妻たる者が、夫の顔を打つなどあってはならないことだった。将軍家という身分はもとより、一般の庶民でさえ夫の顔を打つようなことはしない。どれほど腹が立っても、せいぜい体を叩く程度が関の山だ。所詮、女の拳に大した力などないのだから。顔を打つということは、男の尊厳そのものを踏みにじる行為に等しい。屋敷には使用人たちの目もある。これでは北條守の威厳も地に落ちるというもの。しかも彼は御前侍衛副将に昇進したばかりというのに。この平手打ちは、北條守の胸に芽生えかけていた喜びの感情を一瞬にして打ち砕いてしまった。親房夕美は唇を噛みしめ、涙を流した。自分が度を越してしまったことは分かっていたが、自尊心が邪魔して謝罪の言葉を口にすることができない。「もういい。下がってくれ」守は怒りを押し殺して言った。もう口論は避けたかった。夫婦喧嘩の苦さは十分すぎるほど味わってきた。あまりにも心が疲れる。夕美は平手打ちを食らわせた後、確かに後悔の念に駆られていた。しかし、夫のそんな冷たい物言いを聞いて、胸が締め付けられる思いだった。「私だって身重の体で、あなたの看病をしようと来たのよ。早く傷が治って、昇進のお礼を言いに行けるようにって思って。でも、あなたの態度には本当に失望したわ」守は目を閉じ、口論も応答も避けた。その冷淡な態度に傷ついた夕美は、立ち上がって涙を拭うと、一言残して背を向けた。「結構よ。そんなに私を見たくないというのなら、実家に帰る」夕美には分かっていた。北條守が自分の実家の評判を気にかけていることを。身重の体で実家に戻れば、きっと彼は心配するはずだと。だが、お紅に支えられて屋敷を出て、かなりの距離を歩いても、北條守が誰かに呼び戻すよう命じる声は聞こえてこなかった。夕美の胸は怒りと悲しみで一杯になった。北條守は本当に自分のことなど少しも気にかけていないのだと。そうして夕美は、憤りのままにお紅を連れて実家へと戻った。都で突発的な事件が起きたため、各名家は門下の者たちの行動を制限していた。三姫子の家も例外ではなかった。大長公主家との付き合いは少なかったとはいえ、用心に越したことはないのだから。だからこそ、妊婦の義妹が泣きじゃくりながら実家に戻ってきたと聞いた時、三姫子は門番に追い返すよう言い渡しておけばよかったと後悔した。もちろん、それは心の
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