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第925話

Author: 花崎紬
「お前らは一体誰だ!」

森川貞則はいきなり怒鳴って尋ねた。

塚原悟は貞則の前に立って、彼を見下ろした。

「私が誰なのかはあんたと関係ない」

そうしている間に、エリーが書類をしまってしまった。

彼女は悟の傍に行き、口を開いた。

「行きましょう。影山さん」

「うん」

悟は頷いた。

そして二人は入り口に向かって歩き出した。

「あの書類は一体何なんだ?」

貞則はまた叫んで尋ねた。

「何故俺にサインをさせた?」

「ただの遺書さ」

悟は足を止め、振り返らずに言った。

そう言って、彼達は面会室を出た。

貞則は彼らが出て行った方向をぼんやりと眺めた。

影山さん?

影山?

何だか聞き覚えのある名前だ。

あの遺書には一体何が書かれていたんだ?

刑務所を出ると、悟は腕時計で時間を確認した。

「プライベートジェットを用意してくれ。A国に行く」

「はい、影山さん!」

朝4時半。

田中晴と鈴木隆一がA国に到着すると、杉本肇と小原が迎えにきた。

すぐに晴は肇に尋ねた。

「レスキュー隊の方は何か進捗あった?晋太郎は……」

途中まで言って、晴は一度口をつぐみ、聞き直した。

「遺体は見つかったか?」

肇は無言で首を振った。

晴の表情は肇の回答を聞いてさらに曇った。

「会社は今どんな状況?」

隆一は尋ねた。

「晋様が事故に遭ったことはまだ会社の人達に言っていないので暫く問題はありませんが、副社長にはいずれ悟られるでしょう」

「裏切り者は?」

「誰が裏切ったか特定できた?」

隆一は続けて尋ねた。

そう聞かれ、肇と小原は目を合わせた。

「私と小原の推測では、恐らく副社長だろうと」

「何故そう思う?」

隆一は戸惑った。

「ルアーと会ったことはあるけど、彼はそういう人じゃないはずだ」

「副社長はこれまで何度も晋様に、A国に来るようにと催促していたが、晋様はずっとうんと言いませんでした。

ある日彼が、うちの会社の機密情報が盗まれ、皆が混乱していると言ったので、晋様がその日のうちA国に向かいました

しかし、支社に来てみると、皆何事もなかったかのように業務をこなしているのを確認したんです。

その後晋様が技術部を集めて会議をしているときに防犯カメラの録画を調べて分かったのですが、こんなレベルの問題はビデオ会議で解決できるものでし
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    彼とは一回しか性行為をしていない。一発で妊娠することなんてあるのか?加藤藍子はまだ受け止められず、複雑な気持ちになった。「何か特別なことがなければ、妊娠したはずだ」塚原悟は言った。悟にそう冷たく告げられ、藍子は思わず胸が苦しくなった。「もし本当に妊娠したら、どうするの?」藍子は慌てて悟の隣に座り、焦って尋ねた。悟は視線を彼女の腹に落とした。「自分で決めろ」「何が『自分で決めろ』なの?この子はあなたの子でもあるのよ。まさかあなた……欲しくないの?」「そんな意味じゃない。産みたいなら、産めばいい」「じゃあ、あなたは反対しないのね?」藍子はやや安心した。「子供もできたし、結婚式を早めるべきかな?」「株主総会の後にしろ」悟は暫く考えてから言った。「でももしその時お腹が膨らんできたら、ウェディングドレスが台無しじゃない?」「3ヶ月以内ではそんなに目立たないはずだ」悟の眉間に一抹のイラつきが浮かんだ。この時、石守菜見子が外から帰ってきた。「奥様、妊娠検査薬を買ってまいりました」菜見子は薬を藍子に渡した。藍子はそれを受け取り、ドキドキしながらトイレに入った。一通り操作してから、彼女は数分待った。スティックに表示された2本の印を見て、彼女の頭の中は真っ白になった。やはり……子供ができたのか??藍子は再度手を小腹に当てた。自分と悟さんの子供ができたなんて……突然訪れたこの機会に、藍子は全く心の準備ができていなかった。しかし、悟は拒絶しなかった。彼もこの子の為に自分とちゃんと生活していくつもりだと、理解していいのかな?そこまで考えると、彼女の気持ちはやや落ち着いてきた。子供と自分の家庭の為にも、杉浦佳世子と入江紀美子をできるだけ早く消しておかないと!トイレから出て、藍子は検査薬を悟に見せた。悟は暫く沈黙してから、立ち上がって菜見子に指示した。「ちゃんと奥さんの世話をしろ」「かしこまりました、ご主人様」藍子はままだ悟と話をしたかったが、彼は出ていってしまった。彼のその態度を見ても、藍子は余計なことを考えようとしなかった。妊娠したという事実を、もしかしたら悟も自分と同じく、まだ受け止め切れていないのでは?藍子は気持ちを整理してか

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    「紀美子、ちょっとこの契約書を説明してよ」杉浦佳世子がそれ以上言いたくないのを察して、入江紀美子も話題を変えた。午後2時半。田中晴はケーキを持ってやってきた。二人だけにしてあげるために、紀美子は口実を作って自分の事務所に帰った。紀美子が事務所に戻ってすぐ、吉田隆介から電話がかかってきた。「もしもし」「紀美子、二つの情報が入ってきた。どっちも悪いニュースだ」隆介の声は重々しかった。「どういうこと?」「昨晩、森川貞則が殺された。刃物による攻撃で、一発で心臓を貫かれたらしい」隆介の話を聞き、彼女は脳裏でエリーの姿を浮かべた。確か、昨晩エリーに会った時彼女の顔に傷が残っていた。「じゃあ、二つ目は?」紀美子は焦った様子で尋ねた。「DNA検査の結果によると、確かに塚原悟は貞則の隠し子らしい」「つまり……彼がそんなことをしたのは、MKの責任者のポストを奪うためだと?」「そう解釈できるかもな」隆介は言った。「あと、もう一つ調べたんだが、どうやら貞則は悟と晋太郎、次郎以外に、もう一人息子がいるようなんだ」「うん、確かにもう一人いるわ」「そいつが失踪した。警察がそいつに連絡してみたらしいが、繋がらなかったようだ。最近の動向も掴めないらしいんだ。それどころか、銀行口座の記録もなく、最新の履歴が2か月以上前らしい」「まさか悟がその人まで消したっていうの?」紀美子は手が震えた。「その可能性はゼロではない。一体彼は何人殺したんだ」紀美子は背筋がゾッとした。悟にはしょっちゅう会っているが、そんな殺人鬼がよく今まで自分を生かしてくれたものだ。「隆介さん、そこまでわかっても例の計画を進めるつもりなの?」紀美子は尋ねた。「もちろんだ」隆介は答えた。「あんなやつ、この世界に生きている資格はない。罪が重すぎる」「分かったわ、隆介さん。ありがとう」「そんなよそよそしいことは言うな。まだ処理しなければいけないことがあるから、また後で」「分かったわ」……一週間後。秋ノ澗別荘。加藤藍子は顔を洗ってから朝食をとるために一階におりた。悟はまだ会社に行っておらず、まだテーブルについていた。藍子が来たのを見て、彼は最後の一口の牛乳を飲んで立ち上がった。「もう会

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1013話 よくやってくれた

    同僚たちに囲まれながら、入江紀美子は杉浦佳世子を露間朔也が使っていた事務所に連れてきた。ドアを開けると、事務所はきれいに掃除されており、朔也が使っていたものは皆そのままだった。紀美子と佳世子の眼底には悲しい気持ちが露わになった。「社長、ご指示がなかったので秘書達は露間さんの事務所をそのままにしておいたようです。申し訳ございません。社長を余計に悲しませたくなく、社長の前では露間さんのことをできるだけ口にしないように気をつけていました。露間さんの事務所を埃かぶりにしないように、私達は毎日掃除をしています」竹内加奈がやや気まずそうに説明した。紀美子は感動して佳奈に笑顔を見せた。「よくやってくれた。こうしていると、まるで朔也がまだここにいるみたい」佳奈は心配そうに佳世子を眺めた。彼女の視線を感じた佳世子は口を開いた。「大丈夫よ。朔也は私達二人の親友だから、彼のものはそのままにしておいて。私も特に置きたいものはないから、このまま使わせてもらうわ」佳奈は頷いた。「分かりました、佳世子さん。コーヒーを入れてきますね」佳奈が出て行ったあと、紀美子と佳世子は一緒に事務所に入り、ソファに腰を掛けた。「彼の最期を見届けられなかったなんて……」事務所の中を見渡しながら、佳世子は残念そうに言った。「私も同じよ、佳世子。後で予定を合わせて、一緒にS国に朔也の墓参りに行こう」「彼の遺体はもうS国に送り返されたの?」佳世子は尋ねた。「骨壺が、ね」紀美子は答えた。「私もまだ、詳しく叔父様に聞けてないの」「うん、時間があったら一緒に会いに行こう」午後。紀美子が佳世子を連れて会社の部署を回っている時、彼女の携帯が鳴った。発信者の名前を見て、紀美子はすぐ電話に出た。「入江さん」電話から石守菜見子の声が聞こえてきた。「塚原の別荘の使用人に採用されたわ」「もう?」紀美子は少し驚いた。「うん。あの加藤さんがすぐに決めたわ。最終的に3人を残した」「3人もいるなんて、あんた、都合が悪くない?」紀美子は眉を顰めて尋ねた。「それはどうにかする。報酬分はしっかりとこなさせてもらうわ」「いつ別荘に入るの?」「明日の朝から」「分かったわ。あんたの情報を待ってるから、必ず漏れなく報告し

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1012話 ぼったくりだわ!  

    「手慣れてるようね」入江紀美子は軽く笑いながら言った。「報酬が早く必要なの」石守菜見子は答えた。「分かったわ。あんたが審査に通れば、これから毎月の月初めと月末に金を払ってあげる」「分かった、また連絡する」「それって、相手はオッケーしてくれたってこと?」紀美子が電話を切った後、杉浦佳世子は尋ねた。「うん。でも彼女、毎月50万円欲しいって」「はっ?」佳世子は思わず吹いてしまった。「ぼったくりだわ!」「彼女の能力は報酬に見合っているはずよ。こんな金額を要求できるってことは、それなりの経験があるはずだから」「それもそうだけど……」佳世子は納得したようだ。「ご馳走様でした。もう帰ろう!明日あんたの会社に行くわ」「うん」紀美子も一緒に立ち上がった。佳世子を送ってから、紀美子は一人で別荘に帰った。玄関に着くと、丁度戻ってくるエリーが見えた。エリーの顔についていた傷を見て、紀美子は戸惑って眉を顰めた。余計なことは聞くつもりがなかったため、紀美子はそのまま別荘に入った。エリーは紀美子が入ったのを見て、後を追った。部屋に戻ってから、エリーは携帯で塚原悟に電話をかけた。電話はすぐに繋がった。「影山さん、森川貞則のこと、処理しました」「うん、よくやった」「影山さんは私の命の恩人です、影山さんのご指示とあらば何でもします」「警察に気づかれなかったか?」エリーは鏡越しに自分の顔の傷を見ながら、深呼吸をした。「気づかれましたが、奴らは私の顔が見えていないはずです」「出来るだけ早く警察側の監視カメラの録画データを消せ」「分かりました」エリーは肩と耳で携帯をはさみ、メモを取りながら答えた。電話を切った後、エリーは素早くパソコンを開き操作した。自分の姿が映った警察側の録画データを見つけだし、彼女は迷わずクラッシャーウィルスを発動させた。全ての操作を済ませた後、エリーは顔の傷に手を当てた。昨日の午前、影山さんが急に、どうにかして森川貞則を完全に排除するように命じてきた。株主総会までに、自分が必ず理事の座に着くように万全の準備をしなければならないとのことだった。貞則には、後々また余計なことを起こす可能性がある。その処理のために彼女は、今日このような

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1011話 また無理な要求を言ってるね

    メッセージを読んだ入江紀美子はすっと身体を起こした。うっかり渡辺瑠美がずっと塚原悟を監視していたのを忘れるところだった。瑠美がこのどうしようもない状況の突破口を見つけてくれた。紀美子は慌ててメッセージを返した。「瑠美、どうにかして使用人を一人送り込んでくれない?」杉浦佳世子はぼんやりとした表情で紀美子を見つめた。「何が書いてあったの?」紀美子は瑠美の話を彼女に教えてやった。「まさか、彼女まだ悟を監視しているの?」佳世子は驚いて尋ねた。「命が危ないじゃない」「瑠美はかなり用心しているから心配ないわ」紀美子は言った。その時、瑠美からの返信を受け取った。「また無理な要求を」「今はあんたしか頼れる人がいないの。お願い、瑠美」「別荘の使用人を買収できたんじゃないの?その人には、きっと助けになってくれる知り合いがいるはずよ。私は悟の監視で手一杯だから、もうこれ以上仕事を増やさないで!」瑠美のアイデアを聞いて紀美子はいいことを思いついた。「分かったわ、ありがとう」そうメッセージを返信してから、紀美子は珠代に電話をかけた。電話はすぐ繋がった。「入江さん?」「今、大丈夫?エリーは近くにいない?」「いないわ、入江さん。というか、エリーはあなたについているのでは?」珠代が聞き返してきたのを聞いて、紀美子は眉を顰めた。昨日エリーを見かけなかったけど、彼女は最近何をしているのだろうか?「珠代さん、ちょっとお願いがあるの」エリーのことは一旦置いて置いておくことにして、紀美子は言った。「悟が使用人を募集しているみたいなの。珠代さん、信頼できる人を紹介してくれない?」「そこに監視役を入れたいのね?」「そう」紀美子は簡潔に言った。「とにかく信頼できる人がいるの。お金は問題ないわ」「分かったわ。仲の良い人に声をかけてみるわ」「その人の能力はどう?採用されるような、ポテンシャルが高い人がいいわ」「私よりずっと器用だし、口数も少ない」珠代は答えた。「その人、協力してくれそう?」「大丈夫だと思うわ。話がついたら連絡するね」紀美子は了承してから電話を切った。「どうだった?」隣りの佳世子は慌てて尋ねた。「話はついたの?」「多分問題ないはず。珠代

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