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第805話
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元々、桃自身なら、彼女はその服を買わなくても別に問題がないと思っていたが、今回は太郎のこともあって、珍しく怒りが湧いてきた。彼女は自分の子供がいじめられるのは絶対に許せなかった。周囲の人々も、先ほどの店員のサービスがひどかったことに気づき、最初は桃の事を単にお金がないだけでブラブラしている客だと思っていたが、こうして見てみると、どうやら彼女は簡単な人ではなさそうだと感じた。瞬く間に、周囲の人々は立場を変えて、口々に言い始めた。「うん、確かにこの店のサービスはどうかしてる。もしかしたら、私たちが買い物しても、裏で私たちをアホ呼ばわりしてるかもしれない」「本当に、こんな店にはもう行かないほうがいいかも。代わりになる店はいくらでもあるし、サービスのいいところで買い物したほうがいい」「それなら、会員カードも解約してもらうわ。返金してくれる？」数人の客は、桃の言葉に影響され、わざわざこんな場所で買い物をする必要はないと感じ、店を出ようとし始めた。その中には、開店当初からの常連客も一人いた。店員は焦り始めた。もしこの常連客までこの件で来なくなってしまったら、どうしたらいいのだろうか？それに、この話がSNS上で広がり、ブランドのイメージが崩れてしまえば、自分が店長にクビにされる恐れがあった。そう考えた店員は、桃に対して憎しみの目を向けた。買わないなら、黙って立ち去ればいいのに、どうして商売の邪魔をするのか？「ちょっと待ってください、このカード、もしかしたら本物じゃないかもしれませんよ。数日前にも、ショッピングモールで停止されたカードを使って騙そうとした人がいたんです。こういうことはよくありますから」桃はすでに店を出ようとしていたが、その言葉を聞いて足を止めた。「それなら、カードを通してみたらわかるんじゃない？」店員はその言葉に陰険な顔をして、にやりと笑った。「もちろん、すぐにカードリーダーを持ってきます。皆さん、しっかり見届けてください」桃は何も怖くないので、当然拒否することなく、その場に立って店員がカードリーダーを持ってくるのを待った。しばらくして、店員はカードリーダーを持って戻ってくると、桃からカードを受け取って、カードを通した。しかし、機械のランプが一瞬点滅し、エラーが表示された。桃は眉をひそめた。これは雅彦がくれたカ
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桃の目が冷たくなった。警察に通報する？自分は何も悪いことをしていなかったので、怖がる理由がなかった。「いいわ、あなたがそう言うなら、警察に通報するわ」そう言って、桃は携帯電話を取り出して、警察に電話をかけようとした。警察が来れば、事実が明らかになり、無実が証明される。店員はそれを見て心の中で慌てたが、顔には出さなかった。「警察に通報するなら、うちの店の営業に悪い影響を与えるよ、さっさと出て行け！出て行け！」そう言うと、店員は桃と太郎を無理やり店から押し出そうとした。桃は電話をかけていたため、店員の動きに気づくのが遅れ、少し押されてバランスを崩し、そのまま後ろに倒れそうになった。まずい！桃は心の中で叫んだ。背後にハンガーがあるようで、もし倒れたらかなり痛いだろう。しかも、太郎の前で転んだら、完全に格好悪い母親になってしまう。そんな考えが一瞬頭をよぎり、彼女は目を閉じ、これから迎える恥ずかしい瞬間を覚悟していた。その時、突然後ろから力強い腕が伸びてきて、桃をしっかりと支え上げてくれた。桃は一瞬、目が回るような感覚を覚え、目を開けると、すでに温かい胸の中に抱かれていた。その馴染みのある香りを嗅いだ瞬間、桃は安心した。「雅彦？来てくれたの？」雅彦はうなずいた。車の中で会社の仕事を片付けてから来たが、母子の姿を見つけた時、こんな光景を目にすることになった。彼の顔色が一瞬で冷たくなった。もし彼が早く来ていなければ、桃が痛い思いをしていたかもしれない。先ほど桃を押した店員は、雅彦が店に入ってきたのを見て、すぐに不安を感じた。この男は、ただ者ではなかった。服装から見るに、ブランドはわからないが、質感は間違いなく非常に高価なもので、もしかしたら手作りのオーダーメイドだろう。そして、彼の左手の薬指にも、桃の指にあるのと同じペアの指輪がはめられていた。これで、二人の関係がただの客と店員ではないことは一目瞭然だった。こういう金持ちは、どうしてわざわざ控えめに振る舞うのだろう？店員は足が自然に震え、逃げたい気持ちでいっぱいだったが、周りにたくさんの人が集まっているため、彼女は逃げる場所もなく、仕方なくその場に立ち尽くすしかなかった。「何があった？」雅彦は桃を見下ろし、事の経緯を尋ねた。桃は簡単に説明し、雅彦はうな
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雅彦がそう言うと、店員は当然、それ以上何も言えなくなった。雅彦はすぐに銀行頭取に電話をかけ、発行されたカードに問題がないか確認した。現在、菊池家は海外に拠点を移しており、それに伴って多額の資金を持ち込んでいた。そのため、どの銀行も彼らとの取引の機会を非常に大切にしていた。こんなことが起きた以上、もちろん手を抜けるわけもなく、すぐに調査が始まった。結果は予想通り、このカードには何の問題もなく、正常に使用できることが確認された。銀行頭取の言葉がその場にいた全員に聞こえ、皆は互いに顔を見合わせるしかなかった。気まずい雰囲気の中、今日は不在だった店長も状況を聞きつけ、急いで戻ってきた。事の成り行きを確認した後、店長はすぐに雅彦と桃に謝罪した。「本当に申し訳ありません、こんなことになってしまうとは思いませんでした。こうしましょう、今日お選びになった商品はすべて私が支払います。これで……」「まさか、俺が君たちの服を数着買わないといけないか？」雅彦の目が冷たくなった。こんなことが起こった以上、彼は自分の子供にこの店の服を着せるつもりはなかった。「すぐに監視カメラを確認して。あの店員が何をしたか、しっかりと見せてもらう」「それは……」「もし、あなたが自分の店を潰したくないなら、間違った人をかばうのはやめた方がいい」雅彦は冷たく脅した。店長は店員を一瞥した後、仕方なく監視カメラを調べ始めた。カメラ映像が表示されると、桃も真剣に画面を見つめた。しばらくして、異常を発見した。「ここ、彼女は何をしているの？」桃はカウンターの後ろで、カードリーダーに手を加えていた店員の映像を指差しながら問いかけた。周りの人々もこれを見て、すぐに理解した。明らかに店員は、桃に謝りたくなくて、わざとカードリーダーを壊してエラーを起こさせ、桃のカードが正常に使えないようにしたのだ。こうして、他の人々に桃がカードを盗んだか、使えなくなったカードを使っていると誤解させようとしたのだ。真実が明らかになると、店員の顔色は瞬く間に青ざめた。彼女は、こんな事態になるとは思ってもいなかった。最初の失敗が引き金となり、言い訳もできなくなってしまった。「真相はみんな見ての通りだ」雅彦は淡々と口を開き、その後、桃と太郎に目を向けた。「この人をどう処理するつもりだ？」
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店員が問題を太郎に押し付けたのを見て、桃は眉をひそめて、すぐに口を開こうとしたが、雅彦が手を伸ばし、彼女を制止した。「少し待ってから話して」と言った。太郎は目の前の女性の可哀想な姿を見ていたが、心の中には全く同情の気持ちが湧かなかった。こんな人は、自分が痛みを感じなければ他人の痛みを理解できない。先ほど口にした酷い言葉がどれほど自分たち傷つけたのかを、彼らは全く考えたことがなかったのだ。「まだ自分がどこで間違えたのか、わかっていないようだね。もし、俺がお金のない普通の家庭の子供だったら、君が俺の気持ちを考えなくて店から俺を追い出すか？」太郎は淡々と話し始めた。その小さな顔には、彼の年齢には似つかわしくないほど成熟した表情が浮かんでいた。過去にお金がなくてたくさんの冷たい視線を受けてきたことが、太郎にとってこのような空気を嫌悪させる原因となった。「それに、もし俺たちが普通の人間だったら、君たちは決して俺たちの味方にはならないんだろう？」太郎の視線がその場に集まった見物人たちに向けられた。彼はよく知っていた。もし雅彦が来ていなかったら、彼らはただ冷ややかに桃たちを見ているだけだっただろう。見物していた人々は太郎の問いかけを聞いて、しばらく驚いていた。その中には、顔が赤くなるのを感じている人もいた。この子が言っていることは、確かに間違っていなかった。もし、この母子が本当に何の地位もない普通の人間だったら、周りの人たちはただ彼らが自分の能力を超えた物を買おうとしていると笑い、彼らが侮辱されても仕方がないと思っていたに違いない。周りの人たちはその上から目線の態度に慣れてしまっていた。しかし、これが本当に正しいことなのだろうか？桃はその横で、太郎の言葉を聞き、驚きと喜びが入り混じった感情を抱いていた。元々心配していたのは、太郎が物質的に貧しい環境で育ってきたため、自己評価が低く、臆病になってしまうのではないかということだった。しかし、こんなにはっきりと物事を言える彼に、桃は改めて感心した。その時、雅彦が彼女を制止した意図を理解した。こういう時こそ、子供に機会を与え、自由に成長させることが重要だと、桃は感じた。太郎の言葉を聞いた後、見物していた人々も顔を合わせ、「この子が言うことは合ってる。確かに、この店の行動は間違っている」と
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桃はうなずいて、太郎の手を引き、三人で店を出た。これからこの店がどうなるかは、もう気にしなかった。しかし、こんなに見苦しい騒ぎを起こしてしまった以上、今後はきっと商売にならないだろう。桃は太郎を連れ、よく行く別の店に行き、何着かの服を買った。今回は店員のサービスがとても良かった。太郎が服を着替え終えた後、店員は彼が本当にかっこいいと褒め続けた。だが、太郎はどこか遠くを見ているような様子で、全く集中していなかった。その様子を見て、桃の気分もなかなか晴れなかった。すべては自分のせいだ、何も考えずにあの子供服店に行ってしまい、太郎があんな風に侮辱されてしまった。雅彦は母子が落ち込んでいる様子を見て、眉をひそめた。慰めたい気持ちはあったが、どう声をかければいいのかわからず、彼はただ黙って荷物を持ち、車に向かって歩いた。買い物袋をトランクに詰め込んだ後、桃と太郎が後部座席に座った。桃はしばらく考えた後、口を開いた。「太郎、今日は少し不安だった？ママの考えが足りなかったね、これからは気をつけるから、こんなことは二度と起こさせないよ。あなたは何も悪くないから、元気出してね」桃の心配そうな口調を聞いた太郎は、顔を上げて彼女の目を見つめた。太郎は、ほんの一瞬の間、少し戸惑ったような表情を見せた。彼女の目には、ネガティブな感情が全くなかった。そこにはただ、彼への愛情が溢れていた。でも、これは本物の愛情なのだろうか？彼女がこうやっている原因は、ただ将来の血液検査や骨髄採取のことが順調に進むだけのだ。太郎は唇をかみしめ、じっと桃の目を見つめた。まるで彼女の心の中を見透かすかのように。「もし、俺が間違いを犯したら、あなたは俺を嫌って追い出すか？」桃は一瞬驚き、太郎がなぜこんなことを考えているのか理解できなかった。桃は慌てて説明を始めた。「そんなことないよ、もしあなたが間違いを起こしても、あなたは私の子どもなんだから、捨てたりしないわよ」「でも、それがすごくすごく大きな間違いだったら？その時も同じことが言えるのか？」太郎は拳を握りしめ、深く追及していった。桃は少し考えた。すごく大きな間違い？太郎はまだ5歳の子どもだった。どんなに大きな間違いを犯しても、それはそんなに大きなものではないだろう。それに、彼の年齢を考えると、たとえ彼が間違っても、そ
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1ヶ月後。病室の入り口に座る桃は手元にある診療費請求書を呆然と眺めていた。ホテルを出たその日以来、彼女は仕事をやめた。その夜の出来事が彼女にトラウマを植え付けたのだ。しかし、仕事を失ったため、元々辛い生活はさらに悪化してしまった。しばらくしてから、桃は立ち上がり「今ここで時間を無駄にするわけにはいかない。新しい仕事を早く見つけなければ」と考えた。だが、病院の出口に着いた途端に、すごくなじみのある姿が目に入ってきた。父親の日向明だった。桃は思わず拳を強く握りしめた。母親が病気になってから、彼女はこの男に頼ったことがないわけではなかったが、結局家から追い出された。あの時の父親の冷酷な目つきは今でも桃の記憶に新しい。そのため、今日彼がやってきたのは自分と母親を心配しているからだとは思えなかった。「日向さん、何かご用ですか？」桃は母親の病室に進もうとした父親を止めた。今、療養中で体調が悪い母親を他人に邪魔されたくないと思っていたのだ。娘の自分に対する呼び方を聞いた明は表情が暗くなったが、今日やらなければならないことを思い出して、極力怒りを抑え込んだ。「桃ちゃん、パパが来たのは良い知らせがあるからだ。実はお見合いがある。相手は名門の菊池家のお坊ちゃんだ。特に、その三男である雅彦さんは才能溢れる若者だよ......」明はきれいごとばかり言っていたが、桃は目を細めてまったく信じなかった。「そんな都合のいい話が簡単に降ってくると思ってるんですか？」彼女は自分の身分をちゃんと弁えていて、棚から牡丹餅だとは思わなかった。それを聞いて、明は気まずい思いで話を終わりにした。確かに、明の言ったことは間違っていない。その菊池家の三男はすごく優秀な男で、多くの少女にとっては王子様のような存在だが、それは交通事故に遭う前の話だった。半月前、突然の事故に巻き込まれた雅彦は、一命は取り留めたが、植物状態となってしまった。医者によると、意識回復の可能性はあるが、生ける屍のように一生をベッドで過ごす可能性もある。そのため、菊池家は雅彦に結婚式を挙げさせたりして厄払いをし、病気を回復させようとした。いろいろと選択した末、最終的に日向家を選んだ。明は婚姻で家業を強化できるとずっと考えていたが、実際、困ったことが一つ出てきた。一番下
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店員はそう言いながら、桃の服装を上から下までじろじろと見ていた。彼女はこの高級なショッピングモールで長いこと働いており、たくさんのお客さんを見てきたので、自然と人を見抜く目を養っていた。お客さんがどんな服を着ているか、その人がうちの店の商品を買えるだけの経済力があるかどうか、彼女は基本的には一目でわかった。桃のこのジーンズに白いシャツという服装は、まったくセンスがないし、手にしている指輪も、安物であることがすぐにわかった。その服装一式、全て合わせても、うちの店の小さなアクセサリー一つを買うことすらできないだろう。それに、彼女の横には顔色が悪く痩せた子供がいて、手には安っぽいお菓子を山ほど抱えている。田舎者が街に出てきたように見えた。「この店のサービスはこれが普通なんですか？」桃はもともと楽しく買い物をしようとしていた。太郎に何着か服を買ってあげて、ちゃんとした格好をさせてあげれば、彼が他のどんな子供にも劣らないことを証明できると思っていた。しかし、店員が口を開けた途端、桃はすっかり買い物をする気を失ってしまった。彼女は気分が悪くなった。どうしてどこに行っても、こういう外見で人を判断する人間がいるのだろうか？「買える人は当然うちのお客様ですが、お嬢さん、あなたにうちの商品が買えるのですか？もしお金を払えないのであれば、子供に変な価値観を教えるのはやめたほうがいいですよ。あっちには安い子供服もありますから、そちらでお子さんにぴったりの安物を買ってあげてください」太郎はもともとただ立っていただけだったが、この言葉を聞いた瞬間、目の奥が暗くなり、思わずうつむいて自分の手を見つめた。確かに、きれいな服に着替えて普通の子供のようにここに来たけれど……やっぱり駄目なのだろうか。小さい頃からずっと人に馬鹿にされてきたせいで、自分が醸し出している貧乏臭さは、たとえ見知らぬ人でもすぐにわかってしまうのだろうか？「行こう、他の場所に行こう」太郎は突然、ここにいるのが嫌になったようで、桃の服の裾を引いて、店を出ようとした。桃はもともと少し怒っていたが、太郎の顔に浮かんだ失望の表情を見た瞬間、さらに怒りが増した。自分が軽んじられるのは平気だったが、この無礼な人の言葉で、太郎が自信を失ってしまうのは許せなかった。桃はふと思い出した。先ほど
植物人間の社長がパパになった 第804話
太郎は首を振った。「ううん、何も問題ないよ」雅彦は笑った。「それなら良かった」太郎は雅彦をじっと観察していた。しかし、この姿勢ではもし手を出すとすぐにばれてしまうだろうと思い、結局彼はその考えを捨てた。「桃、太郎を連れて買い物に行こうか？服や靴など、新しいものをいくつか買わないと。翔吾のをずっと着せるわけにはいかないから」桃は横で父子のやりとりを見ていた。一緒に暮らしたことはないけれど、この光景は本当に心地よく感じられた。これから、太郎はもっと自分たちに打ち解けていくのだろう。もっと良くなるはずだ。雅彦が急に自分に話しかけてきたので、桃は我に返った。「そうだね、言われてみれば、私すっかり忘れていた。ほんとにうっかりしてた」桃は頭を振った。太郎を迎えて以来、どうしても母親としての優しさを見せることができず、どこか慌ただしくしていた気がした。太郎がこんな風に思っていないといいな、と彼女はそう思った。運転手は車を走らせ、すぐにデパートの前に到着した。雅彦が車を降りようとしたその時、携帯電話が鳴った。海が会社での報告事項があると言った。桃はその様子を見て、すぐに口を開いた。「先に帰ってもいいよ。私たちはここをちょっと見て回るだけだから、わざわざ付き合わなくても大丈夫」「ううん、すぐに終わるから、先に入ってて。後で合流するから」雅彦は断った。太郎と過ごす時間は元々少ないのに、仕事のためにそれを犠牲にしてしまったら、いつ太郎が自分を父親として受け入れてくれるのか分からないからだった。そして、ポケットからブラックカードを取り出し、桃に渡した。「このカードで払って」桃は自分もカードを持っているし、お金も十分にあると思ったが、雅彦が頑なにそうしろと言ったので、桃もそれ以上何も言わず、うなずいて太郎と一緒にデパートに入った。デパートに入ると、太郎は目を大きく見開いて辺りを見回していた。小さな町で育った太郎にとって、そこらへんにある普通のデパートですら、立派に見えるのだろう。こんなにも高級なデパートに来て、すべてが新鮮で面白く感じられた。太郎の好奇心旺盛な様子を見て、桃は微笑んだ。「太郎、ゆっくり見ていいよ。気に入ったものがあったら、何でも言ってね。今日はママが頑張ってあなたの願いをかなえてあげるから」太郎は桃の微笑みを
植物人間の社長がパパになった 第803話
決心を固めた太郎は、自分の秘密の武器をしっかりと握りしめ、扉を開けた。桃はずっとその場を離れず、部屋の中の音を聞いていた。そして、太郎が出てきたのを見て、すぐに膝をついて言った。「ごめんね、太郎、さっきは私が言い過ぎたわ。あなたを嫌っているわけじゃないの。もし体の検査が嫌なら、無理に行かなくていい。私はただ……」桃は必死に説明し続けた。でも、何を言っても、心の中の本当の気持ちが伝わらなく、太郎には信じてもらえなかった。「大丈夫、俺にも間違いがあった。きっと考えすぎてたんだ、ごめん。あなたを責めるつもりはなかったんだ」太郎はそう言いながら、手を伸ばして桃を抱きしめた。桃は驚くと同時に、少し恥ずかしい気持ちを感じたが、すぐに力強く太郎の小さな体を抱きしめた。何かを言おうとしたその時、桃は体のどこかに針で刺されたような痛みを感じた。桃は眉をひそめたが、太郎は続けて言った。「俺はただ不安だったんだ。また捨てられるのが怖くて、だからあなたを疑ってしまった。もし病院に行くなら、今すぐ行けるよ」太郎の声は少し震えていて、まるで泣いているかのように聞こえた。太郎が泣いているのを知り、桃は先ほどの小さな違和感をすっかり忘れ、急いで彼を慰めた。彼がまた捨てられるのが怖くて、こんなに動揺しているのだと分かった時、桃の心は痛みでいっぱいになり、太郎を力強く抱きしめながら言った。「大丈夫よ、そんなこと絶対にないわ。何があっても、もう二度とあんなことは起こさせないよ。私が保証するから」太郎は桃に抱きしめられながら、彼女の声を聞いていた。頭がぼんやりしていたが、彼はすでに二人の距離が最も近い瞬間を利用して、ウイルスの入った注射針を彼女の体に刺していた。しかし、彼女はまるで何も感じていないようで、ただずっと彼を慰め続けていた。太郎は少しぼんやりとしていた。自分の行動が果たして正しいのか、間違っているのか分からなくなってきた。だが、しばらくして彼は自分にそう考えるのをやめるように言い聞かせた。女はみんな上手に嘘をつくものだった。目の前のこの女性も、きっとそうなのだろう。絶対に動揺してはいけない、たとえ後悔しても、もう遅い。桃はそのまま静かに太郎を抱きしめていた。しばらくして、外で鍵を開ける音が聞こえた。香蘭が翔吾を学校に送って戻ってきたのだ。桃
