第86話

　 使用人は恭しくそのメモを雅彦に手渡した。

　中には数行の文字が簡潔に書かれていた。

　「雅彦様、今日の午後、あなたの電話から他の女性の声を耳にしました。私は自分のことをただの身分の低い普通な女性だと思っているので、あなたの妻にはなれないかもしれません。しかし、裏での恋人関係は望んでいません。なので、やはり私たちは離れたほうがいいと思います。幸せを祈っています」

　雅彦は拳を握りしめ、メモをしわくちゃに折った。午後、桃の声を聞いた彼女はきっと誤解してしまったのだ。だから、一人で歩いて部屋を出て行ったのだろうか？

　彼は自分を強く責めた。何と言っても、月は自分の命を救った女性だ。そして、月を自分の妻にすると約束したからだ。

　「すぐ近くで探してくれ」

　雅彦は使用人に指示を出した。そして、すぐに伊川に電話して、月の位置を確認するように命じた。

　彼はただ待つことなく、別荘から外への道をゆっくりと進みながら、月がその道にいるかどうかを探してみた。

　彼はゆっくりと車を運転して、そろそろ諦めようとした時、道端に女性の姿がかすかに見えてきた。

　彼はすぐ車を止め、歩いて近づくと、足を引きずりながら外に向かっている月が目に入った。

　「月、どうして一人でここまで来た？ 足を怪我したのか？」

　月はここで長い間待っていた。雅彦の車を見て、彼女はすぐに外に向かって歩いている様子を装った。

　「雅彦様、私の言いたいことは、全部メモに書いてあります。私を行かせてください」

　雅彦は月の様子を見て、眉をひそめ、彼女を抱き上げた。

　月は抵抗するふりをしたが、自分の顔を雅彦の胸に当てた。「雅彦様、あなたは他の女性と付き合っているのですか？ そうだとしたら、なぜ私を探しに来たのですか？」

　「あの女は…父が手配した人だ。心配しないで。間もなく離婚するよ。その時、あなたが私の妻になる。約束を絶対に守る」

　月を少しなだめた後、彼女を車に乗せて帰路についた。

　二人は途中で一言も言葉を交わさなかった。

　雅彦はずっと月と桃のことを考えていた。

　できるだけ早く桃と離婚すべきだと雅彦は思った。

　しかし、その女性が離婚後すぐに須弥市を離れ、別の男と一緒に暮らすことを思うと、雅彦はどうしても手放すことができないのだ。

　こうして、二人は無言のまま別荘