All Chapters of NAMED QUCA ~死神が愛した娘: Chapter 11 - Chapter 20

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第06-1話 自動車解体工場

 埼玉県内にある自動車解体工場。「来ますかね……」 その日、何度目かの質問を青木がしてきた。「その内、来るだろう……」 先島は何度目かの返答を返していた。元々、張り込みなどと言うのは空振りの方が多い。その事を年若い青木は知らない様だった。 先島と青木の二人は、埼玉県内にある自動車解体工場の入り口を見張っていた。 保安室の室長はマルボウに気兼ねしたのか、チョウと関東右山組幹部との接触情報を知らせたらしかった。「ちょっと、アチラさんの手伝いをしてきてくれ……」 室長に呼ばれた二人はそう言い渡された。 見返りに彼らの関東右山組にいる内通者からの情報を知らせて来た。 埼玉県内にある自動車解体工場で何らかの取引が有るそうだ。取引の内容については不明。 『絶対に手を出すなっ!』との赤文字の但し書き付きでだ。身柄を持っていかれるのが嫌だとみえる。 自動車解体工場は外国籍の社長が営んでいるが、犯罪歴などは無く暴力団とのつながりは分からない。「分からない事だらけじゃねぇか……」 先島は嘆いていた。本当は過去の取引相手への聞き込みをやりたかったのだ。 しかし、今日は工場の監視したいので協力しろとのお達しだった。「まあ、お仕事は有難く頂戴しておくか……」 先島は誰に聞かれている訳でも無いのに独り言をつぶやいた。「はあ、そう言うもんですか……」 青木は気の無い返事をしながらスマートフォンの操作を行っている。「藤井さんの方からは何も無いと言って来てますね……」 保安室で留守を預かる藤井から、チョウの行動予測情報を得ようとしているらしい。現在は携帯電話の電源を切っているらしい。だが、万が一電源が入って基地局などに繋がってくれれば大体の位置が予測できるからだ。「何のつもりか知らないがチョウは身を隠そうとしていないようなんだ」 先島は自動車解体工場に通じる道の入り口を見ながら青木に言った。 青木がスマートフォンから顔を上げると、白い塗装のトラックが曲がって来る所だった。「あのトラック…… 怪しいな……」 先島が呟いた。何か特徴があるトラックでは無かった。長年のカンでそう思ったのだけだ。 先島の言葉に青木は反射的に望遠レンズ付きのカメラを構えていた。トラックの運転席には南米系と思われる彫りの深い外国人と、アジア系の薄い顔の男が見えていた。「正
last updateLast Updated : 2025-02-11
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第06-2話 重なる不幸

 先島の双眼鏡には、トラックのフロントガラスに小さいヒビが走っているのが見えている。 石がぶつかった程度では開かない穴も開いている。考えられるのは銃で撃たれた可能性だけだ。「運転手は死んだのか??」 トラックはそれなりの速度を出していた様だ。運転手は項垂れたままでピクリとも動かない。トラックはたちまちの内にコントロールを失い迷走を始めてしまった。「あれは…… 無理ですね……」 隣に座って居るチョウが、慌てたようにハンドルを操作しようとしているのが見えていた。 しかし、ハンドルに突っ伏した運転手が邪魔で操作できない。コントロールを失ったトラックは、そのままガソリンスタンドに突っ込んでしまった。「あっ!」 ガソリンスタンドには降り悪く給油中の車が居る。トラックはその車を弾き飛ばすように衝突してから停止した。しかし、どこかを損傷したのかトラックから灰色の煙が立ち上がり始めた。 不幸は重なるものだ。給油中の車から外れた給油ホースが油圧に負けて暴れまわっている。 通常なら給油ホースが外れた所で、配給が停止するようになっているはずなのに仕組みが動いていない。 辺りにはガソリンと思われる液体が振り撒かれていた。「不味いな……」 先島がそう思った刹那に、トラックの下から煙の間から赤い炎がチロチロという感じで見え始めた。バッテリーがショートしたのかもしれない。 嫌な予感は当たりたちまちの内に火が吹き上がり始めた。トラックは黒い煙と紅蓮の炎に包まれていく。「消防に連絡だ。 油火災だから水をかけるのは不味い……」 先島が言った。「はい……」 青木はカメラを膝に置いて電話を掛け始めた。しかし、電話をかける間も炎は広がりガソリンスタンドの屋根にまで届き始めた。 ガソリンスタンドの職員が消火器を抱えて出て来た。だが、炎を見て逃げ出してしまった。火の勢いに自力での消化を諦めたのであろう。弾かれた車の客に逃げるように手招きしている。 いきなりの事で唖然としていた客も、慌てて一緒に敷地外に逃げて行った。 やがて、ひとしきり大きな音がしたかと思うと巨大なキノコ雲が上がり始めた。衝撃波で車が揺さぶられている。 トラックの荷物が爆発したのであろう。「トラックの中身は何だったんだよ」 百メートル近く離れているのにも関わらずに熱さが伝わって来る。青木は舌打ちを
last updateLast Updated : 2025-02-12
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第07-1話 営業用の笑顔 

 数日後。 藤井あずさは端末の操作をしつつ室長の様子を伺っていた。朝から機嫌が悪いのだ。 室長こと田上哲也(たのうえてつや)は五十二歳。少し早とちりの癖はあるが、海千山千の室員たちを良くまとめていると藤井は思っていた。 元々、田上室長は公安警察の人間で、ノンキャリアながらも出世してきた人間だった。何よりも警備警察や自衛隊制服組などとの人脈も多く上層部しか知らない噂などにも精通していた。「狙撃犯の情報は入って来ていないのか?」 室長が藤井に聞いて来た。「近所にある空き家内から狙撃されたらしいと言ってました」 監視していた先島たちの証言と写真画像などから狙撃地点は簡単に割り出せた。「物証や硝煙反応などは出ていないですが弾道計算ではここで在ろうと……」 藤井が表示させた画面には自動車解体工場付近の地図が表示されている。焼失したガソリンスタンドと空き家と見られる家屋が赤い線で結ばれていた。「距離は三百メートル。 移動しているトラックの人物にヒットさせてますから中々の腕前ですね」 標的が静止している射撃競技と違って、動いている標的を当てるのは至難の業だ。少々訓練を受けた程度は無理だ。「訓練を受けているプロの仕業か……」 室長は退職した警察や自衛隊の狙撃手なのだろうかと考えていた。「そうどうでしょうか? 自分としてはチョウを狙って外してしまったとも受け取れますが……」 先島は一緒に同乗していたチョウの表情を思い出していた。普段、動じないチョウが驚愕の表情を浮かべていたからだ。「トラックに積まれた荷物の隠滅をやりたかった可能性もあります」 トラックの荷物は硝酸アンモニウムだった。しかし、チョウが扱う荷物してはショボイなと先島は考えた。「ガソリンスタンドに突っ込ませたかったとか?」 爆発を目の当たりにした青木が言い出した。「うーん、あの車の運転手はごく普通の人だったけど……」 藤井は運転手への取り調べ調書を表示させた。犯歴無しの普通の会社員だった。ガソリンスタンドの経営者にも従業員にも不審な点は無かった。「付近の防犯カメラはダメなのか?」 室長が画面を見ながら言って来た。「田舎なので望みが薄いですね……」 藤井は拡大した地図を表示させた。自動車工場付近には田畑が多く、防犯カメラの設置が期待できる建物が少なかったのだ。「狙撃犯を知
last updateLast Updated : 2025-02-13
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第07-2話 血の飛沫

「お前さんがまた勘違いしてるみたいだからな」 チョウはせせら笑いを浮かべながら言った「また?」 先島は怪訝な表情を浮かべて訊ねた。「ああ、トラックの事故だよ」 くっくっくと引きつったような笑い声を出すチョウ。「あの狙撃は俺が狙われたと思っただろう?」「ああ……」「あの狙撃は俺ではなく、トラックの運転手を狙ったのさ……」 チョウは意外な事を言いだした。「そう言えば南米系の運転手だったな……」 先島は狙撃場面を思い出しながら言った。顎髭と濃い眉毛の運転手だった。「アイツは南米系組織の人間だったのさ。 ここの所はアイツと組んで仕事してたからな」 恐らくはチョウの武器先のひとつだろうと踏んでいた。 南米は米ロ中からの武器が豊富に流れ込んで来ているからだ。米国は麻薬撲滅のために武器を流し、中露は覇権を握る為に武器を流す。 犯罪組織は武器を手に入れる為に、それらの国に麻薬を流しているのだ。 よく因果関係が分からない国々だった。「そん時分にだが結果的に取引に失敗した事があるのさ。 まあ、俺がドジを踏んだんだよ」 チョウが薄ら笑いを浮かべがら喋った。「俺の始末を付ける為に、ある人物に依頼が行われた噂を仲間から聞いたのさ」 チョウは周りを見渡した。運転手が狙撃された瞬間にチョウが驚愕してた理由が分かった気がした。 噂では無く本当だと確信したからであろう。「なんで日本に来たんだ?」 そんなチョウに先島が質問した。敵から逃げて潜伏するのなら、銃器の入手が容易な国の方が有利だと思えるからだ。「アジア人が潜伏するのには具合が良い国なんだよ。 日本は……」 確かに共和国の仲間もいるし、チョウ自身の知り合いも居そうな感じだ。流ちょうな日本語を喋る事が出来るチョウにはうってつけだった。日本人は外国人に妙に親切だからだ。「ある人物っていうのは誰なんだ?」 先島が聞いた。恐らく狙撃犯の事だろうと思ったからだ。「ああ、お前さんはクーカと言う殺し屋を聞いた事はあるか?」 チョウが聞いて来た。先島は首を横に振った。まず、殺し屋と言う職種がなじめないのだ。時代錯誤も甚だしい。「そうか、なら忘れる事が出来無くなるのは保証するよ」 チョウは再び意地悪そうな笑みを浮かべる。先島が困るのが楽しくてしょうがないようだ。「世界中の国の治安機関が血眼で追い回
last updateLast Updated : 2025-02-14
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第07-3話 蒼い影

(狙撃されたという事は俺の事も見られているよな……) 先島は背中がざわざわするのを感じていた。狙撃手はこちらを見ているのだ。(暗殺者と言うのは目撃者を消すのが鉄則だと普通は思うんだが……) しかし、今のところ撃たれてはいない。手慣れた狙撃手なら一秒も掛からずに次弾を装填できる。先島が撃たれない意味が分からなかった。(それなら俺も狙撃されているはずだ……) 先島はゆっくりと弾が飛んで来た方向に顔を向けた。射撃音が無いという事は、遠距離か消音器をライフルに付けているかだ。先島は後者の方だと考えた。 見た先に有るのは雑居ビル。その屋上付近を動く影が一瞬見えた気がした。(クーカとか言う殺し屋は余計な仕事をしない主義なのか……) 目撃出来たのは蒼い影だけだった。それがチョウの言う所のクーカである確信は無い。 先島は立ち上がってチョウの傍まで行った。「ふんっ! チョウはこれを見せつける為に携帯電話を使っていたのか……」 先島は笑ったまま死んでいるリョウを見下ろしながら毒づいた。長年追いかけて来た相手が死んでしまったのだ。「……」 チョウはクーカに狙われるのを承知で出て来た。逃げきれないと思ったのか、或は先島にクーカを追わせようと考えたのかのどちらかであろう。 単純な密輸事件だと思っていたが問題は深そうだと先島は考えた。 都内の某所。 ひとりの少女が歩いていた。黒い外套に身を包んだ彼女は、一見すると学生の塾帰りのようにも見える。 その小さな女の子は、倒産した無人の工場で妙な連中に絡まれたいたクーカだった。 あの時は『特殊な仕事』を実行する為、現場を下見をしに来ていたのだ。 主な目的は射線の確認と逃走経路の確認。 いくら超絶的な戦闘能力が有っても無限に闘える訳ではない。身体が小さめなので体力が続かないのだ。(メンドイ事したくないし……) 回避できるのであればそれに越した事は無い。自分の身の安全を最優先するのを命題としているクーカには当然の事だ。 今回はトラックに同乗していた人物を始末せよとの仕事内容なのでここに来ている。対象は自分にも馴染み深い男だった。「……」 クーカがふと立ち止まった。そして、おもむろに後ろを振り返った。「……」 そこには誰も居なかった。郊外の住宅地にありがちな無機質な道路があるだけだ。 しかし、彼女には
last updateLast Updated : 2025-02-15
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第08-1話 見捨てられた子供たち

「本当ですよっ! 一瞬で消えちまったんですよっ!」 男は携帯電話を片手に、辺りを見回しながら誰かに話しかけていた。 普通の女の子なら変質者やストーカーを疑う所だが彼女は違っていた。(心配性の依頼主なのね……) 男はクーカに仕事を依頼して来た組織の下っ端なのだろう。自分の仕事を見張っていたに違いないとクーカは考えていた。 追跡者が見当違いな方向に走り出した。それを見届けてからクーカは屋上から道路に降りた。まるで、散歩の続きをするかのように舞い降りたのだ。 クーカには普通の人間とは違う所がある。 筋肉と骨格を薬物で強化されている上、幼い頃から軍人たちによって訓練を施されていた。彼女は作られた強化兵士だ。 元々は米国軍の強化兵士作成プログラムだった。しかし、成人男性相手では研究成果が巧く現れなかった。そこで研究機関は子供用にアレンジしたものを使用してみたらしい。 既に骨格や精神面が完成されている大人と違って、成長期の子供の場合には強化薬物の効果は抜群だった。 薬品により常人の数倍の速度を出せる筋肉とそれを支える頑丈な骨格が作られた。彼女は五メートル程度の高さなら飛び上がれる。そして、瞬発力が優れてるので、目の動体視力とも相まって銃弾を躱せるように肉体が改造されているのだ。 それは試験体と呼称されていた他の子供たちも同様であった。子供たちは貧民街などから親の居ない孤児を集められていた。まともな手段では人権団体などから激しい突き上げをくらうからだ。 子供を試験体などと呼ぶ事で分かる通り、研究機関は試験体には一切の感情を持つ事を許さなかった。感情は任務の遂行にジャマなだけだからだ。彼等の興味は実験結果であり、試験体の健やかな成長では無いのだ。 日中は体技の訓練。夜は爆発物や薬品などの座学の訓練。それを休む事無く続けさせられていた。 物心付いた頃から毎日させられていたので、試験体たちは自分たちの処遇について疑問に思う者はいなかった。 もちろん、訓練から落後していく者もいたが、いつの間にか見かける事が無くなっていた。消去。それだけだ。 その何十人も居る試験体の中でもクーカは優秀な成績を収めていた。やがて、クーカはコードネーム『QUCA』を与えられ任務を任されるようになったのだ。 十四歳になった時。彼女は麻薬密売組織殲滅の任務を受けて中南米のエバジ
last updateLast Updated : 2025-02-16
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第08-2話 暗殺者のルール

 エバジュラム国に派遣されたクーカは、今回の麻薬密売組織が自分の両親を殺した仇だと知る。 しかし、殲滅作戦は内通者の裏切りで、クーカの所属していた実働部隊は壊滅状態になってしまった。 だが、クーカはたった独りで麻薬密売組織を壊滅させ、ついでにCIAの監視チームも壊滅させた。 監視チームの一部に内通者が居たのだ。 しかし、それを証明する証拠も手段も無く、唯一の生存者だった指揮官は植物状態になっている。 身に危険を感じたクーカは脱走する事になった。 彼女は脱走兵として米軍とCIAに追われるようになる。 しかし、彼女はそんな事は気にしていなかった。彼等の精鋭と言われる部隊は自分よりも明らかに劣っているからだ。 彼女は身に振り掛かる火の粉は徹底的に払う事にしている。同情や施しは自分の為にならないと知っているからだ。 追跡者を躱したクーカは大きめの橋に差し掛かっていた。車がひっきりなしに行きかっている交通量の多い橋だ。 そこをトコトコという感じで歩いている。「今、動画を送ったわ」 彼女は携帯電話を耳に充てながら誰かと会話していた。 肩にはエレクトリック・ギターの四角いケースを担ぎ、背中には亀の姿をしたリュックを背負っている。 その姿は普通の女子高生のようだ。 しかし、ギターケースの中身は遠距離狙撃用のロシア製ドラグノフ・ライフルだ。亀リュックの中身は夜間暗視用ゴーグルとライフル用照準器。中々に物騒な女子高生である。 そして、黒い外套の下には大型のククリナイフとグロックを携えていた。まるで移動する軍隊のようだ。 だが、見た目が可愛らしい少女なので職質を受ける事などは皆無だ。人には人畜無害と映るらしい。『ああ、見たよ…… チョウは一人じゃ無かったな……』 電話の相手はぶっきらぼうに答えた。 クーカは依頼を受けた時に一度だけ面会している。やたらと横柄な態度を取るヤクザだった。「そうね、男と一緒だったわ」 クーカは淡々と答えながら歩いてた。クーカを見て本当に大丈夫なのかと、何度もコーディネーターに質問していたのを思い出した。『なら、その目撃者も始末しろよ』 電話の相手はなにやら怒っているようだ。「契約に目撃者を消せとは無かったわ」 クーカはそんな事には気が付かないのか事務的に話していく。『証人を消すのは殺し屋のルールだろう?』
last updateLast Updated : 2025-02-17
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第08-3話 新たな標的

 クーカが依頼主に逢うのが嫌なのは、彼女の見た目でトラブルを招く事が多いからだった。「貴方に指図される筋合いは無いわ」 クーカは相手の恫喝を意にも介してない。 元々、今回のチョウもトラックの狙撃の時に一緒に依頼すれば良かったのだ。 運転中に狙撃しろなどと注文着けて来たので妙だなと思っていた。だが、あの爆発を見て合点がいった。チョウも巻き込まれて死ぬと考えていたのだ。 仕事の金をケチりたかったのであろう。 しかし、意図に反してチョウが生き残っているのが判明したので再度依頼されてきたのだ。『あんたには高い金を払っているんだ。 サービスぐらいしろよ』 電話の相手は泣き落としに出てきたようだ。(自分のせいじゃない……) 自分のセコイ金勘定からの余計な出費だったのに随分と図々しいなと考えていた。「予定外の仕事はやらない事にしているの」 クーカはチョウと一緒に居た相手を思い出していた。目の前で人が狙撃されたにも関わらず、素早い動きで自分の身の安全を測っていた。兵隊か警察か。いずれにしろ数々の修羅場を潜り抜けた相手に違いない。「それに今回の仕事はヨハンセンの紹介だから引き受けただけよ」 ヨハンセンとはクーカの仕事仲間だ。移動を助けてもらったり、仕事の仲介などもしてくれている。「それにトラックのターゲットが顔見知りで、ちょうど探してたのもあるわ」 彼女が誰かしら探す目的は、相手を抹殺することを意味していた。「それに…… 私がここに居るのは仕事が目的では無いわ」 クーカは立ち止まって川面を眺めた。川を渡っていく風が気分を落ち着かせてくれるような気がしたからだ。『俺に逆らったらどうなるか分かっているのか?』 ところが、相手は恫喝をやりだしてしまった。話し相手がヤクザだと忘れているのかもしれないと思い始めているようだ。「……」 クーカは黙ったままだ。『ああ?』 電話が壊れるのかと思う程の怒鳴り声だ。 クーカはそろそろ面倒になって来ていた。それよりチョウと一緒に居た男の情報を探る必要を感じていたのだ。(アイツはきっと面倒な奴だ……) クーカの感が囁いている。裏の社会で生きて行くのに必要な能力だ。「どうすると言うの?」 クーカがぶっきらぼうに聞いている。しかし、その目が冷たく光り始めていた。『お前もぶっ殺してやると言ってるんだよっ
last updateLast Updated : 2025-02-18
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第09-1話 馴染の店

 深夜の繁華街。 ビルの地下に有るワンショットバーに先島は来ていた。 昔、先島が公安時代に懇意にしていた情報屋がマスターをしている店だ。マスターはかつてCIAの情報分析官をしていた。その時代のコネもあって、今でも表裏の様々な情報が入って来るらしい。 捜査に行き詰まるとここに来てヒントを貰う事がある。 先島が店に入るとマスターがグラスを磨いていた。バーなどで良く見られる光景だ。 店内には客が少なかった。平日のせいでもあるが、ビルの奥まった所に有る店に分かりづらい。「今日も静かだね……」 そして、先島は一人になれる所が気に入っている。「ええ、今は外で飲む人が少なくなってますし、会社の経費で飲む機会も無いですからね」 今時の若い人はお酒を飲む習慣が無くなりつつ有るらしい。大学や会社の仲間同士でコミュニケーションを作るのに、酒は必要が無くなっているのかもしれない。 バーなどの飲食店でも、非喫煙者用に禁煙スペースを設けても需要が復活しないのだそうだ。時代の流れであろう。「まあ、喧しいのは苦手だから構わないですけど……」 そう言ってマスターは苦笑いしていた。CIAを引退してからは悠々自適の生活を楽しんでいるようだ。「それはこっちも同じだよ」 先島も愛想笑いを浮かべながら相槌を打った。「で、今日は何を聞きたいんだい?」 普段、無愛想な男が愛想笑いをする時は、頼み事がある時だと知っているマスターは先に質問をしてきた。「御代わりを下さい……」「ところでマスター。 クーカって名前の殺し屋を聞いた事があるか?」 先島はバーボンの御代わりを頼むついでに聞いてみた。「ええ? 今の時代に殺し屋?」 マスターは鼻で笑っていた。久しく聞いていない職業だからだ。今は暴対法の取り締まりが厳しくなっている。殺し屋が逮捕されると連座して同程度の量刑を喰らうので、暴力団は使いたがらなくなっているのだ。「ああ、チョウを知っているだろう?」 先島はそんな事は気にせずに質問を続けた。「あんたの目の前で弾かれたんだってね……」 流石は情報屋である。警察で発表していない情報まで知っている。「チョウが弾かれる寸前に、クーカに狙われていると俺に言ったんだ」 チョウは狙われていると言ってた割に怯えていなかったのを思い出した。「そうか、ならクーカの名前を聞いて逃げるの
last updateLast Updated : 2025-02-19
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第09-2話 二杯目のバーボン

「そう。 更に悪い事は重なるもんでね……」 マスターが更に話を続ける。「C国から輸出する時に臓器が足りないって言うんで、その辺をうろついてる浮浪児をかっさらって輸出したんだ」 C国では母親が押す乳母車から赤ん坊が攫われる事が有る。それくらいに児童の誘拐事件も多く、C国の警察も対応が追い付かないと新聞に書いて有ったのを思い出した。「つまり……」 輸出と言っても人間を生身のままで連れまわすのは効率が悪い。彼等は解剖されてバラバラにされたのは明白だった。「そういう事だ」 マスターはきっぱりと言った。 先島は見た事も逢った事も無い浮浪児たちの運命を思うと悪酔いしそうだった。「ところが、その中にC国の黒社会幹部の孫娘が交じっていたんだ」 マスターがため息を付いた。「それでチョウは始末される事になったんだな……」 どうやって孫娘が『輸出』されたと知ったのかは分からない。だが、北安共和国はC国に頭が上がらないのは有名だ。チョウの家族が労働矯正所送りになった原因はこれであろうと先島は思った。「ああ、ところがお前さんも知っての通りチョウの逃げ足はピカイチだ」 もちろん逃げ足の速さは知っている。どうやってかは分からないが、東京で目撃された翌日には上海にいたりもする。人物を安全に移動させる秘密のルートがどこかに在るらしい。「それで殺しの依頼がクーカにいったのか……」 ようやくチョウとクーカの関係が見え始めた。 何故、マスターがチョウの事に詳しいのかは謎だ。恐らくは米国の諜報機関もクーカの事を探っているに違いないからだ。その関係で情報が流れて来ていると推測していた。 だが、敢えて追及しなかった。マスターを追い込むのは得策ではないと思っているのだ。 相手は辞めたとは米国の諜報機関。自分は日本のなんちゃって諜報機関。目標とする所が大分違っているからだ。 今の憑かず離れずの関係がお互いにとって良いのだ。「クーカはヨーロッパの方ではしゃいでるってのは聞いた事があるね」 マスターがはしゃいでいるという時には活躍していると言っている時だ。しかも、相手が気に入ってる時に使う。「ヨーロッパ?」 C国関連の人間だと思っていた先島は面食らってしまった。「ああ、優秀な猟犬で確実に目標を仕留める狩人として評判になってるよ」 マスターが人を褒めるのは珍しいなと思
last updateLast Updated : 2025-02-20
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