Share

第616話

Author: 似水
「里香?」

雅之が電話越しに呼びかけた。しかし、返事はなかった。ただ、微かに聞こえる穏やかな呼吸音が耳に届くだけだった。彼はふっと笑みを浮かべ、スピーカーをオンにして電話を切らず、その呼吸音に耳を傾けた。その静かな音が、乱れていた彼の心を少しずつ落ち着かせていく。彼は思わず心の中でつぶやいた。「今、隣にいてくれたら、もっと安心できるのに……」

翌朝。

里香は目を覚ますなり、スマホを手に取った。しかし画面は真っ黒。

「ん?……なんで電源が切れてるの?」

首を傾げながら充電を始め、起動を待つことにした。スマホが再起動すると、大量のメッセージ通知が一気に届いた。そして目に飛び込んできたのは、昨夜の通話履歴。

夜中の3時から朝の7時まで……雅之と4時間も電話していたなんて!

里香はさらに困惑した。自分が雅之と電話した記憶は全くないけど?

「コンコン!」

ドアのノック音にハッとして振り返ると、かおるが顔を出していた。「おはよう。好きそうな朝ごはん買ってきたよ。一緒に食べよっか?」

「うん、ありがとう」

里香は寝ぼけた声で返事をしつつ、髪をとかして洗面所へ向かった。

「ねえ、私、昨日酔っ払って変なことしてないよね?」

テーブルにつきながら尋ねると、かおるは首を横に振った。「特に何も。ちゃんと部屋に戻って、そのまま寝たじゃない」

そうなんだ。

とはいえ、4時間の通話が謎のままだ。どうして雅之とそんなに長い電話を?しかも何を話したか全く覚えていないなんて。

かおるが「どうしたの?」と尋ねると、里香は首を振って、「大丈夫」とだけ答えた。

朝ごはんを済ませた後、里香は出勤のために家を出た。エレベーターに乗り込むと、そこで雅之と鉢合わせた。

銀灰色のスーツ姿で、いつも通り端正で冷たく、隙のない雰囲気。ちらりと一瞥し、何か言おうか迷ったが、結局黙ったまま視線を外した。

そんな里香に気づいた雅之が、ふいに口を開いた。

「昨夜の電話、何を話したか覚えてる?」

その問いに、一瞬で里香の顔が強張った。心当たりは全くないが、彼の言い方が妙に意味深だ。

「酔ってたから覚えてない」

そう淡々と返すと、雅之は唇をゆるめ、不敵な笑みを浮かべた。

「問題ない。俺が覚えてるから、思い出させてやるよ」

「結構」

里香は即座に拒否した。忘れたままにしておきたいのに
Locked Chapter
Continue Reading on GoodNovel
Scan code to download App

Related chapters

  • 離婚後、恋の始まり   第617話

    確かにそんな考えが頭をよぎったけど、録音を聞かない限り、自分がそんなことを言ったなんて信じられるはずがない。でも、待てよ。雅之が本気で自分を止めたいなら、録音の削除なんて簡単に防げるはず。それを恐れてるってことは……録音を聞かせないのは、やっぱり嘘をついてるから?絶対そうだ。自分の推測が正しいと確信しながら、里香は無言で目をぐるりと回してマンションを後にした。再び例の別荘マンションに戻り、今回は助っ人を呼んできた。「昨日のうちに僕を呼べばよかったのにね」広い敷地を見渡しながら、星野が言った。「こんなに広いなんて思わなかったのよ。いいから、早く始めましょう」里香は軽くため息をつきながら答えた。「了解です」二人で作業を進めると驚くほどスムーズに進み、昼過ぎには測定作業がすべて完了した。「よし、データも問題なしね」もう一度確認を終えた里香が提案した。「お昼ご飯、おごるわ」星野がにやりと笑って答えた。「小松さんの手作りのご飯ですか?」その言葉に、里香の動きが一瞬止まった。「前にご馳走になった料理が美味しくて、つい期待しちゃいました。でも、今日はいいです。お疲れでしょうし」星野が頭を掻きながら照れくさそうに付け加えた。「まあ、確かに疲れたね。じゃあ、また今度」里香も笑顔で応じた。二人は市内に戻り、評判のラーメン店を見つけた。昼時とあって、店内は人でごった返している。出てきたラーメンを前に、空腹の里香は箸を取るや否や勢いよく食べ始めた。「この間の話だけど、あの男、まだ小松さんに何か迷惑をかけたりしてます?」星野がふと尋ねた。「ううん、大丈夫よ」里香は首を振りながら答えると、すぐに話題を変えた。「星野くんはどう?おばさんの具合は?」「母さんは病院にいるおかげで安心してます。でも、君のことをよく話してますよ」「そうなんだ。忙しいのが落ち着いたら、顔を見に行こうかな」「それなら、きっと母さんも喜びますよ」星野が嬉しそうに笑ったそのとき、突然スマホが鳴り出した。画面を確認すると、介護士からの着信だった。その番号を見て、星野は眉をひそめた。普通、介護士は電話をかけてこない、よほどのことがない限り。「もしもし、橋本さん、どうかしましたか?」電話を取った途端、介護士の焦った声が飛び込んできた。「星

  • 離婚後、恋の始まり   第618話

    蘭の身分は一目瞭然だ。北村家のお嬢様であり、祐介ともただならぬ関係にある。そんな彼女に、この病院の医師や看護師が下手に逆らえるはずもない。看護師は必死に制止した。「何やってるんですか!ここは病院ですよ!勝手に人を追い出すなんて、許されるわけがありません!」しかし、蘭は容赦なく言い放った。「さっさと追い出しなさい!」その声に、星野が病室の扉の前に立ちふさがり、怒りを露わにした。「やめろ!お前、何様のつもりだ?何の権利があって俺たちを追い出そうとしてるんだ?」蘭は星野をじろりと一瞥し、鼻で笑った。「身辺調査は終わってるわよ。入院費も払えないくせに、こんな病院にいるなんて図々しいにもほどがあるわね。ここを慈善施設か何かと勘違いしてるんじゃない?」星野は険しい表情を崩さず、背筋を伸ばして冷静に応じた。「それがあんたに何の関係がある?俺たちは病院から許可を得てるんだ!」蘭は腕を組み、近くにいた医師に向かって言った。「あら、入院費も払えないのに許可したんですって?この件、喜多野おじさんに報告しようかしら?」その言葉は明らかな脅迫だった。医師の一人が慌てて口を開いた。「お嬢様、この件は私どもで対応しますので……」蘭は星野を見下しながらさらに毒づいた。「そんなに貧乏なら、病気なんて診てもらおうなんて思わず、さっさと死んで次の人生で幸せになれば?」「パシン!」その言葉が終わると同時に、鋭い平手打ちの音が響いた。蘭は信じられないといった表情で頬を押さえた。周囲の人々は一瞬凍りついたように驚愕した。里香は手を引っ込めながら冷たく言い放った。「あんた、一応名門のお嬢様なんでしょ?それがその振る舞い?」「このクソ女!よくも私を殴ったわね!」怒り狂った蘭が叫んだ。彼女にとって、こんな屈辱は初めてだった。殴られるどころか、周りの人間は皆、彼女に頭を下げていたはずなのに……「捕まえなさい!この女の顔を引き裂いてやる!」蘭が命じると、ボディーガードたちが動き出した。しかし、ちょうどそのとき、加藤兄弟が現れ、里香の両脇に立ちはだかった。蘭はその光景にさらに苛立ちながら問い詰めた。「あんたたち、祐介のボディーガードじゃないの?どうしてここにいるの?」忠が淡々と答えた。「お嬢様、私たちは今、小松さんのボディーガードです」その

  • 離婚後、恋の始まり   第619話

    蘭は目を細めて、嘲笑うように言った。「私を脅してるつもり?」里香は肩をすくめながら軽く首を振った。「脅してるのはそっちじゃない?」「ふん!」蘭は鼻で笑った。「そんな挑発で私が怖がると思ったら大間違いよ」そう言うと、彼女はゆっくりと里香に歩み寄り、その目には露骨な嫌悪感が浮かんでいた。「お前を始末するなんて、アリを踏み潰すより簡単なんだから。まあせいぜい、生きられるうちに楽しんでおきな!」吐き捨てるように言い終えると、蘭はくるりと踵を返し、その場を去っていった。ボディーガードたちも彼女の後に続いた。廊下にはまだ、他の病室から人々が顔を出して様子をうかがっていた。その時、星野の切迫した声が響いた。「お母さん!お母さん!」里香の顔色が変わり、慌てて病室へ駆け込むと、星野の母が倒れているのが目に入った。「お医者さん!早く助けてください!」星野の母はすぐに救急室へ運ばれた。廊下に戻った星野は、救急室のドアの前で立ち尽くしていた。背中はわずかに丸まり、顔色は青白くなっている。里香は彼の隣に立ち、静かに声をかけた。「おばさん、大丈夫だよ。きっと助かる」星野は掠れた声で答えた。「小松さん……また助けてくれて、本当にありがとうございます」里香は軽く笑みを浮かべる。「私たち友達でしょ?そんなにかしこまらなくていいよ」星野は彼女をじっと見つめ、その瞳には複雑な感情が宿っていた。「小松さん、僕は……」里香は冗談めかして言葉を遮った。「でもね、ちゃんとお金を稼いで、入院費は将来返してよね」星野は思わず微笑み、少しだけ和らいだ顔で力強く頷いた。「うん、絶対に返しますよ」里香は安心させるように微笑みながら続けた。「だから、あまり心配しないで。今はおばさんをしっかり休ませて、自分も頑張って働けばいいの」「わかりました。ありがとう」星野は深く頷き、彼女を見る目がどこか真剣さを増していった。里香は目をそらし、近くの椅子に腰掛けた。星野の母の容態は心臓病が原因で、さっき心臓発作を起こし、命を落としかけたところだった。3時間にもわたる救命処置の末、どうにか一命を取り留めた。病室に戻ると、彼女はすでに目を覚ましていたが、その顔色はまだ青白く、体もかなり弱々しかった。星野の母は震える手を伸ばし、里香の手をそっと握ろうと

  • 離婚後、恋の始まり   第620話

    里香は一瞬表情を消し、エレベーターのボタンを押しながら問いかけた。「で、どうするつもり?」祐介は少し考え込んでから口を開いた。「いっそのこと、ボディーガードを増やしてみるか?」里香は頭の中で、ガードマンに囲まれて街を歩く自分を想像し、思わず苦笑いした。「はあ……正直、そんなことしたくないけどさ。あのお嬢様、どうしたことか、急に病院で大騒ぎしだして、同僚のお母さんを追い出そうとしたのよ。星野くんのお母さんのことなんて知らないはずなのに、なんでそんなことするんだか……」祐介は少し真剣な口調で言った。「つまりさ、誰かが君の同僚に何か仕掛けてるってことだろ。それも、自分の手を汚さない形でね」エレベーターに乗り込んだ里香の表情は、次第に冷たさを帯びていった。一体、誰がこんなことを……?これまで星野を狙って何か仕掛けてきたのは、雅之以外に考えられない。星野の母親を喜多野家の病院に預けている以上、雅之自身が手を下すわけにはいかないから、他人を使って動いているんだろう。しかも、今は里香自身も蘭と直接対立している。このままじゃ、蘭がますます星野に厳しく当たるのは目に見えている。里香は思わずため息をついた。胸の中には、どうしようもない無力感が広がっていた。祐介が言った。「とにかく、病院には人を送っておくから、おばさんのことは心配しなくていい」里香は口元を引きつらせながら言った。「祐介兄ちゃん、本当にいつも助けてくれて、なんて感謝したらいいか分からないわ……」祐介はふっと笑って、軽い口調で答えた。「簡単だろ。俺に一生捧げてみるとか?」里香は一瞬黙り込み、スマホを握る手に力を込めてから言った。「雅之がいなかったら、ほんとに考えたかもしれないけどね」こんなに素敵な人に心を惹かれない人なんているだろうか。でも……里香はかつて雅之を愛していた。それだけに、もう一度恋愛に踏み込むのが怖かった。祐介は小さくため息をつきながらつぶやいた。「どうやら、俺はちょっと遅かったみたいだな」里香は気まずそうに言った。「ごめん、祐介兄ちゃん。ちょっと別の電話が入ってきたみたいだから、一旦切るね」「わかった、それじゃ」電話を切ったあと、里香は深いため息をついた。どう答えていいか分からず、とっさに嘘をついて電話を切ったけれど……祐介の突然の告白に、心

  • 離婚後、恋の始まり   第621話

    エレベーターのドアは開いたままだった。里香はドアの前で立ち尽くし、外に出るべきか、中に留まるべきか迷っていた。完全に板挟みの状態だ。背後から冷たい視線が刺さるように感じ、手のひらにはじっとりと汗が滲んできた。時間だけが無情に過ぎていく中、エレベーターが警報音を鳴らし始めた。「上がるのか、それとも降りるのか?」エレベーターの中の男が、低くかすれた声で話しかけてきた。その声には苛立ちが滲み、里香には聞き覚えのないものだった。里香は歯を食いしばり、心の中で叫んだ。「忠、まだ来ないの?走ればもう追いついてるはずでしょ!」だが、男に急かされる以上、このまま引き延ばすわけにもいかない。暗く静まり返った廊下にもう一度目をやった後、彼女は意を決してエレベーターに戻ることを選んだ。何かあったとしても、エレベーター内には監視カメラがある。それがせめてもの頼りだった。外に出てしまえば、何が起きるか全くわからない。里香は静かに二歩後ずさりし、閉じるボタンを押した。エレベーターのドアがゆっくり閉まった。その間、里香の心臓は喉元まで跳ね上がりそうだった。エレベーターは静かに下降を始め、背後の男は特に動く気配を見せなかった。それでも、里香は一瞬たりとも警戒を解くことができなかった。4階に差し掛かったところで、エレベーターが突然停止し、ドアが開いた。里香は反射的に顔を上げると、そこには冷たい目をした二人の男が立っていた。全身黒ずくめの服に身を包み、その佇まいからしてただ者ではないとすぐにわかった。思わず一歩後ずさりし、エレベーターの隅に身を寄せた。この二人、さっきの男の仲間……?心の中で警鐘が鳴り響いた。もしそうなら、どうすればいいの?里香はすぐさまスマホを取り出し、緊急通報の番号を入力して、あと通話ボタンを押せば発信できる状態にした。緊張感が張り詰める中、エレベーターは1階まで下降した。ドアが開いた瞬間、里香は迷うことなく外に飛び出し、足早に出口を目指した。自分の車は地下駐車場ではなく、屋外に停めてある。車に駆け込むように乗り込むと、急いでドアロックをかけた。ようやく一息つき、外をそっと確認すると、あの二人の男はすでに姿を消していた。しかし、帽子とマスクをつけた男がこちらを一瞬振り返るように見えたが、そのまま

  • 離婚後、恋の始まり   第622話

    里香は思わずゾッとした。今夜は事故が多すぎて、すっかり神経が参ってしまっていた。急いでドアを開けて部屋に飛び込むと、突然、誰かに肩を掴まれて、無理やり中に押し込まれた。その人物もそのまま追いかけるように中へ入ってきた。「きゃっ!」里香は叫びながら必死に抵抗し、玄関の飾り棚にあった小さな置物を掴んで、それを後ろの相手に振り下ろした。それは陶器の猫の置物で、かなり重くて、もし頭に当たれば大けがをするくらいのものだった。「里香」低い声が響いた。雅之が里香の手首をしっかりと掴んで、彼女の青ざめた顔を見つめながら眉をひそめた。「俺だ」空中で振り上げた手が一瞬止まった。里香は雅之の鋭い顔を見て、息を荒くし、胸を大きく上下させた。「お前、何やってんだよ!いきなり入ってきて、しかも声もかけないなんて!ふざけんな!」と声を荒げ、片手で彼を叩き始めたが、実は心底怖かった。まさかまた誰かに追われてきたのかと思い、死ぬかと思ったくらいだった。雅之はされるがままにしながら、里香が持っていた陶器の猫をそっと取り上げて、玄関の棚に戻した。「声を出してたら、入れてくれないじゃないか?」「もういい、出て行け!」雅之の美しい顔が一気に曇った。でも、今夜のことはもう聞いていて、それを確かめに来たのだろう。里香がかなり怯えているのも見て取れた。雅之は里香の手を放しながら問いかけた。「なんでそんなに怯えてる?」里香は振り返り、さっき起きたばかりの出来事を話す気にはなれなかった。話す必要なんてないと思ったからだ。その時、ふと目をやると、少し離れた場所で腕を組んで立っているかおるの姿が見えた。かおるは楽しげな笑みを浮かべながら、二人を見ていた。かおるは眉を上げて、「家に強盗でも入ったのかと思ったわ」と冗談めかして言った。里香はすぐにかおるのところに駆け寄り、ぎゅっと抱きついて言った。「かおる、今日は本当に怖かった……」かおるは里香の背中をそっと叩きながら、険しい目つきで雅之を一瞬見た。「まさか、二宮さんがそんな神出鬼没なことしてるのを、未来の奥さんは知ってるの?気の毒ね」今では、雅之が翠と婚約するっていう噂があちこちで話題になっていた。雅之はじっと里香を見つめていた。さっきまで冷たかったのに、今は別の人に甘えて、安心を求めて

  • 離婚後、恋の始まり   第623話

    里香は一瞬、表情が固まった。そんなこと、考えたこともなかった。雅之が誰かを送って、自分をこっそり守ってくれていた?ってことは、あの二人は自分を守るために現れたってことになるのか。里香の気持ちは、ちょっと複雑だった。「でもさ、たとえ雅之があなたを守りたいと思ってても、彼には彼なりの目的があるんじゃない?」「……わからない」「何が?」「雅之が一体何を望んでるのか、全然わからないの。私が彼のそばで大人しくしてるときでも、彼は浮き沈みが激しいし、私がいないと、むしろもっとひどくなる」里香はため息をつきながら、かおるの方を振り返り、「もしかして、彼、ほんとにどこかおかしいんじゃない?」と言った。その言葉に、かおるは思わず笑い出した。「あなたがそう言うなら、確かにその通りかもね。あいつ、病んでるかもしれない」じゃなきゃ、どうしてあんなに気分屋で予測不可能な態度を取るんだろう。里香は肩をすくめて言った。「もういい、あれこれ考えたくない。どうせもう離婚したし、別荘の設計図が完成したら、私はそこで手を引けばいいだけだし」「うん、それでいいよ。深く考えないで」それ以来、里香はもう遅くまで残業することをやめた。定時になったらすぐにコンピュータを切って帰るようにしている。それ以降、あの怪しい男も現れなくなった。ある日、里香は由紀子から電話を受け取った。少し驚いた。二宮家の人たちは基本的に里香を見下しているので、彼女に連絡することなんてほとんどない。なのに、どうして突然由紀子が連絡してきたのだろう?「もしもし?」里香は電話に出た。由紀子の穏やかな声が聞こえてきた。「里香、今大丈夫?」「由紀子さん、どうかしましたか?」由紀子は笑いながら言った。「実は、もうすぐ雅之の誕生日なの。彼にプレゼントを選びたいんだけど、もし時間があったら、一緒に来てアドバイスしてもらえないかな?」雅之の誕生日?里香のまつ毛がほんの少し震えた。「すみません、由紀子さん、最近本当に忙しくて、ちょっと時間が取れそうにありません」由紀子は少し驚いた様子だったが、それでも言った。「そうなのね、忙しいなら仕方ないわ」電話を切った。由紀子は美しい花の飾りがあるホールに座り、少し考え込んでいるような表情をしていた。里香は本当に雅之の

  • 離婚後、恋の始まり   第624話

    「ネクタイを贈るのはどう?」かおるは壁に掛かっているネクタイをじっと見つめ、目を輝かせながら里香を見た。里香はちょっと躊躇しながら言った。「それって、どうかな?」かおるはすかさず言った。「え、何がダメなの?二人とも独身だし、ネクタイなんて飾りみたいなもんでしょ。そこまで深く考える必要ないって」里香はまだ少し迷っている様子だった。店内をぐるりと見渡すと、ここが高級ブランド店だということを再確認した。一枚のシャツが二百万円から始まるような場所だ。里香はシャツのコーナーに向かい、少し悩んだ後、白いシャツを一枚手に取って言った。「これ、どうかな?」かおるはちらっとシャツを見てからうなずきながら答えた。「いいと思うけど、でも祐介さんってあんまりこういう服、好きじゃないよね?普段はもっとカジュアルな感じが多いし」確かに、彼がビジネススーツを着ているところはほとんど見たことがない。里香はにっこり笑って言った。「だからこそ、贈るんだよ」そうすれば、彼がもし着ないとしても、誰にも誤解されない。それが里香の考えだった。かおるは目をぱちくりさせ、何か勘違いしたようで、「つまり、彼に贈ったものを大事に取っておいてほしいってこと?えー、里香ちゃん、そんな策略を考えてるなんて思わなかったよ」と言った。里香は少し溜息をつきながら返した。「……あなた、本当に考えすぎだよ」店員にサイズを確認した後、里香はそのまま商品を購入した。その時、店の向かい側の階上に雅之が立っていて、静かに里香を見つめていた。その顔には、なんとも言えない表情が浮かんでいた。「彼女が男物の店にいる理由、どう思う?」雅之が低い声で言った。隣にいた桜井は少し困った様子で答えた。「それは……ちょっとわかりません」しかし、答えないのもまずい気がして、桜井は少し考えてから言った。「もしかして、社長の誕生日が近いから、プレゼントを買いに来たんじゃないですか?」雅之はその言葉を聞くと、微かに笑みを浮かべて桜井を一瞥した。「今月、ボーナスが出るぞ」桜井は目を大きく見開いて驚いた。それだけで、ボーナスもらえるのか?何だ、急に運が向いてきたみたい。その後も、里香とかおるが店を出るまで、雅之はじっとその様子を見守り続けた。その時、スマホの着信音が鳴り響いた。雅之は

Latest chapter

  • 離婚後、恋の始まり   第769話

    里香は少し笑顔を浮かべ、箱を閉じたあと、新にこう言った。「ありがとう、とても気に入ったわ」新は軽く頷きながら、「それは何よりです。それでは、雅之様にお伝えしておきますね。どうぞお食事を楽しんでください」と言い残し、部屋を出ようとした。しかし、出て行く直前、新はちらりと山本に冷たい視線を投げた。それは一種の警告ともとれるものだった。その視線を受けた山本は、思わず背中に冷たい汗がにじむのを感じた。部屋のドアが閉まると、里香は穏やかな表情で山本を見上げたが、彼の顔はどこか緊張していて、先ほどまでのリラックスした雰囲気が消えていたことに気づいた。「ふーん……まさか、あなたが二宮社長の奥様だったとは、正直驚きました。先ほどは、本当に失礼しました」と山本は軽く咳払いをして、言い訳めいたことを始めた。「山本さん、気にしなくて大丈夫です。今は単なるデザイナーとクライアントの関係ですから、ご要望があれば何でもおっしゃってください」冗談じゃない!要望なんて、今さらこんな状況で言えるわけがない!でも……そう考えた山本は、一瞬視線を泳がせたあと、少し気まずそうに言った。「そういえば、原稿の件ですが、よく考えた結果、君のデザイン、やっぱり俺が求めていたものとぴったりだと思うんです。問題ないと思うので、そのまま進めてください。最終的な完成形を確認させてもらうだけで十分です」里香はほんの少し眉を上げ、「本当に?山本さん、もう少し考えてみる時間があってもいいんですよ?何か変更したい部分があれば話し合いましょう」と、冷静に提案した。「いやいや、大丈夫です。小松さんの能力は信頼していますから。それに、そのデザインには個性があるし、とても素晴らしいと思います。きっと最終的には驚かせてくれるでしょう」山本は少し大げさに手を振りつつ、安心させるように答えた。里香は軽く頷き、「それなら了解しました。では、引き続き図面を仕上げますので、山本さんはどうぞごゆっくり」と言い残し、席を立った。「はい、よろしくお願いします」と山本は曖昧な笑顔で返したが、里香の姿が見えなくなるとすぐに冷や汗をぬぐった。雅之が既婚者であることは知っていたし、業界内でも雅之の奥様に会ったことがあるという人も少なくなかった。ただ、山本自身は一度も会ったことがなかったのだ。まさか、この美し

  • 離婚後、恋の始まり   第768話

    山本はにっこりと笑いながら言った。「そんなに急ぐことじゃないですよ、先に食事をしながら話しましょう」里香は淡々とした表情で、「例の原稿について、希望に沿うものではなかったとおっしゃっていましたが、どこが合わなかったのでしょうか?」と尋ねた。山本の顔から笑みが少し消えた。「小松さん、食事中に仕事の話をするのはあまり好きじゃないんです」里香は少し間をおいてから、「わかりました」と答えた。里香が仕事の話を続けなかったことで、山本の表情は少し和らいだ。「小松さんは冬木の出身ですか?建築設計の仕事って、かなり大変だと思うんですよ。実際、小松さんみたいな美しい女性なら、もっと楽で快適な仕事を選んだ方がいいんじゃないですか?そんなに無理して働くことはないですよ」山本は会話を試みたが、その内容はどこか不快に感じられた。里香は淡々と答えた。「建築設計に興味があったので、ずっと続けてきたんです」山本は頷きながら言った。「なるほど、自分の趣味を仕事にしているんですね。でも、自分でスタジオを開くことは考えてみませんか?ずっと誰かのために働くのは、結局搾取されるだけで、あまり価値がないでしょう」言葉の端々には、何かを誘導しようとする意図が感じられた。里香は少しだけ考えてから答えた。「まあ、そうですね。社長は友人ですし、仕事も比較的自由です」山本は里香の美しい顔に目を向けた。柔らかな照明が彼女の顔を照らし、その表情は礼儀正しさと距離感を感じさせる一方で、どこか幻想的な美しさが漂っていて、何か他の感情を見てみたいと思わせるようなものがあった。山本の手はテーブルに置かれ、指でリズムを刻みながら、興味深そうに里香を見つめていた。里香は少し眉をひそめ、内心で警戒心を強めた。その時、部屋のドアがノックされた。「誰ですか?」山本は振り返って答えた。ドアが開き、新が入ってきて、里香に向かって敬意を込めて軽く頭を下げ、「奥様、こちらは雅之様がご用意された贈り物です」と言った。新は手に持った箱を里香の前に差し出した。「奥様?小松さん、結婚されているんですか?」山本は驚いたように里香を見つめた。新が入ってきた瞬間、里香の眉はすでに寄せられていたが、彼女が何かを言う前に、新は山本に向かって言った。「こちらは我々社長、二宮雅之の奥様です」

  • 離婚後、恋の始まり   第767話

    聡はスマホを睨みつけ、歯をむき出しにした。なんて悪辣な資本家だ!里香は原稿を山本翔太(やまもと しょうた)に送ったが、1時間も経たないうちに返事が来て、「期待していた感じではない」と言われた。里香は眉をひそめ、再度山本とメールでやり取りをしたが、結局納得のいく結果にはならなかった。仕方なく、里香は山本に直接会って話すことに決めた。山本も快く承諾し、約束した場所は冬木の新しくオープンした中華料理のレストランだった。夕方、里香はレストランの前に到着したが、門番に止められた。「申し訳ありません、予約なしでは入れません」門番は礼儀正しく微笑みながら、里香を見る目には少し軽蔑の色が混じっていた。里香は特に目立つような服装ではなく、ニットのセーターとジーンズ、上にはシンプルなコートを羽織り、長い髪を肩に垂らしていた。メイクはしておらず、リップグロスを塗っただけ。それが唯一、色味のある部分だった。もうすぐクリスマスが来るというのに、ますます寒くなってきて、里香はしばらくそのまま立っていると、冷たい風が身に染みた。スマホを取り出して山本に電話をかけたが、ずっと回線が繋がらなかった。仕方なく、その場で待ち続けるしかなかった。新しくオープンしたばかりなのに、店内は賑わっているようで、里香は1時間待っている間に、何組かが中に入っていった。里香が立ち続けているのを見て、門番の軽蔑の表情はますます隠すことなく露わになった。「お姉さん、ここは誰でも入れる場所じゃないんだから、さっさと帰った方がいいよ」その嫌悪感を隠しもせず、まるで里香が邪魔をしているかのような態度だ。里香は彼を一瞥してから言った。「私たち、何か違うの?結局、みんな働いてるだけじゃない」その優越感がどこから来るんだか、さっぱり分からない。門番は一瞬顔をしかめたが、すぐに里香を無視して仕事を続けた。また1時間が過ぎ、すっかり暗くなり、里香は体が凍えそうになった。再びスマホを取り出して山本にかけようとしたが、今度は電源が切れていることに気づいた。どうやら寒さで電源が落ちてしまったらしい。里香は手を擦り合わせ、息を吐いてその温もりで指を温めた。2時間半後、一台の車がレストランの前に停まり、山本の太った体が車から降りてきた。里香を見つけて急いで駆

  • 離婚後、恋の始まり   第766話

    里香は雅之を一瞥した。心の中がざわついている。まさかあの雅之がこんなに素直なんて……里香の視線を感じたのか、雅之は薄い唇に淡い笑みを浮かべ、「後悔してる?じゃあ、今すぐ出て行こうか?」と言った。里香はすぐに視線をそらした。この男、すぐに調子に乗るから、ちょっとでも良い顔をしちゃダメだ。財産トラブルがなくなったおかげで手続きはスムーズになったけど、今日は離婚証明書をもらうことができず、あと30日待たないといけない。里香は眉をひそめた。この30日間が平穏に過ぎればいいけど、もし何かあったら……「直接手続きできないの?」と里香は尋ねた。職員は「規則に従って進める必要があります」と答えた。仕方ない。役所を出ると、陽の光が体に降り注いだ。冬の寒さの中、暖かな日差しが少し寒さを和らげてくれた。雅之は里香の顔に浮かんだ悔しいような表情を見て、目元が少し暗くなり、「何を悔しんでるの?30日後にはまた来ればいいさ」と言った。そう言って、雅之は一歩近づき、「でも、その前に、ちょっとだけお前に付き合ってもらいたいところがあるんだけど」と続けた。里香は彼を見て、「どこに?」と聞いた。雅之は「今はまだ教えられない。2、3日したら教える」と言った。里香の眉がひそまった。何を企んでるんだ?こんなに秘密めかして。直感的に良くないことだと思ったけど、雅之がいつでも気が変わりそうだと思い、なんとか我慢した。まずは彼が何をしようとしているのか見てみよう。その時、里香のスマホが鳴った。取り出してみると、聡からの電話だった。「もしもし」里香は電話に出て、柔らかい口調で話した。聡は「そっちの用事は終わった?」と尋ねた。里香は「だいたい終わりました。今日から仕事に戻れます」と答えた。聡は「よし、前に君が契約したクライアントがデザイン図面を催促してる。下書きができてたら、先に送って見せてあげて」と言った。「わかりました。今すぐ戻ります」と里香は言い、電話を切った。「どこに行くの?送ろうか?」雅之が聞いた。里香は少し考えてからうなずき、「会社に仕事に行く」と答えた。雅之は目を少し光らせたが、何も言わず、里香と一緒に車に乗った。車がビルの前に止まり、里香が中に入るのを見送った後、雅之は聡に電話をかけた。

  • 離婚後、恋の始まり   第765話

    雅之は里香を抱え上げて、浴室に向かった。里香の体を洗っていると、雅之の顔に少し笑みが浮かび、彼は言った。「ほら、僕のサービスは抜群だろ?気持ちよかったでしょ?」さっき、あんなに激しく情事を交わした後、里香の体はすっかり力が抜けている。それでも里香の口調は冷たかった。「すごく気持ち良かったよ、いくら?」雅之はふっと手を止め、目に少し危険な雰囲気を浮かべた。「何言ってんだ?」里香は気にせずに言った。「技術とサービスはまあまあかな。1万円くらいで足りるんじゃない?」雅之は思わず笑ってしまった。この女、まさか自分を「ホスト」だと思ってるのか!雅之は遠慮せずに里香の柔らかい肉をつまんだ。「どうやら僕のサービスに満足してるみたいだね。どうだ、もうちょっと続ける?」里香は雅之を冷たく見上げた。雅之は構わず、里香の唇にキスを落とし、里香が息が乱れるまでしつこく口付けを続けた。里香は手を伸ばして雅之を押しのけようとしたが、雅之は引き続き里香の体を洗い続けた。里香は諦めて、雅之の肩に頭を乗せて言った。「もう熱も下がったし、私も大丈夫。後で役所に行こう」雅之はしばらく何と言っていいのか分からなかった。今、二人の距離はとても近くて、ついさっきあんなことをしたばかりなのに、里香はもう離婚に行こうって言ってる。でも、何を言えばいいのか分からなかった。だって、自分が同意したんだから。「うん」雅之は短く答え、タオルを取り、里香を包んだ。里香は雅之を押しのけ、「自分で歩けるよ」と言った。雅之は何も言わず、里香が歩いていくのを見守った。その背中には、少し寂しげな表情が浮かんでいた。本当に冷徹な女だな。情事が終わった途端、まるで他人みたいに振る舞ってる。里香は自分の服を着替え、上の階に戻った。軽く顔を洗い、少し朝食を取ってから、離婚届を持って下に降りた。エレベーターの扉が開くと、ちょうど雅之が乗り込んできた。二人の間に微妙な空気が流れていた。「万が一に備えて、あなたの車に乗る」里香の言葉に、雅之は何も言わなかった。里香は雅之を一瞥し、「これで何も問題が起きないよね?」と尋ねた。雅之は里香を見て、「さあな」とだけ答えた。里香は軽く鼻で笑い、何も言わなかった。前回は本気で離婚したと思ったけど、結果

  • 離婚後、恋の始まり   第764話

    雅之は振り返ると、部屋の中へと歩き出した。寝室に戻ると、ベッドにうつ伏せになり、体がだるくて全然元気がなかった。里香は部屋を見回し、すぐに医薬箱を探し始めた。数分後、テレビ台の横に医薬箱を見つけ、中から体温計を取り出して寝室に戻った。「まず、体温測ろう」里香はベッドの横に立ち、体温計を雅之の額に当てた。すぐに画面に温度が表示される。39度。やっぱり、高熱だ。里香は解熱剤を見つけ、水を一杯注ぎ、再び寝室に戻った。「ほら、薬を飲んで」ベッドにうつ伏せになっている雅之は反応しなかった。里香は水と薬を脇に置き、雅之の肩を押してみた。それでも動きはなかった。「雅之?」里香は手を伸ばして雅之の顔を触れた。指先がほんのり温かい肌に触れると、すぐに熱を感じた。その時、何の前触れもなく、腕が急に引き寄せられ、里香はベッドに引き寄せられ、熱い体が里香の上に覆いかぶさった。「雅之、何をするの?」里香は驚き、体が緊張して、両手を雅之の胸に押し付けて必死に距離を保とうとした。男の体が重くのしかかり、雅之は目を半開きにして、眉をひそめながら里香を見つめた。「その顔、すごく怖いね」雅之はかすれた声で言った。熱で赤くなった顔には、どこか脆さが浮かんでいた。里香は眉をひそめて言った。「薬を飲んでと言ったのに、どうしてベッドに押し倒さなきゃいけないの?」雅之はじっと里香を見つめた後、薬を手に取り、飲み干してから水を一口飲んだ。「飲んだよ」雅之は水を置き、里香を見た。まるで「褒めて」って言いたげな顔だった。里香は雅之を押して言った。「飲んだら、ちゃんと起きてよ。あなた、重すぎる」雅之の体に押しつぶされそうだ。しかし、雅之は起きるどころか、さらに里香の上にうつ伏せになった。熱い息が里香の耳に吹きかけられている。雅之は目を閉じ、深い呼吸をしながら眠りに落ちていった。「ちょっと!」里香は息ができなくなり、体を動かして必死に抵抗した。「動かないで」雅之のかすれた声が聞こえた。雅之は里香をしっかり抱きしめながら、ぼんやりと言った。「もし何かあったら、僕は責任取らないからね」雅之の体温が異常に高く、まるで里香を溶かしてしまうかのようだった。あまりにも暑い。体はすぐに汗をかき始め、そのねっと

  • 離婚後、恋の始まり   第763話

    かおるは里香をじっと見て、「で、錦山にはいつ行くの?」と尋ねた。「もうちょっと待つよ。雅之との離婚手続きが終わってから」「え?」かおるはまたもや驚き、目を丸くして言った。「聞き間違いじゃないよね?あの雅之が離婚に同意したって?」「うん、そう」里香はうなずき、「私も信じられないんだけど……でも、よく考えたら、この前離婚の話をしたときも、彼、すんなり同意してたんだよね。ただ、私は都合が悪いせいで、チャンスを見逃しちゃっただけで」かおるは信じられないといった表情で、「あれだけしつこく絡んできたのに、まさかあっさり同意するなんて……何か企んでるんじゃない?」「さあね」里香は首を振り、それから大きくあくびをして、「もう疲れたし、寝るね。かおるも早く休んで」かおるは「わかった、ゆっくり休んでね」とうなずき、バッグを持って立ち上がると、ドアに向かって歩き出した。ドアの前でふと立ち止まり、「あ、そうだ、里香ちゃん。祐介の結婚式、三日後だけど、本当に行かなくていいの?」里香は一瞬動きを止め、「行かないよ」ときっぱり言った。祐介は里香が来るのを望んでいないし、里香も蘭には特に興味がない。かおるは「了解。私は見物しに行くよ。式で何か面白いことがあったら、ちゃんと報告するね!」と笑った。「うん」かおるが去ったあと、里香はシャワーを浴び、バスローブを羽織ってスキンケアをしていた。ちょうどそのとき、スマホが振動した。取り出して見ると、祐介からのメッセージだった。【今夜の星空、綺麗だね】【写真】写真には、祐介が山頂に立ち、カメラに背を向けて、少し上を向きながら夜空を見つめている姿が映っていた。星がきらめく夜空の下、彼の後ろ姿はどこか孤独で寂しげだった。里香は眉をひそめた。この道を選んだのは彼自身なんだから、結果がどうなるかくらい、分かってるはずでしょう。今さらそんなこと言われても、どうしようもない。里香は何も返信せず、そのまま布団をめくってベッドに入った。ところが、うとうとし始めたころ、突然スマホの着信音が鳴った。里香は起こされて、少しイラつきながらスマホを取った。「もしもし?」寝ぼけたまま電話に出ると、声のトーンは思いきり不機嫌だった。すると、電話の向こうから、かすれた低い声が聞こえてきた。「僕

  • 離婚後、恋の始まり   第762話

    「断る」里香は即座に断った。手を伸ばしてエレベーターの閉ボタンを押すと、扉がゆっくりと閉まり、雅之の美しく鋭い顔が遮られた。里香は少しほっとしたように息をついた。厄介なことになった。戦法を変えた雅之に、里香はまったく太刀打ちできなかった。彼の要求をうっかり受け入れてしまうんじゃないかと心配だった。冷静にならなければ。絶対に冷静に。家に帰ると、リビングのソファでテレビを見ているかおるの姿が目に入った。音を聞いたかおるは振り返り、すぐに飛び跳ねるように駆け寄ってきた。「里香ちゃん、会いたかったよー!」かおるの熱烈さには、普通の人なら圧倒されてしまうだろう。里香はその勢いにちょっと後ろに数歩下がり、少し困ったように言った。「私、そんなに長い時間留守にしてたわけじゃないんだけど」「でも、やっぱり会いたかったんだよー!」かおるは里香を抱きしめながら甘えてきた。里香は思わず鳥肌が立ち、急いで言った。「風邪引いたから、体調が悪いの。こんなに抱きしめないで、息ができなくなる」その言葉を聞いたかおるはすぐに手を放し、里香の手を握りながら、心配そうに体を上下に見て言った。「どうしたの?風邪引いたの?冷えたの?待ってて、今すぐ生姜湯作ってあげる!」かおるは風のようにキッチンに駆け込んで行った。里香は思わずため息をつき、心の中で呟いた。あまりにも熱心すぎて、かおるが月宮と付き合っているから興奮しすぎているんじゃないかと疑ってしまう。里香はキッチンに行き、かおるが少し不器用に生姜を切っているのを見ながら、もう一度ため息をついて言った。「もうすぐ治るから、生姜湯は要らないよ。切るのやめて」かおるは振り返りながら言った。「本当に?」里香は手を挙げて言った。「ほら、まだ針の跡が残ってる」かおるはすぐに包丁を置き、「それなら無理に飲ませないよ。じゃあ、帰った時のこと、何があったか教えてよ!」と言った。里香はソファに座り、出来事をそのまま話した。「なんだって!」かおるはそれを聞いてすぐに驚き、立ち上がった。「あなたの両親って、錦山一の金持ち、あの瀬名家なの?」里香は「うん」と頷いた。親子鑑定はまだしていないけど、ほぼ確信している。かおるは呆然とした顔で言った。「まさか、あなたが本物のお嬢様だったなん

  • 離婚後、恋の始まり   第761話

    雅之が同意の意を示した瞬間、里香の胸は一気に高鳴った。彼が同意した!ついに、ついにこの結婚が終わる!耐えがたい絶望と苦しみの日々……それがようやく終わるんだ!里香は昂る気持ちを抑えながら、雅之の整った顔をじっと見つめた。「本気なの?冗談じゃないの?」雅之は少し頷き、落ち着いた口調で言った。「本気さ。離婚の場に、僕が欠席したことなんてあったか?」そう言いながら、少し皮肉めいた笑みを浮かべた。里香は黙り込んだ。……そうだ、いつも欠席していたのは、むしろ自分の方だった。杏の時も、幸子の時も、そうだった。でも、今回は違う!絶対に違う!よく言うじゃない、三度目の正直って!雅之は里香の手を握ったまま、優しく語りかけた。「お前を口説くって言ったからには、ちゃんと誠意を見せないとな。お前が嫌がることはしないし、好きなことは倍にしてあげる。里香、僕が愛してるって言ったのは本気だよ」心の奥で、何かが揺らいだ気がした。でも、里香はその揺らぎに応じなかった。その時、スマホが鳴り響いた。このタイミングで電話が来るなんて、助かった!画面を見ると、かおるからだった。「もしもし?」「里香ちゃん、今どこにいるの?」かおるの焦った声が飛び込んできた。「安江町に行ってたけど、どうしたの?」「びっくりしたよ!雅之に監禁されてるんじゃないかと思った!」かおるは大きく息をついた。車内は静かだったので、かおるの声が妙に大きく響いた。雅之が、その言葉をしっかり聞いていたのは言うまでもない。里香は、無言でそっと雅之から距離を取った。「私は大丈夫よ。ただ安江町に行ってただけ。今は帰る途中」「急にどうしたの?ホームで何かあったの?」「まあ……そんなところかな。帰ったら詳しく話すね」「わかった。待ってるね」「うん」電話を切ると、さっきまであった微妙な雰囲気が、すっと消えてなくなった。里香は手を動かしながら、さらりと言った。「ちょっと暑いから、手を放してくれない?」「じゃあ、これならどう?」雅之はすっと手を離した代わりに、里香の人差し指をつかんだ。「……」なんなの、この人……バカなの!?「それにしてもさ、お前の親友、ちょっと言動を抑えた方がいいと思うぞ。この調子で突っ走って

Scan code to read on App
DMCA.com Protection Status