「お前らは一体誰だ!」森川貞則はいきなり怒鳴って尋ねた。塚原悟は貞則の前に立って、彼を見下ろした。「私が誰なのかはあんたと関係ない」そうしている間に、エリーが書類をしまってしまった。彼女は悟の傍に行き、口を開いた。「行きましょう。影山さん」「うん」悟は頷いた。そして二人は入り口に向かって歩き出した。「あの書類は一体何なんだ?」貞則はまた叫んで尋ねた。「何故俺にサインをさせた?」「ただの遺書さ」悟は足を止め、振り返らずに言った。そう言って、彼達は面会室を出た。貞則は彼らが出て行った方向をぼんやりと眺めた。影山さん?影山?何だか聞き覚えのある名前だ。あの遺書には一体何が書かれていたんだ?刑務所を出ると、悟は腕時計で時間を確認した。「プライベートジェットを用意してくれ。A国に行く」「はい、影山さん!」朝4時半。田中晴と鈴木隆一がA国に到着すると、杉本肇と小原が迎えにきた。すぐに晴は肇に尋ねた。「レスキュー隊の方は何か進捗あった?晋太郎は……」途中まで言って、晴は一度口をつぐみ、聞き直した。「遺体は見つかったか?」肇は無言で首を振った。晴の表情は肇の回答を聞いてさらに曇った。「会社は今どんな状況?」隆一は尋ねた。「晋様が事故に遭ったことはまだ会社の人達に言っていないので暫く問題はありませんが、副社長にはいずれ悟られるでしょう」「裏切り者は?」「誰が裏切ったか特定できた?」隆一は続けて尋ねた。そう聞かれ、肇と小原は目を合わせた。「私と小原の推測では、恐らく副社長だろうと」「何故そう思う?」隆一は戸惑った。「ルアーと会ったことはあるけど、彼はそういう人じゃないはずだ」「副社長はこれまで何度も晋様に、A国に来るようにと催促していたが、晋様はずっとうんと言いませんでした。ある日彼が、うちの会社の機密情報が盗まれ、皆が混乱していると言ったので、晋様がその日のうちA国に向かいましたしかし、支社に来てみると、皆何事もなかったかのように業務をこなしているのを確認したんです。その後晋様が技術部を集めて会議をしているときに防犯カメラの録画を調べて分かったのですが、こんなレベルの問題はビデオ会議で解決できるものでし
「分かった」川辺にて。二人の女の子が一歩も動かずにそこに立っているのを見て、レスキュー隊員は自分達の弁当を彼女達に持って行った。渡辺瑠美は礼を言って受け取ったが、松風舞桜はそのまま突っ立っていて何の反応もなかった。「松風さん、少しでも食べて。もう随分とそこに立っているわ。このままでは身体がもたないよ」「進展はあったの?」桜舞は瞳を動かし、かすれた声で尋ねた。「まだ、なにも」レスキュー隊員はため息をつきながら答えた。「分かったわ」舞桜はがっかりした様子で頭を垂らした。彼女がレスキュー隊員が持ってきた弁当を受け取ろうとすると、急に身体が痙攣し始めた。そして、そのまま倒れてしまった。レスキュー隊員達は皆驚いたが、慌てて気絶した舞桜を支えた。瑠美も立ち上がり駆け寄った。「早く、救急車を!」30分後。舞桜は病院に運ばれ、瑠美も一緒に来た。一通り検査を終え、医者は過労且つ精神的なストレスが原因だと判断した。瑠美は医者に病室を用意してもらった。舞桜が寝ている間、彼女も隣りのベッドで仮眠をとろうとした。しかし十数分後、瑠美はいきなり身体を起こした。彼女が目を閉じるとすぐに、露間朔也が死んだ時の様子、そして渡辺翔太の姿が脳裏に浮かんできた。瑠美は悲しい気持ちに堪えながら、携帯を出して父の渡辺裕也に電話をかけた。彼女は母と入江紀美子の状況を確認したかった。電話が繋がり、瑠美は疲弊した声で尋ねた。「お父さん、お母さんはどうなってるの?」「瑠美、私もまだお母さんに会えていないんだ」裕也はため息をつきながら答えた。「どういうこと?」裕也は先ほど見た状況を娘に説明した。「塚原悟がやったのね!」瑠美は驚いた。「なぜお母さんまで軟禁するのよ?」「それはまだわからない」「つまり、私達は今、晋太郎お兄さんが戻ってきて解決してくれるのを待つしかないってこと?」裕也はしばらく沈黙してから口を開いた。「瑠美、晋太郎も事故に遭った……」裕也は晋太郎達が事故に遭った話を瑠美に伝えた。瑠美は驚きのあまり、最近の一連の出来事が信じられなかった。今の話は更に彼女を追い詰めた。悟の顔が繰り返し瑠美の脳裏に浮かんできた。あの人は一体どこまで冷血なのだろう?
「つまり、私が証拠を掴んで、塚原の罪を暴くってこと?」渡辺瑠美は一瞬で悟った。「そう。でも気をつけて。彼女達が軟禁されているという確かな写真を撮らなきゃダメよ。後で役に立つかどうかは別として、ちゃんと証拠を集めとかなきゃ」松風舞桜は注意した。瑠美は急に肩が重く感じた。しかし兄と晋太郎の為なら……どんなに危険があっても、彼女はやりとげると決めた。VIP病室にて。入江紀美子はぼんやりと窓越しに外の空と雲を眺めていた。頭の中では、杉浦佳世子の顔と彼女が言っていた話を繰り返して思い浮かべた。佳世子は何度も、塚原悟に注意してと忠告してくれていた。なのに、なぜ自分は彼女を信じようとしなかったのだろう。あんなに悟のことを信じていたのに、彼はまるで刃のように彼女の心を切り刻んだ。一体何が問題だったのだろう。悟は一体なぜ自分の周りの人にあんなことをしたんだろう。急に、彼女は脳裏で悟が言っていた言葉を思い浮かべた。「私の魂はすでに『Bael』に捧げた」紀美子は眉を寄せながら必死にその言葉の意味を考えた。そして彼女はやっと思い出した、「Bael」とはベールのことだった。依然彼と一緒に図書館に行った時、一冊の本を読んだことがある。その本が、十つの悪魔について記したものだった。ベールはそのうちの1つだ。彼は光の天使で、その力は人々の恐怖を追い払い、人々に希望を与える存在だった。しかし、彼は天使の中で唯一神を裏切った存在だった。紀美子は悟の職業を連想した。彼は医者で、確かに人に希望を与える光の天使のような存在だ。でもそんな彼が、神を背いて沢山の無実な人たちを殺した。なぜもっと早くその言葉の意味を思いつかなかったのだろう。もし早くそれに気づいていたら、この全てが起こらずに済んだのでは?全て自分のせいだ。自分の愚かさが間接的に彼達を殺した。涙が再びこぼれ落ちてきて、心臓の痛みは繰り返し彼女を罵り続けた。お前は塚原の悪行を助成した悪女だ、と。自分こそが一番殺されるべき人だ!皆が殺されたのに、自分だけこの世界に生き残る資格はない!紀美子は窓を眺め、飛び降りようかまいか考えた。真実はもうどうでもよい……罪を償わなくては。隣の病室にて。入江ゆみはベッド
外の騒ぎが聞こえたのか、2人の子供達も警戒して体を起こした。渡辺瑠美は彼らに瞬きをし、黙っててと合図を送った。そして彼女は看護婦のような口調で尋ねた。「どの方、具合が悪いのですか?」「この子です」長澤真由は反応して目線で入江ゆみを示した。瑠美は頷き、ドアを閉めようとした。「何をする?」ボディーガードは瑠美を止めた。「検査です!」瑠美は厳しい声で説明した。「子供が具合が悪いようなので、服を脱がして状況を確認するのです!もしそうさせてくれないなら、今すぐ警察を呼びます!」ボディーガードは顔が真っ白なゆみを眺めた。ボディーガード達が受けた命令はこの数人の監視であり、如何なる問題もあってはならない。もちろん、その数人の安全や健康もそのうちに入る。つまり、今の状況を鑑みると、過度に阻んではならないことは彼らにもわかっていた。万が一何かがあっても、責任は負えない。「早く検査しろ」そう言って、ボディーガードは思い切りドアを閉めた。その瞬間、瑠美はほっとした。入江佑樹と森川念江はまだじっとしており、真由も同じだった。瑠美は何も言わずに靴を脱ぎ、中から携帯電話を取り出した。彼女の動きを見て、皆は驚いて目を大きく開いた。こんな隠し方があったんだ!瑠美はカメラを起動させ、彼達に「しーっ」と指を唇に当てた。そして彼達の写真を撮り、自分のメールアドレスに送った。「助け出す方法を考えるけど、あともう数日だけ我慢してて」瑠美は言った。「それと、私がこれから言う話を覚えて。ゆみには、具合が悪いと言ってもらって協力してもらうの。あんた達が時々騒いでくれれば、私も入ってくる口実ができるから。あと、何か聞きたいことある?時間が限られてるから、手短にね」「瑠美、翔太は今どんな状況?」真由は慌てて低い声で口を開いた。「紀美子の様子を見てきてくれる?とても心配なの」その話になると、瑠美は思わず一瞬息が止まった。「お兄ちゃんはまだ見つかっていないの。でも朔也の死体は見つかったわ。あと、お父さんから聞いたんだけど、晋太郎お兄さんも事故に遭ったらしい……」瑠美はこれまでの出来事を一通り皆に説明した。この数件の知らせは、いずれも3人の子供達にとって衝撃的だった。瑠美は彼達が悲
「会社は社長の心血です!」 そう言い放ったルアー・ウェイドの眼差しはとても鋭かった。 「心血、だと?」 塚原悟は軽くあざ笑いをして、ルアーに一歩近づいた。 その紺色の瞳は、人をぞっとさせる陰湿さを帯びていた。「晋太郎は既に死んだだろ?」 彼は冷たくそう言い放った。 「そ、そうだとしてもあなたは社長の座に着けません!森川家の人間ではないため、相続権はありません」 ルアーは心臓の激しい鼓動を堪えながら、恐る恐る言った。 「そう?」 悟は軽く笑った。 そして、彼はエリーに手を伸ばし、彼女が渡してきた書類を受け取った。 「まずはこれを読んでみろ」 悟はその書類をルアーの胸に叩きつけて言った。 ルアーは一瞬戸惑ったが、書類を開いた。 中身を読んだ彼は、思わず目を大きく開いた。 A国警察署にて。 田中晴と鈴木隆一は一通り聞きまわってから警察署から出てきた。 車に乗り込み、2人共深く眉を寄せながら考えた。 そして車がある程度の距離を走り出してから、隆一は口を開いた。 「どうしても信じられん!犯人の死体まで見つかったのに、なぜ晋太郎のが見つかっていないんだ?」 「警察の話によると、パラシュート降下も不可能ではないが、彼らは随分と捜索範囲を広げたのに、全く痕跡が無かったそうだ。 それにしても、晋太郎の遺体も見つからないのは、一体どういうことだ?」 「見つかっていないってことは、まだ彼が生きていると考えてもいいのか?」 隆一は尋ねた。 「俺は今すごく混乱してるよ。全く現状の整理ができない!」 晴はイラついて自分の髪の毛を引っ張った。 「とりあえず、うちの父に電話をしよう」 隆一はため息をついて言った。それを聞いて晴は急に体を起こした。 「そうだな。あんたのお父さんもA国に人脈があるから、彼に裏ルートから探してもらえないか?」 「うん、今のところはそうするしかない。とりあえず、ホテルに戻ろう」 隆一は頷いた。 「そう言えば、渡辺翔太も事故にあったそうだが、聞いてる?」 「聞いたけど、向こうも死体が見つからないようだ」 隆一は悔しくため息をついた。 「紀美子はもう全て聞いたと思うけど、受け止めきれるかな?」 晴は入江紀美子のことを思い出して心配
「あまり寝てないせいか、瞼が痙攣するんだ」田中晴は目を揉みながら言った。「左の方?右の方?」鈴木隆一は尋ねた。「左」「なるほど、ほっといていいんじゃない?左の方が痙攣するのはいいことがあるというのを聞いたことがある」「そんなのを信じるのか?」「信じたほうがいいものもあるのさ」それを聞いて晴は急に足を止め、隆一は戸惑って晴を見た。「隆一、紀美子が撃たれた夜、朔也が何を言っていたか覚えてる?」隆一は眉を寄せて必死に思い出そうとした。「たしか、彼は自分の残りの命と引き換えに紀美子を目覚めさせたい、と」晴は険しい顔で頷いた。「そして美紀子は目が覚めた」「朔也が……死んだ……」隆一は目を大きく開いた。ここまで会話をすると、2人共ぞっとしてきた。晴の瞼はまだ痙攣が止まらなかった。彼は暫くぼんやりとして、視線を隆一の後ろのレストランに落とした。もしかして……晴はそう考えながら、いきなり険しい目つきでレストランに駆け込んだ。彼は店内を一周回ったが、あの見慣れた姿が見つからなかった。「どうしたんだよ、急に?」隆一は慌てて晴に追いついて尋ねた。晴はがっかりした顔で首を振った。「何でもない、とりあえず飯にしよう」2人は席に座って注文を決めた。「さっき……もしかして佳世子に会えるじゃないかと思った?」隆一は寂しい顔をしている晴に尋ねた。晴は唇を噛みしめて何も言わなかった。「彼女が海外に出たのは確かだけど、どの国に行ったかは誰もしらないんだ。そんな簡単にばったりと出会えるはずがないよ。世界はそこまで狭くないし」「すみません!」隆一の話がまだ終わっていないうちに、生き生きした声が返ってきた。晴は手が震え、隆一も急に黙った。「いつものをください」その声を聞いて晴と隆一は目を合わせた。二人が入り口の方を見ると、黒いスポーツウェアとハッチング帽を被った女性がいた。女性の横顔を見ると、晴は思わず目を大きく開いた。隆一もびっくりして口を開けたまま停止した。か、佳世子!まさか言い当てたのか?そう考えているうちに、隣から晴がすっと立ち上がる音がした。彼の顔には困惑と喜びが浮かんでおり、真っすぐに佳世子の方へダッシュした。彼女が振り向こうと
「他人が見ようが見まいが関係ない!」そう言うと晴の目には涙が浮かんでいた。彼は喉を詰まらせながら言った。「もう二度と君を放さない、佳世子!絶対に君を消えさせはしない!」心臓が引き裂かれるような感覚、今はもうその空虚さが埋められている。彼はもう、あの空虚で狂いそうな気持ちを二度と味わいたくなかった。佳世子は深く息を吸い、冷静に彼をなだめるように言った。「放して、私たち座ってちゃんと話そう」晴はすぐに反論した。「放さない!死んでも放さない!」佳世子は我慢しようとしていた気持ちが一瞬で消え失せ、「ふざけんな、放せ!」と叫んだ。晴はその言葉を聞いた瞬間手を放し、戸惑いながらも、自分の目の前に立っている思いを巡らせてきた女を見つめた。佳世子は呼吸を整え感情を押し殺し、冷静に彼を見つめながら言った。「どのテーブルに座る?」晴は動かず、佳世子のことをじっと見つめ、叫んだ。「隆一、ホテルへ!」「あ、ああ……わかった!」隆一は急いで指示通りに動き出した。……15分後。三人はホテルの部屋に到着した。晴は佳世子を心配そうに見つめており、その様子は隆一の目にはまるで変態ように映った。佳世子はソファに腰掛け、晴も彼女にぴったりと寄り添って座った。佳世子は彼らの向かい側に座り、佳世子に問いかけた。「佳世子、ずっとA国にいたのか?」「そうよ、ずっとA国で治療を受けてるの」佳世子は率直に答えた。「そうか」隆一は言った。「晴がずっと君を探していたのは知ってるか?」佳世子は頭に手を当てながら頷いた。「ええ、森川社長から聞いたわ」その名前を聞いた瞬間、晴と隆一は思わず息を呑んだ。そして二人は顔を伏せ、目には深い悲しみの色を浮かばせた。佳世子は一瞬戸惑い、隆一と晴を順番に見た。「二人とも……それは何の表情?」佳世子には理解できなかった。晴は口を閉じたまま言葉を発しなかった。彼は肘をつき、頭を抱えながら言った。「晋太郎が事故に遭って、今、行方不明なんだ……」「生きているのか、それとも死んでいるのかすら分からない」隆一が続けて言った。佳世子はふと数日前に見たニュースを思い出した。彼女は目を大きく見開き、驚いた表情で問いかけた。「それって
晴が説明しようとしたが、佳世子はすぐに晴の手を振り払った。「どうやって落ち着けって言うの?!」佳世子は混乱している様子で、声を荒げて言った。「私が聞いているだけでこんなに辛いのに、紀美子はどうだと思う?!彼女の気持ちを考えてみた?!!事故に遭ったのは彼女の実の兄、心を通わせた友達と最愛の男じゃない!こんなにも続けざまに受けた衝撃、彼女が耐えられると思う?!しかも彼女、銃で撃たれたのよ!!」佳世子は泣きながら悲痛な声をあげた。「私が戻って彼女を支えないと。彼女を一人にさせられない。彼女、壊れてしまうかもしれない!!」「君が戻ってもどうにもならない」隆一は深いため息をついて答えた。「今、誰も紀美子や彼女の子供たちに近づくことができないんだ」佳世子は赤くなった目で隆一を見つめ、問い返した。「近づけないってどういう意味?」晴は言った。「紀美子は今、悟の部下に監禁されている。病室に閉じ込められているんだ。彼女のおじさんの話によると、子供たちは紀美子とは別の病室に閉じ込められている」その言葉を聞いた瞬間、佳世子は膝がガクンと崩れそうになった。晴がすぐに手を伸ばして支えてくれなければ、彼女はその場に座り込んでいたかもしれない。佳世子は呆然とした表情で言った。「どうしてこんなことに……」晴は何も言わず、佳世子を抱きしめたまま黙っていた。佳世子はもはや抵抗する力も残っていなかった。ただ胸が張り裂けそうだった。しかし彼女は分かっていた。自分の痛みなど、紀美子が感じている苦しみの微塵にも及ばないことを。佳世子は声を押し殺し泣いた。「悟はなんでこんなことを……どうして紀美子にこんな仕打ちをするの……彼女のこと好きだったんじゃないの?それも、八年間も!どうしてこんな残酷なことを……紀美子は死のうとするに決まってるわ!彼女には耐えられないわよ……」佳世子の泣き声を聞きながら、晴と隆一は何度もため息をついた。この出来事は、二人にとっても理解できないことだった。悟の目的は、一体何なのだろうか…………A国、MK支社。悟とエリーは、数十人のボディーガードを引き連れて会社の下に到着した。出勤してきた社員たちは、その威圧的な雰囲気を見て、次々と道を避けて通り過ぎた。悟が会社に入ると、
「大河さんからいろいろ聞いた」紀美子は優しい口調で、悟のそばに座った。「全ての恨みを捨てて、どこかでまたやり直そう」悟は大河を一瞥し、明らかに不満げな視線を向けた。「君もついて来てくれるか?」紀美子は悟の浅褐色の、澄み切った瞳を見つめた。これほどの苦難を乗り越えたとは信じ難いほどの、純粋な眼差しであった。彼には彼の事情があるが、彼女にも許せないことがあった。悟を去るように説得することは、彼女の最大の譲歩だった。「それができないのは分かっているでしょう?晋太郎は私を探すのを諦めないわ。一生ビクビクしながら生きていきたいの?」紀美子は言った。「君がそばにいてくれれば、私はどうなっても構わない」悟はそう言いながら、紀美子の手に触れようとした。しかし、紀美子はとっさに手を引っ込めた。悟の手は空中で止まり、数秒間硬直した後、静かに下ろされた。「紀美子、もうこれ以上言わなくていい。君がここに少しでも長くいてくれるだけで十分だ」悟は紀美子に言った。「そして大河、お前の気持ちは分かるが、彼女を脅す必要はない」大河は一瞬呆然とした。「しかし、社長……」「もうこれ以上言うな」悟は言った。「もう十分に話したはずだ。これ以上説明しても無駄だ。お前は大海と行け」大河は納得いかず、まだどう説得しようか考えていたその時、民宿の入り口から二人の男が入ってきた。大河はその二人の体格から、彼らは訓練を受けた者たちだとすぐに分かった。彼らは普段着を着ていたが、明らかに危険なオーラを帯びていた。大河は視線を紀美子に移し、いきなり彼女を掴んだ。その急な挙動に、紀美子も悟も反応できなかった。次の瞬間、大河は悟の目の前で、再び銃を紀美子のこめかみに突きつけた。「大河、紀美子を放せ!」悟の表情は一気に冷たくなった。「嫌です!」二人の男は足を止め、険しい表情で大河を見つめた。「社長、奴らが来ました。この女を人質にして逃げましょうよ!社長もこの女を連れていきたいでしょう?俺が無理やり連れていきます!」「大河!」悟は怒声を上げた。「お前、そんなことをして何の得がある?そう簡単に彼女を連れ去れるとでも思うのか?私は強要ではなく、彼女自身の意思でついて来てほしいんだ!」「社長!
大河は一歩ずつ紀美子に迫ってきた。「社長があいつらに手を出したのは仕方がなかったんだ!本当は社長だってそうしたくなかった!あの忌まわしい父親さえいなかったら、社長だって子供の頃からお前たちと同じように過ごせた!あいつに脅迫されなかったら、彼は一生消えない傷を負わされずに済んだんだ!」「社長が最も惨めだった頃のこと、お前は知らないだろうけど、俺はよく知っている!俺は社長の資料を調べ、昔の監視カメラの録画映像も観たからな。社長は毎日のように殴られ、ドブ川の汚水をぶっかけられるどころか豚や犬の餌を食わされそうになっていた。いかがわしい女を呼び寄せ、社長の体をボロボロになるまで弄んだこともあった!社長は一人でその時期を耐え抜いたんだ!あんなことをされたら、誰でもあいつらを恨むのは当然だ。」「確かに社長の手によって多くの人の命が失われた。だが彼は、正当な理由がなければ絶対に命を奪ったりしない!社長が、自分の医療技術でどれだけの人を救い、どれだけの家庭を助けてきたかわかってるのか?俺と外にいる運転手の大海も、社長の助けがあってここまで来られたんだ!社長は資金援助だけでなく、生きる希望を与え、病気を治し、薬を提供してくれた!あんな素晴らしい人間に、なぜ世界はこんなにも不公平なんだ?」大河が怒りに震えながら吐き出した言葉を聞いて、紀美子は完全に呆然とした。彼の話からすると、悟に関してまだまだ知らないことがたくさんあるらしい。いや、知らなかったわけではない!聞いていたとしても、自分の同情を引くための嘘だと思い込んでいたのだろう。本人が話すのと、他人から聞かされるのとでは全く印象が違う。「悟に話がしたいと伝えてくれる?できるだけ早く、彼を説得してみるから」「お前のような女、何を考えてるかわかったもんじゃない!」大河は紀美子の話を遮り、いきなり彼女の襟首をつかんだ。彼は紀美子を拘束しながら、拳銃を彼女のこめかみに突きつけた。紀美子は全身が硬直したが、それでも冷静さを保ち、交渉を続けようとした。「私を殺したら、悟があんたを許すと思う?」落ち着いて話すのは通じない。紀美子は強気に出るしかなかった。「怒られるのはわかってる。俺は殺されても構わない。社長の命さえ救えればそれでいい!」「私が死んで、彼は一人で生きようとすると思
悟の部屋を出て、大河はしばらく躊躇ってからエレベーターに乗り込んだ。三階に着くと、彼は紀美子の部屋の前へと歩み寄った。「お前一人で来たのか?社長は?」佳世子を見張っていた大海は不審そうに尋ねた。「社長に内緒で来た」そう言って、大河は殺意に満ちた視線を紀美子の部屋のドアに向けた。「お前、何をする気だ?」大河の視線に気づいた大海は尋ねた。「この女さえいなければ、社長はきっと俺たちと一緒に逃げてくれる!」大河は歯を食いしばって言った。「大海、お前は社長が命を落とすのをただ見てるつもりか?こんな女のせいでよ!」「どういう意味だ?」大河は今の状況を説明した。「どんな事情があろうと、社長の命令なしでは彼女に手を出してはならん!彼女はお前に何の恨みもないだろ!」「恨みがないだと?」大河は問い詰めた。「もし社長が本当に行かなかったら、社長の言う通りに俺達だけで逃げるのか?」大海は黙り込んだ。「いや……社長は俺の家族を六年も面倒見てくれた。この恩は命をかけても返しきれない」「だから社長を連れて逃げないと、俺たち全員がこの女のせいで殺されるんだ!」大河は警告した。「たとえそうだとしても、彼女を殺しちゃいけない。彼女は社長が最も愛した女だ。もし殺したら、社長はどうなる?」大海は依然として反対した。「時間が全てを癒やしてくれるはずだ!」大河は言い放った。「俺は、たとえ社長に恨まれ、殺されても構わない!」そう言い残すと、大河はドアを押し開け紀美子の部屋に入った。その時、背後からドアが開く音がした。二人の会話を聞いていた佳世子が、我慢できずに部屋から出てきたのだ。「部屋に戻れ!」大海は慌てて振り返り、彼女を遮った。「紀美子に手を出すなんて、許さないわよ!」佳世子は焦って横を見ながら叫んだ。「紀美子!早く逃げて!この二人があんたを殺そうとしてるわ!!紀美子!!」佳世子は身を乗り出しながら叫び続けた。部屋の中では、紀美子が驚いた様子で入ってきた男を見つめた。そして外から聞こえる佳世子の叫び声に耳を澄ませた。大河が速足で近づいてくるのを見て、紀美子はすぐに布団を蹴り飛ばし、ベッドの反対側に立った。「何をする気?」彼女は警戒しながら大河に問いかけた
「お父さん、悟の車の位置がわかった!前僕たちが泊まってたホテルだ!」晋太郎は早急に電話を切り上げ、立ち上がって佑樹の元へ駆け寄り、パソコンの画面を見た。確かに、以前宿泊していたホテルだ。「悟ってやつは本当に計算高い。父さんが監視役を引き上げた途端、そこを選んぶだなんて。父さんをバカにしてるの?それとも、父さんがそこを狙わないと踏んだのか?」「今はそんなことを言っている場合じゃない。すぐに人を送って状況を確認させる」晋太郎は美月の携帯に電話をかけた。「森川社長、何かご指示ですか?」美月はすぐに応答した。「前の民宿だ。佑樹が悟の車の場所を突き止めた」美月は佑樹がこんなに早く手がかりを見つけ出したことに驚いた。彼女は携帯を持ちながら、隣でまだコードを打ち続ける技術者たちに目をやった。こいつら、子供二人にも及ばないのね!口元を少し歪ませながら、美月は心の中でそう思った。「わかりました、すぐ偵察班を向かわせます」電話を切ると、晋太郎もテーブルの上の車の鍵を手に取った。「父さんも行くの?」佑樹が声をかけた。「母さんが悟の手中にいるんだ。ここに座っていられない」晋太郎は頷いた。「俺も行く!」晴は慌てて立ち上がり、晋太郎の側へ歩み寄った。「佳世子は抑えられてるし、俺もじっとしていられない」「分かった」晋太郎は佑樹を見た。「お前と念江はここで大人しく待っていろ。何かあったらすぐに電話しろ。ボディガードも外で待機させておく」「わかった。父さん、必ず母さんと佳世子おばさんを助けてきて!」今回の民宿への移動では、晋太郎は多数のボディガードを分散させて配置した。しかし、どれだけ慎重に行動しても、大河の監視網から逃れることはできなかった。ホテル。大河は再び悟のもとへ駆けつけた。「社長、もうここはバレています!晋太郎の手下がすでに向かってきています!」しかし、座って茶を飲んでいた悟は、大河の言葉にも大して動揺を見せなかった。「彼女が行きたがらない」声は淡々としていたが、悟の心は万本の針で刺されるように痛み苦しくなっていた。「社長!命あっての復讐です!女なんかより、自分の命の方が大事じゃないんですか!」「大河、行くならお前と大海だけで行け。もう私のことを構うな
紀美子は体を無理やりに起こそうとした。悟は手を差し伸べたが、触れる前に紀美子に冷たく払いのけられた。「触らないで!」紀美子は憎悪に満ちた目で悟を睨んだ。悟は手を引っ込め、紀美子が自力で体を起こしてベッドにもたれかかるのをただ見守った。「何度も言ったはずでしょう?馬鹿でもわかるくらいに!」「ああ、わかっている」悟は目を伏せた。「わかってるなら、なぜ何度も私を連れ去ろうとするの?」紀美子の声は次第に激しくなっていった。「あんたほど意地の悪い人間は見たことないわ!」悟は唇を噛み、深く息を吸ってから顔を上げた。「紀美子、私と一緒に来てくれないか?」「行く?」紀美子は冷笑した。「どこへ?あんたの頑固さと身勝手さで、どれだけの無実な命が奪われたか知ってる?自首して、あの世で彼らに悔い改めるべきよ!あんたが生きていると思うと、呼吸すら苦しくなってくるの!」「彼らが無実だというが、私はどうなんだ?」悟の目には苦痛が溢れていた。「私には少しの情さえないのか?他人ならともかく、私の全てを知っている君まで……少しも分かってくれないのか?」悟の言葉に、紀美子は心の底から嫌悪を感じた。「情?」紀美子は冷ややかに嘲った。「野良犬の方が同情できるわ。ましてやついてこいなんて!もし無理やり連れ去ろうとするなら、警察に通報される覚悟でいてね!」悟は体が鉛のように重くなり、突然ひどく疲弊感を感じた。「じゃあ、私にどうしてほしいんだ?」悟は力なく尋ねた。「死んでほしい!」紀美子の声は冷たく、なんの感情も見えなかった。「天国に行けないような死に方を!」「そうすれば、君は私を許してくれるのか?」悟は苦笑した。「それで許せると思う?」「君が許してくれるなら、私は何でもする!」「そう?」紀美子は嘲るように笑った。「じゃあ、私の母と初江さん、それに朔也の命を返してよ。できたら許してあげる。どうなの?」「……つまり、君の許しは得られないのか」悟の表情は完全に暗くなった。「わかってるでしょう?悟、みっともない死に方をしたくなければ、今すぐ私を帰らせなさい!」「できない」悟の声は次第に弱くなっていった。「君だけは、死ぬまで手放す気になれない」「往生際が悪
悟は唇を強く結んだ。「ほら、私が提案したって無駄でしょ?あんたの結末はもう決まってるわ」「それでも、紀美子を諦めない」悟は立ち上がった。「三日あれば、全てを整えて彼女を連れていける。たとえ手下はいなくとも、金さえあれば何とかなる!」その最後の言葉に、佳世子の背筋が凍った。悟は、三日もあれば莫大な資金で逃亡経路を確保できる!「目を覚ましてよ!あんたに紀美子を連れ出せるはずがない!」佳世子は叫んだ。「道は二つだけだろ?」悟は、そう言い残すとドアを開けて出て行った。佳世子は急いでベッドから飛び降り悟を追いかけようとしたが、屈強な男に阻まれた。力づくでは無理だと悟ると、彼女は不貞腐れてベッドに戻った。一方、別の部屋では——悟はまだ眠っている紀美子の寝室に入った。ベッドの縁に座り、悟は彼女の整った顔に見入った。彼は手を伸ばし、そっと頬に触れて髪をかきあげた。「紀美子」悟は嗄れた声で呼びかけ、目に優しい眼差しを浮かべた。「五年前と何も変わっていないな。もしもっと早くこの気持ちに気づいていたら、全てが違っていただろうか?一歩踏み出していれば、今頃君は私のものになっていただろうか?」悟は声が震え出した。「負けを認めたくないが、これが現実だ。私は全てを失ってもいい。ただ……側にいてくれないか?」涙が紀美子の手の甲に落ちたのを見て、悟は慌てて拭いた。彼女には、まだ目覚めてほしくなかった。ただ静かに傍にいてくれればいい。冷たい言葉を浴びせなければいい。そう考えると胸がさらに締め付けられ、悟は涙を堪えれなかった。彼は手を引くと、シーツを強く握りしめた。その時突然、ドアがノックされた。悟は急いで涙を拭い、深く息を吸って顔を上げた。「入れ」「社長、我々のIDが特定されました!ここは時期に探知されます!」大河が慌てた様子でタブレットを持って入ってきた。「静かに」悟は唇に指を立て、紀美子の方を見た。「起こすな」大河は眠っている紀美子、そして悟の赤い目に気づいた。「社長、なぜこんな女のために危険を冒すのですか?馬鹿げています!」「お前も愛する女ができたら、きっとこの気持ちがわかるだろう」悟は静かに言った。大河には、今逃げなければ終わりだという
「馬鹿な真似はよしてよ!」佳世子は再び激怒した。「晋太郎が逃がしてくれると思う?寝言は寝てから言って」「不可能だと分かっているからこそ、君に頼んでいるんだ」悟は静かに答えた。「何で私が親友を裏切り、あんたのような悪者を助けなきゃいけないの?私の両親の命でもかけて脅すつもりなの?バカバカしい。あんたに手を貸す人なんて、もう誰もいないわ!」佳世子の言葉に、悟は無力感を感じた。「ああ、今の私には、もう紀美子しか残っていない」声を落として彼は言った。「そんな情に訴えても無駄よ。あんたは紀美子を撃ったのよ。忘れたの?彼女は、あんたの卑劣な手口のせいで飛び降り自殺しそうにもなったよね?」「嫌だ、死んでも絶対に協力しないわ!」「こうなることは分かっていた」悟は前かがみになり、肘を膝につけてうつむいた。「私は完全に敗北した。しかしまだ生きたいんだ」「生き延びてどうすんの?あんたのような悪魔は早く地獄に落ちてくれればいいのに」佳世子は罵った。「今の私が生きる唯一の希望は、紀美子の人生を見届けることだ」悟は言った。「何それ?」佳世子は問い詰めた。「好きな人を利用して、自分の人生の心残りを埋めようとしてるの?」悟は黙り込んだ。複雑な感情が佳世子の胸をよぎった。悟は確かに悪だが、その境遇は憐れでもあった。だが、そんな感情で人を傷つける権利などない!「もしあんたにまだ良心が残ってるなら、私と紀美子を帰しなさい。あんたはもう昔の力を完全に失ったのよ。それに、紀美子の子供たちがどれほど優秀かも知ってるでしょ?ここもいつか必ず晋太郎に見つかるし、その時のあんたの末路は言うまでもないわ」「一度始めたことはもう引き返せない」悟は目を上げて断言した。「死ぬか、紀美子を連れて行くかだ」「どうしてそんな極端な考え方しかできないの?」佳世子は眉をひそめた。「私に他に道があると思うか?」悟は自嘲的に笑った。「捕まれば獄死、見つかれば殺される。そうだろう?」それを聞いて、佳世子の胸は苦しくなった。昔仲が良かった頃のことを思えば思うほど、言葉は重くのしかかった。「悟、本当のことを教えて」佳世子は真剣な眼差しで悟を見つめた。「後悔しているかどうか聞きたいんだろう」
「念江がファイアウォールを突破したIDを特定してからでないと追跡できない」佑樹は小さな眉をひそめて説明した。「30分くれ。長くても30分で特定できる!」念江は言った。30分は長くないが、今は一分一秒が耐えがたいほど長く感じた。十数分経った頃、念江は極度の緊張で鼻血を出してしまった。周りの者は皆、念江の様子に胸を締め付けられた。だが念江は気に留めずに手で鼻血を拭うと、再びハッキングに集中した。「心配しないで。お医者さんに、回復期に時々鼻血が出るのは正常だと言われてるんだ。お母さんが見つかったら少し休めばいい」念江の説明を聞いて、皆はやや安心した。ちょうど29分経った時、念江はエンターキーを叩いた。「よし、IDを特定した。佑樹、後は任せた」「君は休んでおいて。残りは僕がやる」念江は青白い顔でうなずき、椅子にもたれかかった。晋太郎は彼の小さな体を抱き上げた。「父さん、大丈夫…」念江は疲れた目を開いた。「暫く休め。何かあればすぐ知らせる」晋太郎は息子をベッドに運びながら言った。「うん…」わずか数時間で、晴の顔には疲労の色が濃く出ていた。「何だか最近、自分が子供たちにすら及ばないのではないかと不安になるんだ」晋太郎が寝室から出てくると、晴は自嘲気味に笑った。「お前が役に立ったことなどあったか?」晋太郎は冷たく見下ろした。「まあ……そうだな」晴は言葉に詰まった。「唯一の長所は一途なことだな」晋太郎は軽く一言を付け加えた。「確かにその通りだ。俺の心には佳世子しかいない」晴は頭をかいた。一方、別の場所では——悟は、意識を失っている紀美子を以前滞在していた民宿に連れ込んだ。そこのボディガードは既に全員が撤収しており、最も安全な場所だった。佳世子は紀美子とは別の部屋に閉じ込められていた。悟は紀美子の布団を整えてから、佳世子の部屋に向かった。佳世子のベッドの横に座ると、悟は彼女の手を掴み、特定のツボを強く押した。すると、佳世子はパッと目を開いて、そして反射的に手を引っ込めた。見慣れない景色を見て彼女は慌てて起き上がり、ようやく隣に人が座っていることに気付いた。悟と目が合うと、佳世子は眉をひそめた。「悟!やはりあんただったのね!」
その時、晋太郎もボディガードからの連絡を受け取った。隅々まで探したが、結局紀美子と佳世子の姿は見つからなかった。警察もすぐに到着し、ホテル全体を捜索し始めた。それでも、二人が見つかることはなかった。その報告を聞いた晋太郎は、怒りで窓ガラスに拳を叩きつけた!ガラスの割れる大きな音に、佑樹と念江は体を震わせた。二人はそのまま、手から血を流しながら震える父を驚いた表情で見つめた。父に何を言っても無駄だということも分かっていたため、ただ歯を食いしばった。「悟の仕業だ」晋太郎は険しい表情で窓際に立った。ここまで完璧に痕跡を消せるのは、奴しかいない!今、彼を悩ませているのは、悟が紀美子たちをどこに隠したかということだ。奴の勢力はもう完全に潰したはずだが、今最も恐れているのは、奴が紀美子を連れて完全に姿を消すことだった。そうなると、大海原で針を探すようなもので、手がかりすらつかめないだろう。晴が事情聴取を終え警察署から戻ってきても、子供たちはまだパソコンを操作していた。晴はソファに崩れ落ち、頭を抱えてうなだれた。「くそっ!!!絶対に悟だ!!あいつに違いない!!晋太郎、何とかして二人を助けてくれ!悟は紀美子を傷つけないかもしれないが、佳世子は殺されるかもしれない!」晴は晋太郎に助けを求めた。「分かってる!既にあの辺りに配置していたボディガードを引き上げさせた。これからは山と町内を徹底的に調べさせる!美月も動き出している!」晋太郎は歯を食いしばりながら言った。「お父さん、相手の車のナンバーは分かる?正確な情報があれば、もっと早く調べられる!」突然、佑樹が振り返って言った。晋太郎は直ちに美月に電話をかけた。通話が繋がると、美月が話す前に佑樹が切り出した。「美月さん、悟たちの車のナンバーって分かる?」「分かるわ」美月は答えた。「9000だけど、あっちの技術者が、通った場所の監視カメラの録画データを全て消してるわ」佑樹は念江を見た。「念江、ダメなら先生に頼ろう!できるだけ早く母さんと佳世子さんを見つけないと」「わかった、今電話する!」念江は言った。隆久はすぐ電話に出た。念江が状況を説明しようとした時、電話の向こう側からマウスボタンのクリック音が聞こえてきた。