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水守恵蓮
水守恵蓮
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Novel-novel oleh 水守恵蓮

策士な御曹司は真摯に愛を乞う

策士な御曹司は真摯に愛を乞う

事故に遭い記憶を失ってしまった 役員秘書・美雨 親会社の若き副社長・夏芽が 毎日見舞いに来てくれた 雲の上の御曹司 憧れの人 いつも遠くから眺めていただけ 手が届いてはいけない人 ――のはずなのに 「君を一人にしておけない」 退院後、問答無用で同居開始 当然の抗議も、強引なキスで封じ込み!? あまりに横暴で反発心が湧く だけど時折切なげに瞳を揺らす彼に なにも言えない 何故なのか教えてほしいのに 「俺は、嘘しかつけない」 あなたを傷つけてるのは私? 私はなにを忘れてしまったの?
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Chapter: 幸せのリスタート 5
私は、彼の広い背中を追いかけた。その後――。夏芽さんは一ヵ月ほどうちの会社で執務を続け、三月の年度末をもって本来のオフィスに戻っていった。それに伴い、私も役員秘書業務復帰を果たした。私の記憶は、夏芽さんとのことを除くと、全面的に取り戻せたのか、判断も難しい。でも、自分なりに感覚は戻ったと思うから、復帰できてとても嬉しかった。新年度が始まり、夏芽さんとオフィスで過ごす時間はなくなった。でも、以前と同じように、私が作ったお弁当を一緒に食べながら、ランチタイムを過ごすことはできる。そして、家では、もっと甘い時間を……。週末を迎える金曜日の夜。先にベッドに入った私の肩を、夏芽さんが軽く揺さぶった。「みーう。寝たふり。バレてるけど」くくっとくぐもった笑い声が降ってくる。と、次の瞬間、強引に身体を上に向けられ、唇に熱いキスが落とされた。「んっ……! 夏芽さんっ……」条件反射でバチッと目を開けると、瞳いっぱいに反則なほど綺麗な顔が映り込む。夏芽さんが、薄く半分開けた目で、私の反応を一から十まで観察している。そんな彼に、ドクッと心臓が沸く音がした。「ん、ふうっ……あっ……」彼曰く、『無自覚に煽る声』が、私の耳をも犯す。でも、私に言わせれば、こういう甘いキスをいけしゃあしゃあと仕掛けてくる夏芽さんのせいだ。執拗に絡められる舌。キスだけなのに身体の芯が熱くなり、火照る。解放されても、とろんと潤んだ目で、離れていく唇を追いかけてしまう。夏芽さんは、少しルーズなシャツの襟をたわませているから、私の視界には彼の引きしまった胸がチラチラ覗く。「なつ、めさ……」「美雨。改めて……これ、そろそろ受け取ってくれる?」彼は、胸の小さなポケットから、指先でなにか摘まみ上げた。私の左手を取って、それを薬指に滑らせる。「え? あ……」そこにずっしりと感じる、上品な重み。私は左手を顔の上に掲げ、そこに戻ってきたエンゲージリングを見て、ドキッと胸を弾ませた。「俺と、結婚してください」ストレートなプロポーズに、またしても跳ね上がる鼓動。「ちょ、ちょっと待って」私はベッドに肘をつき、中途半端に上体を起こした。「でも、あの……多香子さんは?」私を腕の中に囲む彼を、上目遣いで探る。夏芽さんが、ふっと目尻を下げて微笑んだ。「新しい縁談が、順調に進んでるらしいよ?」「……えっ!?」私はギョッと目を剥いて、何度も瞬きを
Terakhir Diperbarui: 2025-04-04
Chapter: 幸せのリスタート 4
翌朝、私は夏芽さんが目を覚ます前にベッドを抜け出した。自室として借りている客間に降り、退院した時着ていたニットとスカートを手に取る。三月……。真冬の服は、ちょっと重苦しい季節を迎えようとしているけど、早朝であればそうおかしくもない。手早く身に着け、簡単に身支度をする。紙袋に荷物を纏めると、私は夏芽さんの家を出た。早春の早朝、空気はひんやりと冷たい。昨日思い出した記憶で飽和状態の思考回路には、いい刺激になる。あれですべての記憶を取り戻したわけじゃないだろうけど、私の心は十分混乱していた。夏芽さんの愛情も熱情も本物だとわかるからこそ、一度、彼と離れるべきだと考えた。彼といると、まともに考えることができなくなるほど、愛されてしまう。焼き切れそうな思考回路を、一度しっかり冷却して、彼に向き合いたい。だから今は、これ以上、夏芽さんと一緒に暮らしていてはいけない。会社の行き帰りも、送迎してもらってはいけない。仕事も、少しずつでいい、これまでの役員秘書業務に戻してもらえるよう、室長に話してみようと思っていた。夏芽さんもリモートワークをやめて、本来のオフィスに戻ってもらわねば。そう。一度、全部もとに戻そう。まだ取り戻せていない記憶を、のんびりゆっくり自分の中に探す、そんな時間が私には必要だ。始発から間もない駅は人も疎ら。私が一人暮らしをしている街までは、ここから電車で三十分ほどかかる。並びに誰もいない座席に座り、手すりに凭れかかってウトウトしていたら、いつの間にか最寄り駅に運ばれていた。駅からは、徒歩十分。この三週間ほど、夏芽さんのゴージャスなタワーマンションで視覚が麻痺したせいか、私には相応しい小ぢんまりしたワンルームマンションが、なんとも貧相に映る。それでも、気を取り直す。贅沢に慣れてしまった自分を、戒める。まずはここで、本来の生活を取り戻さないことには、なにも始まらない。マンションのエントランスに進もうとして、無意識にバッグに手を突っ込んだ。バッグの中、いつも家の鍵を入れているポケットを手探りして……。「……あ、あれ?」キーリングをつけた鍵が、見つからない。「え? え?」私は通りに立ち尽くしたまま、バッグを顔の高さに持ち上げた。ほとんど顔を突っ込む勢いで、中を覗き込む。だけど、鍵は見当たらない。「ない。……どこ?」最後に手にしたのがいつか、私の頭に記憶はない。入院中も退院し
Terakhir Diperbarui: 2025-04-04
Chapter: 幸せのリスタート 3
重い目蓋を持ち上げると、視界に映ったのは見慣れた天井だった。身体が心地よく沈み込む、夏芽さんのダブルベッド。ぼんやりした意識下でわかるほど、身体に馴染んでしまった。「う……」無意識に、唇から小さな呻き声が漏れる。すると、すぐ傍らで、ハッとしたような気配がした。「美雨っ!」天井から降り注ぐ、眩しい灯りを遮る大きな身体。私に落ちてくる影。「あ……」一瞬、既視感が走った。だけど、潜在意識が働いて見せる、真っ暗な記憶ではない。記憶を失った私が、病院で初めて目覚めた時と同じ――。あの時も、夏芽さんはそばに付き添って、私の覚醒を待ってくれていた。「なつ、めさん……」ぼんやりしながら、自分でも確かめるように、彼の名前を口にする。夏芽さんは声を詰まらせて、身を乗り出してくる。そして、「美雨……」絞り出すような声を漏らして、私をぎゅうっと抱きしめた。彼の重みに、胸がきゅんと疼く。私は、広い背中に腕を回しながら、たった今まで見ていた夢――いや、記憶を心に深く繋ぎ留めた。「ごめんなさい、夏芽さん……」まだ覚束ない意識の中で、私は彼に謝罪をした。私を抱く彼の腕が、ビクッと震える。「どうして。どうして、君が謝る」か細い声で、聞き返された。「私が……身の程知らずに、夏芽さんとの恋に有頂天になったりしたから」「っ……」「お弁当の卵焼き。つまみ食いされて。『美味しい』って言われて浮かれて、『夏芽さんの分も作って来ましょうか?』なんて恋人気取り……」独り言みたいに呟きながら、私の脳裏にはその時の光景が浮かび上がっていた。夏芽さんと出会って、二ヵ月ほどの頃だ。私は彼にぶつけられる想いに戸惑いながらも、ゆっくり心を通わせるようになっていた。『絆される』なんてとんでもない。『恋人にはなれないままだった』なんて、絶対違う。私は、自分は夏芽さんには相応しくないと思いながらも、彼に愛される悦びに溺れていた。ちゃんとちゃんと『恋人』として、夏芽さんと一緒に過ごしていた。でも――。「私は、多香子さんを傷つけてたんですね……」私の首筋に顔を埋めた夏芽さんが、耳元でハッと息をのんだ。「あの時……多香子さんの存在すら知らずに、困惑するだけだった私に、彼女の方が傷ついた顔をしました」何故だろう。今まで全然思い出せなかったのに、今、目を閉じただけであの時の多香子さんが網膜に浮かび上がる。「それは……美雨のせいじゃない。許嫁
Terakhir Diperbarui: 2025-04-04
Chapter: 幸せのリスタート 2
どんよりと濁った意識の中――。夏芽さんの声が、耳をくすぐった。『俺の家のことなら、ちょっと揉めるかもしれないけど、心配いらない』その声に、私はぼんやりと目線を上げる。上半身裸で、私を腕に囲い込んだ体勢で、彼が目元を綻ばせてはにかんだ。『でも……鏑木さん』『大人しく、はいって言って。それとも、俺が君をどれほど愛してるか、もっと激しく刻まれたいの?』『! ……はい』『よろしい。……でも、まだ離さないけどね』じんわりとした幸福感に走る、邪魔なノイズ。砂嵐が、ビジョンを遮る。『夏芽さん。今夜は、報告があるんです』続くのは、私のやや緊張した声だった。『その……実はですね。私、妊娠、したみたいで……』恥ずかしそうに、目を泳がせて『報告』する私。私の前にいるはずの、夏芽さんの表情は映り込まない。『困ります……か? それなら、堕ろした方が……』返事をしてくれないから、不安になってそう続ける。それを聞いて、やっと彼が反応を示してくれた。『ごめん! 突然で、実感湧かなくて』慌てたような返事をしながら、ぎゅうっと抱きしめてくれる。『堕ろすなんて、とんでもない。美雨、愛してる。君が俺の子を産んでくれるなんて、夢みたいだ』夢みたい――。初めてこういう関係に陥った時、彼が私を抱きながら口走った言葉が、脳裏を過ぎる。『結婚しよう、美雨』『は、い……』堪らない幸福感に身を委ね、私は彼の腕に両手をかけて、一言、それだけを返した。再び走る、耳障りなノイズ。そして、暗転――。場面は、切り替わっていた。『婚約者がいるのに、私に結婚しようなんて、どうして言えたんですか!?』一転して、不穏な空気。夏芽さんが切羽詰まった顔で、なにか言葉を挟もうとするのを、私は両手で耳を押さえて拒む。『酷い、大っ嫌い! もう私に近付かないで』私を宥めようと伸びてくる手を払い除けて叫び、なにかを投げつけて踵を返した。『美雨っ……!!』夏芽さんが、弾かれたように床を蹴って走り出す。私は、それを振り切るように駆けて行って――。『あっ……!』エスカレーターを駆け下りる途中で、足を滑らせた。『美雨っ!!』とっさに差し伸ばされた手に縋ろうと、腕を伸ばした。でも、届かない。どんどん遠退いていく。耳に聞こえるのは、ガンガンガンというけたたましい衝撃音。縋る物を見つけられないまま、身体が転がり落ちる。凍りついた顔をした夏芽さんが、小さくなってい
Terakhir Diperbarui: 2025-04-04
Chapter: 幸せのリスタート 1
病院の正門を出た時、空は夕刻を迎えてオレンジに染まっていた。完全にショートした思考回路が、まだ働き出してくれない。私はぼんやりと足を踏み出した。力を入れたはずの足に、驚くほど神経が通っていない。ふわふわと浮いているみたいで、感覚が覚束ない。それでも、前に進んでいるから、私はちゃんと歩けていたんだろう。そこに、「美雨!」低く鋭い声が、意識に割って入った。私はそれに反応して、緩慢に顔を上げた。「美雨」もう一度、私を呼ぶ声。視界に、こちらに向かって走ってくる夏芽さんが映った。その姿を捉えた途端、なにか熱いものが胸に込み上げてきた。「っ……」せり上がる嗚咽を抑え切れず、私はその場にしゃがみ込んでいた。「美雨……?」夏芽さんの困惑した声が、近付いてくる。「どこか調子悪いか? 病院に行くために早退したって聞いて、驚いて……」そう、彼は室長から私の早退を聞いて、飛んできてくれたのだろう。まだ日の入りを迎えていない空。業務時間中だ。私を支えて立ち上がらせてくれる彼に、私は弾かれたように抱きついた。「っ……美雨?」虚を衝かれた様子で、彼の身体が一瞬強張る。「夏芽さ……私。私……」彼の胸に顔を埋めて、なにを言っているかわからないまま、泣きじゃくった。「どうした? 美雨。ここじゃ人目につくから、早く車に……」肩に置かれた手に力がこもるのを感じながら、私は激しくかぶりを振った。「責任……ですか?」掠れた声で、必死に短い質問を紡ぐ。「え?」「愛してるなんて、嘘。プロポーズを考えてくれたのは……妊娠の責任……?」「……!」くぐもった声でも、ちゃんと彼に届いたのは、頭上で息をのむ気配でわかった。その反応が、私の胸を鋭く貫く。「酷……い。酷い、夏芽さ……」いつかのように、彼を詰った。でも、身体に回る腕を解き、突き放す力はなく、私はがっくりとうなだれた。そして。「……美雨? 美雨っ!」切羽詰まったような声が、何度も私を呼ぶのを聞きながら、意識を失った。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-04
Chapter: 乗り越えるべき試練 9
多香子さんが帰った後、私は居ても立っても居られず、秘書室長に早退を申し出た。もちろん、病院に行くためだ。いくら彼女に言われたからって、体調が悪いわけでもないし、特段急ぐ受診でもない。また二週間後に次の予約を入れているから、その時でも構わない。でも、落ち着かなかった。こんな気持ちでは、仕事に集中できないし、なにより夏芽さんの前で平静を装うことができない。室長から許可を得て、私は夏芽さんが戻ってくる前にオフィスを出た。うちのオフィスビルから、総合病院までは電車で三駅。平日の午後とは言え、わりと混雑している電車で、私はドア横の狭いスペースに背を預けた。車窓を飛ぶように流れていく景色を、ぼんやりと視界に映す。なにも考えられないほど、思考回路は凍りついているのに、心臓だけが速いペースで打ち鳴っていた。電車を降りて改札を抜けると、ついこの間の土曜日に歩いた道を、病院に向かってやや小走りした。病院に着くと、受診を終えて出てくる人に逆行して、外来棟に入った。午後の外来には、中途半端な時間だ。これから受付をする患者さんは少なく、自動受付機付近は閑散としている。私は受診手続きをして、案内表示を頼りに、足を踏み入れたことのない、産婦人科外来の待合ロビーに進んだ。診察の順番を待つ女性たちが、長いベンチ椅子を埋め尽くしている。私は初診だし、予約もしていない。だから、相当待つことになると覚悟した。だけど、他科とは言え、ついこの間まで入院患者だったせいか、ほんの一時間ほどで私の順番が回ってきた。「こんにちは、黒沢美雨さん。調子はどうですか?」狭い診察室に入ると、白衣を着たわりと若い女医さんが電子カルテから目を外し、椅子を回転させて私に向き合った。「え? あ、あの……」自分でも、受診の目的をなんと言えばいいかわからずにいたから、『調子』を問われて口ごもった。「生理、来ましたか?」そう問われて、ますます戸惑う。「え、えと……?」なんだか、『初診患者』に対する質問じゃない気がする。産婦人科といったら、初診患者は妊娠を疑っているか、旅行を控えて生理周期をずらす薬を処方してもらうか……私にはそのくらいしか考えつかないけど、そのどちらにも、質問がそぐわない気がする。「入院中は、脳外科病棟にお任せしてましたが、情報は共有してもらっています。腹痛もなかったようだし、不正出血の報告もなし。腹部エコーやCT画像か
Terakhir Diperbarui: 2025-04-04
新妻はエリート外科医に愛されまくり

新妻はエリート外科医に愛されまくり

各務颯斗(34)心臓外科医 × 仁科改め各務葉月(30)元医局秘書 エリート心臓外科医に愛されまくり 夢のような新婚生活のスタート 夫婦になった二人が望むのは可愛いベビー ところが葉月は 妊娠しにくい可能性を指摘され……? *+:。.。:+**+:。.。:+**+:。.。:+**+:。.。 『エリート外科医の一途な求愛』 新婚続編 今作だけでお楽しみいただけます *+:。.。:+**+:。.。:+**+:。.。:+**+:。.。
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Chapter: 二人で紡ぐ幸せな未来 7
誕生日パーティーが始まって、三十分ほど経った時。「遅くなって、ごめん!」颯斗が、額に汗を滲ませて走ってきた。いち早く気付いたメリッサちゃんが、「Hayato dad!」嬉しそうに声を弾ませて、彼の方に駆けていく。「Wow! Sorry for being late, Melissa. Happy Birthday」飛びつかれた彼が、笑顔でお祝いを告げる。メリッサちゃんをひょいと抱き上げ、くるくると回旋する。彼女が、きゃっきゃっとはしゃぎ声をあげた。地面に下ろされると嬉しそうに戻ってきて、レイさんの膝の上に乗っかった。「Daddy. Hayato dad is always kind」ちょっと不満げに告げられ、レイさんが「はは」と苦笑した。「僕はもう若くないんでねえ。してやりたい気持ちはあっても、抱っこしてグルグルはとても……」「なに言ってんのよ。ハヤトと同い年でしょ」すぐさまメグさんに突っ込まれ、ひくっと頬を引き攣らせる。そんな二人を前に、私と颯斗は顔を見合わせ、クスッと笑った。「お疲れ様、颯斗」隣に座った彼のグラスに、シャンパンを傾ける。「サンキュ、葉月。……君も」颯斗は私のグラスが空になっているのを見留めて、私からボトルを受け取ろうとした。私は、「あ」と手で制する。「ありがとう、颯斗。でも、私はこっち」そう言って、レモンを浮かべたミネラルウォーターの瓶を手に取った。「……え?」颯斗が、きょとんとしている。彼を横目に、メグさんとレイさんがふふっと目を細めた。「おめでとう、ハヅキ、ハヤト!」「え? ……え?」いきなり二人から祝福され、颯斗は忙しなく瞬きを繰り返した。答えを求めるように、戸惑いに揺れる目を私の上で留める。「えっと……ごめんね、伝えるのが遅くなって」私は、恐縮して首を縮めた。本当は、乾杯の前に、みんなに伝えるつもりでいた。でも、颯斗が遅れてくることになって、シャンパンを断るために、メグさんたちに先に告白する羽目になってしまった。「実は……ここに、颯斗の赤ちゃん、いるの」私は頬を染めて、自分のお腹に両手を置いた。「昨日、わかったの。三ヵ月だって」ちょっと照れ臭くて、素っ気なく言ってしまった。だけど。「あの、颯斗……?」反応がないから心配になって、上目遣いで彼を窺った。颯斗は、目も口も大きく開けて、ポカンとしていたけれど……。「Congrats! Hayat
Terakhir Diperbarui: 2025-03-13
Chapter: 二人で紡ぐ幸せな未来 6
メリッサちゃんの二歳の誕生日。私は大きなクマのぬいぐるみを抱えて、レイさん夫妻の家を訪ねた。今日は朝から明るい太陽に恵まれて、ほんのちょっと暑いくらい。絶好のガーデンパーティー日和だ。門の外からチャイムを押すと、今日の主役が玄関のドアを開けて出迎えてくれた。「Hi! Haduki mom!」水色のワンピースで着飾ったメリッサちゃんが、転がるように駆けてきて、自ら門を開けてくれた。彼女は私を、『葉月ママ』と呼んでくれる。「Happy Birthday! Melissa」笑顔でお祝いを言ってプレゼントを渡すと、彼女はぬいぐるみの大きさに「Wow!」と目を見開いた。すぐに嬉しそうに顔を綻ばせ、「Welcome to my birthday party! Where is Hayato dad?」私の隣に颯斗がいないのを気にして、きょろきょろと辺りを見回している。私はクスッと笑ってしゃがみ込み、彼女の肩をポンと叩いた。「彼はお仕事でちょっと遅れるけど、ちゃんとメリッサのお祝いに来るから、大丈夫」そう説明した時、家の中からメグさんが出てきた。「ハヅキ、いらっしゃい! メリッサの誕生日パーティーに来てくれて、ありがとう」メリッサちゃんに目線を合わせるために屈んでいた私は、ゆっくりと背を起こした。「お招きありがとうございます、メグさん」彼女はふわっと微笑み、メリッサちゃんが抱えているぬいぐるみを見て、まったく同じ反応をする。「わあ、大きい……! いつもありがとう、ハヅキ。メリッサ、ちゃんと葉月ママにお礼は言った?」メグさんにそう言われて、メリッサちゃんはハッとしたように瞬きをする。「Thank you, Haduki mom!」慌てた様子でそう言うと、「Daddy!」屋内にいるレイさんを捜して、またしても転がるように走っていった。小さな背中を見送って、私たちは顔を見合わせてクスクス笑った。「お誕生日、おめでとうございます。ほんと、いつも元気で可愛い。メリッサちゃん」私の言葉に、メグさんはやや苦笑いで肩を竦めた。「元気すぎるのが、玉にキズ。この間も階段から転がって、額にたん瘤作ったのよ」「えっ! 大丈夫?」とっさに心配した私に、「見ての通り」と笑う。「ハヤトは?」そう問われて、今度は私がひょいと肩を竦めた。「昨夜、当直だったんです。仕事が残ってるから、まっすぐこちらに向かうって」「
Terakhir Diperbarui: 2025-03-13
Chapter: 二人で紡ぐ幸せな未来 5
義父母を空港まで見送って、家に帰ってきた途端――。「……っ、くしゅっ」私は、玄関先で小さなくしゃみをした。先にリビングに向かいかけた颯斗が、廊下の中ほどでピタリと足を止める。やけにゆっくり振り返り、じっとりとした目を向けてきた。「まさか……やっぱり風邪ひいた?」「ち、違っ……」慌てて否定したものの、颯斗はピクッと眉尻を上げて、ツカツカと私の方に歩いてくる。背を屈め、私の額に自分のそれをこつんとぶつけた。「あー……熱、出てる」至近距離から上目遣いに見つめられ、私の胸は小さく弾んで疼いてしまう。「ほ、ほんと? でも、昨夜のが原因じゃないでしょ、きっと」慌てて一歩飛び退いて、ぎこちなく笑ってみせた。「なんで言い切る」「だって、もしそうだったら、すぐに出てたんじゃ……」「葉月、親父たち見送るまで、気、張ってたから、不調に気付かなかっただけじゃないのか?」颯斗は渋い表情のまま、さらりと前髪を掻き上げた。「っつーか……俺も、気付かないとか、なんて迂闊な……」そのまま、生え際から前髪をくしゃっと握り、深い溜め息をつく。「なんで。颯斗のせいじゃないって。確かに飛行機飛ぶまで、気、詰めてたし。ほら、知恵熱みたいな……?」熱はあっても元気!を装うつもりで、私は無意味に二の腕に力瘤を作る仕草をして見せた。「子供か、君は。……でもまあ、ストレス性高体温症と言い換えれば、当たらずとも遠からず、か」「え? っと……?」思わず首を傾げて、聞き返す。颯斗は私には答えず、軽く身を屈めて、「よっ、と」軽い掛け声と同時に、私をひょいと抱え上げた。「っ、えっ!?」肩に担がれたことに気付き、私はギョッとしてジタバタと抵抗した。「ちょっ、颯斗っ! 私、自分で歩けるからっ……!」「暴れんな。昨夜も言っただろ? 肺炎でも起こしたらどうする」そう言われて、足をバタつかせるのだけは堪える。「そうそう。大人しくしてろ」「ほんとに……颯斗に言われるまで、自分でもわからなかったくらいの熱だよ? そんな大袈裟なもんじゃないから、きっと」「医者でもない葉月が、勝手に自己診断するな。俺が診るから」今朝、颯斗のことを、『神の権化のような医師』と羨望したばかりだ。その彼に、医師の顔で言われると、ぐうの音も出ない。「は、い……」結局私は、彼に担がれたまま、寝
Terakhir Diperbarui: 2025-03-13
Chapter: 二人で紡ぐ幸せな未来 4
次の滞在地、ボストンに向かう義父母を、颯斗が空港まで送ると言ってくれた。仕事を休むことをレイさんに伝えて電話を切った彼に、横から「大丈夫?」と訊ねる。「平気。オペもないし、浩太の経過も順調だし。泊まり込み続いた分、『ハヅキと仲良く過ごしてくれ』ってさ」颯斗は私の前で親指を立てて、バチッとウィンクをした。おどけた仕草にドキッとしたものの、私もすぐに笑って返す。先ほどまでの深刻な話題の会話の後で、いつもの空気感を取り戻そうとしてくれているのが、よくわかる。「うん……。ありがとう、颯斗」ちょっと気恥ずかしいのを堪えてお礼を言った時、出発の準備を終えた義父母が、ゲストルームから降りてきた。「葉月さん。いろいろお世話になりました」今朝方のやり取りもあってか、義母はちょっと照れ臭そうにはにかむ。それは私の方も同じで、妙にピンと背筋を伸ばして向き合った。「い、いえ。本当に、あの……」またしても謝罪が口を突いて出そうになって、一度口を噤んでのみ込む。「また、ぜひ遊びにいらしてください。その時は、今回振る舞えなかった手料理、ちゃんとご馳走したいです」そう言葉を返すと、義父母も嬉しそうに微笑んだ。「ありがとう。颯斗はあなたの手料理、いつもくどいくらい絶賛してくれるのよ」義母から悪戯っぽい目を向けられて、颯斗がムッと唇を結んだ。「くどいって……。心外だな。それに、そう何度も、母さんと電話で話した記憶ないぞ、俺」ブツブツと呟いて頭を掻く彼に、義父も面白そうに目を細めている。ここでも、親子三人の強く温かい絆を見た気がして、私は無意識に目元を綻ばせた。「さて。じゃあ、行こうか」義父が、義母を促す。「ええ。颯斗、悪いわね。送らせちゃって」「ああ」コートを羽織りながら玄関に向かって行く義母に、颯斗は軽く頷いて応えた。自分もコートを手に取り、ポケットから車のキーを取り出す。「あの……颯斗、よろしくね」帰りも私がお見送りをするつもりだったけど、彼に託して笑いかけた。颯斗はきょとんとした顔をして、「え?」と聞き返してくる。「あ。もしかして、風邪ひいた? 熱っぽい? 体調悪いとか」「え?」今度は私が瞬きで返した。「う、ううん。大丈夫」昨夜、冷たい雨に濡れた私を心配してくれる彼に、慌てて首を横に振ってみせる。「それなら、葉月も一緒に行こう」颯斗は訝し気に首を傾げながら、私の腕を取った。「え。でも」「ん?」「
Terakhir Diperbarui: 2025-03-13
Chapter: 二人で紡ぐ幸せな未来 3
ほとんど眠らずに夜を過ごした義父母には、出発までゲストルームで休んでもらい、私と颯斗はリビングのソファに並んで座った。彼が手にしているのは、日本とアメリカ、二つの病院でもらった、私の検査結果だ。肩に力を込め、ピンと背筋を伸ばす私の隣で、ブラウンのフレームの眼鏡の向こうから、真剣な目で数値を追っている。英語と日本語、両方の所見にも目を通し、やがて「ふうっ」と息を吐いた。「なるほど。プロラクチン……ね」天井を見上げ、ポツリと呟く。私は軽く座り直して、彼の方に身体を向けた。「あ、あのね。プロラクチン値が高いと、身体が疑似妊娠状態に近くなるんだって。えっと、たとえば……」いくら同じ医師でも、心臓外科医の彼に、産婦人科の領域はわからないだろう。そんな考えから、ドクターたちから聞いたことを、説明しようとする。ところが。「妊娠、出産の経験がない未産婦なのに、母乳が出たり、生理が止まったりする。他にも、乳房が張ったり……」ふむ、と顎を撫でる颯斗に、私は大きく目を剥いた。「な、なんで……」「知ってるのか、って? 甘いな、葉月」彼は、心外といった顔をして、胸の前で腕組みをした。「俺は心臓外科医だけど、他科を知らないわけじゃない。もちろん、産婦人科は専門外。でも、君よりはよっぽど詳しい。その気になれば、薬も処方できる程度の知識はあるよ」不遜なほどのドヤ顔で言って退ける彼に、呆気に取られる。「でも、おかしいな……俺が知る限り、葉月に乳汁分泌症状は見られないと思うけど」「えっ!? あ、うん。それは私も、胸を張って言い切れ……」「生理周期も、あまり一定しないようだけど、止まったことはないはず。まあ、乳房が張って固いことはあるか……でも、君はそこそこボリュームあるから、そのくらいで十分……」「って! な、なに言ってんのよ!?」診てもいないのに、私の身体状況を冷静に分析されて、カアッと頬が火照った。思わず腰を浮かせると、彼は私を上目遣いに見据えて、ほくろのある方の口角をにやりと上げる。「一緒に暮らしてる大事な人の身体状況くらい、結構ちゃんと把握できてるけど? 俺」「っ……」太々しく言われて、しゅーっと蒸気が噴射しそうなほど、顔が熱くなる。それでも、反論の挟みどころがなくて、結局ストンと腰を下ろした。そんな私を横目に、颯斗はクスッと笑う。「薬。なに飲んでるの?」続けて質問されて、私は彼に薬袋を渡した
Terakhir Diperbarui: 2025-03-13
Chapter: 二人で紡ぐ幸せな未来 2
翌朝、夜明けを待って、私たちは家に帰った。遥々日本から遊びに来てくれた義父母に、衝撃的な告白をした挙句、家を飛び出してしまうなんて……。人間としても嫁としても、最低なことをしてしまった。ガレージで車から降り、込み上げる緊張で顔を強張らせた私に、颯斗は苦笑した。「ほら、おいで。なにも、煮て焼かれるようなことはないから」ちょっと意地悪な揶揄にも、返す言葉はない。だって、そのくらいされて当然だ。私は、ますます悲壮感を漂わせる。颯斗は「やれやれ」と困った顔をして、私の手を取った。そして、もう片方の手でコツンと額を小突く。「俺の親なんだから。万が一怒られても、俺が一緒に頭下げるから」悪戯っぽく目を細める彼に、私もやっと、少しだけ表情を和らげた。「うん……。ありがとう、颯斗」指を絡ませて手を繋ぎ、ガレージを出た。中庭を横切り、家の玄関前に歩を進める。すると、庭に面したリビングの窓から、弱い明かりが漏れているのに気付いた。「あれ……」颯斗も、訝しげに瞬きをする。「もう起きてるのかな。やけに早いな」口に出して首を傾げると、玄関の鍵を開けた。私の手を引いたまま、廊下を突っ切る。そして、リビングにひょいと顔を覗かせ、やや遠慮がちに声をかけた。「ただいまー……」「颯斗、葉月さんっ……」私たちに気付いた義母がソファから立ち上がり、弾かれたようにこちらに駆けてきた。青白く硬い表情を前に、私は反射的に身を竦めた。義母から一拍遅れて、義父もソファに起き上がる。「二人とも、帰ってきたのか……?」眩しそうに目を細め、一瞬辺りを見渡すような仕草を見せる。どうやら、義父の方は、うたた寝から目覚めたといった様子だけど。「母さん。……もしかして、ずっと起きてたのか?」目の前に立った義母が、真っ赤な目をしているのを見て、颯斗が困惑して訊ねる。「大丈夫って言ったのに。休んでてって……」「そう言われても、休めるわけがないじゃない。息子夫婦の家で、二人とも不在なのに」義母にそう返されて、颯斗がグッと口ごもった。「……だよな。すみません……」気まずそうに口元に手を遣る彼から目を逸らし、義母は私の方に顔を向けた。さすがに、条件反射で身体が強張る。だけど、謝らなきゃいけないことがたくさんある。「あ、あのっ……」私は肩に力を込めて、思い切って口を開いた。「お義母さん。昨夜は……」「葉月さん、ごめんなさい。本当に、ごめんなさ
Terakhir Diperbarui: 2025-03-13
あなたの子です。結婚してください

あなたの子です。結婚してください

ロンドン駐在のキャリア外交官 綾瀬塔也(30) × 天涯孤独のイギリス人ハーフ 沢尻長閑(26) ロンドンでの熱い一夜は 彼にとって長い人生で袖を掠めた程度の関わり 「あなたの子です 父親としての責任をとってください」 あの夜宿した小さな命を抱いて 押しかけ妻は国境を越える 人生でたった一度 愛された幸福を忘れられず
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Chapter: Epilogue
大使館を出て、十分ほど車を走らせてフラットに帰り着いた。玄関からまっすぐラウンジに向かうと、慧斗がきゃっきゃっとはしゃぐ声が、ホールにも聞こえてくる。「い~ち、に……わっ」弾む声でなにかをカウントしていた長閑が、パチパチと拍手をしている。そして、ラウンジに入った俺に気付き、「あ」と顔を綻ばせた。「塔也さん! お帰りなさい」随分と高揚した様子だ。俺は相槌で応えたものの……。「で? 今はなにをしてたんだ? お前」床にペタンと座った彼女の前には、これまた興奮気味の慧斗がいる。「慧斗が何秒立てるか、計測です」「は?」「あー、また写真撮り損ねた……」俺はパチパチと瞬きをして、尻を浮かせてドスドスと跳ねる慧斗に目を落とした。「初たっちって……前から立ってたろ」「それは掴まり立ちです! 伝い歩きもするけど、なにか支えがないとダメで。でも今、なにも掴まらなくても、たっちできたんですよ、一秒も!」「……ふ~ん?」子供の成長スピードはよくわからない。曖昧に流す俺に、長閑が憤慨した。「すごいことなのに! 塔也さんは感動が足りない!」頬を膨らませてプリプリする彼女の隣に、俺もドスンと胡坐を掻いた。「感動もなにも……こんなブレブレの写真でどう感動しろって」上着のポケットからスマホを出し、彼女の前に突きつける。「慧斗が初めて立った瞬間に、未確認飛行物体でも着陸したか? むしろその方が奇跡だ」「う……だって驚いて、スマホ落っことしちゃって」長閑が、しゅんと肩を落とす。まあ……確かに、その瞬間の彼女の動転だけは、よく伝わってくる画像ではあるけれど。「……どれ。慧斗、立て」慧斗の脇に両手を挿し込んで持ち上げ、床に両足をつかせる。「むー。ぱー」なにか不服そうな声を漏らすのに構わず、両手を抜いてみる。慧斗は一秒ももたずに、へにゃっと座り込んだ。「……立たねえじゃん」「もーっ!! 塔也さんのバカ」長閑は勢いよく慧斗を抱き寄せ、二人揃って俺をじっとりと睨んでくる。「あー、はいはい」俺はつーっと視線を逸らし、指先でポリッとこめかみを掻いた。長閑にぎゅうっと抱きしめられた慧斗は、機嫌を直してコロコロと笑っている。感動の瞬間も、大ブレの画像で共有されただけだ。一人だけ疎外され、無意味に面白くない気分に駆られ――。「っ、え? ひゃっ!」俺は慧斗を抱く長閑を、後ろから抱え込んだ。「な? なに?」「なにって。ショッピ
Terakhir Diperbarui: 2025-03-31
Chapter: Epilogue
長閑と慧斗を連れてJONAS OCEAN TRADING本社に乗り込んだあの日――事前の打ち合わせ通りの時間に、オリヴィアとその上司である国税局幹部の男が、応接室に入ってきた。JONAS OCEAN TRADINGの脱税疑惑を捜査している当局の男に、真相解明に向けての協力を求められ、エヴァンズ氏は当惑した。しかし、やや硬い表情ながら、素直に応じた。最初から、俺が国税局側と行動を共にしなかった理由は、エヴァンズ氏が抵抗に出る可能性があったからだ。結婚を約束した愛する女性とお腹の子を捨て、自身をも犠牲にして救った会社だ。愛着がないはずがない。脱税は重大犯罪だと正論を翳し、良心に訴え出ても、拒否される可能性を否めなかった。会長秘書という、願ってもいない強力な協力者を逃すわけにはいかない。俺とオリヴィアは、上司も交えて綿密に作戦を立て……彼らが来る前に、エヴァンズ氏に長閑と慧斗を会わせることにしたのだ。どんなに社に忠実で鉄壁な男だったとしても、捨てたはずの恋人が娘を産んでいて、その上孫を連れて目の前に現れたら、動揺しないわけがない。彼の人情に訴えるという、素朴で泥臭い、一か八かの賭けでもあった。結果的に、俺たちの目論見通り、彼を協力者に取り込むことに成功したが――。それからしばらくして、改めて思考を巡らせても、俺は長閑と慧斗の力を借りずとも、エヴァンズ氏の協力を仰ぐことは可能だったと考えている。『私は父の会社の何千という従業員とその家族を守ったかもしれないが、自分の大事なものは守れなかった。そんな男が、一企業の経営者になってはいけない』たとえ救済合併とはいえ、一企業の社長子息だった男が、今、会長秘書という身分に甘んじている理由をそう語った彼には、無理矢理引き摺り出すまでもない真摯な人情を感じた。『エミとノドカを犠牲にして守った会社を、これ以上汚すわけにはいかない』沈痛に顔を歪めながらも、しっかりした口調で言い切り、協力を約束した彼だから――長閑の母親が死ぬ間際まで忘れず愛していたのも、納得できる。会長秘書という協力者を得たことで、JONAS OCEAN TRADINGの組織的脱税疑惑は、国税局の手によって全貌解明に向かっていた。そして、三月が終わり四月。第二土曜日、オリヴィアから、『来週初めに、国税局が強制捜査に入るわ』という報告の電話をもらった。午前の休日出勤中に電話を
Terakhir Diperbarui: 2025-03-31
Chapter: 私の旦那様になって 6
私は、塔也さんの寝室に、お姫様抱っこで運ばれた。彼の大きなダブルベッドの真ん中に組み敷かれ、何度も何度も角度を変えてキスをする間に、服を全部脱がされていた。「っ……」目元を情欲でけぶらせた彼が、遠慮なく視線を注ぐから、激しい羞恥で身を捩る。「こら、隠すな」胸を隠した腕に、塔也さんが手をかけて解こうとする。「嫌。恥ずかしい……」「この期に及んで、なにを言う」「だって。塔也さん……貧相って言った」私が、じっとりと詰るような目を上げると、まったく悪びれることなく、ふんと鼻を鳴らした。「事実だろ」「ひっ、酷っ……!」「あの時も今も肉付き足りないし、煮干しみてえ」「にっ……!?」あまりに酷い喩えように涙目で絶句する私に、ふっと目尻を下げて笑う。口にするのはデリカシーのない最低な言葉なのに、反則なくらい優しい微笑み。ズルすぎるギャップに、私の胸がドキッと弾む。塔也さんは私に覆い被さり、唇を奪った。「んっ、ふ」今までで一番の、執着めいたキス。呼吸を乱し、胸を上下させる私に、塔也さんがベッドについた腕を支えに上体を持ち上げ、ねっとりとした視線を絡ませる。「なのに……俺はこの身体に狂わされたんだよな……あの日」「え……? あ、んっ!」なにか耳慣れない言葉を向けられ、虚を衝かれた隙に、胸を覆っていた両腕を観音扉みたいに開かれた。躊躇なく顔を埋められ、彼のサラサラの前髪や吐息が肌を掠めて、ビクンと身体が撓る。敏感な胸の先を、チロチロと動かす舌先に容赦なく攻め立てられ、いやがおうでも腰が跳ねた。「あ、あ……」二年近く前、他でもない彼自身から植えつけられた、生まれて初めての官能の痺れ。今もなお変わらず、ゾクゾクと背筋を昇る。「とう、塔也、さ……」堪らず、彼の頭を掻き抱いた。「好き。塔也さんが、好き……」喉に引っかからせながら、掠れる声で必死に想いを紡ぐ。荒い呼吸で途切れ途切れになってしまい、聞き取りづらかったかもしれないけど……。「っ、く……」塔也さんはブルッと頭を振って、小さな声を漏らした。そして、指で、舌で、私に施す愛撫を強めていく。「俺も……好きだ、長閑。愛してる」耳元に湿った声で囁かれ、体幹から湧き上がるゾクゾクとした痺れに戦慄いた瞬間。「あっ……!」ズシッと存在感のある質量のなにかに、容赦なく身体の中心を貫かれ――ビクンビクンと痙攣して、目の前に星が飛んだ。「大丈夫か? 落ち着け
Terakhir Diperbarui: 2025-03-31
Chapter: 私の旦那様になって 5
午後十時。私は慧斗を寝かしつけた後、お風呂に入った。髪をタオルドライしながら出てくると、塔也さんがラウンジのソファに座っているのを見つけた。条件反射で、胸がドキンと跳ねる。夕方フラットに帰ってきてから、私は慧斗と二人で客室に閉じこもっていた。いろんなことがありすぎて、少し落ち着いて自分自身を見つめ直したかったけど、夜になっても頭がふわふわしている。でも――私は思い切って、ソファに歩いていった。私が声をかけなくても、気配で気付いた彼が顔を上げる。「お前も、飲むか?」「え……」なにを問われたかと答えを探して、ローテーブルに目が向いた。いつかと同じように、ウィスキーボトルとグラスが置かれていた。塔也さんは自分のグラスを軽く揺らして、私の返事を待っている。「……はい」私は一度頷いて、彼の隣に腰を下ろした。「待ってろ」塔也さんは私と入れ違いで立ち上がり、キッチンに入っていった。氷を入れたグラスを一つ手に、戻ってくる。ドスッと勢いよく私の隣に座り、持ってきたグラスに琥珀色の液体を注いだ。「ん」と、私に差し出してくれる。「……ありがとうございます」私は両手で受け取って、グラスに口をつけた。一口、ゴクンと飲んで……。「ごほっ」喉が焼けるように熱くて思わず噎せ返った私に、塔也さんがブッと吹き出す。「お前、ウィスキー飲んだことないのか? 水みたいに飲むな。原液だぞ、これ」面白そうに肩を揺らす彼の隣で、私は何度か咳き込み――。「はああっ」一度大きく息を吐いて落ち着いてから、膝の上で両手で支えるように持ったグラスに目を落とした。「あの……ありがとうございました」ボソッとお礼を言った私に、塔也さんは無言で横目を流してくる。「あの人に会いたがったのは母だから。亡くなってるなら、どこの誰かも知らなくていいって思ってたけど……会えて、よかったです」あの人が……父が私をずっと欲しかった子だと言ってくれたことを思い出し、胸が締めつけられる。それと同時に、塔也さんの言葉も導かれてくる。『俺はお前を産んだ母親に感謝してるよ!!』――。「っ……」胸がきゅんと疼いて、鼓動を猛烈に昂らせるのに慌てて、勢いよく下を向く。塔也さんは、私があたふたするのを気にする様子はなく、短い相槌で返してきた。「悪かったな。二年前……亡くなった可能性が高いなんて嘘ついて」私がそっと視線を戻すと、グラスを持って口元に運んだ。一口含
Terakhir Diperbarui: 2025-03-31
Chapter: 私の旦那様になって 4
愕然として言葉を失う男性と私に、塔也さんは一人冷静に、この事態について説明し始めた。先ほども言っていた通り、JONAS OCEAN TRADINGは、二十七年前に二つの会社が合併して生まれた会社だ。その内の一社、貿易会社は男性の父親が社長を務めていた。当時、業績が低迷していて、この合併により倒産を免れたそうだ。貿易会社を救済する形の合併は、男性の政略結婚が条件だったと言う。塔也さんは、「政略結婚の事情については、私が知るところではありませんが」と前置いた上で、男性の日本への出入国記録を調べたと語った。男性は二十八年前に貿易会社の日本支社で働くために入国し、その一年後に出国、イギリスに帰国していた。「在英日本国大使館に申請されたビザはビジネス目的、期間は五年という記録が残っていました。ところが、たった一年で帰国……なにかよほどの事情があったと考えます。僭越ながら私の想像で言わせていただくと、その政略結婚が理由では?」ちらりと視線を向けて問われ、それまで凍りついたように固まっていた男性が目を伏せた。「……ええ、その通りです。私は、父の会社を救うために、五年間の日本勤務予定を短縮して、帰国しました」たどたどしく、言い回しを考えるように答える。「ですがあなたには、日本で結婚を約束した女性がいた」「…………」男性が、口を噤んだ。さっき塔也さんが、『お前の母親が最期まで会いたがっていた人』と言ったから。私と慧斗の正体を気にしてか、目線は揺れ、定まらない。塔也さんは両足に腕をのせて、身体を前に傾け――。「あなたの子供を身籠っていた女性を残し、帰国した。……そうですよね?」含めるように問われた男性が、わずかな逡巡の後、私の方にまっすぐ顔を向けた。俯いていた私も、視線を感じて身体を強張らせる。この人が、塔也さんの質問を肯定したら……。そこから芋づる式に引き摺り出される真実を予想して、私の心臓が早鐘のように打ち鳴る。男性の方も、激しく戸惑っている。だけど。「君は……エミの子なのか……?」半信半疑といった感じで口にしたのは、確かに私の母の名前だった。私は、意志とは関係なくカタカタと身体が震えるのを、慧斗をギュッと抱きしめて堪えようとした。「まー……?」慧斗も、穏やかとは言えない空気の中、不安そうに私を見上げている。私は返事をしていないのに、男性は沈黙を答えと受け取ったようだ。額に手を遣
Terakhir Diperbarui: 2025-03-31
Chapter: 私の旦那様になって 3
迎えた火曜日。私はどこに行くのか、なにをするのかも知らされないまま、退院したばかりの慧斗を抱いて、塔也さんの車の後部座席に座っている。「あの……本当に、どこに」車窓から見える街並みが、だんだんとオフィス街に変わっていくから、怯んで訊ねた。フラットを出る前、服装は普段着でいいと言われたし、なにより慧斗が一緒だ。普段着に子連れで来るには、一番そぐわない場所な気がするから、落ち着かない。塔也さんはまっすぐ前を向き、悠々とハンドルを操作しながら、「シティ」バックミラー越しに視線を投げ、答えてくれた。「シティ?」「お前、知らない? ロンドンで言う、日本の東京丸の内」私は日本の東京丸の内に行ったことはないけど、ビッグ都市東京でも有数のオフィス街だということは知っている。もちろん、二年前にも訪れた。「そこに、JONAS OCEAN TRADINGの本社ビルがある」目線をフロントガラスに戻して続けるのを聞いて、私の手がピクッと動いた。「……JONAS OCEAN TRADING?」彼の言葉を反芻すると、よくわからない警戒心がよぎる。一瞬、身体が強張ったのが伝わったのか、慧斗が膝の上から顔を上げた。「まーん、むむ」「あ、ごめんね。慧斗」よいしょと、こちらを向かせて抱え直して、ポンポンと背中を叩いてやる。「塔也さん。その会社に行くんですか? どうして慧斗も……」「見えてきた。あれ」改めて質問を重ねる私を、塔也さんはそんな言葉で阻んだ。ハンドルから離した右手で、前方に聳える巨大なオフィスビルを指さす。その仕草につられて、私は少しだけ身を乗り出した。「JONAS OCEAN TRADINGは、二十七年前に二つの会社が合併して生まれた、イギリス  最大の海運会社だ。……計算は合う」塔也さんは、私の気配を気にすることなく、淡々と説明してくれる。「計算……?」斜め後ろから彼の横顔に問いかけたけど、きゅっと唇を結んでしまい、それ以上は答えてくれなかった。それからほどなくして、JONAS OCEAN TRADINGの本社ビルに到着した。塔也さんはビルの駐車場に車を停めると、慧斗を抱えた私の背を押すようにしてビル内に進み、グランドエントランスの総合受付に立った。赤毛のふんわりロングウェーブヘアの受付嬢に、外交官の身分証を示す。「Take the lift on the right to the t
Terakhir Diperbarui: 2025-03-31
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