LOGINShare
第91話
Latest chapter
植物人間の社長がパパになった 第1001話
医師がやって来ると、雅彦は外へ出てタバコを吸いに行った。医師は桃の体温を測り、他の傷も診察した。「熱はもう下がっていますね。他の怪我も、あと二日ほど休めば大丈夫でしょう。桃さん、体を大事にしてくださいね。ちゃんと食事を摂って栄養を補給してください」その女性医師は話し方も穏やかで医術も確かだったため、桃は好印象を抱き、うなずいた。「はい、わかりました」医師はふと思い出したように、さっき外で雅彦がタバコを吸っているのを見て、どこか憂いを帯びたその様子が気になった。胸が締めつけられるようで、つい口を挟んだ。「ご主人と、喧嘩でもされたのですか？」桃は一瞬戸惑い、気まずそうに笑った。「まあ、そんなところです」「でも、彼の様子を見る限り、とてもあなたを大事にしているようですよ」本来なら、桃の熱はこんなに早く下がるはずがなかった。だが、雅彦が一晩中付きっきりで、寝ずにアルコールで体を拭き、熱を下げ続けたおかげで、こんなにも早く意識が戻ったのだ。確かに以前は彼に過ちもあったが、それでも彼が桃を気にかけているのは明らかだった。「そうなんですか……」桃はぼんやりと考えた。雅彦は自分のことを本当に気にかけているのだろうか？昔なら少しも疑わなかったけれど、今は……信じることすら怖くなっていた。医師は桃が考え込んでいるのを見て、これ以上言うのは医師の職業倫理に反すると感じ、話をやめた。「余計なことを言ったかもしれません。ですが、長年生きてきて、あなた達の姿を見ると、ただ一言だけ言いたくなるのです。今あなたのそばにいる大切な人を大事にしてください。後で後悔しても、その時はもう遅いのです」桃は黙って聞いていた。何も言わなかった。今そばにいる大切な人を大事にすること……かつて佐和の別れが、彼女にこの教訓を教えてくれた。それをまた、誰かに言われるとは思わなかった。そう言われてみると、冷静に距離を置こうとしていた雅彦との関係に、少し揺らぎが生じた。しかし考えれば考えるほど答えは出ず、桃はため息をつき、もういい、考えないことにしようと心で決めた。……一方。病院で海は雅彦の指示を受けて、自分の手元の仕事を片付けると、すぐに莉子の世話に向かった。莉子は海が来たのを見て、雅彦も来るかどうか気になり、首を伸ばして待っていた。
植物人間の社長がパパになった 第1000話
桃はしばらく雅彦をじっと見つめた。――この男がこんなにも弱々しい表情を見せるなんて、本当に久しぶりだ。女性にとっては致命的だ。つい彼に甘えたくなってしまうものだ。だが、桃は堪えた。これ以上、こんな状態を続けるわけにはいかなかった。「私、自分だけの時間が必要なの。それはあなたにも、必要だと思う」桃が真剣な眼差しで言うと、雅彦はうなずいた。「もし俺がその条件を飲むなら、君、ちゃんとご飯を食べてくれる？」桃は小さく頷く。「意地を張るために自分の健康を犠牲にする必要なんてないわ」雅彦は安心して笑った。本当にそうしてくれれば、桃の絶食も心配しなくていい。もともと体が弱い彼女を、これ以上苦しめるわけにはいかなかった。「わかった、約束しよう」雅彦はうなずいた。桃は心底ほっとした。菊池グループで四六時中一緒にいると、彼女の心もぐらついてしまう。また最近、菊池グループのほかの社員たちが、どこからか聞いた噂話をこっそり彼女の悪口として囁いていた。桃は何も知らないふりはできるけど、そんなことがあるだけで気分が悪いし、そばにいるだけでもうイヤになる。離れれば、そうした噂話からも逃れられる。まさに一石二鳥だった。「じゃあ、約束は守ってよね」言い終えると、桃は自らお粥を手に取り、口に運んだ。彼女はもう絶食が無意味だとわかっていた。雅彦の頑固さを知っているから、もし本気で彼を怒らせたら、むしろ栄養注射でもして無理やり食べさせられ、ここから出られなくなるかもしれない。だから、協力したほうが賢明だと思った。「俺が嘘をついたことがあるか？指切りでもしようか」雅彦はやれやれと言いながら首を振る。自分は一度言ったことは必ず守る男だ。なのに桃はそれを信じていないらしい。桃は指切りという言葉に反応しかけたが、ふと以前莉子が撃たれた時のことを思い出した。あの時も雅彦は小指を絡めて、必ず良くさせると約束していた。あの頃の彼は本気だったはずだ。今は莉子を送ると言ったけれど、果たして本当にできるのか。答えは誰にもわからなかった。桃の目が少し曇り、視線をそらす。「そんなの、子供が信じるものよ。人を慰めるのにはいいけど、私には通じない」雅彦はそれで桃を喜ばせようと思ったのに、逆に彼女を不快にさせてしまい、気まずそうに手を引っ込めた。「いいさ、そんな形
植物人間の社長がパパになった 第999話
翌朝早く、雅彦が目を覚ましたとき、腕にくすぐったさを感じた。目を開けると、桃の柔らかな髪が自分の肌に触れているのが見えた。その感触に、妙に満たされた気持ちが込み上げてくる。こんなふうに、桃が自分の腕の中で眠っている光景は、ずいぶん久しぶりに見たような気がした。雅彦は、動くのがもったいなく感じて、そのままの姿勢を崩さなかった。どれくらい時間が経っただろうか──腕と肩がじんじんと痛み始めた頃、桃も目を覚ました。目を開けて、すぐそばにある雅彦の顔を見て、桃は一瞬ぼんやりとした。けれどすぐに昨夜のことを思い出し、さっと体を引いて、二人の間に距離を取った。雅彦の目にかすかな寂しさがよぎったが、何事もなかったように微笑む。「おはよう、桃」桃は視線を伏せたまま、小さくつぶやく。「病院……行かなくていいの？」昨夜からずっと、雅彦は莉子の様子を見に行っていない。莉子は、きっと不安で落ち着かないはず。下手をすれば、また何かとんでもないことをしでかすかもしれない。「君に約束しただろ？もう行かないって。海に任せてる。彼女は自殺する気はない。手術が終わったら、国内の施設に送って療養させるつもりだ。だから、もう怒らなくていい」雅彦は一言一言、真剣な口調でそう伝えた。けれど桃は、完全には信じられなかった。その言葉を信じたいけど、万が一莉子がまた騒ぎ出したら、雅彦が本当に彼女を追い出せるとは思えなかった。雅彦も桃の気持ちは分かっていた。どうしようもなかった。無理に信じさせることもできず、ただ苦笑するしかなかった。そう思い直して、雅彦はそれ以上何も言わず、キッチンに朝食の手配をしに出て行った。桃は昨日から何も口にしていない。医者からも、きちんと食事を摂らなければ回復によくないと言われていた。桃の好みに合わせていくつかの料理を用意し、ベッドのそばに並べると、雅彦は優しく声をかけた。「桃、少しでいいから食べて。俺のことが許せなくても、自分の身体まで傷つけるのはよくないから」桃は自分のお腹に手を当てた。ずっと食べていなかったせいか、料理の匂いにお腹も空いてきた。けれど、すぐに箸を取らずに、まずは雅彦を見つめて言った。「食べてもいいけど、ひとつ条件があるの」「言ってみて」雅彦はうなずいた。「ここを出たい。仕事に戻りたい。それに、もう
植物人間の社長がパパになった 第998話
莉子のことは……もう謝るしかなかった。だが彼女には、必ず最も腕のいい医者を手配するつもりだ。そう考えながら、雅彦は手元のタバコが燃え尽きたのに気づき、吸い殻をゴミ箱に放り込むと、ゆっくりと踵を返し、再び桃の様子を見に行った。ベッドの上では、桃が食事も取らずに横になっていた。どうやら眠っているようだった。雅彦は小さくため息をつき、ベッドの端に腰掛けると、彼女の頬にかかる髪をそっとかきあげた。大きな手のひらが、彼女の青白い肌の上を静かに撫でる。その仕草には、言葉にできないほどの愛しさがにじんでいた。どんなことがあっても、彼女を手放すつもりはない。この人生で、桃は自分だけのものだ。けれど、桃は本当は眠っていなかった。ただ気分が塞いでいて、雅彦が持ってきたものを口にしたくなかっただけ。午後と夜半を通してたっぷり眠っていたせいで、頭はむしろ冴えていた。彼の手がそっと頬を撫でた瞬間、桃の体はびくっと震えた。なぜだか鼻の奥がツンとし、今にも涙がこぼれそうになった。それでも彼女は指をギュッと握りしめ、必死に堪えた。弱い自分を、これ以上雅彦に見せたくなかった。指先が白くなるほど力を込めて、それでも泣きたい衝動を無理やり押し込める。しばらくの間、眠ったふりを続けていたが、どうやら雅彦のほうも疲れきっていたらしい。彼はそっと桃の隣に横たわり、片腕を彼女の腰に回し、そのまま目を閉じた。最近は、会社のことに加えて病院や桃のこともあり、ほとんどまともに休んでいない。すでに心身ともに限界だった。そのせいか、ほどなくして彼の寝息が静かに響きはじめ、桃にも彼が眠ったことが分かった。今なら、逃げられるかもしれない……桃はここから出て行きたかった。そっと身じろぎしながら、腰にかかる彼の腕を外そうと手を伸ばす。だが、わずかに動いただけで、まるで気配を察知したかのように、雅彦の腕がさらに強く彼女を抱き寄せた。眠っていても、その腕には強い力がこもっている。桃はそっと彼の腕を押してみたが、びくともしなかった。無理に動けば、彼を起こしてしまうだろう。桃は仕方なく、脱出を諦めて、天井をぼんやりと見つめたまま、ベッドに横たわっていた。しばらくして――視線が、自然と雅彦の顔に向かう。こんな状況でも、彼の顔は相変わらず整っていた。まるで神様が気まぐれに完璧を
植物人間の社長がパパになった 第997話
この男は、人の運命すら左右できる権力を握る人間。そんな彼の前で、彼女はただ、そんな彼に好き勝手にされるしかなかった。「じゃあ……あなたは覚えてる？どんなことがあっても私を信じる、絶対に疑わないって言ってくれたその約束。あなたは、それを守った？」桃は、まっすぐに雅彦の目を見つめた。だが、雅彦はその視線を正面から受け止めることができず、しばらく沈黙した後、低い声で言った。「……まずは何か食べてくれ。もし俺の顔を見たくないなら、部屋を出ていくから」そう言って、彼は手に持っていたお粥をそっとベッド脇に置き、どこか逃げるように部屋を出ていった。桃はその背中をじっと見つめた。もうとっくに心が麻痺していると思っていたのに、胸の奥がじんわりと痛みを感じていた。――あの言葉でさえ、彼は正面から向き合えない。この男がこんなに臆病な姿を見せるなんて、これまでにあっただろうか？？思い返すたびに、かつて交わした約束が無意味になったことを思い知り、あの甘い日々なんて、所詮は一時の幻想だったと気づく。可笑しくて、笑い出した。――なのに、笑えば笑うほど、涙が溢れて止まらなかった。……部屋の外で、雅彦はタバコに火をつけた。最近は色々ありすぎて、喫煙の量も自然と増えていた。混乱した頭を落ち着かせるには、これしかなかった。先ほどの桃の目――あの目を思い出すたびに、胸が裂けるような痛みに襲われる。桃の言う通りだった。最初に疑ったのは自分。彼女が警察に連れて行かれていたとき、自分は何も知らなかった。……そんな自分に、怒る資格なんてあるはずがない。もう、これ以上こんな状態を続けるわけにはいかない。雅彦はタバコを握る手に力を込めた。その手には、力みすぎて血管が浮き上がっていた。少しして、彼は海に電話をかけた。ちょうど病院に向かおうとしていた海は、すぐに電話を取った。「雅彦様、どうなさいましたか？」「海、しばらくの間、会社には来なくていい。莉子のことは、すべてお前に任せる」雅彦は少し考えた末、莉子の面倒を見に行くのは自分と桃の溝をさらに深めるだけだと悟った。莉子はもう自殺願望もなく、専門医の手術も手配済みだ。だから、距離を置くべきだと決めたのだ。海は眉をひそめた。賢い彼はすぐに雅彦の本意を察した。「雅彦様、つまりこれからは莉子のところ
植物人間の社長がパパになった 第996話
どれほどの時間が経ったのか分からないまま、ようやく桃の体にこもっていた熱が引いていった。眠っている間ずっとしかめていた眉も、ようやく少しだけ緩んだ。それを見た雅彦は、ようやく安心したように息を吐き、すぐに部屋を出て、あっさりした食事を用意させた。目が覚めたときにお腹が空いていたら、すぐ食べられるように――そうすれば、胃を痛めずに済むだろうから。……深夜、桃は悪夢にうなされ続けていた。ひとつは、莉子が雅彦の腕を堂々と取って現れ、自分に挑発してくる夢。もうひとつは、菊池家の人たちがやってきて、太郎と翔吾を連れ去り――「菊池家の子は、君なんかに育てさせない」と言われる夢。どれも、彼女の心の奥に潜む「最も恐れていること」が現れていた。長く苦しんだあと、桃はがばっと目を見開いて飛び起きた。目の前の見慣れない天井と部屋に、一瞬、意識が混乱した。ここは、どこ？そして次の瞬間、意識の奥に沈んでいた記憶が一気に蘇った。桃は反射的に身を起こした。体を起こしたとたん、下腹部に走る鋭い痛みが彼女を襲った。その鈍くて生々しい痛みが、昨夜、自分に何が起きたのかをはっきりと思い出させた。意識を失う直前に見た、冷徹な雅彦の顔。そして、彼が自分をまるで罰するように抱いたこと。――あれは、愛なんかじゃなかった。桃の身体が、無意識に小さく震えた。そんなとき、部屋の外からお粥を手にした雅彦が戻ってきた。彼は桃が目を覚ましたときにすぐに食べられるよう、何度も何度もお粥を温め直させていた。彼女が目覚めていることに気づいた雅彦は、喜びの表情を浮かべて駆け寄ってきた。「桃……目が覚めたんだな？」だが、桃は返事をしなかった。体中が痛み、頭もまだぼんやりと重い。雅彦は彼女の冷たい目に気づきながらも、まるで何もなかったかのように、柔らかい声で話しかける。「お腹、空いてるだろ？お粥を作ってもらったんだ。少しでもいいから食べて、体に優しいから……」そう言いながら、彼はベッドの端に腰を下ろし、スプーンでお粥をすくい、ふうふうと冷ましてから、桃の唇の前に差し出した。だが、桃は顔を背けた。彼の手から何も受け取りたくなかった。「私をこんな目に遭わせたのは、あなただよ。今さら、優しさなんて演じてどうするの？」冷ややかな声が、部屋の空気を凍らせる。桃はそう
