やかな式場の装花を眺めながら、私の胸は締め付けられるように痛んだ。

「新郎様はお若いのに、有望な方だそうですわね。藤原グループのエリート社員で、幹部候補とか」

「新婦様とは大学時代からのお付き合いだとか。ご実家も、一人娘の結婚とあって、新居のマンションまでプレゼントなさったんですって」

新居のマンション?私は首を傾げたが、すぐに打ち消した。ただ、周りの賞賛の声を聞くたびに、ほんの少しだけ誇らしい気持ちになった。あの息子を育てたのは、この村瀬さくらなのだから。

「お色直しのお車が到着しました!」

歓声が上がり、会場の視線が純白のリムジンに集まる。

私は怪我をしていない方の足で背伸びをし、嫁の顔を一目見ようとした。

人々が一斉に押し寄せ、私はバランスを崩して転んでしまった。腕が火傷したように痛んだが、幸い近くにいた初老の紳士が支えてくれたおかげで、大事には至らなかった。

痛みをこらえながら、息子が車のドアに手をかける様子を見つめた。

「お色直しのお車代をいただかないと」

付添いの女性たちが、冗談めかして声を上げる。

「ご祝儀は、ちゃんと弾んでもらわないとね!」

私は古びた布の手提げを強く握りしめた。結婚式の費用と新居の頭金のために、私は家を売り、貯金も全て息子に渡してしまった。今の私の財布には、来月の家賃として残しておいた4千円しかない。

恭一が営業スマイルを浮かべながら、ご祝儀袋を差し出すのを見たが、めぐみは満足げな様子もなく、車から降りようとしない。

困り果てた恭一は、まっすぐ私の方へ向かってきた。

「おい、早くお車代出せよ。これは儀式なんだ。お前のせいで村瀬の恥さらすわけにはいかねえんだよ」

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status