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第254話

里香はようやく我に返り、慌てて立ち上がって雅之を支えようとしたが、恐怖で体がガチガチに緊張していたせいで、足がガクガクしてしまい、危うく倒れそうになった。

雅之はすぐに里香を抱き上げ、「大丈夫か?歩けるか?」と心配そうに尋ねた。

里香は首を横に振りながら、「私は大丈夫。それより、あなたの手が......血だらけだよ」と、明らかに不安そうに言った。

雅之は「大丈夫だ、心配するな」と軽く言ったものの、里香の不安は全然消えなかった。相手はあの凶暴なチベタン・マスティフだ。もし骨まで噛み砕かれていたらどうするの?

その時、錦が慌てて駆け寄り、目の前の光景に顔をしかめて、「早くこの畜生を処分しろ!」と怒鳴った。

「かしこまりました」

執事はすぐに人を呼んで、マスティフを運び出させた。

錦は雅之に向かって、「すぐに病院に行こう。傷口の手当てを早くしないと」と急かした。

雅之は何も言わず、ただ里香をじっと見つめていた。里香は少し落ち着きを取り戻し、雅之を支えながら別荘を出て、車に乗り込んだ。

この事件が江口家で起こった以上、錦も当然のように一緒に病院へ向かった。

病院で医者が雅之の傷口を処置し、予防接種を打つのを見て、里香はようやくほっと胸を撫で下ろした。

雅之は上半身裸で、腕にはマスティフに噛まれた生々しい傷が残っていたが、彼はまるで何も感じていないかのように、冷静だった。

雅之の視線がふと里香の顔に落ちた。彼女の不安そうな表情や、恐怖で真っ白になった顔を見て、雅之の胸の奥にあった重苦しい感覚がふっと消えていった。

「水に触れないようにして、指示通りに薬を塗ってください」

医者がそう言い残して部屋を出た後、里香は心配そうに、「痛くないの?」と尋ねた。

雅之は彼女をじっと見つめ、「痛い」とポツリと答えた。

その一言で、里香の心はギュッと締め付けられた。さっきの出来事を思い出すと、背中には冷や汗が滲んでいた。

「どうしてそんな無茶をしたの?なんであのマスティフに向かって飛び込んだの?あれはチベタン・マスティフだよ!もし勝てなかったらどうするつもりだったの?」里香は鼻をすすりながら、責めるように問い詰めた。

雅之は低くかすれた声で、「本能だ」と短く答えた。

その言葉に、里香は驚いて呆然とした。

本能って......どういうこと?

里香が傷つく
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