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第3話

翌朝目覚めた時、いつものように隣を手探りしたが、冷たい布団があるだけだった。

部屋を出ると、スリッパは普段の場所に置かれ、テーブルの魔法瓶のお湯も満タンのままだった。

しばらくして気がついた。伊藤瑾也は昨夜一晩中帰っていなかったのだ。

携帯を手にした時、指が震えているのに気づいた。そして悲しい現実を突きつけられた。

電話で問い詰める勇気すらない自分がいた。昨日の結婚式でも、一言も言い返せなかったようだ。

二十五年という歳月で、伊藤瑾也は私を完全に従順な妻に仕立て上げていた。かつての無口で退屈な性格から、ただ従うだけの、反抗する術も知らない人間になってしまった。

携帯が手から滑り落ち、手足が急に冷たくなった。ソファに座ったまま、ただ静かに結末を待った。

一日中座り続け、午後六時になって玄関の鍵の音がした。

しびれた足をようやく動かし、玄関に立つ人を見上げた。

伊藤瑾也ではなかった。

高橋蘭子が柔らかく微笑んで言った。「ごめんなさいね。瑾也さんが着替えを取ってきてって。

そうそう、この数日は帰らないわ。言和くんの里帰りもあるし。

私たち二人で息子へのプレゼントの準備もあるから、構ってあげられないわ」

私が彼女を見つめると、彼女は眉を上げ、勝ち誇ったような目つきを向けてきた。

そう言うと寝室に向かい、クローゼットから伊藤瑾也がよく着る服を何着か取り出した。

初めて来たはずなのに、高橋蘭子は伊藤瑾也の服がどこにあるか即座に分かり、手慣れた様子で片付けていった。

彼女の動きを見ていると、半年前私が実家に帰っていた間、既に何度も来ていたのではないかという疑いが湧いてきた。

だからこそ、全てを知り尽くしていて、まるで何度も繰り返してきたかのような慣れた仕草なのだろう。

荷物をまとめ終わると、彼女は帰らずに私の向かいのソファに腰掛けた。

優しげな声で、少し物憂げに言った。「私と瑾也さんのことを聞いてくれる?」

「私たち、高校から大学卒業まで、五年間付き合っていたの。

もしあの時、美咲さんが見合いで現れなければ、今頃佐藤家の奥さんは私だったかもしれないわね」

私は眉を上げ、思わず苦笑いが漏れた。

「五年もの恋愛が、たった一度の見合いで終わるものなんですね」

「美咲さん、私たちは二十五年も時を無駄にしてしまった。今、その失った想いを取り戻そうとしているの。

美咲さんの家庭を壊すつもりはないわ。ただ、私たちも年を重ねて、このまま後悔したくないから、昔の気持ちを確かめ合いたいだけだ。

美咲さんも瑾也さんのことを想うなら、彼の幸せを願うはずよね?」

話を聞き終えて、覚悟はしていたものの、胸の奥が焼けるように痛んで、体を丸めたくなった。

この時、彼女と伊藤瑾也の顔を平手打ちにしたい衝動に駆られた。

五年を取り戻したいだって?私はどうなる?

私が失ったのは一時の恋じゃない。二十五年という人生そのものなのだ。

夜も更けて、私は一晩中ソファに座っていた。

以前は、一晩なんてすぐ過ぎると思っていた。目を閉じれば朝が来るような気がしていた。

でも実際は、夜は長かった。物事を整理し、荷物をまとめるのに十分な時間があった。

引っ越し業者を手配し、私名義のマンションへ移ることにした。広くはないけれど、一人暮らしには十分な広さだった。

伊藤瑾也には離婚のことは何も告げなかった。離婚届は家の目につく場所に置いておいた。

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