All Chapters of 億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める: Chapter 641 - Chapter 644

644 Chapters

第641話

「私、賛成です」突如として響いた声は、幸平くんのお母さんだった。凛とした眼差しで言葉を継ぐ。「景之くんのお母さん、必ず投票させていただきます」彼女の大胆な一声をきっかけに、他のママたちも次々と賛同の意を示し始めた。強引で高慢な夢美の会長ぶりに、みんな辟易していたのだ。余りにもスムーズに事が運んだため、帰り道の車中で紗枝は何か引っかかるものを感じていた。だが、角張さんをどう追い払うかという問題の方が差し迫っていた。「どうやったら帰ってもらえるかしら……」紗枝は目を閉じ、独り言を漏らす。朝の八時半に叩き起こされた疲れか、昼近くになって眠気が押し寄せてきていた。「どなたを、でございますか?」ハンドルを握る雷七が尋ねた。「角張さんよ。義母が寄越した栄養士」その話題が出たところで、紗枝は一旦車を止めるよう指示し、外で昼食を取ることにした。食事をしながら、紗枝は角張さんの横暴ぶりを雷七に吐露した。「それなら、簡単な解決法がございますが」雷七が静かに提案する。「簡単?」「啓司様に一言お願いすれば」紗枝は首を横に振った。まだ些細な確執が残る今、彼に頼るのは避けたかった。だが、雷七の言葉がきっかけとなり、素晴らしいアイデアが浮かんだ。「そうよ。啓司に直接頼まなくても、自然と動いてもらう方法があるわ」雷七は黙って紗枝を見つめた。彼はいつも聞き役に徹していた。相手が話さない限り、余計な質問はしない主義だった。紗枝が戻ると案の定、角張さんが威勢よく料理人に指図を出していた。キッチンに近づくと、「角張さん」と声をかけた。「おや、奥様。もうこんな時間です。外でお食事を?」角張さんは威厳に満ちた口調で詰問するような調子だった。その態度は、かつての管理人を思い出させた。「夕食は角張さんにお任せします。ちゃんと食べますから」紗枝は静かに告げた。告げ口が効いたと思い込んだ角張さんの目が、得意げに輝いた。——言うことを聞かないなんて、どうだい?「そうでなくては」角張さんは満足げに、さらに肉料理を増やすよう指示を出そうとした。「角張さん」紗枝が遮った。「私は肉ばかり食べても構いませんが、啓司さんと子供たちは違いますよね?」角張さんは啓司と子供のことをすっかり忘れていた。「ええ、そ
Read more

第642話

「奥様は台所でお食事中でございます。何かございましたら、私にお申し付けください」角張さんが慌てて説明した。「台所?」啓司は眉を寄せた。「なぜそんなところで?こちらに来るように」まさか人参を避けて、こっそり別のものを食べているのか。「申し訳ございません。私どもの習わしでは、女性は男性と同じ食卓につくべきではございませんので」啓司は一瞬、言葉を失った。逸之も呆れ顔だった。いったい何時代の話をしているんだ?「ご心配なく」角張さんは啓司の取り皿に料理を盛りながら続けた。「奥様のお食事も万全に整えてございます」「この料理は……」「はい、私が考えた献立でございます」角張さんが啓司の言葉を遮った。啓司の表情が一段と険しくなる。だが、年配の女性と言い争うのは避け、「紗枝をここに呼んでくれ」と静かに命じた。まさか紗枝があの女の言うことを聞くとは。「それは相済みかねます」角張さんは首を振った。逸之はもう、この新入りの魔女ばあさんの相手などしていられなかった。椅子から降りると、台所へと向かった。そこには、紗枝がプラスチックの小さな椅子に座り、黙々と白いご飯を口に運んでいた。簡易テーブルの上には、無造作に並べられた白っぽい肉の薄切りだけ。炒めてもなければ煮てもいない。ただ蒸しただけの肉に、塩すら最低限しかかかっていなかった。角張さんは「これこそが最も栄養価が高く、妊婦に相応しい食事」と主張していたのだという。紗枝は白いご飯を数口摂っただけで、もう箸が進まなくなっていた。その光景を目にした逸之の瞳に、痛ましさが浮かんだ。「ママ……」紗枝は顔を上げた。「逸ちゃん、どうしたの?早くご飯食べてきなさい」逸之は首を振り、紗枝の傍まで駆け寄った。「外に食べに行こうよ」「だめよ。角張おばあちゃんが、ここで食べるように言ったの。あなたたちは向こうで食べてね」紗枝は逸之にウインクを送った。逸之は即座に意図を察し、わっと泣き出した。「こんなの、犬だって食べないよ!ママがこんなの食べるなんて……」息子の演技の上手さに驚きながらも、紗枝も芝居に乗った。「でも仕方ないの。角張おばあちゃんが、お腹の赤ちゃんのために必要だって」台所からの物音に、角張さんと啓司が引き寄せられてきた。「これは最高級の肉で
Read more

第643話

「角張さん、だから言ったでしょう!」紗枝の声が鋭く響いた。「家具を動かしちゃダメだって。啓司さんは見えないんですよ。ぶつかって転んでしまうじゃないですか」「私の言うことを聞かないで、勝手に椅子を動かすから。ほら、啓司さんがぶつかってしまったでしょう」角張さんは一瞬呆然とし、我に返って反論しようとした。「でも、あなたが……」「私はいつも気をつけているんです」紗枝は角張さんの言葉を遮った。「動かした家具は必ず元の位置に戻すって。なのに角張さんときたら、私の制止も聞かずに」「綾子さまのお言葉だけを頼りにするのはいいですが、啓司さんのことも考えないと」「パパが怪我したらどうするの?責任取れるの?」逸之が追い打ちをかける。角張さんは母子の畳みかける追及に、顔色を変えて言葉を失った。啓司には二人の芝居が見え透いていたが、敢えて暴くことはせず、紗枝の思惑通りに話を進めた。「角張さん、実家に戻ってください。もう来ていただく必要はありません」角張さんが何か言い訳しようとしたが、一分後にはボディーガードに丁重にエスコートされ、本邸へと送り返された。紗枝と逸之は小さくハイタッチを交わす。その小さな勝利の音を聞きながら、啓司は眉を少し持ち上げた。「新しい夕食を頼めないか」ドア枠に寄りかかりながら言う。人参だらけの料理では、さすがに腹が満たされなかった。「私のを食べる?」紗枝が冗談めかして言うと、啓司の表情が僅かに曇った。自分を利用し終わったとたん、もう構わないというわけか。啓司が背を向けて立ち上がろうとすると、紗枝が慌てて声を掛けた。「まあまあ、実は厨房にもう注文してあるのよ。啓司さんの好きなものを」その言葉に足を止めた啓司は、ゆっくりと食卓に腰を下ろし直した。紗枝は新しい料理を運んできて、啓司の取り皿に取り分けながら優しく言った。「はい、たくさん食べてね」リビングに向かおうとする紗枝に、啓司が薄い唇を開いた。「次から何か要望があるなら、直接俺に言ってくれ。こんな回りくどいことをしなくても」紗枝は一瞬たじろぎ、申し訳なさそうに「ありがとう」と呼び掛けた。お礼を言うと、紗枝はリビングに向かい、動かされた家具を元の位置に戻し始めた。本邸では――角張さんが突然戻ってきたことに、綾子は驚きを隠せなか
Read more

第644話

角張さんは意外そうな表情を見せた。昭子は彼女を人気のない場所に連れて行き、しばらく話し込んだ。その内容は定かではないが、角張さんはすぐに昭子の世話を引き受けることを約束した。翌日。角張さんがいなくなって、紗枝は久しぶりにぐっすりと眠れた。目覚めてからは作曲をしたり、本を読んだりとゆっくりと過ごした。今は美希と太郎との裁判と、来週月曜の保護者会会長選の結果を待つだけ。午後になって、その穏やかな時間を破る一本の電話が入った。拘置所からだった。美希が紗枝に会いたいと言っているという。「分かりました」紗枝は電話を切り、拘置所へ向かった。一時間後、紗枝は到着した。美希が悲惨な状況にいるだろうと思っていたが、会ってみると身なりは以前と変わらず、髪も新しくセットされていた様子だった。「用件は?」紗枝の声音は冷たかった。美希は紗枝の顔に残る傷跡を見ても、一片の同情も示さず、単刀直入に切り出した。「いくら払えば、訴えを取り下げてくれる?」「もちろん、父の遺産全部よ」「冗談じゃないわ」美希は強い口調で遮った。「私たちは夫婦だったのよ。遺産の半分は当然私のもの。あなたと太郎で残りの半分を分けるのが筋でしょう」「夫婦」という言葉が、紗枝の耳に異様に不快く響いた。「夫婦ですって?美希さん、お忘れのようですけど、夏目グループは父の婚前財産です。半分なんて分けられるはずがない。あなたが受け取れるのは、結婚してからの収益分だけよ」その言葉に美希は言葉を詰まらせた。「私と太郎を追い詰めるつもり?私はあなたの実の母親よ!太郎だってあなたの実の弟じゃない」理詰めでは勝てないと悟った美希は、感情に訴えかけた。「私が死んだら、あなたには血の繋がった家族が何人残るの?それに、あの人は私と太郎をどれだけ大切にしていたか。あの世で、あなたが全財産を奪うのを許すと思う?」紗枝は無表情で美希の訴えを聞き終えると、静かに口を開いた。「知ってるわ。鈴木昭子があなたの実の娘で、私より一歳上だってこと」「そういえば、父は結婚して一年後に私を授かったって言ってたわね」美希の頭の中で轟音が鳴り響いた。驚愕の表情で紗枝を見つめる。紗枝は美希の動揺など意に介さず、さらに畳みかけた。「私を身籠る前に、産褥期も終わってなかったんじゃない?」
Read more
PREV
1
...
606162636465
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status