All Chapters of かみさまのリセットアイテム: Chapter 31 - Chapter 40

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第18-0話 毛巽寺

「人間は不安を感じたときに、自分が見えてたものを、自分の恐怖の記憶に置き換えるのさ。 その幻覚を勝手に解釈して霊現象だとしたがるんだ」 雅史は姫星の手を引いて本堂を出ようとしている。今はアプリのおかげで抑えているが、根本的に解決している訳では無いからだ。「…… じゃあ、幽霊なんかいないの?」 姫星は尋ねた。心霊体験をしたという友人を何人も知っているし、自分でも見た……と、思っているからだ。「そういう訳ではないよ。 本人が見たというのなら、きっとそうなんだろうと思うよ? でもね、確証の無い話を、むやみ信じては駄目だということだ」 雅史は合理的に考える人間だが、他人の信仰まで否定するつもりも小馬鹿にするつもりも無い。 自分に影響が無ければ、勝手にすれば良い考えているタイプだ。だが、他人に自分の信仰を強要する奴は大嫌いだった。「今は防止されているんで見えなくなったのさ」 雅史は姫星に説明しながら周りを見渡した。何も異常が無いが姫星をここに留めておくのは、危険なのかもしれないと思い始めたのだ。そして残念なことに、ここでも美良の痕跡は無かった。「さあ、寺から移動しよう。どうやらここいら一体に妙な音が出ているようなんだ」 雅史は姫星の手を取り先を促した。本堂から出ても若干の異常周波数が計測できている。だが、雅史は根本的な疑問があった。「しかし…… どうして、こんな高周波や低周波が発生しているんだ?」 雅史と姫星は本堂を出て来た。雅史は手元のタブレットのアプリを見てみた。するとさっきまでメーターを振り切る勢いだった、レベルメーターが平常値に戻っていた。本堂の中だけで謎の周波が発生していたらしいのだ。 原因を探るのに興味を惹かれたが、今は姫星の安全と美良の移動した痕跡の確認が優先した。「ほぉ、謎の異常音ですか……」「恐らく低周波音にやられたんだ。 この村には通常では有り得ない特殊な音が発生しているらしい。 なんだか、異常な高周波音と低周波音に包まれている感じだ」 雅史はタブレットを見ながら言った。「低周波音の影響を受けた脳が、幽霊を創り出していたんだよ」 力丸爺さんは話の途中から付いて行けなくなったが、どうやら姫星は大丈夫だとわかると、手に構えていた杖を元に戻した。「そこでアプリを使って逆送波を送り出して打ち消すようにしたのさ」 手にしたタ
last updateLast Updated : 2025-03-08
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第19-0話 虚ろな目

遠鳴市遠鳴警察署。 霧湧村で逮捕された泥棒は、隣街の遠鳴警察署で取り調べを受けていた。村にある駐在所には、犯人を留置する施設が無い。もちろん取調室などもないからだ。そこで、検事へ送致するような犯罪を犯した者は、遠鳴市の警察署が一手に引き受けている。この泥棒もその一人だった。 担当刑事が取り調べで話を聞こうとするが、肝心なところになると日本語が判らない振りをする。まことにタチの悪い泥棒だった。そこで、大きな街から通訳を呼んでくることになっているのだが、到着するまで時間がかかる。 そこで雑談で泥棒の気心を掴もうとしていた。ところが泥棒は気もそぞろで、落ち着きが無く目線も泳いでいた。何やら様子がおかしいのに、気が付いた刑事は尋ねてみた。「どうした? 随分と落ち着かないな?」 泥棒は黙っている。しかし、時々後ろを振り返ったりしている。何かに怯えているようだった。「…… なあ、さっきから俺の後ろを通っているのは誰なんだ?」 泥棒はとんちんかんな事を言い出した。基本的に取調室には刑事と被疑者の泥棒しかいない。無関係な人物が入り込むことなど有り得ない。「…………」 刑事は薬物中毒を疑って泥棒を改めて見つめた。汗を掻いている風も無い、呼吸が乱れている訳でも無い、視線が落ち着かないのは、逮捕拘束した奴にありがちな事なので良しとする。薬物中毒を疑ったがそうでは無いようだ。「お前の後ろにあるのは窓だ。 防弾の奴だから誰も通れやしないよ」 取調室を誰かが通り抜けるなど有り得ない。入り口のドアは刑事の後ろに一つあるだけだし、窓は嵌め殺しの曇りガラスだ。覗き込むことすら出来ない。「で? どうしてお前は警ら中の警官に自首したんだ?」 しかし、泥棒は再び黙り込んでしまった。自首して置いてダンマリを決め込むのは、この手の泥棒に良くある手口だ。自分が時間を稼いでる間に、盗品を持った仲間を逃がすのだ。こうすると証拠不十分となり、立件を諦めさせて釈放させる。それを狙うやり方だ。(今回も時間が掛かりそうだな……) 刑事はため息を付いた。 その警察署の留置場では、若い警官とベテランの警官と、二人体制で留置場に居る被疑者を見張っていた。別に取り調べとかをする訳では無く、被疑者が送検されて拘置所に行くまでの間、見張っているのが仕事だ。 刑事たちの厳しい取り調べを終えた金田は留置
last updateLast Updated : 2025-03-09
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第20-1話 自壊

遠鳴警察署留置場。 留置場では夕方になると夕飯が出て来る。警官たちが配膳をしていると、金田が身体が痒いと言い出した。「身体が痒い……」 ボリボリと腕を掻く音立てながら、格子越しに警官に薬をくれるよう頼み込んでいた。「夕飯を食べた後に塗り薬をやるから、それまでちょっとの間ぐらい我慢してろ」 取り調べにあたる刑事たちと違って、留置場の見張り当番の警察官は親切だ。面倒見もとても良い。それでも、あれこれと注文の多い金田に、辟易していた警官はぶっきらぼうに答えたのだった。「腕が痒い……」 さっきは足だったじゃないかと言われると、痒いところが移動してるみたいだと言い出した。「身体の中を虫が這いまわっているみたいなんだ…… なあ、なんとかしてくれよ……」 金田は気弱になりつつあった。ボリボリと身体を掻いているらしい音が、絶え間なく聞こえていた。「なあ、顔…… 顔が痒い…… 痒いんだ……」 警官が金田の顔を見ると真っ赤になっているのが判る。「う゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ……っ!?」 金田は身体を掻く音と共に呻き声を上げ始めた。「何とかしてやんなよ」「煩くてかなわん……」「薬ぐらい良いだろが」 他の留置房からも声が出始める。退屈な留置場生活の中での唯一の楽しみが食事だ。それを邪魔されるのが嫌だったのであろう。「夕食の食い物にアレルゲン物質があったのかも知れないですね……」 留置場の当番警官の一人はそう言った。ひょっとしたらアレルギー性の痒みの可能性があるなと思ったのだ。「今、担当医を呼ぶから静かにするように」 古参の当番警官が扉の外から声をかけた。医者を呼ぶ事にしたのだ。 ほうっておいて虐待したなどと言われると、人権屋の弁護士に付け込まれてしまう。すると奴らはせっかく捕まえた犯人を釈放させてしまうのだ。当然、自分が始末書を書かされるはめになる。始末書はめんどくさいし、昇格試験の成績に響いてしまうのが嫌だった。「う゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ……っ!!」 金田は返事の代わりにうめき声で答えた。留置場の中からは相変わらず、”ボリッボリッ”と身体を掻いているらしい音が聞こえていた。 留置場の中で被疑者が自傷行為に走るのはよくある事だ。反省のあまりに自傷行為に走るのでは無い。そんな愁傷な奴は最初から犯罪など起こさない。 裁判を少しでも有利に運ぶ為にするのだ
last updateLast Updated : 2025-03-10
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第20-2話 ウテマガミ様の罰

「……」 金田からの返事が無い。さっきまであれだけアチコチが痒いと騒いでいたのにだ。「……大丈夫か? もうちょっとの辛抱だぞ??」「……」 やはり、返事が無い。警官が覗き込む角度を変えようかとした時に、金田が被っている毛布の横から、なにやら赤い物が流れ出ている事に気が付いた。「おい! 大丈夫か!!」 慌てた警官は留置場の扉の施錠を外して、中に入り金田が被っている毛布をめくり上げた。「……っ!」 そこには骨が見えるまでに掻き毟られた金田の顔があった。顔面の皮がずるりと剥け落ちてしまっている。金田が静かになったのは、余りの痒さに、顔や手足を掻き過ぎて皮膚が剥がれてしまい、そこからの失血が酷くて失神してしまっていたのだ。毛布から流れていたのは血液だった。泥棒は両手を開いたままで仰向けになっていた。その両手をみると指先には肉は無く骨が見えていた。金田は全身を麻痺したようにピクピクしたままで、呻き声一つあげずにいる。「た、大変だっ!」 警官なので腐乱死体に接する機会が多いとは言え、先程まで動いていた生身の人間が、肉が削げるほどに掻き毟られた身体は見た事が無いものだ。警官は嘔吐したいのを我慢しながら急いで救急車を手配した。だが、駆け付けた救急隊員の懸命の努力も虚しく、金田は死亡してしまった。流れ出た血液の量が多すぎて失血死したとの事だった。 霧湧村の駐在所に勤める田中宏和が、そこまで話し終えると目の前にあった温くなった麦茶を啜った。「中々、壮絶な死にざまだな……」 村長の日村は泥棒の顛末を聞き終えると田中に言った。「はい、先日に見つかったリーの死体状況と似ており、捜査本部では皮膚性の疾患を疑っております」 今みたいな詳しい話は、警察から外部に漏れる事は無いのだが、余りにも奇妙な事が続けて起こったので、疫病を心配した警官が村長に話しをしに来たのだった。「ふむ、疫病の可能性があると…… 言うことかね?」 日村は田中に聞き返した。「はい」「腰の痛みや神経痛を訴える者は多いが、身体が痒いという者は居ないねぇ…… 何しろ年寄りが多いから……」 もちろん、村で奇妙な疫病が流行っている事実は無い。「しかし、気にはなるね。 後で広報係と保険係に言っておくよ。 ご苦労様」 似たような症状が出ていないか確かめるためだ。それを聞いた田中は礼を言って駐在所
last updateLast Updated : 2025-03-11
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第21-1話 村の怪現象

霧湧村村長室。 村長室には宝来雅史と月野姫星と山形誠の三人が残った。「それでは何か気になる事がありましたらご連絡ください。 失礼します」 村長の日村に報告が済んだ田中宏和は駐在所に帰って行った。「それで、お二人はこれからどうなさいますかな?」 村長の日村が政史に訪ねてきた。雅史としては有力な手がかりが無い以上は、ここに長居するのは不要ではないかと考え始めていた所だ。「そうですね。 当日の月野美良の足取りは大体分りました。 これ以上長居してもご迷惑になりますから、一旦引き揚げようかと思います」 雅史がそういうと日村は頷いた。「あぁそうだ。 神御神輿を執り行う事にしたんですよ。 御神体が不在のままでは縁起が悪いと、村の年寄りたちが嫌がってましてね」 急に思い出したように誠が雅史に向って話し始めた。「えっ、そうなんですか?」 雅史は村長に訪ねた。「ええ、些細な事なんですが怪現象の報告の数が増えて来てましてね」 日村は渋々という感じで返事してきた。村で怪現象が発生しているなどと知られたくないようだ。 日村の話によると、霧湧村の中程を流れる増毛川の堤防に、長さ約百メートルに渡って亀裂が発生しているのを、村人たちが見つけたと連絡してきたのだ。 今の所、けが人や家屋への被害報告はなかった。 職員が亀裂を見た感じでは、すぐに川の決壊や崩れ落ちる可能性は無いだろうと思われている。「地震などで亀裂が発生するのは良く或る事なんですが、最近は地震などが起きてなどいないんですよ。 なぜこうした亀裂ができたのかが丸で分からないんです」 現地調査を行った村役場の職員は言っていたそうだ。 元々、小川のような小さい川なので、河川の決壊による、洪水のような騒動にはならないが、用心に越した事はない。 国土交通省に調査を依頼するつもりだとも言っていた。「実を云うと宝来さんたちがいらっしゃる前にひと騒動がありましてね……」 日村が目頭を揉みながら話し始めた。相次ぐ異変で村人たちが騒ぎ始めたのだ。「やはり、ウテマガミ様の神域を、泥棒たちが汚したので、祟りが起きているのはないか?」「このままでは作物が実るか心配だ」「春先に行っていた神御神輿をもう一度やってみてはどうか?」「神御越しを二回もやるなんて聞いた事が無いぞ?」「秋にお帰りを願う神様がどっかに行って
last updateLast Updated : 2025-03-12
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第21-2話 ピンポンダッシュ

 春に行われる神御神輿には神主を呼んだり、「石勿(いしもち)」、「神楽勿(かぐらもち)」、「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」らが三日間の間、滝打たれて禊ぎをしたりと、色々と手続きを行うのだが、今回は沐浴だけで済ませるのだそうだ。「私は祟りなんて信じていないが、村人たちが落ち着いて生活できるのなら、それに越したことはないでしょう」 日村は現実主義者だ。神様の祟りだの災いなどの戯言は頭から信じていない。しかし、村人たちの信仰まで否定するつもりなどない。祭りを執り行う事で皆が安心してくれのならそれで良しと考えているのだ。「私には村社会の安定を保つ責任があるんですよ」 村長はそう言いながら笑った。「良かったら見学して行きませんか? もっとも春にやるような正式なものでは無くて簡略化したものですけどね」 誠が雅史に提案してきた。折角、東京から来たのだからとの親切心なのだろう。「はい、ぜひそうさせて下さい…… あっ、でも山形さんの家に御迷惑をお掛けするのでは無いでしょうか?」 雅史は誠に宿泊の都合を尋ねた。民宿では無いので、山形母への負担を考えたのだ。「家は何日でも大丈夫ですよ……」 誠はにっこりと笑って快諾する。結局、雅史と姫星は誠の自宅に泊めてもらうことになった。 村役場を出た三人は誠の自宅に向かった。「すいません、何日もご迷惑をお掛けして申し訳ありません……」 誠の自宅に移動して誠の両親に挨拶をした。本当なら二泊で帰る腹積もりだったからだ。「いえいえ、いいんですよぉ。 お祭り見て行って下さいね」 誠の母は愛想よく言った。夕食の時に役場で聞いた怪現象のことを話してみたところ、他に発生しているのだと誠の母が言ってきた。 ちょっと山の奥に入った所にある家で毎晩十時ぴったしにチャイムがなるのだそうだ。ピンポンダッシュにしては時間が一定だし、田舎なので遅い時間は人通りも無い様な所だ。玄関に応対に出てみても誰もいない。家人たちは震えあがり『ウテマガミ様の祟り』だと噂していた。「家も似たようなことあったけど、たぶん近所のアマチュア無線の影響では無いでしょうか?」 雅史が自分の実家で遭遇した、謎のピンポンダッシュの話をしはじめた。「そんな事が有るの?」 姫星が尋ねて来た。「アマチュア無線基地局の指向性を持った強力な電磁波が、チャイムを誤作動させる事があ
last updateLast Updated : 2025-03-13
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第22-0話 手形の赤黒い跡

誠の母の怪談話。 霧湧村には見晴らしの良い山の頂上に無線の基地局がある。携帯電話やテレビ放送を中継させる基地局だ。基本的には無人化されているのだが、今回の騒動の最中に故障してしまった。そこで修理の依頼を受けた会社が作業員の広瀬と加藤を二名派遣してきた。 修理と言っても部品を順番に取り替えるだけだ。それで治ったのなら、該当する部品を持ち帰って詳細に原因を究明する。駄目なら他の部品を取り替えるだけだ。 作業員はメンテナンスの時にも訪れているので気軽な気持ちでやって来ていた。しかし、いくら部品を交換しても故障が直らず、時間もかなり過ぎているので、一旦会社に引き上げようということになった。 山道を車で降りている時に、崖のちょっと広くなった場所に来たと思ったら、エンジンがいきなり停止してしまった。「え? なんだよ……」 運転していた広瀬が再びエンジンをスタートさせようとイグニッションキーを回した。しかし、セルモーターが回るだけで一向にエンジンがかからない。「ガス欠? 勘弁してよ……」 しかし、山に登るときの鉄則として、山に入る前に満タンにしてある。ならばエンジン故障なのかもしれないと広瀬は考えた。「くそっ、エンジン見てみるわ」 広瀬がシートベルトを外そうとした時に、いきなり助手席の加藤に手を掴まれた。見ると加藤は頭を振っている。「あ? 見てみないと解らないだろ?」 広瀬が加藤に言った。しかし、それでも加藤は頭を振っている。「…… あそこに何か居る……」 加藤は自分の肩越しに森の中を指差していた。『…………』 その時、窓越しに何かが聞こえているのに気がついた。「え?!」 振り返ってみると何やら黒い影が居るのがわかる。灯り一つ無いので暗闇のはずなのにだ。森の暗さの暗闇とは違う種類。深遠の暗闇と表せばいいのだろうか。光が吸い込まれていくような暗闇だ。その黒い陰が少しづつ車に近づいて来るのだ。『…… ってよぉ……ぉ』 やがて声がハッキリと聞こえ始めた。それは子供の声だ。最初に見ていたのは一人のようだった。 広瀬は咄嗟に山の中で迷子になった子供かと思った。『ねぇー、まってよぉぉぉ』 また、声が聞こえたと思ったらソレは二人分の影になった。『ねぇー、まってよぉぉぉ』 黒い影は正面からもやってきて、ヘッドライトに捕まる前に左右に別れて通り過
last updateLast Updated : 2025-03-14
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第23-1話 奇妙な静けさ

山形誠の自宅 明け方。月野姫星は何となく目が覚めてしまった。窓に寄りカーテンを少しだけずらせて外を覗いて見る。昨日の不審者でも現れたのかと思ったからだ。しかし、外が明るくなり始めていて、庭には不審者など居なかった。 安堵した姫星は単独で再び霧湧神社に行く事にした。あることを確かめる為だ。また、気分が悪くなる可能性も有るが、姫星の考えている通りならば、建物内に入らなければ平気なはずだ。 宝来雅史に相談すれば、近づく事さえ反対されるのは判っているので、姫星一人で行く事にしたのだ。 霧湧神社にやって来た。朝の早い時間なので神社の中には誰も居ない。 神社の境内に一人佇んで、周りを見回してみた。自分が感じている違和感の正体を確かめるためだ。 姫星は『ぅわぁーーーん』と言うような感じで、耳の奥に圧迫感を感じていた。毛劉寺・毛巽寺の時には高周波の音で幻覚を見てしまったが、あの時とは印象が違って見えている。「また、低周波音……?」 姫星は雅史のタブレットを無断で持ち出していた。タブレットのアプリを起動させて、計測モードにしてみたが目立った波形は出ていない。つまり、境内には低周波も高周波も発生していないと言う事だ。「んー…… 何なんだろう?」 境内の真ん中付近に立ち、ぐるっと周りを見渡した。朝から感じている違和感が何なのかを思いあぐねているのだ。 そして妙なことに気がついた。静かなのだ。田舎なのだから行き交う車も無いし、人の通りも極端に少ないのだから、当然なのだろうと思いきや、それにしても静かなのだ。「虫の鳴き声が聞こえない…… 気のせいなのかな??」 姫星は田舎と言えば絶え間なく、虫が鳴いているイメージを持っている。明け方だと虫たちも寝てしまうのだろうかと姫星は思った。 姫星は何とはなしに空を見上げて、『今日も晴れになりそう……』そんな事を考えている時に気がついた。「あっ……」 早朝であれば鳥たちの活動時間だ。この時間に自分たちの餌場へと移動していくのが常だ。しかし、今は鳥の鳴き声も、羽ばたく音も聞こえない。飛んでいる様子も見られない。そういえば夕べも、夜に活動するはずの虫の鳴き声が聞こえなかったような気がした。「虫…… あっ、セミの鳴き声が聞こえない!」 一昨日、来た時には五月蝿いぐらいだったのに妙だった。今の時間ならヒグラシが鳴いている時間
last updateLast Updated : 2025-03-15
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第23-2話 黒い円

 姫星は、その不気味にうごめくモノにそっと近づいてみた。(…… 蟻? ……) 姫星は恐る恐る近付いて良く見ると、蟻が同じところをグルグルと回っている光景だった。それも数千匹、或は数万匹は居そうなくらい、一心不乱にグルグル回転している。蟻たちは直径が一メートルはありそうな黒い円を形作っていたのだ。(どうして自分たちのお家に帰らないの?) これはアントデスマーチと呼ばれる現象だ。原因は解明されていないが、何らかの要因で帰るべき巣を見失っているのではないかと言われている。そして、この現象を起こした蟻集団は、そのまま死に絶えてしまう。 姫星はその不思議な現象をしばらく眺めていたが、自分には何も出来ないと思い、蟻たちを踏まないように、道の端を通って帰り道に出た。 一陣の風が素早く姫星の横を駆け抜けた感じがした。姫星は後ろを振り返ったが何も無い。地面では蟻たちは相変わらずグルグルと回っている。 何が起きても怪しく感じてしまっている。姫星の神経が参り始めているのだ。(やはり、一人で来るべきでは無かったのか) 姫星は後悔し始めていた。 その時。森の奥からガサガサと葉が擦れ合う音が聞こえてきた。姫星は身構えた。 道の脇にある鬱蒼と茂る下草の間を、迷いもしないで真っ直ぐに自分に向かって来るモノがいる。バキッ 枝か何かが折れる音がしたかと思うと、猪が飛び出てきた。そして、目の前にいた姫星にびっくりしたように立ち止まっている。バキッ また、音がしたかと思うと、その後ろから鹿も飛び出てきた。そして、姫星を見るや立ち止まってしまった。(山火事でも起きているの?) 自然を扱ったドキュメンタリーなどで見られる光景だ。姫星は注意深く山を見つめた。しかしながら、山にはそんな兆候は見られない。ただ、静かに風に吹かれている。「姫星は何にもしないよ…… 山にお帰り……」 姫星はそう声を掛けてあげた。当惑していた猪や鹿は、姫星が無害であると理解したのか、そのまま道を渡って反対側の森の中へ消えていった。「なんか変……」 姫星は当惑したまま宿へと急いだ。動物たちの様子もおかしいと雅史に報告する為だ。 すると、前方からこちらに向かってくる雅史の姿があった。無断で宿を抜け出したので、姫星を心配して探しに来たらしい。「村の様子が変だから気を付けなさいと注意したでしょ?」
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第23-3話 泥棒対策

「ああ、以前に千葉県でも似たような現象が起きて、話題になったこともあるんだよ」 千葉県の一部の地域でのみ、方位磁石が五度~十度ずれてしまう現象が起きて話題になった。ニュースにも取り上げられている。その地域はガス田の上にある為、それの影響ではないかと推測されていたのだ。「なんらかの霊的エネルギーが貯まっていて、磁場が発生して磁石を狂わせているとか?」  姫星は電子機器が有る処では心霊現象が発生しやすいとの都市伝説を聞いた事があった。「霊的なエネルギーとかは不明だけど、脳の活動には影響を与えるかもね知れないね」 もっとも、そこまで強い影響を与える磁気では、電子機器はまともに動かないものである。「たまたま、磁気に鋭敏な人が、見えたり寒気を感じたりするのかも知れない」 人間の脳の仕組みは、まだ解明されていないのだ。だが、携帯電話にしろ中継する基地局にしろ電子機器の塊だ。磁石に影響が出るような磁場の乱れで、機材が異常を来たしてもおかしくはなかったのだ。「人間は意味不明な現象に出合うと、自分の理解できる範囲で考えるようになるからね」 雅史は巷に溢れる幽霊の目撃談は、磁場の異常なのではないかとも考えていたのだ。「毛劉寺が東じゃないのなら、本当は北東になるのかな?」 姫星が地図を見ながら言った。「あっ!」 雅史は今まで気にも留めていなかったが、地図だと方位は正しく判る。「どうしたの?」 急に叫んだ雅史に姫星は驚きながら聞いて来た。「ああ、あの寺の配置には意味が在ったんだ」 雅史は霧湧神社を中心にして、寺が配置されている意味を理解したのだ。「意味?」 姫星は雅史に尋ねた。「霧湧神社の周りにある寺。 毛劉寺・毛巽寺の配置は鬼門と裏鬼門にあたるんだよ」 霧湧神社を中心に考えると良くわかる配置だった。鬼がやってくると信じられていた時代の名残りだろう。古来から鬼門の方角に魔よけの意味で『猿の像』を置いたりする。「…… 風水でしたっけ? 鬼門とか裏鬼門」 風水とは陰陽道の考え方だ。大雑把に言ってしまえば、自然には力が流れていく方向があり、それの流れを読み取って運を良い物にしようという考え方だ。「そう、風水の考え方だね。 でも仏教とは余り関係ないように思えるんだけど……」 雅史は考え込んでしまった。(寺が出来た時代には、貧困に悩んでいたに違い
last updateLast Updated : 2025-03-17
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