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第930話

Author: 花崎紬
「あまり寝てないせいか、瞼が痙攣するんだ」

田中晴は目を揉みながら言った。

「左の方?右の方?」

鈴木隆一は尋ねた。

「左」

「なるほど、ほっといていいんじゃない?左の方が痙攣するのはいいことがあるというのを聞いたことがある」

「そんなのを信じるのか?」

「信じたほうがいいものもあるのさ」

それを聞いて晴は急に足を止め、隆一は戸惑って晴を見た。

「隆一、紀美子が撃たれた夜、朔也が何を言っていたか覚えてる?」

隆一は眉を寄せて必死に思い出そうとした。

「たしか、彼は自分の残りの命と引き換えに紀美子を目覚めさせたい、と」

晴は険しい顔で頷いた。

「そして美紀子は目が覚めた」

「朔也が……死んだ……」

隆一は目を大きく開いた。

ここまで会話をすると、2人共ぞっとしてきた。

晴の瞼はまだ痙攣が止まらなかった。

彼は暫くぼんやりとして、視線を隆一の後ろのレストランに落とした。

もしかして……

晴はそう考えながら、いきなり険しい目つきでレストランに駆け込んだ。

彼は店内を一周回ったが、あの見慣れた姿が見つからなかった。

「どうしたんだよ、急に?」

隆一は慌てて晴に追いついて尋ねた。

晴はがっかりした顔で首を振った。

「何でもない、とりあえず飯にしよう」

2人は席に座って注文を決めた。

「さっき……もしかして佳世子に会えるじゃないかと思った?」

隆一は寂しい顔をしている晴に尋ねた。

晴は唇を噛みしめて何も言わなかった。

「彼女が海外に出たのは確かだけど、どの国に行ったかは誰もしらないんだ。そんな簡単にばったりと出会えるはずがないよ。世界はそこまで狭くないし」

「すみません!」

隆一の話がまだ終わっていないうちに、生き生きした声が返ってきた。

晴は手が震え、隆一も急に黙った。

「いつものをください」

その声を聞いて晴と隆一は目を合わせた。

二人が入り口の方を見ると、黒いスポーツウェアとハッチング帽を被った女性がいた。

女性の横顔を見ると、晴は思わず目を大きく開いた。

隆一もびっくりして口を開けたまま停止した。

か、佳世子!

まさか言い当てたのか?

そう考えているうちに、隣から晴がすっと立ち上がる音がした。

彼の顔には困惑と喜びが浮かんでおり、真っすぐに佳世子の方へダッシュした。

彼女が振り向こうと
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    外の騒ぎが聞こえたのか、2人の子供達も警戒して体を起こした。渡辺瑠美は彼らに瞬きをし、黙っててと合図を送った。そして彼女は看護婦のような口調で尋ねた。「どの方、具合が悪いのですか?」「この子です」長澤真由は反応して目線で入江ゆみを示した。瑠美は頷き、ドアを閉めようとした。「何をする?」ボディーガードは瑠美を止めた。「検査です!」瑠美は厳しい声で説明した。「子供が具合が悪いようなので、服を脱がして状況を確認するのです!もしそうさせてくれないなら、今すぐ警察を呼びます!」ボディーガードは顔が真っ白なゆみを眺めた。ボディーガード達が受けた命令はこの数人の監視であり、如何なる問題もあってはならない。もちろん、その数人の安全や健康もそのうちに入る。つまり、今の状況を鑑みると、過度に阻んではならないことは彼らにもわかっていた。万が一何かがあっても、責任は負えない。「早く検査しろ」そう言って、ボディーガードは思い切りドアを閉めた。その瞬間、瑠美はほっとした。入江佑樹と森川念江はまだじっとしており、真由も同じだった。瑠美は何も言わずに靴を脱ぎ、中から携帯電話を取り出した。彼女の動きを見て、皆は驚いて目を大きく開いた。こんな隠し方があったんだ!瑠美はカメラを起動させ、彼達に「しーっ」と指を唇に当てた。そして彼達の写真を撮り、自分のメールアドレスに送った。「助け出す方法を考えるけど、あともう数日だけ我慢してて」瑠美は言った。「それと、私がこれから言う話を覚えて。ゆみには、具合が悪いと言ってもらって協力してもらうの。あんた達が時々騒いでくれれば、私も入ってくる口実ができるから。あと、何か聞きたいことある?時間が限られてるから、手短にね」「瑠美、翔太は今どんな状況?」真由は慌てて低い声で口を開いた。「紀美子の様子を見てきてくれる?とても心配なの」その話になると、瑠美は思わず一瞬息が止まった。「お兄ちゃんはまだ見つかっていないの。でも朔也の死体は見つかったわ。あと、お父さんから聞いたんだけど、晋太郎お兄さんも事故に遭ったらしい……」瑠美はこれまでの出来事を一通り皆に説明した。この数件の知らせは、いずれも3人の子供達にとって衝撃的だった。瑠美は彼達が悲

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    「つまり、私が証拠を掴んで、塚原の罪を暴くってこと?」渡辺瑠美は一瞬で悟った。「そう。でも気をつけて。彼女達が軟禁されているという確かな写真を撮らなきゃダメよ。後で役に立つかどうかは別として、ちゃんと証拠を集めとかなきゃ」松風舞桜は注意した。瑠美は急に肩が重く感じた。しかし兄と晋太郎の為なら……どんなに危険があっても、彼女はやりとげると決めた。VIP病室にて。入江紀美子はぼんやりと窓越しに外の空と雲を眺めていた。頭の中では、杉浦佳世子の顔と彼女が言っていた話を繰り返して思い浮かべた。佳世子は何度も、塚原悟に注意してと忠告してくれていた。なのに、なぜ自分は彼女を信じようとしなかったのだろう。あんなに悟のことを信じていたのに、彼はまるで刃のように彼女の心を切り刻んだ。一体何が問題だったのだろう。悟は一体なぜ自分の周りの人にあんなことをしたんだろう。急に、彼女は脳裏で悟が言っていた言葉を思い浮かべた。「私の魂はすでに『Bael』に捧げた」紀美子は眉を寄せながら必死にその言葉の意味を考えた。そして彼女はやっと思い出した、「Bael」とはベールのことだった。依然彼と一緒に図書館に行った時、一冊の本を読んだことがある。その本が、十つの悪魔について記したものだった。ベールはそのうちの1つだ。彼は光の天使で、その力は人々の恐怖を追い払い、人々に希望を与える存在だった。しかし、彼は天使の中で唯一神を裏切った存在だった。紀美子は悟の職業を連想した。彼は医者で、確かに人に希望を与える光の天使のような存在だ。でもそんな彼が、神を背いて沢山の無実な人たちを殺した。なぜもっと早くその言葉の意味を思いつかなかったのだろう。もし早くそれに気づいていたら、この全てが起こらずに済んだのでは?全て自分のせいだ。自分の愚かさが間接的に彼達を殺した。涙が再びこぼれ落ちてきて、心臓の痛みは繰り返し彼女を罵り続けた。お前は塚原の悪行を助成した悪女だ、と。自分こそが一番殺されるべき人だ!皆が殺されたのに、自分だけこの世界に生き残る資格はない!紀美子は窓を眺め、飛び降りようかまいか考えた。真実はもうどうでもよい……罪を償わなくては。隣の病室にて。入江ゆみはベッド

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第926話

    「分かった」川辺にて。二人の女の子が一歩も動かずにそこに立っているのを見て、レスキュー隊員は自分達の弁当を彼女達に持って行った。渡辺瑠美は礼を言って受け取ったが、松風舞桜はそのまま突っ立っていて何の反応もなかった。「松風さん、少しでも食べて。もう随分とそこに立っているわ。このままでは身体がもたないよ」「進展はあったの?」桜舞は瞳を動かし、かすれた声で尋ねた。「まだ、なにも」レスキュー隊員はため息をつきながら答えた。「分かったわ」舞桜はがっかりした様子で頭を垂らした。彼女がレスキュー隊員が持ってきた弁当を受け取ろうとすると、急に身体が痙攣し始めた。そして、そのまま倒れてしまった。レスキュー隊員達は皆驚いたが、慌てて気絶した舞桜を支えた。瑠美も立ち上がり駆け寄った。「早く、救急車を!」30分後。舞桜は病院に運ばれ、瑠美も一緒に来た。一通り検査を終え、医者は過労且つ精神的なストレスが原因だと判断した。瑠美は医者に病室を用意してもらった。舞桜が寝ている間、彼女も隣りのベッドで仮眠をとろうとした。しかし十数分後、瑠美はいきなり身体を起こした。彼女が目を閉じるとすぐに、露間朔也が死んだ時の様子、そして渡辺翔太の姿が脳裏に浮かんできた。瑠美は悲しい気持ちに堪えながら、携帯を出して父の渡辺裕也に電話をかけた。彼女は母と入江紀美子の状況を確認したかった。電話が繋がり、瑠美は疲弊した声で尋ねた。「お父さん、お母さんはどうなってるの?」「瑠美、私もまだお母さんに会えていないんだ」裕也はため息をつきながら答えた。「どういうこと?」裕也は先ほど見た状況を娘に説明した。「塚原悟がやったのね!」瑠美は驚いた。「なぜお母さんまで軟禁するのよ?」「それはまだわからない」「つまり、私達は今、晋太郎お兄さんが戻ってきて解決してくれるのを待つしかないってこと?」裕也はしばらく沈黙してから口を開いた。「瑠美、晋太郎も事故に遭った……」裕也は晋太郎達が事故に遭った話を瑠美に伝えた。瑠美は驚きのあまり、最近の一連の出来事が信じられなかった。今の話は更に彼女を追い詰めた。悟の顔が繰り返し瑠美の脳裏に浮かんできた。あの人は一体どこまで冷血なのだろう?

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第925話

    「お前らは一体誰だ!」森川貞則はいきなり怒鳴って尋ねた。塚原悟は貞則の前に立って、彼を見下ろした。「私が誰なのかはあんたと関係ない」そうしている間に、エリーが書類をしまってしまった。彼女は悟の傍に行き、口を開いた。「行きましょう。影山さん」「うん」悟は頷いた。そして二人は入り口に向かって歩き出した。「あの書類は一体何なんだ?」貞則はまた叫んで尋ねた。「何故俺にサインをさせた?」「ただの遺書さ」悟は足を止め、振り返らずに言った。そう言って、彼達は面会室を出た。貞則は彼らが出て行った方向をぼんやりと眺めた。影山さん?影山?何だか聞き覚えのある名前だ。あの遺書には一体何が書かれていたんだ?刑務所を出ると、悟は腕時計で時間を確認した。「プライベートジェットを用意してくれ。A国に行く」「はい、影山さん!」朝4時半。田中晴と鈴木隆一がA国に到着すると、杉本肇と小原が迎えにきた。すぐに晴は肇に尋ねた。「レスキュー隊の方は何か進捗あった?晋太郎は……」途中まで言って、晴は一度口をつぐみ、聞き直した。「遺体は見つかったか?」肇は無言で首を振った。晴の表情は肇の回答を聞いてさらに曇った。「会社は今どんな状況?」隆一は尋ねた。「晋様が事故に遭ったことはまだ会社の人達に言っていないので暫く問題はありませんが、副社長にはいずれ悟られるでしょう」「裏切り者は?」「誰が裏切ったか特定できた?」隆一は続けて尋ねた。そう聞かれ、肇と小原は目を合わせた。「私と小原の推測では、恐らく副社長だろうと」「何故そう思う?」隆一は戸惑った。「ルアーと会ったことはあるけど、彼はそういう人じゃないはずだ」「副社長はこれまで何度も晋様に、A国に来るようにと催促していたが、晋様はずっとうんと言いませんでした。ある日彼が、うちの会社の機密情報が盗まれ、皆が混乱していると言ったので、晋様がその日のうちA国に向かいましたしかし、支社に来てみると、皆何事もなかったかのように業務をこなしているのを確認したんです。その後晋様が技術部を集めて会議をしているときに防犯カメラの録画を調べて分かったのですが、こんなレベルの問題はビデオ会議で解決できるものでし

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第924話

    そのまま暫く、田中晴の表情はぼんやりとしており虚ろな目のままであった。悲しみが彼の心を支配した。「晴くん、どうか助けてくれ」渡辺裕也は彼を見て、必死な表情で頼んだ。「犯人は誰だですか?」晴は尋ねた。「恐らく塚原悟だ」「塚原……やっぱり裏があったな。こんなに沢山の人を殺すなんて!」「今は紀美子達を助け出すのが先だ」「今回のことは、そう簡単にはうまくいかないはず」晴は拳を握りしめた。「隆一と相談してきます」「対策があったらすぐに教えてくれ」「はい」晴はコーヒーショップを出た。車が絶えず行き交う道路を見て、彼は少し眩暈がした。森川晋太郎とはつい先日まで電話をしていたのに、いきなり、死んでしまったと人伝に聞くことになるなんて。晴の目元は赤く染まったが、気持ちを整理してから鈴木隆一に電話をかけた。電話はすぐ繋がった。「隆一、晋太郎が……」「えっ?晋太郎がどうした?」「死んだ」「……」30分後。隆一は大急ぎで晴と佳世子の家に訪ねた。部屋に入ると、晴は両手で頭を抱えてソファに座っていた。隆一も無気力にただ晴の隣に座った。「全ては塚原のヤツの仕業だ」晴はゆっくりと頭を上げて口を開いた。「言われなくてもあいつだと分かる」隆一は歯を食いしばって言った。「ヤツが一番怪しかった」「紀美子と子供達を救い出さないといけない」晴は言った。「晋太郎の為にも彼女達を守り抜かなければならん」「その前に、俺達は一度A国に行く必要があると思う」「どうして?」「晋太郎のようなキレモノが、そう簡単に死ぬと思うか?」隆一は自信満々の様子で言った。「肇が既にブラックボックスの録音を聞いたんだ!」晴は眉を寄せた。「でも、遺体はまだ見つかっていないんだろ?」隆一は声を張って言った。「痕跡が残っていないはずがない!」「……つまり、何も見つからなかったのは、晋太郎が爆発する前に飛び降りたためだとでも言いたいのか?」「可能性はゼロではない!」隆一は言った。それを聞いた晴は、肇との会話を思い返した。確かに肇が録音の中にパラシュートパックを争奪する音がしたと言っていた。「でももしヘリに爆弾をしかけられていたとしたら、その爆発の威力を考

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