内海唯花は甥っ子を抱いて、金城琉生と一緒に店に入った。「どうして陽ちゃんを連れてきたの?陽ちゃん、こっち来て、明凛おばちゃんが抱っこしてあげる」牧野明凛は椅子から立ち上がると、内海唯花の腕の中から佐々木陽を抱き上げた。彼を抱きながら座るとまた聞いた。「陽ちゃん、お菓子食べる?」佐々木陽は内海唯花のほうへ視線を向けた。「一個だけ食べさせてあげよう、あまり食べ過ぎると、昼ご飯が食べられなくなるよ」唯花は金城琉生からカバンを受け取り、レジの下に置いておいた。「お姉ちゃんはもう決めたの。今日から仕事を探し始めるから、私が代わって暫く陽ちゃんの面倒を見るわ。お姉ちゃんは昼になったらこっちに来るよ」牧野明凛はお菓子を一つ取って佐々木陽にあげた。佐々木陽はそれをすぐには手に取らなかった。そして、自分の小さい手を開いて見せた。「きたないよ」お菓子をいったん置いて、牧野明凛は彼を抱いて奥にあるキッチンで手を洗ってきた。彼女は佐々木唯月は本当に佐々木陽をよく育てていると思っていた。よく子供はやんちゃだと言われているが、これは子供が生まれ持った本性だ。もし子供が一日中木のように動かず、ずっと静かに座っていたら、親はまた子供の知能を心配し始める。子供自身も困っていると思う。動いたらやんちゃだと、大人しくすると知能に問題があるじゃないかと言われるなんて、理不尽だろう!キッチンを出て、牧野明凛はまたそのお菓子を佐々木陽に渡した。彼は大人しく受け取った後、礼儀正しく「ありがとう、あかりおばちゃん」と言った。「いい子だね」佐々木陽を見るたびに、牧野明凛は結婚して子供を産みたいと思うのだった。「唯月さん、ようやく第一歩を踏み出したね。琉生に聞いてみたんだけど、彼は今はまだ会社では経験を積んでいる段階だから、財務部に人を雇わせるような力はないって。おばさんの旦那さんにもお願いしたけど、今人手は足りているから、募集する予定がないの」こう話している牧野明凛はちょっと気まずくなった。佐々木唯月の力になれないからだ。金城琉生も申し訳ないような顔をしている。彼は確かに後継者として認められているが、まだまだ若くて、今経験を積んでいる途中なので、すぐには金城グループをまとめることはできない。会社の重要な部署に誰かを雇わせる権力などまだないのだ。
金城琉生が会社へ行くと、牧野明凛は心配した顔で尋ねた。「唯花、お姉さんはまた旦那さんと喧嘩したの?」内海唯花は甥の頭を撫でながら口を開いた。「義兄さんはまだ彼の実家にいて帰ってこないよ。それに、残った生活費を返せと姉に言ってきたわ。今家でご飯を食べていないし、その生活費を使うところがないからって」牧野明凛は「……そういう男とは早く離婚したほうがいいんじゃない」と呆れて言った。内海唯花はしばらく黙ってから言った。「姉は今の生活が落ち着かないと、これからのことを考える余裕がないかもね」牧野明凛もこれ以上は言えなかった。「そういえば、参加したパーティーはどうだった?それから大塚さんからの電話があった?」「今でも頭がまだちょっと痛いのよ」内海唯花は目をぱちぱちさせて、思わず笑い出した。「まさかパーティーで酔っ払って暴れたんじゃないでしょうね」社交界の方々はみんな教養とかを重んじているのだ。もし牧野明凛が本当に大塚夫人の誕生日パーティーで酒を飲んで暴れでもしたら、ほとんど玉の輿に乗る道を自ら断ったのと同然だ。「酔っ払ってないんだけど、ただお酒を多めに飲んで、酔ったふりしたり、そのまま床に横になって寝たふりをしたりしただけだよ。すると、おばさんが慌てて私をそこから引きずり出したの。もうこれから、こんなパーティーに私を連れて行くことはないと思うよ」彼女を玉の輿に乗らせるのを諦めてもらうため、牧野明凛も思い切り最終手段を行使したのだった。大塚夫人の誕生日パーティーには、東京で有数の名門の夫人達が参加していなくても、大金持ちの奥様ばかりが集まっていたはずだ。牧野明凛が酔ったふりをして床に寝転んでしまったのは、極めて恥ずかしいことだ。社交界ではそういう噂は口伝えですぐ広まってしまう。身分のある奥様達はもちろん牧野明凛のことを恥知らずな小娘だと思い込んだだろう。そうすると、牧野のおばさんたちが明凛に玉の輿の道に行かせたくても通用しない。牧野家は昔から東京に住んでいた。昔、国の土地計画で、家の所有地の権利を国に譲り、大金をもらったことで生活が豊かになったのだ。それから牧野明凛の両親が上手くビジネスを行ったことで、その資産は以前より何倍にもなったというわけだ。しかし、名家の名士たちから見ると、牧野家はただ国が行った土地計画から巨
佐々木陽はお菓子を食べ終わった後、店で遊んでいた。持ってきたバッグの中に、彼が一番お気に入りのおもちゃが入っていた。おもちゃをあげると、佐々木陽はずっとそこに座って遊び続けていられる。牧野明凛も内海唯花に「陽ちゃんは結構大人しい子だね、おもちゃで遊ぶ様子から見ると分かるよ」と言った。「まだここに慣れてないからよ。慣れてくれば、屋根も取り壊せるくらいやんちゃな子だよ」内海唯花はよく姉に手伝って子供の面倒を見てあげたから、佐々木陽のやんちゃぶりをよく知っていた。言いながら、彼女は道具を取りだし、ビーズ細工を作ろうとして、夫の小言をこぼした。「せっかく神崎さんが私の作ったビーズを気に入ってくれたから、結城さんにあげようとした鶴を神崎さんにあげたの。あとでまた結城さんのを作ってあげたらいい話でしょ。夫婦で一緒に住んでいるから、いつでもあげられるじゃない?でも、結局それを知ったら彼、めっちゃ怒ったの。私は謝ったし、間違いを認めて、おまけにもう一つ多めに作ってあげるって約束したりして、ようやく機嫌を直してくれたのよ。今晩家に帰って、またあの氷のような冷たい顔に見られないように、今日のうちに約束したプレゼントを用意しとくわ」牧野明凛は彼女に言い聞かせた。「その鶴を結城さんにあげると先に約束した以上、もう彼のもので、同意も得ないで、神崎さんにあげたら怒って当然でしょ」「わかってるよ、私が悪いの。だから謝ったのよ。でも結城さんは昨日帰ってきた時からとにかく機嫌が悪そうだった。仕事で何か困ったことがあったんじゃないかな」結城理仁はこの話を聞いたら絶対呆れるだろう……彼女がプレゼントしてくれた服を着て出勤していたことに気づいてもらえなかったことに怒っていたのだ。「リンリンリン……」内海唯花の携帯が鳴りだした。ズボンのポケットから携帯を取り出し、着信表示から結城おばあさんからかかってきたのがわかり、電話に出た。「おばあちゃん」「唯花ちゃん、今忙しい?」「そんなに忙しくないよ。おばあちゃんどうしたの。用事があったら何でも言ってね。どんなに忙しくても手伝うから」結婚する前、内海唯花はよく結城おばあさんに会い、おしゃべりしていた。結婚してから、おばあさんはあまり来なくなった。結城理仁と二人で一緒にいる時間を作ってあげて、冷やかし
十月の東京は残暑でまだ汗ばむほど暑く、朝夕だけ秋の気配があり涼しさを感じられた。 内海唯花は朝早く起きると姉家族三人に朝食を作り、戸籍謄本を持ってこっそりと家を出た。 「今日から俺たちは生活費にしろ、家や車のローンにしろ、全部半々で負担することにしよう。出費の全部だからな!お前の妹は俺たちの家に住んでるんだから、彼女にも半分出させろよ。一ヵ月四万なんて雀の涙程度の金じゃ、タダで住んで飲み食いしてるのと同じじゃないか」 これは昨夜姉と義兄が喧嘩している時に、内海唯花が聞こえた義兄の放った言葉だった。 彼女は、姉の家から出ていかなければならなかった。 しかし、姉を安心させるためには結婚するのがただ一つの方法だった。 短期間で結婚しようとしても、男友達すらいない彼女は結城おばあさんの申し出に応えることにした。彼女がなんとなく助けたおばあさんが、なかなか結婚できない自分の孫の結城理仁と結婚してほしいと言ってきたのだった。 二十分後、内海唯花は役所の前で車を降りた。 「内海唯花さん」 車から降りるとすぐ、内海唯花は聞きなれた声が自分を呼ぶのが聞こえた。結城おばあさんだ。 「結城おばあさん」 内海唯花は速足で近づいていき、結城おばあさんのすぐ横に立っている背の高い冷たい雰囲気の男の姿が目に入った。おそらく彼が結婚相手である結城理仁なのだろう。 もっと近づき、内海唯花が結城理仁をよく見てみると、思わず驚いてしまった。 結城おばあさんが言うには孫の結城理仁は、もう三十歳なのに、彼女すら作らないから心配しているらしかった。 だから内海唯花は彼がとても不細工な人なのだと勝手に思い込んでいたのだ。 しかも、聞いたところによると、彼はある大企業の幹部役員で、高給取りらしいのだ。 この時初めて彼に会って、自分が誤解していたことに気づいた。 結城理仁は少し冷たい印象を人に与えたが、とてもハンサムだった。結城おばあさんのそばに立ち、浮かない顔をしていたが、それがかえってクールに見えて、人を近づけない雰囲気を醸し出していた。 目線を少しずらしてみると、近くに駐車してある黒い車はホンダの車で、決して何百万もするような高級車ではなかった。それが内海唯花に結城理仁との距離を近づけされてくれた。 彼女は同級生の友人と一緒に公立星城
「もう決めたことですから、後悔なんてしませんよ」 内海唯花も何日も悩んだうえで決断した。一度決めたからには決して後悔などしないのだ。 結城理仁は彼女のその言葉を聞くと、もう何も言わずに自分が用意してきた書類を出して役所の職員の前に置いた。 内海唯花も同じようにした。 こうして二人は迅速に結婚の手続きを終えた。それは十分にも満たない短い時間だった。 内海唯花が結婚の証明書類を受け取った後、結城理仁はズボンのポケットから準備していた鍵を取り出し唯花に手渡して言った。「俺の家はトキワ・フラワーガーデンにある。祖母から君は星城高校の前に書店を開いていると聞いた。俺の家は君の店からそんなに遠くない。バスで十分ほどで着くだろう」 「車の免許を持っているか?持っているなら車を買おう。頭金は俺が出すから、君は毎月ローンを返せばいい。車があれば通勤に便利だろうからな」 「俺は仕事が忙しい。毎日朝早く夜は遅い。出張に行くこともある。君は自分の事は自分でやってくれ、俺のことは気にしなくていい。必要な金は毎月十日の給料日に君に送金するよ」 「それから、面倒事を避けるために、今は結婚したことは誰にも言わないでくれ」 結城理仁は会社で下に命令するのが習慣になっているのだろう。内海唯花の返事を待たず一連の言葉を吐き捨てていった。 内海唯花は姉が自分のために義兄と喧嘩するのをこれ以上見たくないため喜んでスピード結婚を受け入れた。姉を安心させるために彼女は結婚して姉の家から引っ越す必要があったのだ。これからはルームメイトのような関係でこの男と一緒に過ごすだけでいいのだ。 結城理仁が自分から家の鍵を差し出したので、彼女も遠慮なくそれを受け取った。 「車の免許は持ってますけど、今は車を買う必要はないです。毎日電動バイクで通勤していますし、最近新しいバッテリーに交換したばかりです。乗らないともったいないでしょう」 「あの、結城さん、私たち出費の半分を私も負担する必要がありますか?」 姉夫婦とは情がある関係といえども、義兄は出費の半分を出すように要求してきた。いつも姉のほうが苦労していないのに得をしていると思っているのだろう。 子供の世話をし、買い物に行ってご飯を作り、掃除をするのにどれほど時間がかかるか知りもしないだろう。自分でやったことのない男
「おばあちゃん、頼りにしてるよ」 内海唯花は適当に答えた。 結城理仁は血の繋がった孫で、彼女はただの義理の孫娘だ。結城おばあさんがいくら良い人だといっても、夫婦間で喧嘩した時に結城家が彼女の味方になるだろうか。 内海唯花は絶対に信じなかった。 例えば彼女の姉の義父母を例に挙げればわかりやすい。 結婚前、姉の義父母は姉にとても親切で、彼らの娘も嫉妬してしまうほどだった。 しかし、結婚したとたん豹変したのだ。毎回姉夫婦間でいざこざがあった時、姉の義母は決まって姉を妻としての役目を果たしていないと責めていた。 つまり、自分の息子は永遠に内の者で、嫁は永遠に外の者なのだ。 「仕事に行くのでしょうから、おばあちゃんは邪魔しないことにするわね。今夜理仁くんにあなたを迎えに行かせるわ。一緒に晩ご飯を食べましょう」 「おばあちゃん、うちの店は夜遅くに閉店するの。たぶん夜ご飯を食べに行くのはちょっと都合が悪いわ。週末はどうかな?」 週末は学校が休みだ。本屋というのは学校があるからこそやっていけるもので、休みになると全く商売にならなくなる。店を開ける必要がなくなって彼女はようやく時間がとれるのだ。 「それもいいわね」 結城おばあさんは優しく言った。「じゃあ、週末にまたね。いってらっしゃい」 おばあさんは自分から電話を終わらせた。 内海唯花は今すぐ店に行くのではなく、先に親友の牧野明凛にメッセージを送った。彼女は高校生たちが下校する前に店に戻るつもりだった。 人生の一大イベントを終え、彼女は姉に一言伝えてから引越しなければならなかった。 十数分が経った。 内海唯花は姉の家に戻ってきた。 義兄はすでに仕事に行って家にはおらず、姉がベランダで服を干していた。妹が帰ってきたのを見て、心配して尋ねた。「唯花ちゃん、なんでもう帰ってきたの?今日お店開けないの?」 「ちょっと用事があるから後で行くの、陽ちゃんは起きてないの?」 佐々木陽は内海唯花の二歳になったばかりの甥っ子で、まさにやんちゃな年頃だった。 「まだよ、陽が起きてたらこんなに静かなわけないでしょう」 内海唯花は姉が洗濯物を干すのを一緒に手伝い、昨晩の話になった。 「唯花ちゃん、あの人はあなたを追い出したいわけじゃないのよ。彼ストレスが大きいみたい
「お姉ちゃんもさっき言ったでしょ、あれは彼の結婚前の財産であって、私は一円も出していないのよ。不動産権利書に私の名前を加えるなんて無理な話よ。もう言わないでね」 手続きをして、結城理仁が家の鍵を渡してくれたおかげで、彼女はすぐにでも引越しできるのだ。住む場所の問題が解決しただけでも有難い話だ。 彼女は絶対に結城理仁に自分の名前を権利書に加えてほしいなんて言うつもりはなかった。彼がもし自分からそうすると言ってきたら、彼女はそれを断るつもりもなかった。夫婦である以上、一生覚悟を決めて過ごすのだから。 佐々木唯月もああ言ったものの、妹が自分で努力するタイプでお金に貪欲な人ではないことをわかっていた。それでこの問題に関してはもう悩まなかった。一通り姉の尋問が終わった後、内海唯花はやっと姉の家から引っ越すことに成功した。 姉は彼女をトキワ・ガーデンまで送ろうとしたが、ちょうど甥っ子の佐々木陽が目を覚まし泣いて母親を探した。 「お姉ちゃん、早く陽ちゃんの面倒を見てやって。私の荷物はそんなに多くないから、一人でも大丈夫よ」 佐々木唯月は子供にご飯を食べさせたら、昼ご飯の用意もしなくてはいけなかった。夫が昼休みに帰ってきて食事の用意ができていなかったら、彼女に家で何もしていない、食事の用意すらまともにできないと怒るのだ。 だからこう言うしかなかった。「じゃあ、気をつけて行ってね。昼ご飯あなたの旦那さんも一緒に食べに来る?」 「お姉ちゃん、昼は店に戻らなくちゃいけないから遠慮しとくね。夫は仕事が忙しいの、午後は出張に行くって言ってたし、もうちょっと経ってからまたお姉ちゃんに紹介するわね」 内海唯花はそう嘘をついた。 彼女は結城理仁のことを全く知らなかったが、結城おばあさんは彼が忙しいと言っていた。毎日朝早く出て夜遅くに帰ってくる。時には出張に行かなければならず、半月近く帰ってこないそうだ。彼女は彼がいつ時間があるかわからなかった。だから姉に約束したくてもできないのだ。適当に言って信用を裏切るようなことはしたくなかった。 「今日結婚手続きをしたばかりなのに、出張に行くの?」 佐々木唯月は妹の旦那が妹に優しくないのではと思った。 「ただ手続きしただけ、結婚式もあげてないのよ。彼が出張に行くのは仕方ないことよ。なるだけお金を稼いだほうがい
結城理仁は何事もなかったかのように言った。「会議を続けよう」 彼に一番近いところに座っているのは従弟で、結城家の二番目の坊ちゃんである結城辰巳だった。 結城辰巳は近寄ってきて小声で尋ねた。「兄さん、ばあちゃんが話してる内容が聞こえちゃったんだけどさ、兄さん本当に唯花とかいう人と結婚したのか?」 結城理仁は鋭い視線を彼に向けた。 結城辰巳は鼻をこすり、姿勢を正して座り直した。これ以上は聞けないと判断したようだった。 しかし、兄に対してこの上なく同情した。 彼ら結城家は政略結婚で地位を固める必要は全くないのだが、それにしても兄とその嫁は身分が違いすぎるのだ。ただおばあさんが気に入っているので、内海唯花という女性と結婚させられたのだから、兄が甚だ可哀想だ。 結城辰巳は再び強い同情心を兄に送ってやった。 彼自身は長男でなくてよかった。もし長男に生まれていたらそのおばあさんの命の恩人と結婚させられていただろう。 内海唯花はこの事について何も知らなかった。彼女は新居がどこにあるのかはっきりした後、荷物を持って家に到着した。 玄関のドアを開けて家に入ると、部屋が非常に広いことに気づいた。彼女の姉の家よりも大きく、内装もとても豪華なものだった。 荷物を下ろして内海唯花は家の中を見て回った。これはこれからは彼女のものでもあるのだ。 リビングが二つに部屋が四つ、キッチンと浴室トイレが二つ、ベランダも二箇所あった。そのどれもがとても広々とした空間で、内海唯花はこの家は少なくとも200平方メートル以上あるだろうと見積もった。 ただ家具は少なかった。リビングに大きなソファとテーブル、それからワインセラー。四つある部屋のうち二つだけにベッドとクローゼットが置いてあり、残り二つの部屋には何もなかった。 マスタールームはベッドルームとウォーキングクローゼットルーム、書斎、ユニットバスがそれぞれあるのだが、非常に広かった。リビングと張るくらいの広さだ。 この部屋は結城理仁の部屋だろう。 内海唯花はもう一つのベッドが置いてある部屋を選んだ。ベランダがあり、日当たり良好でマスタールームのすぐ隣にある。部屋が別々であれば、お互いにプライベートな空間を保つことができるだろう。 結婚したとはいえ、内海唯花は結城理仁に対して本物の夫婦関係を求め
佐々木陽はお菓子を食べ終わった後、店で遊んでいた。持ってきたバッグの中に、彼が一番お気に入りのおもちゃが入っていた。おもちゃをあげると、佐々木陽はずっとそこに座って遊び続けていられる。牧野明凛も内海唯花に「陽ちゃんは結構大人しい子だね、おもちゃで遊ぶ様子から見ると分かるよ」と言った。「まだここに慣れてないからよ。慣れてくれば、屋根も取り壊せるくらいやんちゃな子だよ」内海唯花はよく姉に手伝って子供の面倒を見てあげたから、佐々木陽のやんちゃぶりをよく知っていた。言いながら、彼女は道具を取りだし、ビーズ細工を作ろうとして、夫の小言をこぼした。「せっかく神崎さんが私の作ったビーズを気に入ってくれたから、結城さんにあげようとした鶴を神崎さんにあげたの。あとでまた結城さんのを作ってあげたらいい話でしょ。夫婦で一緒に住んでいるから、いつでもあげられるじゃない?でも、結局それを知ったら彼、めっちゃ怒ったの。私は謝ったし、間違いを認めて、おまけにもう一つ多めに作ってあげるって約束したりして、ようやく機嫌を直してくれたのよ。今晩家に帰って、またあの氷のような冷たい顔に見られないように、今日のうちに約束したプレゼントを用意しとくわ」牧野明凛は彼女に言い聞かせた。「その鶴を結城さんにあげると先に約束した以上、もう彼のもので、同意も得ないで、神崎さんにあげたら怒って当然でしょ」「わかってるよ、私が悪いの。だから謝ったのよ。でも結城さんは昨日帰ってきた時からとにかく機嫌が悪そうだった。仕事で何か困ったことがあったんじゃないかな」結城理仁はこの話を聞いたら絶対呆れるだろう……彼女がプレゼントしてくれた服を着て出勤していたことに気づいてもらえなかったことに怒っていたのだ。「リンリンリン……」内海唯花の携帯が鳴りだした。ズボンのポケットから携帯を取り出し、着信表示から結城おばあさんからかかってきたのがわかり、電話に出た。「おばあちゃん」「唯花ちゃん、今忙しい?」「そんなに忙しくないよ。おばあちゃんどうしたの。用事があったら何でも言ってね。どんなに忙しくても手伝うから」結婚する前、内海唯花はよく結城おばあさんに会い、おしゃべりしていた。結婚してから、おばあさんはあまり来なくなった。結城理仁と二人で一緒にいる時間を作ってあげて、冷やかし
金城琉生が会社へ行くと、牧野明凛は心配した顔で尋ねた。「唯花、お姉さんはまた旦那さんと喧嘩したの?」内海唯花は甥の頭を撫でながら口を開いた。「義兄さんはまだ彼の実家にいて帰ってこないよ。それに、残った生活費を返せと姉に言ってきたわ。今家でご飯を食べていないし、その生活費を使うところがないからって」牧野明凛は「……そういう男とは早く離婚したほうがいいんじゃない」と呆れて言った。内海唯花はしばらく黙ってから言った。「姉は今の生活が落ち着かないと、これからのことを考える余裕がないかもね」牧野明凛もこれ以上は言えなかった。「そういえば、参加したパーティーはどうだった?それから大塚さんからの電話があった?」「今でも頭がまだちょっと痛いのよ」内海唯花は目をぱちぱちさせて、思わず笑い出した。「まさかパーティーで酔っ払って暴れたんじゃないでしょうね」社交界の方々はみんな教養とかを重んじているのだ。もし牧野明凛が本当に大塚夫人の誕生日パーティーで酒を飲んで暴れでもしたら、ほとんど玉の輿に乗る道を自ら断ったのと同然だ。「酔っ払ってないんだけど、ただお酒を多めに飲んで、酔ったふりしたり、そのまま床に横になって寝たふりをしたりしただけだよ。すると、おばさんが慌てて私をそこから引きずり出したの。もうこれから、こんなパーティーに私を連れて行くことはないと思うよ」彼女を玉の輿に乗らせるのを諦めてもらうため、牧野明凛も思い切り最終手段を行使したのだった。大塚夫人の誕生日パーティーには、東京で有数の名門の夫人達が参加していなくても、大金持ちの奥様ばかりが集まっていたはずだ。牧野明凛が酔ったふりをして床に寝転んでしまったのは、極めて恥ずかしいことだ。社交界ではそういう噂は口伝えですぐ広まってしまう。身分のある奥様達はもちろん牧野明凛のことを恥知らずな小娘だと思い込んだだろう。そうすると、牧野のおばさんたちが明凛に玉の輿の道に行かせたくても通用しない。牧野家は昔から東京に住んでいた。昔、国の土地計画で、家の所有地の権利を国に譲り、大金をもらったことで生活が豊かになったのだ。それから牧野明凛の両親が上手くビジネスを行ったことで、その資産は以前より何倍にもなったというわけだ。しかし、名家の名士たちから見ると、牧野家はただ国が行った土地計画から巨
内海唯花は甥っ子を抱いて、金城琉生と一緒に店に入った。「どうして陽ちゃんを連れてきたの?陽ちゃん、こっち来て、明凛おばちゃんが抱っこしてあげる」牧野明凛は椅子から立ち上がると、内海唯花の腕の中から佐々木陽を抱き上げた。彼を抱きながら座るとまた聞いた。「陽ちゃん、お菓子食べる?」佐々木陽は内海唯花のほうへ視線を向けた。「一個だけ食べさせてあげよう、あまり食べ過ぎると、昼ご飯が食べられなくなるよ」唯花は金城琉生からカバンを受け取り、レジの下に置いておいた。「お姉ちゃんはもう決めたの。今日から仕事を探し始めるから、私が代わって暫く陽ちゃんの面倒を見るわ。お姉ちゃんは昼になったらこっちに来るよ」牧野明凛はお菓子を一つ取って佐々木陽にあげた。佐々木陽はそれをすぐには手に取らなかった。そして、自分の小さい手を開いて見せた。「きたないよ」お菓子をいったん置いて、牧野明凛は彼を抱いて奥にあるキッチンで手を洗ってきた。彼女は佐々木唯月は本当に佐々木陽をよく育てていると思っていた。よく子供はやんちゃだと言われているが、これは子供が生まれ持った本性だ。もし子供が一日中木のように動かず、ずっと静かに座っていたら、親はまた子供の知能を心配し始める。子供自身も困っていると思う。動いたらやんちゃだと、大人しくすると知能に問題があるじゃないかと言われるなんて、理不尽だろう!キッチンを出て、牧野明凛はまたそのお菓子を佐々木陽に渡した。彼は大人しく受け取った後、礼儀正しく「ありがとう、あかりおばちゃん」と言った。「いい子だね」佐々木陽を見るたびに、牧野明凛は結婚して子供を産みたいと思うのだった。「唯月さん、ようやく第一歩を踏み出したね。琉生に聞いてみたんだけど、彼は今はまだ会社では経験を積んでいる段階だから、財務部に人を雇わせるような力はないって。おばさんの旦那さんにもお願いしたけど、今人手は足りているから、募集する予定がないの」こう話している牧野明凛はちょっと気まずくなった。佐々木唯月の力になれないからだ。金城琉生も申し訳ないような顔をしている。彼は確かに後継者として認められているが、まだまだ若くて、今経験を積んでいる途中なので、すぐには金城グループをまとめることはできない。会社の重要な部署に誰かを雇わせる権力などまだないのだ。
内海唯花が甥を連れて店に着いたところ、店の前に見慣れた車が止まっていた。それは金城琉生のだった。金城琉生はまた牧野明凛のために食べ物を持って来ていた。今回は朝食だけでなく、家のシェフにお菓子を作らせて、作りすぎて家族だけで食べ切れないという言い訳をして、従姉に持ってきたのだ。牧野明凛はあまり深く考えなかった。彼女も内海唯花もおいしい食べ物が大好きだったし、おばさんのところには毎日新鮮なお菓子がたくさんあることも知っていたからだ。従弟が持ってきてくれたものだから、何も気にせず、お菓子を何個も食べてしまった。牧野明凛がお菓子を全部食べてしまうのではないかと心配になった金城琉生は、内海唯花が店に来ていない間、ずっと外をチラチラと見ながら、従姉に尋ねた。「明凛姉さん、唯花さんは今日店に来ないの?」「来るよ、ちょっと遅れるけど」牧野明凛はあまり気にしていなかった。牧野明凛の家は店に近いので、朝はいつも彼女が店を開けて、朝の仕事を任されている。内海唯花は夜の当番だ。「独身の女性と結婚した女性とは違うと思うよ。唯花は以前、お姉さんの家に住んでいた時、お姉さんの旦那さんに不満があるんじゃないかって心配して、いつも家事を手伝ったり、買い物をしたり、朝食を作ったりしてた。だけど、彼女は結婚した今も相変わらず、毎日忙しいのよ」そう言って、牧野明凛は従弟をチラッと見ながら笑った。「お菓子が全部食べられてしまいそうだっていう心配ならしないで。こんなにたくさん持ってきたから、私がどれだけ食いしん坊だと言っても、さすがに一気に全部食べられないよ。唯花の分は絶対残るから」従姉に見透かされて、金城琉生は少し顔が赤くなって、恥ずかしそうに言った。「唯花さんも甘い物が好きだよね。うちのシェフがわざわざカフェ・ルナカルドへ行って、こっそり見習って、帰ってから試作品を作ってくれたんだ。食べてみたら、確かに前に作ったものよりおいしくなったと思った」「カフェ・ルナカルドのお菓子、確かに美味しいよね」牧野明凛は以前そこでお見合いをしたことがある。縁談はうまくいかなかったが、お菓子がおいしかったから、食べ物に対して大変満足していた。その時、車のエンジンの音を聞いた牧野明凛は金城琉生に言った。「誰が来たか、見てきてくれない?」金城琉生がうんと返事して店を出る
佐々木唯月はもう家の前で妹を待っていた。彼女は息子を抱きながら、両手の片方にはバッグを、もう片方にはリュックをぶら下げていた。遠くを見ていたせいか、車が走ってくることには気づかなかった。というより、走ってきた四輪車には注意を向けていなかった。妹の内海唯花はいつも電動バイクに乗っているからだ。内海唯花は車を姉の横に止め、車の窓を開けて彼女を呼んだ。「お姉ちゃん」内海唯月はきょとんとしていたが、すぐに笑顔を見せた。「電動バイクで来ると思っていたの」義弟が無理やり妹に新しい車を買ってくれたことは知っていたが、内海唯花は滅多にそれを使わなかった。この車でここへ来るのは初めてだった。内海唯花は車を降り、姉の手からバッグを取ると、後部座席のドアを開け、それを車の中に置いた。「お姉ちゃん、必要なもの全部準備したの。粉ミルクと哺乳瓶がないと大変だから」「全部入れたよ」佐々木唯月は息子を妹に渡した。妹が息子をしっかり抱いた後、名残惜しそうに息子の頬にキスをして、念を押した。「陽ちゃん、ちゃんとおばちゃんの言うことを聞くのよ。お母さんはすぐに帰ってくるからね」佐々木陽は元々内海唯花と仲がいいから、叔母に抱かれても泣いたり騒いだりしなかった。大人しく小さな手を振って母親にバイバイをした。唯月は少し悲しくなった。息子はまだ2歳で、幼すぎる。息子が幼稚園に入ってから職場復帰しようと唯月は思っていたが、現実は残酷なもので、今は一刻も早く仕事を探さなければならない状態に追い詰められているのだ。「お姉ちゃん、義兄さんはまだ帰ってこないの?」夫婦喧嘩してからもう数日が経っていた。佐々木唯月は少し暗い顔で答えた。「帰ってないよ、しかも、生活費を返せというメールなら送ってきたのよ。最近家で食事をしていないから、前に送った生活費を返すようにって」佐々木俊介が今やっている一つ一つのことが鋭いナイフのように、佐々木唯月の心をズタズタにしている。彼女をとても苦しめていた。彼女はどれだけ見る目がなくて、あんな男を愛し、妻となり、子供まで産んであげたのだろうか。3年もしないうちに、彼に愛想を尽かされ、暴力も振るわれた。「お姉ちゃん、それを返したの?」佐々木唯月はしばらく黙っていたが、頷いた。「返したわ。しっかり割り勘を通したつもりで、彼から
内海唯花はそのお金を突き返した。「結婚してから、あなたがこういうお肉を食べないことを知らなかったの。今度作る時には入れないわよ。でもお金はしまってちょうだい。そのよくお金で解決しようとする癖は本当によくないよ。ビルでも建築できるほどの大金持ちだとでも思ってるの?」もし出来るなら、数えきれないほどの何千万円の現金をパッと出してみてくださいよ。「さっき作ってる途中で言ってくれればよかったのに。鼻の下にちゃんと口があるんだから、言いたいことを言ってくれないと……」そう言っている途中で、お金の束が持っていた空のどんぶりに入れられた。内海唯花のこぼす愚痴は、そこでピタリと止まった。結城理仁はお金を押し付けると、これ以上返す機会も与えず、すっと去っていった。中に入れられたお金をみてから、逃げるように去って行った男の姿を確認してみると、もう玄関のドアを開けて、外に出てしまっていた。「結城さん、私は町で放浪してる物乞いじゃないのよ」返事してくれたのはバタンッとドアが閉まる音だった。ドアを閉めると、結城理仁自身も思わず笑ってしまった。内海唯花はどんぶりの中のお金を取り上げて、ぶつぶつと言った。「お金があるから偉いとでも思ってるの。あなた自ら私にくれたよ、私がゆすったんじゃないからね。お金で口止めするなんて、何回も成功できると思わないでよ」そのお金を少し確認してみると、四万円くらいだった。「なんだ。たったの四万円。できればお金を詰めた袋を丸ごと私へ投げてちょうだいよ」内海唯花はまた小言をこぼした。結城理仁がお金を押し付けてくるその態度が、かなり侮辱的だと感じていた。しかし、もし彼がこの方法で彼女の口を止めるのが気に入ったのなら、内海唯花は喜んでそうさせようと思っていた。お金をポケットに入れ、キッチンで食器を洗い、少し片づけた後、作っておいた料理を分けて昼ご飯として店で食べることにした。準備を終えて、内海唯花も仕事に行った。家を出たとたん、佐々木唯月から電話がかかってきた。「もしもし、お姉ちゃん」唯月からの電話なら、彼女はいつもすぐに出る。姉に何かあったのではないかと心配しているからだ。「唯花、もう仕事に行ったの?」「家を出たばかりだよ、どうかした?」「さっき陽に、もうご飯を食べさせてあげたから、今か
これはこれは、ますます面白くなってきた。今の内海唯花はまだ知らない。このわずかな数分の間に、彼女の夫がまた一つの面倒事を解決してくれたことを。できたての肉うどんを、用意した二つのどんぶりに入れて、それから自分のうどんに少々七味を入れた。もちろん、注意して入れすぎないようにした。あまり辛くすると、食べられなくなるのだ。彼女自身は辛さに少々弱いからだ。「結城さん、うどんが出来たよ」内海唯花は自分の分を持ちながらキッチンを出て、ベランダにいた結城理仁を呼んだ。返事はしないが、彼はそれを聞いてちゃんと部屋へ入ってきた。テーブルに自分のうどんがまだ出てきていないのを見て、自らキッチンに行って、自分の分を取ってきた。「七味か柚子胡椒がいるなら自分で入れてね。お姉ちゃんがくれたのよ、辛いのが好きだから」同じ母がお腹を痛めて産んだ子供なのに、姉妹二人の食べ物の好みはあまり似ていない。内海唯花は麺類を食べる時だけ少し七味を入れるが、それ以外は辛い物を食べないのだ。一方、唯月のほうは、辛くないと物足りなく感じる。お粥を食べても自家製の唐辛子ソースを入れるほどだ。家のベランダには大きな植木鉢がいくつも置かれていたが、そこには花ではなく、何種類かの唐辛子やハーブが植えられている。「七味も柚子胡椒もあまり好きじゃない」内海唯花は結城理仁を見つめながら笑った。「辛いのが苦手なの?じゃあ、今度作る料理に全部唐辛子を入れてみようかな、食べる勇気ある?」結城理仁「……」うっかりして、彼は自分の小さな弱点を口にしてしまった。顔を強張らせて黙々とうどんを食べていた結城理仁を見ると、内海唯花はつまらなくなった。この人と一緒にご飯を食べるとお喋りもできず、よく時間を無駄にするのだ。彼女は携帯を取り出し、朝ごはんを食べながらニュースを見た。こうすると朝食を食べるスピードが速くなる。あっという間にスープまで胃袋の中におさまった。携帯をしまい、自分の食器を持ってキッチンへ行こうとした時、向かいに座っていた結城理仁のどんぶりにはうどんとスープはなくなったが、肉、ネギ、白菜など全部残っていた。普段仕事が忙しい彼のことを考え、すぐお腹が空いてしまうのではないかと心配して、肉を多めに入れてあげたのに。まさか、全然食べないなんて!ネギと白菜も!
それから夫婦一緒に下へおりていき、結城理仁はジョギングに、内海唯花は電動バイクで市場へ買い物に行った。内海唯花がバイクに乗った時、結城理仁は彼女に注意した。「食材を多めに買っといて、店に持って行くといい。昼は自分で料理作ってよ、デリバリーなんか注文しないでさ」「わかったわ」「またデリバリーでも頼むとわかれば、毎日スカイロイヤルホテルに頼んでそっちに送るぞ」内海唯花は彼のほうを向き睨みつけた。「分からず屋!」結城理仁は思わず暗い顔をした。近くで通りすがったふりをしていたボディーガードがその言葉を聞いて、思わず笑い出した。その分からず屋にこれ以上話したくなくて、内海唯花は電動バイクに乗って走り出した。「聞き分けのない小娘!」彼女が遠ざかるのを見て、結城理仁は呆れたようにそう言った。内海唯花は市場で新鮮な野菜と日持ちのいい果物をたくさん買ってきて、冷蔵庫にぎっしりと詰めた。ジャガイモやかぼちゃ、苦瓜、玉ねぎなどが袋に入れ、袋を開けたままに床に置いていた。ジョギングしてから着替えをすませた結城理仁はその成果を見て、絶句した。しかし、彼は何も言わなかった。一方、内海唯花はうどんを作る準備をしていた。買ってきた牛肉を取り出し、それから二本のネギと白菜も洗った。食材の準備が出来てから鍋も取り出して洗い始めた。結城理仁はキッチンの入り口からチラッと覗き、ベランダに出て、そこのハンモックチェアに座った。ベランダに植えた元気いっぱいの植物たちを見ながら、ブランコをぶらぶらすると、確かに居心地がいいものだ。どうりで彼女は毎日暫くここに座っているわけだ。「プルルル……」結城理仁の携帯が鳴り出した。それは九条悟からの電話だった。キッチンにいる妻に聞こえないように、声を小さくして電話に出た。「理仁、奥さんのクズ親戚たちがどっかのテレビ局に頼んで、奥さんとの仲を取り持ちに行くと聞いたぞ」社長夫人に関する問題は大体九条悟が直接対処しているので、何か動きがあったら、彼が真っ先に知らせてくる。結城理仁は冷たい目で声を低くした。「まだそいつらを奈落の底まで叩き落してないのか」「まだだよ。一気にやっつけるのは簡単だが、それじゃあ生温いだろ。ゆっくり泳がせておいて、今持っているものを少しずつ失わせて、絶望させたほうが復讐
彼がもし男が好きだったら、九条悟は絶対真っ先に辞職し、彼から遠く離れるだろう。彼のアソコに障害がある?今のところはそのことにあまり興味がないから、彼女をそういう目で見ていないだけだ。もし本当に興味を持って本当の夫婦になった時、覚えていろよ!やがて、結城理仁は腰を上げて、自分の部屋に戻って行き、勢いよく扉を閉めた。ドンと大きい音がしたのは、彼が今どれほどイライラしているかを示していた。内海唯花は彼がドアを閉めてからようやく体を起こした。その紙を手に取って丸め、ゴミ箱に捨てて、小声で呟いた。「よく考えてよかった。そうじゃなきゃ、彼に負けるに決まってる」今回のことで、相手の情報を完全に把握していない時には気安く賭けなんかしない方がいい、絶対負けるからと思うようになった。自分が先に賭けを申し出て、また後悔し、前言撤回したことについて、内海唯花は全く気にしていなかった。まだ契約書にサインしていないので、後悔しても問題はない。内海唯花は鼻歌を歌いながらリビングの電気を消し、機嫌よさそうに自分の部屋に戻った。大きいベッドで携帯を暫くいじってから、シャワーを浴びて寝た。翌日、起きてからいつもの癖で厚いカーテンを開け、窓を開けると、冷たい空気が一気に入ってきた。内海唯花は体を縮めて、急いでまた窓を閉めた。空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降りそうだ。先ほどの冷たい空気が、彼女にこれから気温が下がり始めることを教えてくれた。東京とA市は大体同じ地域にあり、気候は似たようなものだ。秋が深り初冬の頃、朝と晩は常に肌寒さを感じるが、お日様が顔を少しだけ出したら温度がだんだん高くなっていき、寒さは全く感じられなくなる。気温が下がって雨も降ってくると、薄手のコートが必要だとようやく気づくのだ。一伸びしてから、内海唯花は顔を洗い、歯を磨いて着替えて部屋を出た。それからキッチンに入って結城理仁にうどんを作ってあげようとした。今日うどんが食べたいと彼が言っていたから。冷蔵庫を開けると、食材がほどんどなく、卵がいくつしか残っていないことに気付いた。彼女がよくうどんに入れるネギは、昨晩全部食べてしまった。そこで、市場へ野菜を買いに行くことにした。内海唯花がキッチンを出ると、ちょうど結城理仁が部屋から出て来た。彼は青い運動着を着て、スニー