夜。狛村静恵が渡辺家に戻ると、渡辺野碩に「静恵、君は今日朝早く家を出たが、会社に行かずにどこに行っていた?」と聞かれた。静恵は帰ってくる途中に既に口実を考えていたので、「外祖父様、私がやっているのは服装会社なので、契約している工場に様子を見に行ってきたのですよ」と答えた。野碩は笑みを浮かべて、「それはご苦労だったな、疲れてない?」と聞いた。静恵はわざとらしく唇をすぼめながら首を揉んで、「疲れたよ、外祖父様、先に上がって休んでますね」と言った。「上がって、上がって」部屋に戻ってから、静恵はシャワーを浴び、野碩が部屋に戻るのを待ってから、彼女は再び着替えて家を出た。森川晋太郎の部下の尾行を避ける為、静恵は随分と厚着をして、コーディネートもごく素朴なものにしていた。彼女はタクシーを呼んで北郊の林荘に向った。30分後、静恵は森川次郎の家の前で車を降りた。彼女が入ろうとすると、ボディーガードに止められた。静恵は戸惑って眉を寄せ、「次郎さんに会いにきたのに、なぜ止めるの?」と聞いた。「次郎様は今取り込み中ですので、無関係な方はお会いできません」ボディーガードは冷たく言い放った。「無関係な人?!」静恵は目を大きく開いて、「よくみなさいよ、私は無関係な人なんかじゃないわ!」「ご自分で次郎様にお伝えください」静恵は彼らの前で暴れたくなかったので、次郎の携帯に電話をかけた。随分経ってから、やっと電話が繋がった。「静恵?」次郎は優しい声で呼んだ。「こんな時間にいったいどうしたんだ?」静恵は甘えた声で、「次郎さん、こっちのボディーガード達が私を止めるのよ!」次郎の眼底に一抹の冷酷さが浮かび、隣にいる満身創痍に虐待された女を見て、「今ちょっと分が悪いから、後で迎えに降りる」静恵は少し戸惑ったが、それ以上は聞かないことにして、「分かったわ、外で待ってる」と言った。電話を切り、次郎は女の髪を掴んで彼女を客室に引きずり込んだ。気絶していた女は痛みで目が覚め、次郎の顔を見て恐怖の悲鳴を上げた。「い……いや!お願い、許して!!」次郎は足を止め、「少しでも音を立ててくれたら、その舌を切り取ってやるからな!」と女を脅した。女はすぐに口を閉じ、次郎は彼女を連れて部屋を出た。10分後。次郎はバスローブ
木曜日。森川念江の検査報告書の数値が全て合格していたので、医者は骨髄移植手術の準備に着手した。医者は森川晋太郎に、「森川さん、すぐにでも手術を始めることができますが、手術の後、暫く念江くんを1人で無菌室に待機させる必要があります」と言った。晋太郎は眉を寄せながら、「どれくらい?」と聞いた。「少なくとも1か月です」医者は答えた。晋太郎は胸が痛んで、「新年までに出てこれないのか?」と聞いた。医者はカレンダーを確認すると、申し訳なさそうな顔で答えた。「努力します」「一番いい薬を使ってくれ」晋太郎は言った。「なるべく早く回復させるのだ!」「かしこまりました、森川さん。全力で念江くんを治療します」午前10時。狛村静恵が病院に着くと、念江はちょうど医者達に病室から連れ出されていた。念江が微かに目を開いたのを確認すると、静恵は目元を赤くして近づき、念江の小さな手を無理やり握りしめた。彼は警戒して怯えた目で静恵を見た。静恵は少し驚いたが、すぐに手で涙を拭くふりをして、「念江くん、大丈夫だよ、私達は外で待ってるから」と言った。念江は慌てて頷き、目線を逸らして父を見た。「お父さん、心配しないで、ちゃんとご飯を食べてしっかりと休んでね」晋太郎の心臓はギュッと締め付けられた。念江の頭を撫でながら、「分かった、早く元気になれ」と答えた。「うん」念江は晋太郎に笑顔を見せた。僕は必ずできる!元気になってお母さんに会いに行く!倒れてはいけない!そして、念江は手術室に運ばれていった。……Tyc社にて。入江紀美子は会議の最中に胸が急に痛んだ。冷や汗が出た瞬間、彼女は胸を押えながら身体を縮こまらせた。社員達は彼女を見て、慌てて駆け寄ってきた。松沢楠子は立ち上がり、冷静且つ迅速に紀美子の傍に集まっていた人達を追い払って、素早く強心剤を出して彼女に飲ませようとした。しかし紀美子は楠子を押しのけ、荒く息をしながら、「い、要らないわ……」と拒否した。しかし楠子はそのまま薬を彼女の口に押し込んだ。周りの人達は楠子の挙動を見て、びっくりして誰も声が出なかった。紀美子は驚いて楠子を見た。楠子は無表情に、「飲まなきゃダメです」と言った。そして、手に持っていた薬を隣で固まっていた秘書の
「分かったわ」入江紀美子もちょうど、急な心臓の痛みを病院で診てもらおうと思っていた。杉浦佳世子にレストランの場所を教えてもらい、紀美子はカバンを持って会社を出た。10分後、中華レストラン江海にて。紀美子は佳世子と待ち合わせし、一緒に個室に入った。佳世子は紀美子の隣に座り、「これ、どう?」と手を出して紀美子に見せた。佳世子の指に嵌めていた指輪を見て、紀美子は「田中晴が買ってくれたの?」と聞いた。「そう、彼が『君が俺のものだという印だ』と言って、買ってくれたの」紀美子は嘆くふりをして、「じゃあ結構高額なお祝い金を用意しなきゃダメね……」と呟いた。佳世子は紀美子の手を握って、「お金はどうでもいい。あなたが傍にいてくれれば、私は満足よ」その時、佳世子の携帯が急に鳴り出した。携帯を出して、佳世子はその知らない番号を見て眉を寄せた。紀美子は疑問に思い、「どうしたの?」と尋ねた。「知らない番号から電話がかかってきた」そう言って、佳世子は通話ボタンを押して、スピーカーフォンにした。「もしもし、どちら様ですか?」「杉浦佳世子さんですよね?」携帯から中年の女性の声が聞こえてきた。2人は戸惑って目を合わせた。「はい」「あなたは?」「杉浦さん、昼頃はお時間ありますか?田中晴の母親です。ちょっと会って話したいことがあります」中年女性は言った。「ああ、こんにちは。はい、空いています。もしよろしければ、ご一緒にお食事でもしませんか?」「そうね、場所はあなたが決めてください」晴の母は言った。「MK社近くの中華レストラン江海はご存知でしょうか?私は106番個室にいます」「分かったわ、今からそちらに向かいます」晴の母はそう言って、電話を切った。佳世子は焦って紀美子に、「何で晴のお母さんが私を訪ねてくるのよ?私、お化粧は崩れてないよね?服装は?」紀美子は無力に彼女を見て、「大丈夫、ちゃんとしてる、落ち着いて」と慰めた。佳世子は両手で顔を支え、「どうしよう、私すごく緊張してる。晴がお母さんに何か言ったのかな、何で急に訪ねてくるんだろう……」紀美子は軽く眉を寄せ、「先に晴さんに電話をして聞いてみたらどう?」とアドバイスを入れた。「あっ、そうだったわ、今すぐ晴に電話する」そう言われ
「藍子さんは海外から戻ってきたばかりで、彼女と彼女の祖父様がうちに訪ねてきてから、うちの息子が小さい頃に、既に婚約があったと分かったわ」と田中晴の母は鋭い目線で杉浦佳世子を見つめて言った。入江紀美子は深く眉を寄せた。晴の母が嘘をついていると気づいたからだ。佳世子もそれに気づいて、無意識に口滑りそうになった。紀美子は一歩先に口を開いて、「叔母様、許嫁のこと、晴さん本人はご存知ですか?」と聞いた。晴の母は偉そうに紀美子を見て、「あなたは?」と聞いた。「私は佳世子の友人です」と紀美子は冷静に答えた。「ならばあなたには発言権がないわ」晴の母は紀美子と会話することを断った。これを聞いた佳世子は、いきなり激昂して相手を問い詰めた。「何故紀美子が発言しちゃいけないの?紀美子は私の一番の親友です!」佳世子はあざ笑いをしながら、「なるほど、あなたは今日来たのは、私と晴を引き離すためでしょ!」と言い放った。佳世子の様子を見た紀美子は、困って頭を抱えた。彼女が暴れ出したら、もう誰にも止められなかった。晴の母は厳しい顔色を見せた。「何ですか、その態度は?」「私はこれでも十分に礼儀正しく言っているつもりですけど?先にうちの親友に失礼な態度をとったのは、あなたの方でしょ!」佳世子は少しも譲らなかった。「こんな失礼な態度をとるような人、絶対に田中家に入れさせないわ!」「わけのわからないことを言わないでよ!こっちが願い下げだわ!」晴の母は怒りで体が震えた。「何その言い方は!早くうちの息子から離れなさい!」「あなたの息子なんか別に珍しくないわ!」佳世子は言い返した。「私が彼に付き纏ってるわけじゃなくて、彼が私に付き纏ってるの!」「杉浦さん、あなたが晴さんを手放せれば、晴さんがあなたに付き纏うことはないじゃないですか?」と藍子は言った。「あなたはどんな立場で言ってるの?」佳世子は藍子を問い詰めた。「あなたには発言する資格があるの?許嫁だからって、晴の婚約者気取りにならないでよ、目障りだわ」藍子の表情が固まり、「私はただ善意で注意してあげてるだけよ」「そんな注意は要らないわ!」佳世子はドアの方に指さしをして、「無関係な人は横から口出ししないで!」晴の母はスッと立ち上がり、「その様子だと、こちらの話を受
杉浦佳世子は納得いかず、「あいつは晴の母だから、今回のことは彼に片付けさせるべきだ」と言った。「将来あなたが彼と結婚したら、いずれ彼の母親と対面することになるわ」「それは将来の話、今この状況だし、彼と結婚するかどうかも微妙だわ」佳世子は長いため息をついた。田中家にて。田中晴が家に入るとすぐ、外から帰ってきた母と加藤藍子に会った。藍子は、晴を見かけるとすぐ嬉しそうに「晴兄!」と駆け寄った。晴はくっついてきた藍子を見て、「誰だ、君は?」と避けながら聞いた。藍子は口をすぼめて、「晴兄、私、デブ子よ」「デブ子?」懐かしい名前の響きに晴は戸惑った。「そうよ!」藍子はしっかりと頷き、「小学校と中学校の頃いつもあなたの後ろについていたぽっちゃりした子よ」晴ははっきりと思い出した。「君か!」藍子ははにかみながら、「やっと思い出してくれたんだね」と言った。「うん、思い出したんだけど」晴は眉を寄せ、「でも君がうちの母と一緒に佳世子に会ってきた件、ちょっと説明してくれないかな」と言った。藍子の頬が一瞬で赤く染まり、隣にいた晴の母は怒りだした。「その件は私たちがあなたに説明してもらいたかったわ!入ってきて!」別荘に入って、晴の母は単刀直入に言った。「あの子と別れなさい!あんな女は絶対に田中家に入らせないから!」晴も頭に来て、「その件に関しては、これ以上あなたと喧嘩したくない。結婚は俺自分のことだ、あなた達の意思に従うつもりはない!」これを聞くと、晴の母は怒りで顔が真っ赤になった。。晴も不満そうに母を見て、「俺はあなた達に決められた人と結婚したくない!」「晴!」晴の母は怒りで体が震え、「あの女がどういう態度で私と喧嘩していたか知らない?」と晴を問い詰めようとした。「それは、俺がデブ子と許嫁があるとか、佳世子の友達に酷い言葉遣いをして、あなた達が先に彼女を試そうとしたからだろ?」晴は負けずに言い返した。「あの女、告げ口したのか?!」「彼女は私の恋人だ!俺に以外言える人がいるか?言っとくけど、俺は佳世子としか結婚しない!用事があるから先に失礼する!」「晴!!」晴の母は大声で叫んだ。しかし晴は、振り返らずに家を出た。「叔母様、怒らないで、晴兄は今恋の真っ最中ですし、別れなさいと言ってもきっと聞
4時間とやたらと長い手術を経て、入り口の赤いランプが消えた。医者が出てきた頃、森川晋太郎は既に疲れで全身が凝り固まり、まともに歩けなかった。医者は微笑みながら彼に報告した。「森川さん、お子さんの手術は無事に成功しました」その報告を聞いた晋太郎は、ここ数日の不安がやっと解消された。「トップクラスの医療チームをつけて念江を介護させろ」医者は頷き、「ご安心ください、必ず念江くんを治します。看護婦も既に手配済みで、念江くんが寂しがるようなことはありません」隣にいた狛村静恵もほっとして、嬉しそうな声で言った。「晋太郎、良かったわね」晋太郎は彼女を見て、「苦労をかけたな」と言った。静恵は少し驚いて、耳元まで赤く染まり、「そんなよそよそしい言い方しなくても」晋太郎は医者と少し会話してから、静恵に向って「行こう」と言った。夜。入江紀美子は藤河別荘に戻った。ご飯を食べる時さえ、彼女は携帯をテーブルに置いて、森川念江からの返事を待っていた。入江佑樹と入江ゆみは母を見つめながら、こっそりと議論した。佑樹は低い声で、「お兄ちゃん、お母さんはずっとぼんやりしているけど、あなたが何か悪いことをしてお母さんを怒らせたの?」佑樹は箸でゆみの額を軽く叩いて、「変な妄想はやめろよ」と言った。ゆみはため息をつき、「ならお母さんはどうしたのよ?」と聞いた。佑樹は牛乳を一口飲んで、「ゆみが聞いてよ」と言った。ゆみは頷き、小さな手を丸めて唇に当てながら軽く咳払いをした。そして彼女は恐る恐る紀美子に向かって、「お母さん?」と話しかけた。紀美子はずっと携帯を覗きながら、機械的に口の中の食べ物を噛んでいた。ゆみと佑樹は顔を見合わせた。そして2人で同時に大きな声で、「お母さん!!」と叫んだ。紀美子は驚いて、持っていた箸を床に落とした。彼女は慌てて2人を見て、「どうしたの?」と尋ねた。ゆみは小さな口をすぼめて、「お母さんが携帯ばかり見ていて、ゆみにかまってくれないもん」「あっ……」紀美子は申し訳なそうに返事して、「お母さんは念江の返事を待っているの」と説明した。2人は少し驚いて、佑樹は「もう待たなくていいよ、念江くんの携帯はあのクズ親父が持っているもん」紀美子は息子を見て、「佑樹くん、それ、どうやって分か
「現地だと携帯の電波が悪いかもしれないから、もし念江くんが聞いてきたら、代わりに説明してあげて」「分かった!」子供達が返事した。午後9時、ジャルダン・デ・ヴァグにて。田中晴は森川晋太郎の所に訪ねてきた。2人は休憩ルームで酒を飲んでいた。「念江の手術も無事に成功したし、あなたもほっとしただろ」晋太郎は細長い指でワイングラスを握り、軽く頭を上げて一口飲んだ。「念江はまだ1か月ほど無菌室にいる必要がある」「安心するがいい、医者は最高の治療をしてくれるから。そういえば、明後日の開業式、出るよな?」「杉浦を連れていくな」と晋太郎は警告した。「うちの両親が出る予定だから、佳世子は連れていかないよ」晴はため息をついた。「知ってる?佳世子は今日うちの母と大喧嘩になったんだよ」晋太郎は興味津々で晴を見て、「どっちの肩を持つつもり?」と聞いた。「佳世子の方に決まってんだろ!」晴は考えずに答えた。「親不孝者が」晋太郎はツッコミを入れた。晴は落ち込んだ。「それはもちろん自覚しているけどさ、本当に佳世子を愛してるから」「これからはどうするつもりだ?」晋太郎は聞いた。「お前の母も気の強い方だろ?」晴は晋太郎に助けを求める可哀想な目線を送った。「そんな目で俺を見るな、気持ち悪い」と晋太郎は目を逸らした。「俺達、親友だろ?助けてくれよ!!」晴は焦った。「一生のお願いだ!」晋太郎はワイングラスを置き、「一体どれだけ彼女のことを愛しているんだ?」と尋ねた。「別れていた間、彼女に会いたくて飯も食えず、夜も眠れなかった程?」晋太郎は目を細めながら、「お前の母が、俺の意見も聞き入れてくれないかもしれいないぞ」と言った。「でも父の方はきっと!」晴は確信していた。「父ならいつもあなたの意見を聞いていた!」「やってみる」実は晋太郎は、よその家庭の揉め事に手を出すのが好きではなかった。しかし彼が晴と似たような過去があるせいか、晴の窮地を痛いほど理解していた。だから、晋太郎は晴を助けると決めた。そして急に、晋太郎は脳裏に紀美子の姿が浮かんできた。彼の胸がギュッと痛んだ。彼女の最後の「うん」という返事が、今でも彼の心底に響いていた。彼女にとっては、手放すことはそんなに簡単なものだろうか?……
入江紀美子は無力に笑って、「皆が皆でああいう恰好をしていないから!ほら、普通の恰好をしている客もいるでしょ」と言った。入江佑樹は鼻を鳴らして、「佳世子さんはレーザーの眼球手術を受けたらどう」と言った。それを聞いた杉浦佳世子は、佑樹を見て、「君、本当に口が厳しいわね!」佑樹は眉を上げて、「なんならきれいな服を探してきてあげようか?」「要らないわ。私、ここに立ってるだけで絵になるから、あんな見た目だけの飾りは必要ない」佳世子は自信満々に言った。入江ゆみは佳世子に抱きつきながら、「佳世子さんは一番きれいだよ、お兄ちゃんは見る目のない男だから」と慰めた。佳世子は喜んでゆみの小さな頬を撫でた。「やっぱりゆみが一番分かってるね!行こう!豪華に遊ぼう!」4人がホテルのロビーに向って歩き出そうとした時、耳元に叫び声が響いた。「晴兄!」佳世子と紀美子は足を止め、声の方向へ振り返った。優雅なドレスを身につけた加藤藍子が、上品そうにとある方向に手を振るのを見た。少し離れた所に、正装姿の田中晴が車の横に立っていた。黒色のピアスが日の光に輝いていた。彼は藍子に笑みを浮かべ、「おや、デブ子じゃない、君も来たんだ」と声をかけた。藍子は晴の腕を組み、「正装の晴兄はやっぱり世界一だわ!子供の頃とは全然違う」晴はスムーズに腕を抜き、「それはそうさ、俺を誰だと思ってる!」2人のやり取りを見て、紀美子の胸は引き締まった。佳世子が不思議な目で晴を見つめているのを見て、紀美子は心配した。今日の温泉旅行が台無しになる可能性がある。ゆみは首を傾げて、「晴おじさんの隣の女性は……」まだ言い終わっていないうちに、紀美子が慌てて娘の口を塞ぎながら、「しっ、言わないで!」と注意した。ゆみが頷く前に、佳世子は既にゆみの手を放して、晴の方へ歩き出した。しかし、少しだけ歩いたら、見慣れた車が目の前に止まった。紀美子はその車のナンバーを見て、心臓がキュンと猛烈に鼓動した。何で森川晋太郎も来たんだ?運転手がドアを開けると、黒いスーツを纏い、凛冽なオーラを発する晋太郎が降りてきた。佳世子は足を止めた。「社長」晋太郎は佳世子に、「今日は田中氏温泉ホテルの開店式だ、盗み撮りの奴らが周りにうろうろしている。軽率な挙動を取るな」