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第9話

伊藤言和は俯いたまま、申し訳なさそうな目で言った。

「母さん、助けてくれないか」

「優子の世話?言和、あなたは私の子供だから、できることは手伝うわ。

優子をここに住まわせて、私が面倒を見ることはできるわ」

伊藤言和はさらに深く俯いて言った。

「優子じゃなくて......蘭子さんの......」

私は眉をひそめ、苦笑した。これが本当の目的だったのか。

よくもまあ、この状況で、厚かましくも私に高橋蘭子の世話を頼みに来るものだ。

それとも、私が優しさで折れると思ったのか。

私は表情を冷たくして言った。

「言和は考えが足りないだけかと思っていた。親子の縁があるから許してきたけど。

今分かったわ。あんたには心がないのね。犬を飼う方がましだったわ。

もう二度と来ないで。」

伊藤言和は何も言えず、しょんぼりと帰っていった。

その後しばらく、彼らの消息は聞かなかった。

後で聞いた話では、高橋蘭子は高齢妊娠で入院を余儀なくされ、伊藤瑾也は看病で家と病院を行き来するうちに倒れてしまったそうだ。

二人とも入院することになり、伊藤言和は会社の仕事と妊娠中の山田優子の世話で手一杯なのに、

さらに二人の面倒まで見なければならなくなった。

何度も看護師を頼もうとしたが、高橋蘭子が嫌がって断り、さらには私に世話を頼むよう伊藤瑾也に懇願したという。

「お腹の子は言和の弟なんだから、美咲さんにも責任があるはず」などと。

その時初めて、伊藤瑾也は激怒した。コップを投げつけ、黙れと怒鳴ったそうだ。

病室は大騒ぎになった。

伊藤瑾也と高橋蘭子は言い争い、伊藤言和は止められず、諦めて帰ってしまった。

その夜、高橋蘭子は流産した。精神的なショックと年齢的なリスクで、赤ちゃんは守れなかった。

彼女はベッドで泣き崩れ、伊藤瑾也は冷ややかに座ったまま、慰める様子もなかった。

若かりし日の初恋が、老いてなお続くと思っていた。

伊藤蘭子は特別な存在だと信じていた。

でも時が経ち、その想いはとうに終わっていたことに気づいた。

自分の愚かさに気づくのが遅すぎた。

そのせいで全てを台無しにし、佐藤美咲を何度も傷つけてしまった。

今さら取り戻そうとしても、間に合うだろうか。

佐藤瑾也と高橋蘭子の離婚は、周囲で話題になった。

うわさは耳に入ったが、私は関心がなかった。
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