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第198話

里香は何度か深呼吸をして気持ちを落ち着け、雅之の方へ歩み寄った。

彼のそばに来ると、硬い口調で「何の用?」と尋ねた。

雅之は無言で里香の手首を掴み、そのまま彼女を膝の上に引き寄せた。里香は驚いて体が硬直したが、抵抗することはなかった。彼女の冷たい視線と拒絶の態度を感じ、雅之の胸には得体の知れない怒りが込み上げてきた。

雅之は里香の顎を掴み、低い声で言った。「里香、僕から離れたいのか?」

里香の長いまつげが震え、「はい」と小さく答えた。

雅之は彼女の顎を掴んだまま、指に少し力を込めて里香の唇に親指を擦り寄せながら、「わかった、君の退職を認めよう。でも、一つ条件がある」と告げた。

里香の胸に不安が走り、慎重に尋ねた。「どんな条件?」

雅之は淡々と「僕と一度寝てくれ」と言った。

里香の瞳孔が縮んだ。「あなた、正気なの?」

雅之が夏実との結婚を既に約束しているにもかかわらず、こんなことを言うなんて。

里香は怒りで目尻が赤くなり、「夏実さんに対してそれでいいの?」と問い詰めたが、雅之は彼女の言葉を無視し、顎を掴んだまま「退職したいんだろう?」と再び問いかけた。

里香は言葉を失った。雅之が彼女の命運を握っているのだから。

でも、こんな状況で雅之とそんな関係を持つなんて、里香には到底できなかった。

雅之はじっと彼女を見つめ、「考える時間を10秒やる」と冷たく言った。

「10…」

里香の顔色は冷たくなった。

「9…」

雅之の低くて魅力的な声が、無関心に耳元で響いた。

里香は息を呑み、そして「あなたが先にサインして」と強く言った。

雅之がサインすれば、これで本当に退職が成立する。

「8…」

里香は怒りを込めて雅之を睨みつけ、「雅之…」と言いかけた。

「5、4、3…」

「わかった!」

里香は歯を食いしばり、やむを得ず応じた。

この男が無茶な要求をしているのは分かっていたが、里香には従うしかなかった。

雅之は唇の端をわずかに曲げ、彼女の唇に軽くキスをして言った。「今晩、二宮家に来い」

里香は何とか雅之を押し返さずに耐えた。

雅之が彼女を解放すると、里香はすぐに立ち上がり、感情を抑えながら遠ざかり、やっとの思いでドアを開けて外に出た。

雅之は満足そうな表情を浮かべていた。

一方、里香の顔色は悪く、桜井はそれを見て心の中でつぶやいた
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