All Chapters of 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~: Chapter 201 - Chapter 210

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初デートと初長編 page4

「愛美ちゃんって、何でも美味しそうに食べるね。見てる俺も幸せな気持ちになるな」「あら叔父さま、ごちそうさまです。愛美さんはキライな食べ物がないんですものね。私も毎日寮の食堂で観てますけれど、本当に何でも美味しそうに召し上がるんですのよ」「珠莉ちゃんって確か、トマトが苦手なんだよね? 千藤農園で作ってるトマト、食べてもらいたいなぁ。あれ、売ってるトマトと違ってすごく美味しいんだよ。ね、純也さん?」「ああ。マジで珠莉にも食べさせたいよ。善三さんたちの作る野菜はどれも美味いから」 千藤農園で育てている作物はどれも無農薬で、規格外の野菜でも十分美味しいのだ。あのトマトを食べたら、きっと珠莉のトマト嫌いも克服できるだろう。「――あー、美味しかったぁ! ごちそうさまでした」 三人とも、お喋りとともに食欲も弾み、朝食を残らず平らげてしまった。「ごちそうさま。――俺、食事で一番大事なマナーは『いただきます』と『ごちそうさま』が言えることだと思うんだよな。だから、愛美ちゃんはちゃんとマナーができてるんだよ。さすが、いい施設で育ってきただけのことはあるな」「純也さん……、それってわたし、喜んでいいところなの?」「うん。褒めたんだから、そこは喜んでいいよ」 純也さんはきっと、昨日自分の義姉に施設育ちだということをバカにされて気を悪くした愛美をフォローしてくれているのだ。「そっか……。純也さん、ありがとう」「じゃあ叔父さま、片づけは私から由乃さんにお願いしておきますから、そろそろ出かける支度をなさったら? 愛美さんはちょっとお化粧直しをしましょう」「そうだな、分かった。じゃあ、俺は先に家を出て車で待ってるから、愛美ちゃんは後から出ておいで」「うん。じゃあ、後でね」 そうして純也さんが先にアウターを羽織って退室していき、愛美はダイニングに残って珠莉にメイクを直してもらってから一旦部屋に戻り、バッグとコートを取って家を出た。   * * * *「――じゃあ、行こうか」「うん!」 こうして、純也さんが運転するSRV車は走り出した。(初めての助手席……、緊張するなぁ) 愛美にとってはこれが助手席デビューでもあった。 後部座席は絶対に閉めなければならないわけではないシートベルトも、助手席では必須なので、それもまた緊張する要因だった。「ね、純也さん。まず
last updateLast Updated : 2025-02-18
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初デートと初長編 page5

「いや、最近はそうでもないよ。若者向けの複合ビルとか店も増えてきてるからね。それに、愛美ちゃんが書こうとしてる小説の話を聞いてると、銀座が主人公のイメージにいちばんしっくりくるかな、と思ってさ。つまり、俺がそういうイメージってこと?」「べっ、別に純也さんがそういうイメージってワケじゃ……。確かに似合いそうだけど」 (あー……、これじゃフォローになってないな) フォローしたつもりがドツボにはまってしまい、ひとり落ち込む愛美だった。「…………そういえば純也さん、今日はダウンジャケットじゃないんだね。昨日は着てたけど」 気を取り直し、話題を変えた。「さすがに、銀座へ行くのにダウンはなぁ……と思ってさ。愛美ちゃんはどっちの俺が好み?」「わたしはどっちも好き。こういうキチッとした純也さんも、年相応にカジュアルな純也さんも」 そういえば、彼のコート姿を見たのはこれが初めてだったなぁと愛美は思った。寮へ遊びに来てくれたのは春先だったし、千藤農園で一緒に過ごしたのは夏だった。 〝あしながおじさん〟として施設で後ろ姿を見かけたのは秋で、あの時はまだそれほど寒い時期ではなかったのでコートは着ていなかったと思う。「そっか、どっちも好きか。ありがとう、愛美ちゃん。俺、コートを着るのはなんかオッサンっぽくて自分ではちょっとイヤだったんだよな」「そんなことないよ。純也さんは背が高くてスラっとしてるから、モデルさんみたいに何着てても似合っちゃうんだもん」「……そう、かな? 最高の褒め言葉ありがとう」 純也さんはちょっと照れくさそうだった。でも、愛美はお世辞抜きに本気でそう思っているのだ。「――あ、そうだ。昼食は軽めに済ませようと思ってるんだ。その後のお楽しみのためにね」「そうなの? っていうか、その〝お楽しみ〟って何? ますます気になるなぁ」 その〝お楽しみ〟は、昼食を軽くすることと何か関係があるんだろうか? 何か美味しいものが食べられる……とか?「じゃあ……ヒントを一つあげよう。若い女性の間で流行ってる、ちょっとオシャレなことだよ」「えー、何だろう?」 高校に入学した当初は流行に疎かった愛美も、スマホを使いこなせるようになってからはだいぶ追いつけるようにはなってきた。そんな愛美に分かるようなことだろうか?(まだ分かんないけど、やっぱり楽しみ) とはい
last updateLast Updated : 2025-02-18
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初デートと初長編 page6

   * * * *「さあ、銀座に着いたよ」 初めて訪れる銀座の街で、愛美が最初に見たのは交差点に建つ、時計台が有名なビル。「わぁ……、立派な時計台。わたし、TVで観たことあるかも」「ああ、〈和光〉の時計台だね。ここは有名な怪獣映画で壊されたこともあるんだよ。もちろん映画用のセットで、だけど」「あははっ、そりゃそうだよねー」 純也さんが大真面目に、でも茶目っ気も交えて説明してくれたので、愛美は笑ってしまう。 コインパーキングに車を停め、二人は〈和光ビル〉の前まで歩いてきた。「……う~、寒い!」「よかったら、俺のマフラー巻いとく?」 純也さんが、自分の首に巻いていた焦げ茶色のマフラーを貸してくれた。素材そのものの温かさと、彼が直前まで巻いていたこともあって、首元がすぐに温かくなった。「いいの? ありがとう。……あったか~い!」「それ、カシミヤだからあったかいよ。でも色がなぁ。コートと同じく、なんかオッサンみたいで気に入らなくて。ホントはもうちょっと年相応な色が好みなんだけどな」「純也さんの好きな色は?」「ブルーとかネイビー系かな」(……よし! バレンタインデーにはチョコだけじゃなくて、手編みのマフラーもプレゼントしよう!) 実は、愛美は編み物も得意なのだ。――それはともかく。「……そうだ、取材取材! 写真撮っとこう」 愛美がスマホを横に構え、構図を気にしながら撮影するのを、純也さんは優しい眼差しで見守っていた。 その眼差しは果たして〝辺唐院純也〟としてなのか、それとも〝あしながおじさん〟としてなのかどちらなんだろう?「俺が入ったイメージショット、撮っとかなくていい? 実際にモデルがいた方がイメージ湧くだろ?」「あ、そっか。じゃあ、撮らせてもらいます」 というわけで、純也さんにはビルの前に立っていてもらい、もう一枚撮影した。 ――二人はその後、〈GINZA6(シックス)〉や高級ブランドのショップ、オシャレな靴のお店などでウィンドーショッピングを楽しみ、愛美はそれぞれのお店の前で純也さんをモデルにしたイメージショットを撮影して回った。「愛美ちゃん、何か欲しいものがあったら俺に言ってね。買ってあげるよ」「そんなの申し訳ないよ。わたしは一緒に街を歩いて回れるだけで十分楽しんでるからいいの」(純也さん、そんな〝パパ活〟みたい
last updateLast Updated : 2025-02-18
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初デートと初長編 page7

「わたし、別に純也さんにおねだりしたくて今日デートしてるんじゃないもん。だからそんなに気を遣わないで? 欲しいものがあったら、自分で買えるくらいのお金はちゃんと持ってるから。あんまり高いものじゃなければ」「ああ……、そうか。ゴメン。今まで付き合ってきた歴代の彼女がそんな人ばっかりだったから、つい。愛美ちゃんは違ったよな」 過去の恋人たちがそうだったから出てきてしまった、彼の悲しい性(さが)。無意識にとはいえ、自分も同じように思われた愛美はちょっとばかりプライドが傷ついた。 でも、そんな自分がイヤだといちばん思っているのは彼のはずだということを、愛美も分かっている。「……ホントは、純也さんもあんなこと言うつもりなかったんだよね。だからもう気にしないで。次に行こ」 愛美は彼のことを許して、次の場所へ行こうと促した。「うん……。じゃあ、次は浅草に行こうか」 二人は車へとって返し、銀座へ向かった。 純也さんはここでもコインパーキングを利用し、浅(せん)草(そう)寺(じ)の雷門までは二人で歩くことにした。「こんなにあちこち回るなら、車より電車の方が効率よかったかな。でも交通費がかさむし」「そうだね。でもわたし、好きな人とドライブするの、ちょっと憧れてたから車の方がよかったよ。助手席に乗るのとか、恋人同士じゃないとあの距離感はなかなかできないことだし」「そっか」 ――二人は観光客でごった返す浅草寺へお参りし、仲(なか)見世(みせ)通りを歩いて回り、そこでも純也さんをモデルとしたイメージショットを撮影した。「――愛美ちゃんは浅草寺でどんな願い事をしたんだ?」「んー? 『純也さんが面白いって言ってくれるような、いい小説がいっぱい書けますように』って。純也さんは?」「『愛美ちゃんが、たくさんの読者から愛される有名な小説家になれますように』って。もちろん、俺もその中の一人」 彼は愛美の恋人であり、いちばんの愛美のファンでもあるのだ。そのために、〝あしながおじさん〟として援助してくれているわけで――。でも、愛美がそのことに気づいているとは、彼はまだ夢にも思っていないだろうけれど。「……うん。わたし、絶対に純也さんが楽しめる小説を書くよ。その本が出たら絶対に読んでね。約束だよ」「ああ、約束するよ」 純也さんは愛美と指切りをしてくれた。寒空の下で指切り
last updateLast Updated : 2025-02-18
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初デートと初長編 page8

「――さて、ちょっと早いけど昼食にしようか」 合羽(かっぱ)橋(ばし)の道具屋筋なども回っていると、時刻は十一時半になっていた。「うん。軽めのランチだと、どこがいいかなぁ? ハンバーガーとか?」「いいんじゃないかな。むしろそれくらいでちょうどいい」「えっ、ホントにそんなでいいの!?」 愛美は思いつきで挙げただけなのに、純也さんはあっさりOKを出した。「うん。俺、実はそういうファストフードとか、ジャンキーなのもよく食べてるんだよ。一人でも気楽に入れるしね」「ああ……、なるほど」 彼はお坊っちゃま育ちなのでもっとグルメなのかと思っていたけれど、意外と庶民的な食べ物も好むらしい。そういうところも、辺唐院家の人らしくないといえばらしくないかもしれない。「そういえば、原宿に行った時もクレープ屋さんで注文が手慣れてたもんね」「そういうこと。じゃ、行こっか。……支払いは各自で、にした方がいい?」「そうしてもらった方が、わたしも純也さんに気を遣わなくていいからそっちの方がいいです」 ――というわけで、二人はバーガーショップで軽めの昼食を摂った。テーブル席で向かい合い、純也さんは普通のハンバーガーを、愛美はチーズバーガーにかぶりつく。 高くて美味しいものを食べているわけではないけれど、この方が愛美には気楽でいい。「……あ、純也さん。口の横にケチャップついてる」「えっ、マジで? どっち?」「わたしから見て左側。じっとしてて、拭いてあげる」 自分では拭こうとしない彼の顔の汚れを、愛美は甲斐甲斐しく紙ナプキンで拭いてあげた。(……もう! 大の大人なのに世話が焼けるんだから!) まるで子供がそのまま大きくなったような人だと、愛美は母性をくすぐられた。三十歳の大人の男性なのに、「可愛い」と思ってしまう。「……はい、取れた。これくらい、自分で拭けばいいのに」「ありがとう。愛美ちゃんが世話を焼いて拭いてくれるかな、と思ってわざと拭かなかった」「何それ?」 純也さんの言い草が何だかおかしくて、愛美は笑い出した。 十三歳も歳の離れた恋人と、初デートでこんなバカップルみたいなやり取りができるなんて思ってもみなかった。
last updateLast Updated : 2025-02-18
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初デートと初長編 page9

 ――昼食の後、純也さんは愛美を日(に)本(ほん)橋(ばし)へ連れて来てくれた。「愛美ちゃん、ここが日本橋。日本の出発地点だよ」「学校の地理の授業で習ったよ。東海道とか中山道(なかせんどう)のスタート地点なんだよね。――で、これがあの有名な翼のある麒(き)麟(りん)像か……」 愛美は橋の中ほどにある彫像を見上げた。 麒麟とは動物園やアフリカ・サバンナにいる首の長い動物のキリンではなく、中国で四聖獣――玄(げん)武(ぶ)・朱(す)雀(ざく)・青(せい)龍(りゅう)・白(びゃっ)虎(こ)とともに聖獣と崇(あが)められている空想上の生き物で、ビールのパッケージなどのデザインにもなっている。 本来の麒麟には翼がないのだけれど、この麒麟像に翼があるのは「ここから自由に羽ばたいていってほしい」という作者の想いが込められているのだそう。「そういえば、この麒麟像が登場する東(ひがし)野(の)圭(けい)吾(ご)さんのミステリー小説があったよね。わたしもあのシリーズが好きでよく読んでるよ」「ああ、あの刑事が主人公のシリーズだろ? 俺も好きだな。あれ、何作もドラマとか映画化もされてるよ。多分ネットで配信もされてるから、観てみるといい。特に『麒麟の翼』と『祈りの幕が下りる時』は泣けるよ」 純也さんはやっぱり読書が好きらしく、自分の好きな作品の話をする時の表情はイキイキしている。彼と好きな本が共通していることが愛美は嬉しかった。 ここでも純也さんがモデルのイメージショットを数枚撮り、付近の町並みをブラブラ歩いてから、二人は車に戻った。「――さて、愛美ちゃん。次はいよいよお楽しみの場所、日比谷(ひびや)の帝国ホテルへ向かいます」「えっ、ホテル? そこがお楽しみの場所なの?」 愛美は予想外の行き先に目を丸くした。 帝国ホテルは愛美も名前くらいは知っている、言わずと知れた格式高い高級ホテルだ。今日は日帰りの予定なので泊まるわけだはないようだけれど、そこで一体何をするつもりなんだろう?「うん。愛美ちゃん、〝ヌン活〟って知らないかな?」 まだ車はスタートさせていなかったので、純也さんはスマホで何かを検索して画面に表示させ、愛美に向けた。「あ、聞いたことある。もしかして……アフタヌーンティー?」「大正解♪ 帝国ホテルのアフタヌーンティーは、宿泊客じゃなくても利用できる
last updateLast Updated : 2025-02-18
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初デートと初長編 page10

   * * * * 純也さんが予約してくれていたアフタヌーンティーは、一階のレストランのものだった。 館内は高級感が漂いながらも上品で、落ち着いた感じがする。辺唐院家のキラキラ・ケバケバした感じとはかけ離れていて、愛美はこちらの方が寛げそうだと思った。「――すみません、アフタヌーンティーを二名で予約している辺唐院ですが」「はい。ただいまお席へ案内致します。上着とお荷物、お預かり致しますね」「あ、はい」 愛美と純也さんはスマホと財布のみを持って、レストランのスタッフの女性に案内されたテーブル席に着いた。「――愛美ちゃん、スコーンって食べたことあるかい?」「そういえば……ないかも。スコーンってどんなのだっけ?」 横浜にはパン屋さんがたくさんあるので、パン屋さんの店先に売られているのをみかけたことはあるかもしれない。でも、実際に買って食べたことはなかった。「えーっと、イギリス発祥で、パンとクッキーの中間みたいな感じでね。アフタヌーンティーには欠かせないお菓子なんだ。イチゴとかブルーベリーのジャムをつけて食べると美味しいんだよ。パン屋にはチョコチップを練り込んで焼かれたものも売られてるね」「へぇー……、美味しそう」 今日食べてみてハマったら、今度パン屋さんでも買って食べてみようと愛美は思った。「――お待たせ致しました。アフタヌーンティーセット、二人前でございます。ゆっくりお楽しみ下さいませ」 やがて、二人の前に三段重ねのシルバートレーのティーセットが運ばれてきた。そのトレーには一段目に美味しそうなサンドイッチ、二段目にスコーン、いちばん上の段に小ぶりなケーキなどのスイーツが盛り付けられている。 そして、ティーポットからは紅茶のいい薫りがしてくる。まさに映画や小説などで見る、貴族のティータイムの光景。(わぁ……、こんなにステキな光景が現実にあるなんて!) 〝あしながおじさん〟に出会っていなければ、愛美はきっとこの場に来ることもなかっただろう。でも、セレブの御曹司である純也さんに――〝あしながおじさん〟に出会えたから、ここに来ることができた。(……でも、この人はまだ知らないんだろうなぁ。わたしが今そう思ってること)「美味しそうだね、愛美ちゃん。じゃ、頂こうか」「うん。いただきま~す」 スタッフの男性に紅茶を給仕してもらい、愛美は純也
last updateLast Updated : 2025-02-18
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初デートと初長編 page11

「……そういえば愛美ちゃん、ここでは写真撮らなくてよかったの?」「あ、忘れてた!」 純也さんに言われて気がついた。今日は行く先々で、取材として写真を撮っていたのに。ティータイムを楽しむのに夢中になって、すっかり頭の中からスッポリ抜け落ちていたのだ。「でもいいの。このアフタヌーンティーは予定外の時間だったし、自分へのごほうびタイムだと思って取材は抜きってことにするから」 もし、ここも「取材だ」と割り切っていたら、こんなに楽しめなかっただろうから。愛美もここは純粋に「デートだ」と思って、心から楽しむことにしたことにする。 ……ただ、SNSにアップするためになら写真を撮っておいてもよかったかな、と思ったり。「っていうか、純也さんってここでも目立ってるね。イケメンだし背が高いから」「……ん? そうかな?」 彼は気にしていないようだけれど、二人のテーブルの周りにいる女性客たちがみんなザワついているのだ。モデル並みの容姿を持つこのイケメンは一体何者かしら、と。(そして、そのイケメンとふたりでお茶してるわたしは、彼の何だと思われてるんだろう……) 少なくとも恋人だとは思われていないだろう。親戚とか、そんなふうにしか見えないかもしれない。「でも俺は、君以外は眼中にないから。愛美ちゃんも周りからどう見られてるかなんて気にしなくていい。君が俺の恋人であることに間違いはないんだからね」「あ……、うん。そうだよね」 周りからどう見えるかが気になるのは、愛美自身が「純也さんとわたしは釣り合っていないんじゃないか」と気にしているからだ。(愛美、純也さんの言う通りだよ。そんなの気にしちゃダメ! 彼が本気で好きになってくれたのはあなただけなんだから、もっと自信持たないと!)「こんなに非日常が味わえる時間、周りの目なんか気にしてたら楽しめないよね。よし、ここにいるのはわたしと純也さんと、給仕の人だけ。他の人たちの存在は忘れちゃおう!」「はははっ! 愛美ちゃん、それはいくら何でもオーバーじゃないか?」「そうかなぁ?」 純也さんは笑うけれど、そのおかげで場の空気が和み、愛美はこの非日常の空間での時間を心から楽しむことができた。
last updateLast Updated : 2025-02-18
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初デートと初長編 page12

   * * * * ラグジュアリーな空間でのんびりお茶を楽しみ、愛美と純也さんはお腹も心も満たされた。 二人はクロークでコートとバッグを受け取り、レストランを出た。「な? 昼食軽めにしてよかったろ?」「うん、ホントにね」 支払いは純也さんが二人分もってくれた。 ここのアフタヌーンティーの料金はかなり高額で、一人分でも六千円以上かかる。さすがにこの金額は、高校生がお小遣いで支払える額の範囲を超えている。(純也さん、どっちで支払ったんだろう? ブラックカード? それとも現金で?)「――お待たせ! 支払い済んだから出よう」 首を傾げている愛美のところへ、ホテルのフロントから純也さんが戻ってきた。「はーい。――ね、純也さん。支払いは現金とカード、どっちで?」「ここはカードで。ブラックカードってね、ホントはあちこちでひけらかすようなものじゃないんだけどさ。ホテルのフロントではカード払いの方が楽っちゃ楽なんだよな」「…………ほぇー」 愛美はそう言われてもピンと来なくて、間の抜けた声を出すしかなかった。   * * * * 帝国ホテルを出ると、日が傾き始めていた。 二人は車で、今日の最終目的地である東京スカイツリーへ行った。 ここは全長六百三十四メートルという、世界一の高さを誇る電波塔である。 タワーの下には〈東京ソラマチ〉という複合施設があって、そこにはショッピングモールや水族館も入っている。「――わぁ……、キレイな夕日……」 ここの入場チケットも純也さんが買ってくれて、二人はエレベーターで天望デッキへ上がった。 ガラス張りの窓の外には東京の街並みが広がっていて、西の空にはちょうど日が沈みかけている。「ちょうどいい時間に来られたな。もう少し暗くなってからだと、ここから見える東京の夜景がキレイなんだけど……。さすがにそんな遅い時間までは高校生を連れ歩けないから」「う~ん、キレイな夜景を見られないのは残念だけど。この夕焼けが見られただけでも、今日は来た価値はあるかな。純也さん、連れてきてくれてありがとう」 愛美は彼にお礼を言い、スマホで夕日の写真を撮った。「俺のイメージショットは要らないの?」「うん。ここは小説に登場させるかどうかまだ決めてないから。あの夕日だけでも記念に撮っておきたくて」「……そっか」「でも、今日一日あち
last updateLast Updated : 2025-02-18
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初デートと初長編 page13

「――ねえ、純也さん。わたしがどうして純也さんのことを好きになったか分かる?」 手すりにもたれかかりながら、愛美は隣りに立つ彼に訊ねる。この恋が始まったキッカケを、彼に打ち明けたことは今までなかった。「……いや、分からないな。教えてくれるかい?」「純也さん、初めて学校を案内した時に、わたしの名前を褒めてくれたでしょ? あと、会ったこともないわたしの両親のことも。だからわたし、純也さんのこと好きになったんだよ」 愛美自身も、あの頃はまだ亡くなった両親から愛されていたかどうか自信がなかったので、純也さんに言われた言葉で救われたのだ。今は自分が確かに両親から愛されていたんだと思えるし、両親の愛に報いるような生き方をしようとも思える。「あれがキッカケで……? 俺はごく普通のことしか言ってなかったつもりだったんだけどな」「ううん。わたし、あの時までは誰かからそんなふうに言われたこと、あんまりなかったから嬉しかったの。だからだと思う。純也さんのこと、すごく好きになったのは。……だから、ありがとう」「そう……だったのか」「うん。そうだったんだよ」 そして彼は、色々な場面で愛美のことを気にかけてくれている。インフルエンザで入院生活を余儀なくされた時には、お見舞いにキレイなフラワーボックスを送ってくれた。心のこもった手書きのメッセージカードを添えて。あんなに失礼極まりない手紙を書き送ったにも関わらず。 それはあくまで〝あしながおじさん〟としてしてくれたことで、愛美もその頃はまだ彼がしてくれたんだとは知らなかったけれど。 でも、愛美はまだ純也さんに「あなたが〝あしながおじさん〟でしょう」と追及するつもりはない。なぜなら、愛美のことを欺(あざむ)き続けていることにいちばん良心の呵(か)責(しゃく)をおぼえているのは誰でもない彼自身だと分かっているから、彼の方から本当のことを打ち明けてくれるまで待っていることに決めたのだ。(気づかないフリをするのもまた、一つの勇気なんだよね……)
last updateLast Updated : 2025-02-18
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