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All Chapters of 離婚後、恋の始まり: Chapter 781 - Chapter 790

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第781話

「うん……」里香は伏し目がちに答えた。雅之が部屋を出て行った後、里香は寝間着を手に取り、着替えてからベッドを降り、洗面所へ向かった。戻ってくると、雅之が朝食をテーブルに並べていた。里香は疑わしげに尋ねた。「このマンションもあなたの持ち物?」雅之は軽く頷いた。「ただの一つに過ぎないよ。二宮グループに近いから、遅くなった時に泊まることがある」300平米のワンフロア。シンプルなデザインで、植物もなく、全体的に冷たい雰囲気だった。里香はダイニングテーブルに座り、スプーンを手に取ってお粥をすくった。「気に入った?」雅之が尋ねると、「まあまあ」と里香は答えた。「後でここをお前の名義にしておくよ。これからは自由に使える」雅之はさらりと言った。里香は彼を一瞥したが、何も言わなかった。雅之の薄い唇がわずかに弧を描いた。「どうした?感動しすぎて言葉も出ない?」「……」この男、何も言わなくても勝手に話を作り上げる!本当に面倒くさい性格だ!黙々と朝食を済ませると、二人はホテルへ向かった。到着すると、ホテル全体が緊張感と重苦しい空気に包まれていた。エレベーターの扉が開くと、周囲の人々が一斉にこちらを見た。彼らの表情には明らかな不満が浮かんでいた。「どういうこと?この二人、昨夜帰ったの?じゃあ、なんで私たちは閉じ込められてたの?」「そうだよ!なんであの二人だけ出られて、私たちはダメなの?」「一体何が起こったの?説明してくれない?」昨夜のダンスパーティーに参加していたのは、ほとんどが名門の御曹司や令嬢たちだった。一晩中閉じ込められていたせいで、皆の顔色は最悪だった。「里香ちゃん!」かおるが階段を駆け下りてきて、里香を見つけるとすぐに駆け寄った。「一体何があったの?」昨夜、かおるは里香を探しに行こうとしたが、すでに先に帰ったと聞かされた。しかし、かおる自身は止められて出られなかった。その時、かおるは月宮に事情を尋ねた。しかし、月宮は「俺はずっと君と一緒にいた。何があったかなんて知るわけない」と答えた。確かにその通りだった。かおるの疑念は深まるばかりで、直感的に何かが起こったと感じた。それも、里香に関することだと。祐介に事情を聞こうとしたが、相手が忙しくて会えなかった。仕方なく里香に電
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第782話

女性は悔しそうで、不服そうな表情を浮かべていた。里香は冷ややかに彼女を見つめた。一晩閉じ込められていたというのに、まるで動揺している様子もなく、後ろめたさすら感じていないようだった。そこで、祐介に目を向けた。「持ってきて」祐介は部下に視線を送った。部下がノートパソコンを持ってきて、画面には監視カメラの映像が映し出された。再生ボタンを押すと、映像にはっきりと映っていたのは、彼女が会場に入った瞬間からずっと里香に視線を向けていたことだった。里香がどこへ行っても、彼女は少し距離を取りながらついていき、何かを待っているようだった。そして最後に、里香がジュースを一杯飲む。すると約五分後、彼女は何気ないふりをして里香のそばを通り、心配そうに声をかけた。監視カメラの音声はかなりクリアで、雑音は処理され、女性の声だけがはっきりと聞こえた。彼女は里香を上の階で休ませるように誘導していた。里香が部屋へ向かうと、彼女はすぐにスマホを取り出し、メッセージを送った。そこで映像は終わった。女性はその映像を見て、一瞬動揺したような表情を見せたが、それでも歯を食いしばって言い張った。「たったこれだけの映像じゃ、何の証拠にもならないわ。私がこの子を見ていたのは、ただドレスが素敵だと思ったからよ。それの何が悪いの?」少し間を置いて、さらに続ける。「それに、この子に興味を持っていたのは私だけじゃないでしょ?どうして私がやったって決めつけるの?」すると、部下が女性のスマホを取り出し、こう言った。「メッセージはきれいに削除されていたが、システムには痕跡が残っていた。我々の調査によると、君は『彼女は上に行った』というメッセージを送っている」女性はその言葉を聞くと、みるみる顔が青ざめていった。「そ、それは……」「まだ言い逃れするつもりか?」祐介は冷たく言い放った。そして、視線をもう二人に向けた。「彼女がここまで慎重に動いていたのに、俺が突き止めたんだ。お前たちも逃げ切れると思うなよ?」二人はビクッと震え、互いに視線を交わした。すると、給仕係の男が震える声で言った。「わ、わかりました、話します!」皆の視線が彼に集中する。彼は喉をゴクリと鳴らし、話し始めた。「弟が病気で、お金が必要だったんです。そんな時、ある人から金を渡されて、
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第783話

目の前のこの女性こそが、今回の事件の鍵を握っている。もしかすると、黒幕の正体を知る唯一の人物かもしれない。だが、直接的な証拠がない以上、どうすることもできなかった。会場の責任者は震えが止まらず、額には冷や汗がびっしょりだった。「喜多野さん、二宮さん、私は本当に何も知りません! こんな大事な場で、そんなことを許すはずがないじゃないですか!」かおるは冷笑しながら言った。「でも、実際に起こったわよね? そんなこと言って、自分で恥ずかしくならない?」マネージャーは何度も頷きながら、必死に訴えた。「私の責任です。私の無能さゆえです。責任は取ります! でも、本当に何が起こったのか分からないんです! 私は潔白です!」かおるは腕を組み、女性と責任者を交互に見つめた。「二人とも関係ないって言うけど、じゃあこれはどうやって起こったの? まさか、ただの偶然とでも?」女性は祐介を一瞥し、ゆっくりと口を開いた。「もしかすると、二宮夫人と喜多野さんの間に何かあったんじゃないですか? ちょうど昨夜は人が多くて、隠れるには絶好の機会だったでしょう? だって、客室に長いこと閉じ込められていたんですから、何があってもおかしくないですよね?」「よくもそんなことが言えるわね!」かおるはその言葉を聞くなり、勢いよく彼女の頬を平手打ちした。「あんた、実際に見たの? その場にいたの? それとも、最初から何が起こるか知っていたから、こんなことを堂々と言えるの?」女性は頬を押さえ、顔色を曇らせた。「そんなの、実際に見なくても分かるでしょ? 喜多野さんと二宮夫人が知り合いなのは、みんな知ってることよ! 二人の関係が曖昧なのも!」かおるは怒りが収まらず、もう一度手を振り上げたが、里香がそれを止めた。「やめて。こんなことしても、何も解決しないわ」かおるは悔しそうに拳を握りしめたが、里香の言葉に従い、二歩後ろに下がった。里香は女性の前に立ち、怒りに満ちた彼女の目をじっと見つめながら、淡々と言った。「誰の指示を受けているのかは知らないが、どうやら私を狙っているみたいね。だったら、直接私の前に出てきたらどう? こんな陰湿なやり方ばかりしてると、まるで下水道に潜むネズミみたい。どんなに表向きは立派でも、本質は卑しいままよ」女性は顔を引きつらせ
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第784話

大久保はその言葉を聞いて、信じられないというように目を大きく見開いた。「どうしてそんなことを知ってるの!」雅之はまるでバカを見るような目で彼女を見つめ、冷たく言い放った。「お前の素性を調べるのが、そんなに難しいと思うか?」その瞬間、大久保の顔から血の気が引き、全身の力が抜けたように呆然と前を見つめた。終わった……もう、何もかも終わったのだ。どんなにしらを切っても、「認めなければ大丈夫」と思っていた。そうすれば、自分も家族も無事でいられるはずだった。でも、雅之は想像をはるかに超えて恐ろしい存在だった!家族は、あの人の手の中の駒になり得るのと同じように、雅之の手の中の駒にもなり得る!雅之は大久保の表情をじっと見つめ、淡々と言った。「どうやら、もう覚悟は決まったようだな」大久保は目を閉じ、しばらく沈黙した後、ようやく口を開いた。「話します……どう罰されようと構いません。でも、どうか家族だけは助けてください。彼らには一切関係ないんです……」雅之は静かに言った。「答え次第だな」大久保は彼を見つめ、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。「二宮社長……お願いします……どうか、家族だけは……」雅之の端正な顔には、冷笑が浮かんでいた。「僕は慈善家じゃない。あんたが泣いたところで、情けをかけるような甘い人間だと思ってるのか?もし答えに価値がなければ、大久保家全体を冬木から消し去ることになる」雅之の低く響く声は、ゆっくりとした口調ながらも、圧倒的な威圧感を伴って部屋全体に広がった。まるで空気が凍りついたかのように、室内の温度が一気に下がった。そんな中、かおるはこっそり里香に近づき、小声で囁いた。「これが……いわゆる『俺様系』ってやつ?」里香は口元を引きつらせながらかおるを見た。「月宮だって、こんな感じじゃない?」「アイツ?」かおるは鼻で笑った。「あいつはただのバカよ」里香:「……」一方、大久保の体は小さく震え、目には恐怖の色が浮かんでいた。雅之は祐介と同じように扱いやすい相手だと思っていたが、彼は予想以上に冷酷で、容赦がなかった!その時、祐介が口を開いた。「とりあえず白状しろ。あんたの家族のことは、できるだけ助けてやるから」雅之は冷ややかに彼を一瞥し、皮肉を込めて言った。「へぇ、ここに『偉大な慈善家
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第785話

大久保は目を大きく見開いた。「あなた……」この男、一体何者なんだ?こんなことまで調べ上げるなんて!それよりも、もっとゾッとしたのは、雅之が黙って自分の言い訳をずっと聞いていたことだった。きっと心の中で軽蔑して、嘲笑ってたんだろうな。まるで顔を思い切り叩かれたような気分で、全身の力が抜けてしまった。「もう少しマシなこと言えるかと思ったけど、どうやら期待外れみたいだな」雅之はスマホをしまい、里香の方を向いた。「もう行くか?」里香は一部始終を見て、驚きながらもすぐに頷いて、祐介を見た。「祐介兄ちゃん、お疲れ様。この件は私がちゃんと調べるから、みんなを先に帰して」祐介は複雑そうな表情で里香を見つめ、雅之に目を移した。「一体どこまで調べたんだ?」雅之は一瞬彼を見て、「そんなに多くはないさ。ただ、誰がやったかは分かった」祐介:「……」なんて皮肉な言い方だ!かおるも目を丸くし、すぐに駆け寄って尋ねた。「誰なの?」雅之は一瞥して言った。「なんでお前に教えなきゃいけない?」「だって私は里香の大親友よ!結婚式の時、彼女をエスコートするのは私なんだから、里香の手をお前に渡すかどうか、私に決定権があるのよ!」「へぇ」雅之は淡々と返した。「それでも教えない」「ちょっと!このクソ野郎!」かおるは怒りを抑えきれず、雅之に指をさして罵声を浴びせた。里香は呆れたように言った。「私が知ってるんだから、あなたもすぐに知ることになるわ。そんなに焦らなくてもいいでしょ」かおるは急に冷静になり、「そうね。じゃあ、情報はすぐに共有してよ」里香は頷き、雅之を見た。「他に何か分かった?」雅之はじっと里香を見つめ、唇を動かしたが、結局何も言わなかった。里香は一歩近づき、「歩きながら話そう」雅之は里香の後をついて、ホテルを後にした。人々はすでに解散し、さっきまで騒がしかった会場も今は静まり返っていた。昨夜の件はその場で説明がついたため、変な噂が広まることはなかった。車の中で、里香は雅之をじっと見つめ、続きを待った。雅之は少し意地悪にじらしてみようとしたが、里香の真剣な視線に圧倒されて、つい口を開いた。「そんなに見つめられると、キスされるのかと思っちゃうよ」里香は少し驚いた様子で言った。「昨夜もう十分したでしょ?まだ足りな
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第786話

里香は一瞬表情が止まり、手を引き抜いて言った。「雅之、約束を守ってほしい」雅之の瞳に一瞬、失望の色が浮かんだ。薄い唇を一文字に結び、里香の美しいけど冷たい顔をじっと見つめた。昨夜はあんなに激しく絡み合っていたのに、どうして今はこんなに冷たくなってるんだ?まさに、あの言葉通りだ。終わったら、もう他人扱いか。車内の空気が一気に冷え込み、二人とも黙ったままだった。里香は昨夜あまりよく眠れず、カエデビルに戻ると聡に休みを申し出て、そのままベッドに横になった。でも、心の中に引っかかるものがあって、どうしても落ち着いて眠れなかった。結局、うとうとしながら30分ほど寝ただけで、目を覚ました。仕事場に向かい、中に入ると、ちょうど星野がオフィスから出てきたところだった。彼の顔色はあまり良くなさそうだ。「何かあったの?」里香は何気なく声をかけた。星野は里香を見て、一瞬目をそらし、「何でもないよ。後で社長と一緒に出張に行くんだ」と言った。「出張?」里香は驚いた。聡は今まで一度も出張なんてしたことがない。それに、まだ冬木にしっかり根を下ろしてもいないのに、もう他の地域の顧客と連絡を取るつもりなの?聡って、そんなに仕事熱心だったっけ?「うん」と星野は短く答え、何か言いたげな表情を浮かべた。里香はまばたきして、「どうしたの?」と尋ねた。その時、聡の声が聞こえた。「星野くん、荷物をまとめて。すぐに出発するよ」星野は言いかけた言葉を飲み込み、「何でもない」とだけ言い、里香の横を通り過ぎて自分のデスクに戻っていった。里香はその後ろ姿を見ながら、何かおかしいと思った。変じゃない?聡が近づいてきて、里香の少しやつれた顔を見て言った。「休みを取ったんじゃなかった?顔色が悪いよ。無理して出勤しなくてもいいのに」里香は答えた。「家にいても休めないから、仕事してたほうがいいの。忙しくしてれば、夜はぐっすり眠れるし」聡は頷いて、「それも一理あるね。私と星野君は出張で1週間ほどいない。その間、デザインの仕上げに集中して。他のことは気にしなくていいから」と言った。「分かった」里香は頷いた。それでも、後任のデザイナーを選ばないといけない。冬木を離れる前に、しっかり人選を決めておかないと。デスクに戻り、パソコンを開いてデザインの作業を
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第787話

雅之のからかうような口調に、里香はぐっとこらえ、さらに冷たい口調で言った。「来ないなら、それでいいわ」「行くよ、絶対行く。お前が誘ってくれたなら、たとえ今飛行機に乗ってても機長に命じて引き返してでも、絶対お前と一緒にご飯食べるから」雅之は即答した。その態度、まさに本気だ。里香の腕には一瞬、鳥肌が立った。そして彼に向かって言った。「バカみたいなこと言わないで、そんなこと言ってると雷に打たれるわよ」そう言うと、すぐに電話を切った。雅之は軽く笑いながら、切られた電話を見つめた。それから閉まりかけている機内のドアを一瞥し、口を開いた。「フライト、キャンセル」フライトアテンダントは目を丸くして驚いた。前の席に座っている桜井はすぐに振り返った。「社長、今回アメリカに行くのは戦略提携の話し合いじゃないですか?ドタキャンされたら、相手が不満を抱くでしょう。そしたら、次に協力をお願いするのが難しくなるんじゃないですか?」雅之は冷たく答えた。「じゃあ、別の会社とやればいい」そう言い放ってから、ビジネスクラスの席を立ち去った。桜井:「……」もう助けてくれ!うちの社長、最近本当に気ままになりすぎてるよ!でも桜井も分かっていた。雅之に仕事を放り出させるような存在なんて、里香以外には絶対いないだろう。前は、口を開けば「興味ない」とか「好きじゃない」とか言ってたけどさ、どうだ?見事に手のひら返しだ!夜が深くなった頃、里香は食卓に座り、冷めかけた料理を見つめながら、美しい眉を少ししかめた。時計を見ると、すでに1時間が過ぎていた。どういうこと?来ないの?来ないなら、一言くらい知らせてくれてもいいのに。里香の表情はますます冷たくなり、スマホを取り出して、かおるに連絡し、一緒に夕食を食べようと思ったその時、インターホンが鳴った。里香は立ち上がり、ドアを開けに行くと、黒いコートを着た雅之がそこに立っていた。その中は深いグレーのビジネススーツで、同系色のネクタイまできっちりと締めていた。「遅れてごめん、途中で渋滞に巻き込まれちゃって」彼は美しい瞳で里香を見つめ、一言そう言うと、そのまま部屋に入ってきた。コートを脱いで、そのまま里香に渡した。里香は呆れながらも仕方なくそのコートを玄関口のハンガーにかけた。雅之がテー
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第788話

里香はリビングでテレビを見ていた。雅之はスーツのジャケットを脱ぎ、シャツの袖をまくり上げて、ダイニングとキッチンをさっと片付けてから出てきた。里香がクッションを抱えて足を組み、テレビに夢中になっている姿には、柔らかな明かりが差し込んでいて、まるで絵のようだった。雅之はその光景に引き寄せられ、里香の隣に座って、視線をテレビに向けた。画面には時代劇が映っていた。衣装やメイクも良く、俳優の演技もまずまずだった。里香は没頭しているが、雅之はあまり興味が湧かず、代わりに彼女の横顔をじっと見つめていた。テレビを見てるより、もっと面白いことができるだろうに。「考え、まとまった?」ドラマの中で男女の主人公が会話を交わしている最中、雅之の低く落ち着いた声が響いた。里香のまつげがわずかに震え、少しだけ間を置いてから言った。「この話が終わるまで待って」雅之はくすっと笑い、里香の背中に手を回し、肩を抱き寄せた。里香の体が一瞬こわばったが、やがてゆっくりと力を抜いた。ドラマの1話は45分。二人はその間、ストーリーについて話し合った。まるで今までこんなに穏やかで温かな時間を過ごしたことがなかったかのように、二人の間にほのかな温もりが流れていた。雅之は、まるで自分たちがとても仲睦まじい恋人同士で、これがこれからの日常になるんだと錯覚しそうになった。「終わったよ」ドラマが終わると、里香はリモコンを手に取ってテレビを消し、クッションを脇に置いて彼の膝の上に座り、そのまま唇を重ねた。まるで義務を果たすように、そこには何の感情もなかった。雅之は細めた目で里香を見つめ、動かずに彼女の動きを見守った。そのキスは少し上達していて、そこには彼の影響が感じられた。里香の舌先が唇の隙間をなぞった瞬間、雅之の手が動き、後頭部を押さえ、腰を支え、キスを深めた。夜が深まり、窓の外には星が瞬いていた。部屋の中には甘い空気が漂っていた。最も親密な行為をしているのに、二人の心は深い溝で隔てられ、決して交わることはなかった。すべてが終わると、里香は疲れ果てていた。雅之は彼女を抱き上げて風呂に入れ、パジャマを着せた。ベッドに横たわると、里香は手を差し出して、「ちょうだい」と言った。雅之は里香の手を押し戻し、「メールで送る」と答えた。里香はその言
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第789話

まだ確信が持てなくて、とりあえず証拠は全部保存しておくことにした。どうせ錦山にはすぐ行けないし。ここ数日忙しなく動き回って、ようやく原稿が完成。ワイナリーの工事もついに始まった。里香はデザイナーの面接をスタート。一人ずつ確認していったものの、なかなか満足のいく人材には出会えなかった。アイディアはあっても現実離れしていたり、突飛すぎる発想が多かったり……創造性はあっても、実現できるかどうかは別問題って感じだ。そんなある日、かおるから食事の誘いが来た。グツグツと煮えたぎる火鍋から立ち昇る熱気に、芳醇な香りが食欲をそそる。目の前に広がる光景だけで、もうお腹が鳴りそうだった。一口肉を口に運んだところで、かおるがまたため息をつくのが耳に入った。「ねえ、どうしたの?ここに来てからもう28回はため息ついてるけど?」冗談混じりに言うと、かおるは驚いた顔でこっちを見た。「えっ、数えてたの?まさか……そんなに私のこと好きだったなんて知らなかった!」「バカ言ってないで。で、何があったの?」軽くいなして促すと、かおるはもう一度ため息をつきながら話し始めた。「月宮家の人たちに呼び出されちゃったの」「えっ?」里香は思わず箸を止めた。かおるは苦笑いを浮かべながら続けた。「数日前、祐介の結婚式に綾人と一緒に行ったじゃない?その時に月宮家の人たちに見られてたみたいで、その後で呼び出されちゃったの。『綾人とは釣り合わない』とか『彼のお嫁さんになる人は家柄が見合ってることが条件だ』とか……散々言われちゃった」里香は少し考え込んでから、「それで?何にため息ついてるの?」と尋ねた。かおるはムスッとした顔で箸をつつきながら言った。「だってさ、まさかここまで厳しいとは思わなかったんだもん。彼氏と付き合うたびにこんなふうに呼び出されて文句言われるの?時代錯誤もいいとこでしょ!今は恋愛も結婚も自由のはずなのに!」一気にまくし立てるかおるを、里香はじっと見つめて聞いていた。「綾人と結婚したいと思ってるの?」「そんなわけないでしょ!」かおるは即座に否定した。「そんなこと、これっぽっちも考えたことないわ!」「じゃあ、何をため息ついてるの?最初から三ヶ月だけ付き合うって決めてたじゃない。それなら、誰に何を言われても気にする必要ないんじゃ
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第790話

里香の表情が一瞬止まった。「もう吹っ切れたの?」かおるは里香の肩に腕を乗せ、ほろ酔いでほんのり赤くなった小さな顔を、チラチラと光るライトの下で照らされながら、ぼんやりと前を見つめていた。「実はね、月宮の家の人が私に会いに来て、初対面から圧かけてきたんだよね。庭で二時間も待たされて、やっと会ってくれたと思ったら、何も話さずにいきなりお嬢様たちの写真をどっさり見せてきてさ。ほんと笑えるよ、私に月宮の未来の妻を選ばせようとしたのよ?」話しながら、かおるの目からポロっと涙がこぼれた。慌てて手で拭いながら、続けた。「里香ちゃん、私はね、自分がまさか月宮のことを好きになるなんて思ってなかったの。あの人たちの見下した態度なんて気にも留めないと思ってたし、むしろバカみたいって笑えるくらいだと思ってた。でも、違ったのよ。その瞬間、本当に心の底から『惨め』って何なのかを思い知らされたの」かおるは赤くなった目で里香を見つめながら言った。「何も言われなかったし、直接バカにされたわけでもないのに、どうしてか耐えられなかった。里香ちゃん、私、もうダメなのかな?」「うん、ダメだね」里香はそう言うと、かおるは即座に「うわぁぁぁ!」と叫びながら、里香にしがみついた。「じゃあさ、どうすればいいの? もしかしてこのまま、月宮と愛憎劇を繰り広げる羽目になるわけ? それ、ほんとドラマじゃん!」里香はじっとかおるを見つめ、しばらく沈黙した後に言った。「とりあえず家に帰ろう。シラフになったら、解決策を考える」かおるは両腕を里香の首に回し、上目遣いでじっと見つめてきた。「今じゃダメ?」里香は首を振った。「ダメ。今のあんた、冷静じゃない。この状態で決めたことなんて、大体後悔するから」かおるは口をとがらせた。「……なら仕方ない。今日、一緒に寝よ」「いいよ」里香は頷き、かおると一緒にカラオケの店を出た。ところが、店を出た瞬間、路肩に停まっている一台の銀灰色のマイバッハが目に入った。車の横には、キャメル色のコートを着た月宮が立っていて、手にスマホを持ち、電話をしている。その視線はずっとこちらを見ていた。里香たちが出てくるのを見ると、電話を切り、二言ほど告げた後、歩み寄ってきた。「お前たち、一緒に飲むと必ず酔っぱらうよな。で、帰ったら俺
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