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かみさまのリセットアイテム のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

33 チャプター

第07-2話 頑固な爺さん

 誠は一冊の冊子を取りだして来た。「先生がいらっしゃる聞いて、村の長老から郷土史を借りてきました。 ご参考までにどうぞお読みください」 最初のページに粗筋みたいにまとめられている概略が載っていた。 それによると、霧湧村は江戸時代の初期に入植地とされたそうだ。それまでは猟人や修行僧ぐらいしか住み着いていなかったらしい。最初は酷い土地だったと、寺の人頭帖に書かれている。江戸の中頃まで碌に作物が育たず、村は極貧で飢饉に苦しめられていたとも書かれている。 そして、食べるのに困った親たちが、子供たちを連れて行く森があった。村から山に入って少し離れたところだ。そこで親たちは子供を手に掛ける。絶命したら山に遺体を埋めて村に帰り、村の者たちに子供が神隠しに遭ったと触れ回る。村の者も事情は似たようなものなので、何も知らぬふりをして神隠しの噂だけが残った。昔はそういう悲しい出来事があったとも書かれている。 ある時、旅の途中の坊さんにどうすれば良いのかを聞いた所。五穀豊穣を願うウテマガミ様を祀る儀式を教えられた。最初は旨くいったらしいのだが、ウテマガミ様の力が強すぎて村人が力に当てられてしまう…… つまり、発狂してしまう者が出てしまった。それで鬼門の方角に寺を建立して、力の強すぎる神様に対する結界としたらしい。「中々、興味深い郷土史ですね…… これは、美良は読んでいるのでしょうか?」 冊子から顔を上げた雅史は誠に尋ねた。「いえ、美良さんはお持ちじゃないです。 村の長老の所に尋ねた時に、東京から学生さんが来たと話したら、こういう冊子があるから大学に送ってやれと頂いたのです」 誠が冊子に付いている、村の地図を指差しながら答えた。「村の長老と言うのは、何と言う方なのですか?」 雅史は地図を見ながら尋ねた。「伊藤力丸という、ちょっと頑固な爺さんですよ。 明日、時間があるようなら尋ねてみますか?」 誠は欠伸をかみ殺す様に言っていた。もう、眠いらしい。「はい、ぜひお願いします」 雅史は頭を下げて頼んだ。「それでは手間をお掛けして申し訳ありませんが、美良の足跡を地図に示して貰えると助かります」 雅史は手元の地図を広げて見せた。「それも良いですが、明日は一緒に回りましょう。 これも何かの縁ですから、何かお役に立てそうなことなら何でもどうぞ」 誠は意外な提案をしてき
last update最終更新日 : 2025-02-11
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第08-1話 驚異の伝播速度

 霧湧村の朝。 朝の目覚めは爽やかだ。宝来雅史は宿泊させて貰った山形誠の家の庭に居た。まだ、夜通し車を飛ばしてやって来た疲労が手足に残ってはいる。(なかなか気分が良い物だな……) それでも排ガスだらけの都会と違って、森林イオンとかいうのが空気に満ちているお蔭なのだろう。久方ぶりの開放感を満喫している気分だ。 陽の光の中で見渡す霧湧村は、噂話とは裏腹の教科書に出てくるような、田園風景が広がる美しい村だった。 村の山間から上る朝日が、まだ瑞々しい稲穂を照らし出し、これから芽吹いていく生命の賛歌を称えているように見えた。「緑が眩しいってのは初めてだな……」 そんな事を考えていると、山形の母親が朝食の用意が出来たと告げてに来た。「田舎なもんですから、大した用意は出来ませんけど……」 そう、自嘲気味に言う山形母に礼を言って、姫星を起こしに行く雅史であった。 朝食を取りながら山形と簡単な打ち合わせをした。 今日は山形が美良を案内した順に連れて回ってくれるのだが、山形は午前中は役場の仕事をしなければ不味いので、午後から案内してもらう事になっている。 そこで、今日は村の長老の一人に村の由来を聞いた後に、姫星の着替えの調達に出かける予定にした。車で三十分程行った所にショッピングモールがあるそうだ。 とりあえず、姫星の着替えを調達しなければならなかった。黒のゴスロリ服は雅史的には『有』なのだが、この村の日常には不釣り合いだ。山形母が娘の服を貸してくれると言っていいだした。「こんなメンコイ娘さんが着てくれるのなら服も喜ぶのにー」 山形母はニコニコ顔で言ってくれたのだが、本人不在で勝手には出来ないと丁寧に断ってしまった。山形の妹は、大学に通うために隣の県で、下宿生活しているのだそうだ。 まず、長老の伊藤力丸氏の家に向かった。家の呼び鈴を鳴らすが反応が無い。どうやら留守のようだ。「あれれ、畑仕事に行ったのかな……」 雅史は家の隣にある田んぼに、視線を移してみたが誰もいない。どうしたものだろうかと思いあぐねていると、隣家の人が家から顔をだした。「その家の爺様は、朝から山に薪拾いに行ったから当分帰って来ないよ」 都会だろうが田舎だろうが年寄は早起きで働き者なのだろう。事前に電話しておくべきだったのを失念していたのだ。どうも、雅史は焦る気持ちばかりが優先し
last update最終更新日 : 2025-02-12
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第08-2話 可愛くおねだり

 大型のショッピングモールは遠鳴市に有り、複数ある店は東京でも馴染みのがある店舗が多い。デートの時にショッピングを付き合わされた雅史は、知っている名前を思い出していた。「きゃあ、可愛いーーっ」 ズラリと並んだ可愛らしい服に、姫星のテンションは上がってしまっている。姫星は雅史を置いてけぼりにして、一人で服と姿見鏡の間を往復している。女性の買い物に付き合うのが苦手な雅史は一休みする事にした。「向こうの柱の処にあるベンチで待ってるからね」 姫星が服を選んでいる間、雅史は通路のそこかしこに設けられているベンチに座った。隣を見ると中学生ぐらいの男の子集団が対戦ゲームをしている。 この手のモール店は、客サービスで無料の無線LANを用意している事が多い。子供たちの格好の遊び場になっている。 席が近いので彼らの会話が耳に入って来た。どうやら、この夏休みに肝試しを計画している話題らしい。「でも、あっこの村まで行くのタルイっしょ」「先輩方はチャリで行ったらしいよ……」「あの変な看板のあるトンネル抜けるだけでも、十二分に肝試しになると思わね?」 雅史はピクリという感じで反応した。(変な看板のあるトンネルって……霧湧村の入り口に或るトンネルか??) 霧湧トンネルの入り口にあった奇妙な看板を思い出した。確かに誰が見ても変な看板だ。「でも、あそこの神社はマジでヤバイって噂だぜ?」「神隠しに遭うって話か?」「実際に行方不明になった奴がいるって先輩が聞いたと言ってた」 少年たちは携帯ゲーム機から目を離さずに喋っている。昔は考えられなかったが、これでも彼らは一緒に遊んでることになるのだ。(むぅ……トンネルに神社……どう解釈しても霧湧村の事だよな……) 雅史は黙っている事が出来なくなった。「あの…… その話。 もう少し詳しく聞いてもいいかな?」 雅史は中学生たちの方を向いて、それと無く質問してみた。「オジサン…… 誰?」 いきなり話しかけて来た雅史に、中学生たちは怪訝な顔を向けた。「霧湧村を取材しに東京から来たんだ。 さっきの話で出てた変な看板のあるトンネルって、霧湧村の入り口にある奴だろ?」 昨日見かけた看板の話を中学生たちにした。雅史の話に興味を示したが、お互いに顔を見合わせている。「いや、知らない人と話しちゃ駄目っていうし……」 今は男の子で
last update最終更新日 : 2025-02-13
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第08-3話 噂の真相

 姫星に頼み込まれた少年たちは喜んで話を始めた。「自分たちの中学の先輩たちから、伝え聞いた話なんですが……」 少年たちが言うには、昔肝試しに行った中学生が行方不明になったという噂だ。 二十年ほど前に霧湧村の中学生たちが、神社で肝試しをおこなったそうだ。神社の鳥居の所から灯り無しで、本殿に行き中に紙を置いて来る。ただ、それだけの肝試しだ。 最初の一番目は無事に帰って来たが、二番目と三番目が帰って来ない、最初は二人が示し合わせて悪戯しているのだろうと思って、鳥居の所で小一時間ほど待ったが帰って来ない。声をかけながら神社を探し回ったがやはり居ない。 流石に不味い事態になったのかもしれないと、一旦帰宅して夜中にも関わらず自分の父親に相談した。「あの神社は遊びで行く場所じゃないと言っておいたろうが!」 話を聞いた父親は叱ったが、行方が分からない二人を放っておけず、自ら神社に向かった。そして神社の本殿に入って、中学生たちが居ないのを確かめた。事態を重く見た父親は、直ぐに村中の男たちに声をかけた。そして村中を捜索したが見つからない。ついには山狩りまで行ったがやはり見つからない。(さて、どうしたものか?) 一同で思案していると、村の長老が『コケシ塚』の石蓋をどけて見ろと言い出した。二メートル位の正方形で、重さが数トンはある奴だ。 村中の男たちでロープと滑車を使ってエンヤコラと石蓋を退けてみると、そこには二メートル四方の石室があって、中に行方不明の二人が居たんだそうだ。 石室は石蓋以外に出入り口は無い。数トンの蓋を中学生二人で持ち上げる事などは不可能だ。一体どうやって中に入ったのかは当人たちも分からない。 神社の境内を歩いていて『急に景色がグラリとしたと思ったら気を失った』と言っていたそうだ。あとは発見されるまで気を失っていたらしい。 村人たちも分けが判らず、中学生たちの悪戯ということで落ち着いたらしい。先の村の長老の話では、昔から良くある神様の悪戯だそうだ。「ふむ、そういう噂もあるのか。 いや、どうも有り難う。 とても参考になったよ」 雅史は少年たちに礼を言った。聞いてみれば学校の怪談や都市伝説程度の噂話だった。それでも引っ掛かりがある。 『行方不明』というキーワードだ。雅史は霧湧村に帰ってから、山形に『コケシ塚』にある石蓋の事を質問してみようと考
last update最終更新日 : 2025-02-14
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第09-1話 力丸爺さん

伊藤力丸の話。 午後になったので宝来雅史は月野姫星の二人は、山形誠を迎えに霧湧村役場に行った。誠は役場の入り口で二人が来るのを待っていた。「どうも、すいません。 伊藤さんとお会いできなかったそうですね?」 誠は車の助手席に座りながら言った。姫星は入れ替わりに後部座席に移ったのだ。「はい、午後には戻るとの事でした」 伊藤家の隣人から聞いた話を誠に話した。誠は『年寄は朝が早いですから』と笑いながら相づちをうっている。「それじゃ、伊藤さんの家に寄ってから、神社・毛劉寺の順に回って行きましょうか?」 誠は今日中にすべてを回るつもりだったのだ。「はい、でも神社に行く前にコケシ塚に行って見たいです」 雅史は実際にコケシ塚を見てみたくなったのだ。「コケシ塚…… 良くご存知ですね?!」 誠はびっくりしたように雅史を見た。「ええ、ショッピングモールで聞いたんですよ」 ショッピングモールで聞いた噂話に出て来たのだと説明して置いた。「でも、月野さんはコケシ塚にはお寄りになってませんよ?」 誠は怪訝な顔をしているが立ち寄るのは嫌がっている素振りは無さそうだ。「伊藤さんに霧湧神社の由来と、コケシ塚の関係を聞いて、それからコケシ塚に回りたいんですよ」 そんな会話を交わしながら三人は、村の長老である伊藤力丸宅に話を聞きに向かった。 三人が尋ねると長老は玄関先を掃除していた。誠の話では連れ合いは五年前に他界していて、今は独り暮らしなのだそうだ。「初めまして、宝来雅史と申します」 雅史が最初に挨拶して頭を下げると、姫星も一緒に頭を下げた。「ああ、今朝方に来てくれたそうだね。 二度手間かけさせて済まないのぉ」 姫星が着ている黒のゴスロリ服にビックリしたようだが、直ぐに何もなかったかのように話し始める。好々爺とした力丸爺さんは、家の縁側に招いてくれた。縁側には茶器とお茶請けがあり、待っていてくれたようだ。「コケシ塚の事を教えて頂きたいのですが……」 雅史は単刀直入にコケシ塚の事を尋ねる事にした。「人が人になるためには、人の理(ことわり)が正しくに働くことが重要じゃ。 ところが、中にはそうなることが出来なかった者も生まれて来る」 力丸爺さんはゆっくりとした調子でしゃっべている。「遺伝子異常…… 障害を持って生を受けた子供たちの事ですかね?」 雅史は
last update最終更新日 : 2025-02-15
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第09-2話 コケシ塚

 山間にある集落に昔から伝わる伝承に、夜の山道で声をかけられても、決して返事をしては『イケナイ』、振り向いても『イケナイ』とある。 夜中に山道を歩き回るのは物の怪ぐらいだからだ。そして、返事を返すと魂を抜かれるてしまうとも伝えられていた。 現代のように日本の隅々まで街灯で照らされていたり、明るい懐中電灯なども無い、真の暗闇が支配していた時代だ。仕方が無いのかもしれない。 そういう怖い話を小さい時分から聞かされていた吾平という村人。 ある時、隣村の庄屋まで使いを頼まれて行ってきた。使いの労いにと、隣村の庄屋の家で御馳走になった吾平は夜遅くに山道を越える事になってしまった。 体格は良いが小心者の吾平は、隣村の庄屋から借りた提灯一つで、トボトボビクビク歩いていた。手に持った提灯では灯りが足りず、足先が闇の中に消えているような感覚に襲われていた。 そんな時に運悪く旅の親子が山道を彷徨ってしまった。 本来なら陽が落ちる前に、旅籠等に泊まるべきなのだったのだが、連れていた幼子が熱を出してしまい、目指していた旅籠がある宿場町に辿り着けなかったらしい。 自分の手ですら見えない闇の中で母親は困り果てていた。そんな時に暗闇の中を動く灯りを見つけた。心細かった母親は天の助けとばかりに灯りの元に駆け付け、提灯を灯して歩いていた村人の吾平に語りかけた。「…… あの…… もし……」 母親はごく普通に声をかけただけだった。「ひ、ひぃ~~~~」 突然の呼びかけに動揺した吾平は思わず手にした鎌を振り回してしまった。吾平は隣村からの帰りだったのだ。何時間も暗闇の道を歩いて来た吾平はすっかり怯えていたのだ。 目を瞑ったまま滅茶苦茶に振り回した鎌は、運悪く母親の首に当たり、そのまま切り落として殺めてしまったそうだ。「……!」 吾平は旅の母親を切り殺した事で冷静になってしまった。そして、改めて人間を殺してしまった事実に吾平は恐ろしくなり、そのまま村に逃げ帰ってしまった。 吾平は家に帰っても、その事は誰にも伝えるつもりは無かった。しかし、小心者の吾平は連日のように、何かを探す首の無い母親の悪夢にうなされた。すっかり参ってしまった吾平は、あっさり庄屋に白状したのだった。「事故と言えば事故なのだ。 しかし、亡骸をそのままにしておくのは良く無い。 丁寧に弔ってやりなさい」 話を
last update最終更新日 : 2025-02-16
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第09-3話 観印の行方

 そこまで話して力丸爺さんはお茶を啜った。喉が乾いたらしい。「じゃあ…… コケシって子供を消すって意味なんですね」 長老の話を黙って聞いていた姫星はポツリと漏らした。『コケシ塚』は『子消し塚』なのだと姫星は思ったのだ。(人は生きる為なら、どこまでも醜くなれるんだね……) 口にこそ出さないが、姫星の素直な気持ちだった。「私の婚約者…… こちらの娘さんのお姉さんなんですが、こちらの村を来訪した後に、行方不明になっているんです」 雅史は姫星の方を手で示した。姫星はペコリと頭を下げる。「ちょっと所要が有って隣町のショッピングセンターに行って来たんですが、そこで知り合った少年たちから、コケシ塚にまつわる話を話を聞きました」 力丸爺さんはピクリと反応をした。「昔、行方不明者が出た時に、コケシ塚の石蓋を開けて、行方不明だった少年を見つけたとの噂も聞いております」 力丸爺さんは雅史を見つめたまま無言だった。何だか雅史は値踏みされている気分になって来た。「コケシ塚の石蓋を開ける事は出来ませんかね?」 雅史は石蓋を開けてくれるように頼み込んだ。誰かの所有物という訳では無いが、勝手に開けるのは気が引けるものだ。「中には誰もおらんよ」 力丸爺さんはにべも無く答えた。「え? なぜ、居ないと判るんですか?」 雅史は即答されて戸惑ってしまっている。「中に何かがあると観印(みしるし)が石蓋に現れるんじゃよ」 老人は戸惑っている雅史に説明した。それは、石蓋に石が載っているのだそうだ。載せ方に独特の癖があるのだが、代々の長老以外には教えない決まりなのだそうだ。そうしないと悪戯する馬鹿者が必ず現れるからだそうだ。「それで、今回は出ていないと……」 雅史が尋ねると老人は頷いてみせた。雅史は落胆の色を濃くしてがっくりとうなだれてしまった。「今朝方、掃除の時に確かめてみたが、観印は出てはおらんかったんじゃ……」 力丸爺さんはそう言って黙り込んでしまった。そんな力丸爺さんの様子を姫星はじっと見ていた。「でも、見るだけなら何とも無い、気になさるのなら一緒に行きましょうか……」 力丸爺さんは縁側を立ち上がり三人を手招きした。コケシ塚は力丸爺さんの家から十五分程歩いた場所にある。 一行は車では無く歩いて移動する事にした。 到着したコケシ塚は十メートル四方くらいの空
last update最終更新日 : 2025-02-17
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第10-1話 真夜中の訪問者

毛劉寺(もうりゅうじ)の境内。  宝來雅史たち一行は、コケシ塚を見学した後に、車を取りに伊藤力丸宅に戻った。 この後に霧湧神社の北側にある、毛劉寺を見に行くのだと言うと、解説を申し出てくれた。毛劉寺には安産を祈るために観音菩薩が奉られているのだそうだ。 毛劉寺山門の前に車を置き、四人は境内に入って行った。「ここは廃寺なんですか?」 山門の扉は雨風などで傷みが激しくなっており壊れかけていた。本堂のあらゆるところも傷みが生じて壊れかけ、窓ガラスも割れている。美良のメールにはそんな事は触れて無かったが、荒れた手の様子を見て雅史は山形誠に聞いたのだった。「はい、廃寺では無く住職が不在なんですわ。 無人になってから既に十年以上経つと思います」 修理してあげたいのだが、村の予算が厳しくて中々手が出せないと誠はボヤいていた。「じゃから、わしらみたいな村民が境内を掃除したりしておるんじゃ」 本堂の正面横にある無数の石仏は、伊藤力丸爺さんによると無縁仏なのだそうだ。かなり古い時代のものみたいで、雨風にさらされた様子からそれが伺えた。「霧湧神社が五穀豊穣と子宝祈願の神社なんで、この寺には観音菩薩様が納められているんですよ」 山形誠が寺の境内を歩きながら雅史と姫星に説明をした。二人とも本殿の中をキョロキョロしながら歩いている。つい、一週間前には姉の月野美良が同じように歩いていたはずだ。どこかに痕跡が残ってないのかと見回しているのだ。「ひっそりとした佇まいのお寺ですね……」 雅史が聞いた。田舎の寺という事もあるのか、境内には誰もおらず、ひっそりとしているのだ。「少子高齢化で檀家がどんどん居なくなってしまっているので…… 飯が食えないんですわ」 清掃等は地元、地域の方達が行なっているのだそうだ。「冠婚葬祭などで坊さんが必要な時には、遠鳴市から住職さんがやってきてくれます」 限界集落などにある寺では良く有る制度なのだそうだ。「ほぉ、そうなんですか」 村の規模の割に寺が多いと感じる雅史。しかも、両方の寺は江戸の初期の時代に建立されている。「両方とも少なくとも四百年位の歴史があるんじゃがな……」 力丸爺さんは鼻を鳴らしながら言った。「歴史が古いだけでは飯が食えないんですよ……」 誠が苦笑いしながら言っていた。「ここのお寺もコケシ塚みたいな逸話がある
last update最終更新日 : 2025-02-18
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第10-2話 誰かの視線

毛劉寺境内。 男衆三人がそんな談笑しながら進む中、姫星は黙って後ろを付いて来ていた。姫星はここでも視線を感じていたのだ。寺の渡り廊下の端、或いは部屋の天井から、そこかしこから見られている感じがしていた。『…… キャハハハッ』 姫星の耳に子供の笑い声が聞こえ始めた。しかし、雅史たちは何も聞こえないかのように立ち話をしている。姫星は辺りの様子を伺うように見まわしてみるが何もいない。『…… キャハハハッ』 今度は天井の方から子供の笑い声が聞こえた気がした。姫星は直ぐに天井を見たが何も変わった様子は無い。すると目の端を何かが通り過ぎた。「え?」 聞こえている笑い声から、すっかり子供だと思い込んでいた姫星の目に映るのは黒い靄だ。それも向こう側が透けて見えている。『…… キャハハハッ』 また、笑い声が庭の方から聞こえた気がした。すると黒い靄はすぅっと消えて行く。姫星は慌てて見回したが、黒い霞はどこにもいなかった。「この仏像はいつぐらいに作られた物なのでしょうか」 観音菩薩像は銅製で高さが一メートル弱、優しげな眼差しで雅史を見ている。「昭和の半ば頃に作られたと聞いてます。 それまであった仏像は盗難された時に、二つに割れてしまったそうです」 元の仏像は木彫りであったらしく、虫に喰われて脆くなっていたのでは無いかと言われている。そこで銅で作り直したらしい。元の仏像は倉庫の中に保管されているそうだ。「今回の泥棒騒ぎの時に、よく盗まれませんでしたね?」 雅史は観音菩薩像を見ながら尋ねた。「いや、盗まれたんですが泥棒の車の中に放置されてたんですわ」 誠はそう答えながらも、重さが百キロは超えるであろう仏像を、どうやって運んだのかを不思議がっていた。「ここでは無くて南側の仏像の方が遙かに価値が高いんですよね。 恐らく江戸時代の初期に、作成されているのではないかと言われてますから……」 誠はそう言って笑っていた。南側は木から掘り出したもので、高さも五十センチくらいで重さもさほどではないらしい。「それも盗難の被害に会っているんですか?」 雅史が尋ねた。後で毛巽寺に行った時に見られるのかなと思ったからだ。「いえいえ、大丈夫ですよ。 隠しておきましたからね。 こちらの方は重いのでどうしようかと、村で相談している内に盗難騒ぎになってしまったんですよ」 誠が
last update最終更新日 : 2025-02-19
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第10-3話 電話代の払い忘れ

「姫星! どうした? 大丈夫か?」 雅史は慌てて駆けつけ、片手で姫星を支える様に少しだけ起こす。「にゃあ。 大丈夫じゃないかも…… 気分が最高に悪い……」 ぐったりとしている姫星が力無く答えた。雅史がキラを見ると顔が赤くなっていて、少し鼻血が出ている。「拙いな、熱中症かも知れないですね。 ここは何故だか空気の通りが悪いですから……」 誠が首周りに付いた汗を拭いながら答えた。初夏とはいえ今日は蒸し暑いかったのだ。おまけに無風状態なのも災いした。寺の周りの林は揺れている所を見ると、構造的に風が入って来られないのかもしれない。「一旦、横になってなさい。 今、車を取ってくるから……」 雅史が姫星を寝かせようとした。車ならクーラーが有るから体温を下げるのにちょうど良いからだ。「ちょっと、待ってください。 車なら僕が取りに行きますよ。 姫星さんも他人が側にいるより、宝来さんが一緒の方が良いでしょう?」 誠が言い出した。確かにここに姫星を独りにするのは心配だった。「はい、お願いします」 雅史はポケットから車のカギを誠に渡して、自分は懐から扇子を取り出して姫星を扇ぎ始めた。”水道が有るはずだから見てくる”と力丸爺さんが寺の奥に行って、しばらくしてコップを片手に戻って来た。「水を飲んだ方がいいじゃろ、本当は麦茶と梅干しが有ればいいんじゃがなあ」 そんな事を言いながら差し出してきた。雅史は礼を言って受け取り、ぐったりとしている姫星を片手で支えながら飲ませた。「一旦、僕の家に引き揚げましょう。 姫星さんを休ませる必要がありますからね」 車を持ってきた誠が雅史に提案した。「うむ、女の子に無理をさせると体に良くない。 そうしなされ」 雅史は腕時計を見て、姫星を見て考え込んだ。ヒントを何も掴めていない状況で、東京に帰る訳には行かないが、具合が悪そうな姫星を連れ回す事も出来ない相談だ。「もう、夕方になります。他の所には明日廻られては如何でしょうか?」 誠が続けて提案してきた。「えっ?いや、二晩も続けては申し訳ないですよ…… しかし、御迷惑で無ければお願いします」 実を云うと雅史は、もう一晩、宿泊を頼もうかと思っていた所だったので渡りに船だった。「いやいや、どうかお気になさらずに、ちょっと電話しますね。 夕飯の支度を頼みませんと……」 だが、携帯電話
last update最終更新日 : 2025-02-20
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