All Chapters of NAMED QUCA ~死神が愛した娘: Chapter 41 - Chapter 50

70 Chapters

第20-1話 月明かりに浮かぶ影

 飯田雄一の自宅マンション。 飯田は深夜に自宅マンションへ戻り、入浴を済ませた後に睡眠に入っていた。 この自宅マンションはセキュリティが売りのマンションで、人の出入りはエントランス以外には無い。 地下駐車場ですらエントランスを通らなければならないのだ。二十四時間警備の目が光っている。「ん?」 人の気配に気が付いた飯田はベッドサイドの灯りを点けた。 すると、壁際に誰かが立っている。 月の光は身体全体を照らしてはいないが、ミニスカートとそこから延びる素足には見覚えがある。「…… クーカ ……」 飯田は沈着冷静な男だ。きっと、クーカが来る事ぐらいは計算の内なのだろう。「随分と早い到着だね……」 飯田は枕を背に上半身を起こした。 人を探す嗅覚が鋭いとは聞いていたがここまでとは思わなかった。もう少し時間が掛かると思っていたのだ。 灯りが点いたので、クーカはベッドの端までやってきた。しかし、それ以上は近寄っては来ない。飛び掛かられるのを警戒しているのだろう。「人が誰かと繋がる時に、誰にも知られないなんて出来ないものよ」 クーカはカテゴリーから言えば近代兵器だ。当然のように電子戦もこなす。ハッキング程度なら痕跡も残さずに出来る。 そうしないと敵の本拠地に潜入が出来ない。監視センサーやカメラなどを誤魔化す必要があるからだ。 今回は、海老沢へかけた電話番号から辿り、飯田に辿り着いたようだった。「自分のパートナーの心配はしないのかい?」 最初にヨハンセンの居場所を聞き出さないの不思議に思った飯田が尋ねた。「自分の事は自分でしなさいと躾けられているのよ」 クーカはベッドの端から答えた。「ここは万全のセキュリティが売りのマンションなんだがな……」 飯田は御自慢の防犯システムが作動しなかったのが不満だった。「屋上にも人を配置するべきね……」 どうやら驚異的な跳躍力で屋上まで飛び、屋上入り口の施錠を外して侵入したらしい。「どうせ、ヨハンセンは逃げたんでしょ?」 外套の裾から減音器が見える。相手がベッドの上とはいえ隙を見せるのは危険だと判断したのだろう。「ああ、彼にならとっくに逃げられたさ……」 飯田は苦笑しながら答えた。ヨハンセンを拘束したまま、電話を掛けに行っている隙に逃げられてしまったのだ。時間にすれば五分も掛かっていなかったはず
last updateLast Updated : 2025-03-18
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第20-2話 濡れ衣

「私を罠に嵌めようとしたのは何故なの?」 クーカが言っている罠とは生活雑貨用品倉庫の事だけではない。 探していたトラックの運転手。後から依頼された武器商人とその居場所。 自分が知りたい事が次々と都合よく出て来る時には、何か裏がある事をクーカは知っているのだ。「こちらの本来の依頼を確実にこなしてもらう為に保険を掛けたかったのさ」 飯田はあっさりと白状した。「内閣総理大臣の狙撃は断ったはずよ? 射角も逃げ道も確保が難しいから地方遊説まで待ちなさいと……」 飯田たちは何故か早く実行しろとせっついた。クーカは時期が悪いと断っていたのだ。「そうだがね。 それでも実行して欲しかったのさ……」 きっと、訳があったのだろうが、それは飯田の事情で合ってクーカでは無い。 仕事は自分ペースでやらないと、齟齬が起きて失敗するのは良く有る事だ。「そうしないと私を餌で呼び寄せた意味が無いと?」 餌とはトラック運転手と海老沢だ。クーカが探していた相手だ。「ああ、ついでに総理を葬って貰えれば良かったが断って来たからね……」 飯田が苦笑していた。断られるとは考えて無かったらしい。 「総理は私の部下がどうにかする…… ちょっと荒っぽいがね」 彼が話した荒っぽいという事は、恐らく爆弾で暗殺をするのではないかとクーカは考えた。 依頼を受けて下見に行ったが総理官邸では無理だと判断したのだ。狙撃する事も考えたが警察も馬鹿では無い。狙撃可能な位置には人が配置されているのを察していた。「それで、我々は君には別な案件をお願いする事にしたのさ」 飯田はそう言ったが、クーカは違う事に気が向いていた。飯田が話しているのは決定するのが飯田以外だという事だ。(彼に指示を出している人物が居る…… 普通に考えて教祖よね……) 後で、教祖にも話を聞きに行こうとクーカは決意した。しかし、その前に片付けるべき些末な事がある。「つまり、私が日本に居る必要があったという事ね?」 それならそれでヨハンセンを通じて依頼すれば済んだ事だ。自分を日本に足止めしたい理由があるはずだ。(国際手配を受けてる者を足止めね……) 普通に考えれば自分たちの罪をクーカに被せる為だ。(手間が掛かる割には大した見返りは無いのに……) クーカは鼻に小皺を作っている。彼女が怒った時のものだ。(私なら濡れ衣を着せ
last updateLast Updated : 2025-03-19
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第20-3話 増える懸案

 死神の娘と言われたり、彷徨う鬼と言われたりクーカの評価は散々な物がある。 もっとも本人は気にしてなどいないようだ。 『人は人。 自分は自分』他人の目を気にしてコソコソ惨めに生きるつもりがなさそうだ。「うふふ、自分でも信じていない者の声など私に届く訳無いわ」 クーカは飯田の嘘を見抜いているのだ。「ふっ、愛を囁く代わりに引き金を引くのが君なのさ」 その様子を見て飯田が面白がっていた。飯田も信じていなかっかのだろう。彼が信じていたのは組織がもたらす利益だ。 飯田とすればクーカを手の内にする事で政財界に顔が効くようになると考えただけだ。ただ、受けた印象と実際が違い過ぎていた。「そうね。 私がするのは死神の娘の素敵なキスだけよ……」 それを聞いた飯田は微笑んだ。クーカも釣られて微笑んだ。 お互い笑っていたが、やがて表情が一瞬で消えた。それと同時に飯田は枕の下に隠してあったデリンジャーを構えようとした。 装弾数二発の小型銃だ。近距離であれば十分に殺傷能力はある。 飯田からすれば一か八かの賭けに出たのだろう。 しかし、既に銃を手に持つクーカには通じなかった。 くぐもった音が寝室に響き、飯田はクーカの銃弾を受け仰向けになってしまった。 飯田はベッドの上に大の字で横たわっている。壁には飯田の頭を撃ち抜いた飛沫が散っていた。 しかし、それだけでは安心できないクーカは、飯田の心臓目掛けてもう一発発射した。遺体が反動でビクンと動いた。それで終わりだ。 何時ものように、仕事の跡の静寂がクーカを包んだ。(身代わりにされるのは敵わないな……) 絶命した飯田を見ろしながらクーカはため息を付いた。血の匂いが漂って来る。(面倒事が増えて行く…… どうしよう……) もう一人探す羽目になるとは思っていなかったようだ。 先島の自宅。 先島は帰宅してから遅い夕食を取っていた。夕食と言ってもカップラーメンだ。一人になってからはこの手のインスタント食品ばかり食べている。カップラーメンの容器をゴミ箱に入れて台所に向かった。 コーヒーを飲みたかったのだ。台所に立つのは久しぶりな気がする。「缶コーヒーは甘すぎて駄目なんだよなあ……」 コーヒー豆を昔ながらの豆挽きでガリガリやるのが好きだった。すると背後に人の気配を感じた気がした。「!」 何気なく振り返るとクーカ
last updateLast Updated : 2025-03-20
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第21-0話 彷徨う孤独

「信じる信じないは勝手にどうぞ。 私は他の事で忙しいの……」 首相の植樹祭の日程は決まっている。それを狙っていると話したのだから、これ以上は話をするつもりが無かった。 クーカには首相の安全より優先すべきことが色々とあるのだ。「デートの約束でもあるのか?」 先島が意地悪い質問をしてみた。「立候補なさる?」 クーカが聞いて来た。「遠慮しとく……」 先島がそう言うとクーカはクスリと笑った。想定内だったのだろう。「今日はご家族は居ないの?」 部屋の中を見回しながら聞いた。 クーカが家族の事を聞いたのは、キッチンテーブルの上に三人分の食器が並んでいるからだった。「家族は死神が全員連れて行ってしまったよ……」 テーブルに綺麗に並べられたままの食器を見ながら先島が呟いた。「?」 クーカが小首を傾げてキョトンとしている。意味が分からなかったようだ。「交通事故でね。 あっという間だったから未だに現実味が無い」 先島は少しバツが悪そうに話した。普段は思い出さないようにしているのだ。思い出すと叫びたくなるからだ。「そうなの…… 変な事を聞いてごめんなさい……」 クーカが素直に謝って来た。意外な出来事に先島の方が恐縮してしまった。「まあ、どうせなら俺も一緒に連れていって欲しかったぐらいだね」 話を変えようとしたのか少し自虐的な事を言ってみた。本音と言えば本音なのだろ。「そう、私は死神が好きよ」 クーカが言い出した。「どうしてだい?」 先島が不思議そうな顔で聞き返した。「死神は身分のある人も無い人も平等に死を与えるもの……」 クーカの死生観を物語っているようだ。人の死と言う物に身近で接しているからであろう。それとも死という事が理解出来ないのかも知れなかった。「そうか? 死神は適当な神様だと俺は思うけどな……」 先島は死神の娘に言ってみる。「どうしてなの?」 不思議な事を言う先島にクーカが尋ねた。「悪人に罰を与えないで休息を充てるようなものじゃない……」 これは警察官としての意見なのだろう。罪人に罰を与えるべく孤軍奮闘しているからだ。 もっとも、先島の場合は違う手法を取る事が多いのも事実だ。「死ぬ事は安息なの?」 クーカには先島の言う安息がピンと来ないのかもしれない。邪魔をする者は問答無用で排除するからだ。「何にも煩わ
last updateLast Updated : 2025-03-21
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第22-1話 厄介な存在

 保安室。 朝の打ち合わせを行っている最中だった。「G8会議が迫っている。 もし、関係者への狙撃を目論むのなら今日か明日だ」「兎に角、クーカの所在を今日中に確かめるんだ!」 室長がそう激を飛ばしている。「あの……」 そんな室長に先島が声をかけた。少し申し訳なさそうだった。「ん?」 所長が聞き返して来た。「彼女なら昨日の夜に自分の家に来ました……」 先島がバツが悪そうに話をした。室内に居た全員が驚愕の表情を浮かべて先島を見た。「そうか!」 室長は元気に返事をした。「先ず宮田と加山はホテルの聞き込みだ! クーカに似た女の子の宿泊を訊ねろ」「沖川と久保田はクーカに似た人物の出国記録が無いか問い合わせろ」「藤井は会場周辺全ての防犯カメラの過去記録をチェックしろ! クーカに似た人物が写ってないか確かめるんだ」「彼女が立ち回りそうな場所をもう一度洗いだすぞ!」 手にしたボードを見ながら各捜査員の顔を見ながら指示を出し始めた。しかし、室内に居る捜査員は室長では無く先島を見ている。「…………」 途中で室長が黙りこんでしまった。それから目をパチパチさせながら先島の顔を見た。「え?」 室長は先島が話した内容に気が付くのが遅れたようだ。 先島は全員にクーカとの会話の内容を聞かせた。咄嗟に携帯電話のメモ機能を使って録音して置いたのだ。クーカは気が付いているようだったが何も言わなかった。室員に聞かれる事を想定していたのであろう。「クーカをここに連行できないか?」 会話を聞いた室長が聞いて来た。「首相暗殺計画の具体的な事を聞き出したい」 目下の急務はそれだった。それに具体的な場所を示しているので全容が知りたかったのだ。 ここまで話をしているという事は捜査に協力してくれそうだと感じたのだ。「それに彼女が言うあの人達がすごく気になる」 クーカが話していた『あの人たち』の部分に興味を持ったらしい。つまりは何らかの勢力が居る事を示唆している。それは公安が扱うべき事案だ。 会話の中で具体的な事は触れて無かった。聞き出そうとしたがはぐらかされてしまったのだ。「そんな素振りや気配を見せたら掻き消えるように居なくなると思いますよ」 先島が苦笑いを浮かべた。「逮捕するとか……」 宮田が言って来た。宮田自身はクーカと相対した事が無いので彼女の強
last updateLast Updated : 2025-03-22
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第22-2話 炙り出し

「相手は女の子とはいえ、超一流の折り紙付きの殺し屋ですよ?」 宮田が笑いながら言った。非現実的だと思ったのだ。「ええ分かってます。 ですが、所在不明で潜伏されるよりは遥かにマシです」 先島がそう言うと、室長は情報パネルを値踏みするように見て考え込んだ。「まあ、我々が掴んでいるのは噂にしか過ぎないからな…… 上と掛け合って見る……か」 顎を撫でながら思案顔をしていた。上部組織との交渉手順を考えているらしい。「元々、脛にキズのある奴ばかりだしな……」 そう言って室内を見回すと、全員がお互いを見ながら苦笑いをしていた。「アメリカが絡んでるとなると厄介ですね……」 藤井が言い出した。「核兵器なみに厄介な存在が行方不明の方が問題でしょう」 先島がそう言うと室長も渋々うなづいた。「そういえば藤井と連絡を取れるようにするとクーカが言っていましたね……」 先島が思い出したように言った。 藤井がゲッというような顔をする。面倒な奴と関わり合いになりたくないに違いない。 都内の雑居ビル屋上。 そのビルは繁華街から一本道路を入った場所に有る。怪しげな風俗店や雑多な零細企業の看板に彩られた普通のビルだ。 人通りは疎らなので目立たないし、夜なので屋上には人の気配は無い。恋人同士の待ち合わせには向かないが、隠れて生きる者には絶好の場所だった。 そんなビルの屋上に一人の外国人が居た。白人の男性でがっしりとした体格に高級そうなスーツで包んでいる。 ヨハンセンだ。 ヨハンセンが腕時計を見た。ついで屋上を見回してみるが人の気配が無い。 クーカはまだやって来そうになかった。(まだ、来そうに無いか……) 二人の間にはいくつかの連絡網を作ってある。その一つを使って打ち合わせ時刻と場所を指定したのだが姿を現さないでいた。(珍しい事もあるもんだな……) クーカは時間を守るタイプだ。兵隊として訓練を受けていたせいなのか、時間厳守が身体に滲み込んでいるのだ。(今の内に一服しますか……) 一息入れようと胸のポケットから煙草を取り出して一本口に咥えた。すると、横から手が伸びて来て煙草を奪い取られてしまった。 煙草は火をつける暇も無く、再び元のポケットに戻されてしまった。『鼻が利かなくなるし、気分が悪くなるから止めてって言ってるでしょ……』 クーカだった。彼女は
last updateLast Updated : 2025-03-23
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第22-3話 ターゲットへの警告

 クーカが話題を変えようと尋ねきた。ヨハンセンが大人しく捕まっていたという事は、何かしらの金絡みの企てを嗅ぎ付けたに違いない。そう考えていた。『首相暗殺は本来のターゲットへの警告のつもりらしいですね』 強引で稚拙な計画には理由があったようだ。つまり、ばれやすくしたかったらしい。『本来?』 やはり、単純な狙撃では無かったようだ。仕事の内容が単純すぎるし、対象が小物の政治家だったからだ。 つまり本来のターゲットに国際的に有名な暗殺者に狙われているという事実が欲しかったのだろう。そして、それを使って脅しをかける予定なのだと考えた。『立場が上だからと言って偉いとは限らないみたいですよ。 日本って国の政治構造は……』 ヨハンセンは繋がりになりそうな人物名を言った。大人しく拘束されていた訳では無く、隙を見ては抜け出して色々と探りを入れたらしかった。彼を拘束するのなら全身を拘束できる物でなければ無理な話だ。 宗教団体と政治家が何らかの取引を巡って対立しているらしい所までは判明したのだそうだ。それが何なのかは不明だった。(どうせ、胡散臭い取引で揉めてるんでしょう……) クーカは黙ってヨハンセンの報告を聞いていた。 正義の味方を気取るつもりは無いが自分の名前を利用する輩は許さない。クーカが生きる指針であるらしかった。 ヨハンセンの話によると一人は飯田が所属していた宗教の教祖。大関光彦(おおぜきてるひこ)。これは想定内であった。 もう一人は鹿目智津夫(かなめちずお)という内閣官房長官だった。『そう…… じゃあ、鹿目の裏取りをお願いするわ…… 私は大関を探す事にするわ』 ヨハンセンは少し肩をすぼめただけだ。了解したらしい。 クーカは自分を呼びよせるのに、手間をかけた意味を調べる必要がありそうに感じていた。 都内の公園。 公園で開催される記念植樹に内閣総理大臣の町田が来賓としてやって来る。その来訪を祝うための祝檀が用意され、人々は総理の到着を待っていた。 警察は公園を中心に半径一キロを警戒区域に指定して、主に車の出入りを規制していた。通りには警官たちが立ち不審な人物に目を光らせている。 主だったビルの屋上には、精鋭SWAT部隊が配置され狙撃対策に厳戒を敷いている。 そんな中、クーカは警戒する警察官たちの間をすり抜けていった。 彼女は首相暗殺の実
last updateLast Updated : 2025-03-24
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第23-0話 阻害される計画

(しかし、あの格好って……) 狙撃手はクーカが普段着ている黒い外套を身に着けていた。(似たような格好でごまかすのか……) 黒い外套はトレードマークのつもりは無く、背中に装着させている二本のククリナイフを隠すための物だ。 他にも咎められたら拙い物を一杯持っているクーカには便利な物なのだ。(その格好を目撃させて私に罪を擦り付けると……) クーカは掃除道具入れから四角い箱を取り出して開けた。ヨハンセンが運び入れてくれたのだ。いくら何でも大きい荷物は見咎められてしまう。そこで予め運んで置いたのだ。 中には分解されたドラグノフ・ライフルが入っている。銃身はモップに偽装してある。基幹部分は一見すると窓を拭くスイーパーのような格好にしてある。 手荷物検査をされても誤魔化す為だった。 仕事が終わった後は分解せずに天井裏に隠す予定だ。それを後日取りに来れば良い。(どこまで人の事を馬鹿にしてるのよ! まったく……) しかし、ここに来るまでに尋問は受けなかったのが不思議だった。 もっとも、その日のクーカは赤く染めた髪にピアスと厚化粧。 どう見ても普通の掃除バイトする学生風だからだろう。それに小さめな女の子というのもあるのかもしれない。(人は見かけによらない…… てか?) クーカの覗くスコープに狙撃手が写っている。相手も小柄の女性のようだ。 もっとも遠景なので詳細は分からない。髪の毛を後ろで束ねているので女性であろうと推測したに過ぎなかった。 彼女はビルの風景に溶け込むように灰色のシートを被っている。 狙撃に慣れている人物なのだろう。目隠しになっているので派手に動かなければ、発見される可能性が無い偽装だ。(スポッターがいない……) 彼女を観察していて気が付いた。スポッターとは標的の確認や風向きなどをアドバイスする担当者だ。遠距離狙撃では欠かせない存在なのだ。それは命中精度に係わって来る。 ライフル弾は直進はしない。地球の重力に引かれて少し弾道が落ちてしまう。それに狙撃距離が延びれば伸びるほど、風の影響も受けやすい。それを測定して補佐するのがスポッターだ。(単独行動の狙撃手か…… 同業者?) 背格好から少年のような印象を受けたクーカは、初めてこなした仕事を思い出していた。 初めて仕事をした場所は見知らぬ中東の地だった。 相手は少年兵。もちろ
last updateLast Updated : 2025-03-25
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第24-1話 潰される面子

 都内の公園。 先島たちは暗殺者の存在を示唆されたまま車の中で待機していた。 早朝に所轄の警察署で警備計画の会議が催された。『おや、珍しい方たちがいらしゃいますね?』 席に着こうとする保安室の人員は面と向かって警備部長に言われた。彼は公安警察が余り好きではないらしい。『クーカとかいう殺し屋が日本に潜伏していると情報が入った……』 警備部長が会議の冒頭から言っている。この言葉で嫌味を言いに来た意味が分かった気がした。テロリストの情報を自分たちに渡さないのは何事かという事らしい。 何故、唐突にクーカの名前が出て来たのかは謎だった。 だが、その発言を聞いていた先島をはじめとする保安室の室員たち。それは、クーカが先島に言っていた『あの人たち』の勢力であろうと推測した。『欧米で活動が報告されている凶悪犯だ。 外人を中心に警戒をするようにっ!』 警備班の班長はそう言って部下たちの士気を煽っていた。彼等は白人で筋肉ムキムキの男性をイメージしているらしかった。(いや、先日逢ったばかりなのですが……) そう言いたかったが関係を聞かれても面倒になるので黙っていた。現時点で『あの人たち』勢力がどこまで広がってるのか不明だ。室長は分からない内は何も情報を上げないつもりらしい。 会議の終わりごろに自分たちも待機していると室長が言った。『了解した。 ここは自分たちに任せて待機していてくれ』 警備警察の縄張りに入って来るなとばかりの言いようだったのだ。 そんな会議の後、保安室の室員は二人一組となって公園の周りにいた。 クーカの言っていた暗殺者の発見の為だ。 彼女に罪を着せるのならそっくりな格好をしている筈と踏んでいる。 そして『あの人たち』は暗殺計画が漏れているのを知らないはず。そこに隙が生まれるはずだった。 一発の銃声がビルの間を木霊した。 突然ビルの間を鳴り響いた発射音。それに驚いた首相はSPたちに守られたまま公用車に逃げ込んで行った。 その僅かな差で会場に轟音と共に黒煙が舞い上がった。爆弾が爆発したのだ。 通常、首相が撃たれたりした場合をSPが覆い被さって守ろうとする。そこに対爆仕様の車が迎えに来て押し込んで避難するのがSPたちのマニュアルだ。 だから、SPが覆い被さるのを前提にして爆発させれば、首相もろとも吹き飛ばせると考えたのであろう。
last updateLast Updated : 2025-03-26
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第24-2話 怒らせる才能

「じゃあ、なんで公園に人数を張り付けていたんだ?」「クーカが潜んでいるのを知っていたんじゃないか?」 呼ばれても居ない保安室の面々が、作戦指揮車まで繰り出していたので訝しんでいた者もいたようだ。「爆弾騒ぎで死傷者が十人以上出ている。 君らの責任ではないのかね」「どうして情報を共有しない。公安だからと言って好き勝手に振舞って良い訳無いだろ」「どう責任を取るつもりだ」 全員が口々に保安室を非難し始めた。それはそうだろう。厳戒の警備網を引いたにも関わらず、狙撃手ばかりか爆弾の設置まで許してしまったのだ。 失態どころの騒ぎでは無い。警備責任者が十人単位で左遷させられるのは目に見えている。 何とかして責任を保安室に擦り付けようと必死になっているのだ。「でも、クーカとか言う殺し屋は、首相では無くて謎の狙撃手を撃ち殺しましたよね?」 先島は正体不明の狙撃手の事を言っていた。公園の方に向けて狙撃銃を設置していたので、彼が暗殺犯であると推測されていた。 それでは狙撃手を撃ったのは誰なのかが問題にされていた。 もちろん、SWATチームでは無い。彼等は射撃音がするまで狙撃手の存在に気が付かなかったのだ。「結果的に助けられたのは貴方たちの方じゃないですか?」 先島が会議室で椅子に座って居るだけの面々を見ながら言い放った。全員が苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。 分かってはいたが誰も口にしなかったようだ。「うるさいっ! でていけっ!」 顔を真っ赤にした警備部長に怒鳴られてしまった。 暖簾に腕押しの状態に、とうとう警備部長は痺れを切らしたのであろう。 保安室の面々は追い出されてしまったのだ。「まったく…… お前は相手を怒らせる才能はピカイチだな……」 帰りのエレベーターで室長が笑いながら話しかけて来た。「ふふふっ、分かってて連れて来たんでしょ?」 先島が苦笑いしながら室長をみた。 先島の自宅。 警備部長にどやされた先島は家に帰って来ていた。「取り敢えず謹慎させるとでも言っておくから休め」 室長にそう言われたのだ。室長も警備部長の怒りは大して気にしていないようだった。保安室の面々は出世如きに興味は無いのだ。「はい、分かりました。 自宅から会社にアクセスしてもよろしいですか?」 別に反省している訳では無い。すこし、調べ物がしたかった
last updateLast Updated : 2025-03-27
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