啓司の長身の姿が、玄関前の大樹の下に佇んでいた。目は見えないものの、ボディーガードから紗枝がエイリーと一緒に来たことは既に知らされていた。紗枝は啓司の姿を一瞥すると、足を止めた。エイリーの前に立ち、余計な面倒は避けたいと思った。「私はここまでよ。お先に」エイリーは頷いた。「ああ、また今度」静かに寄せてきた車にエイリーが乗り込むのを見送ってから、紗枝は病院の中へと歩を進めた。啓司の前まで来て、紗枝は静かに口を開いた。「逸ちゃんに会わせてくれる?」啓司の凛とした横顔からは、何の感情も読み取れなかった。「この時間、子供は既に寝ている」冷ややかな声が返ってきた。紗枝が携帯を確認すると、もう22時を回っていた。エイリーと曲の打ち合わせに没頭するあまり、時間を忘れてしまっていた。「そう。じゃあ、明日にするわ」その言葉を聞くや否や、啓司は紗枝の腕を掴んだ。「子供のことを本当に心配しているのか、それとも演技か?」紗枝の指が強張る。「どういう意味?」「分かっているはずだ」啓司は紗枝の傍らを通り過ぎていった。紗枝はその場に立ち尽くした。また何かの気紛れなの?息子に会わせないだけでも十分なのに、何が本気だの演技だのって。苦労して産み育てた子供のことを、演技なわけないでしょ。啓司との言い争いに疲れた紗枝は、病院の付添い部屋に戻った。明日の朝、逸之に会えることを願いながら。逸之の隣の病室には黒木明一が入院していた。一日余りの治療を経て、ようやく元気を取り戻した明一の姿があった。「ママ、パパ、あの野良児のせいだよ」声が出せるようになるなり、明一は両親に訴えかけた。夢美は息子の手を握りしめながら「明一、ママに話して。いったい何があったの?」これまでは紗枝と逸之からの話しか聞いていなかった。明一の口から直接聞くのは初めてだった。この件は、まだ終わっていない!「あの野良児が僕をだましたの。築山の裏に連れて行かれて、道に迷っちゃったんだ」明一は涙をポロポロこぼしながら話した。夢美の目が一瞬で冷たく変わった。「この私生児が!」低く呪むような声を漏らし、昂司の方を見上げた。「聞いたでしょう?明一は被害者なのよ」「あんな小さな子が、どうして自分から明一を築山に誘うなんてことができるの?
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