LOGINレラは物分かりのない幼い子どもではない。人前では、誰よりも体裁を気にする。それでも宴会場で大泣きしたのは、本当に心を傷つけられたからだ。パパは自分だけの存在だと思っていた。なのに今夜、真帆は言った。「パパには新しい子どもができて、これからは自分だけのパパではなくなると」大切にしていたおもちゃを奪われたようなものだ。悲しくならないはずがない。レラが風呂を終え、とわこは彼女を寝かしつけてから子ども部屋を出る。蒼も風呂を終え、ミルクを飲んでいる。「とわこ、先にお風呂に入って。蒼がミルクを飲み終わったら、少し遊ばせてから寝かせるから」三浦が言う。「うん」とわこは蒼の小さな頭を撫で、自室に戻る。ドアを閉めると、スマホを取り出し、奏の番号を表示する。かけようとして、ためらう。また真帆が出たら、どれほど気まずいだろう。しばらく考えた末、彼女は三郎の番号に発信する。呼び出し音が続き、かなり経ってからようやくつながった。「三郎さん、とわこよ」「知ってる。こんな時間に起こすなんて、眠らせる気ないのか」三郎は不満げに言う。「やっと寝たところだったんだ」「ごめん。急いでて、そっちの時間を忘れてた」「何をそんなに急いでる?」「今夜、奏に電話したら、真帆が出たの」「なるほど。奏は殴られたらしい。かなり重傷みたいだ」三郎は少し目が覚め、起き上がって水を一口飲む。「詳しくは分からない。真帆が厳重に守ってて、誰にも会わせないんだ」「どういうこと。何があったの?」とわこの胸が張り詰め、眉がきつく寄る。「話すと長い……俺たちは仕組んだ。真帆に剛を殺させた」「剛が死んだ?」とわこの背中に、一気に汗がにじむ。「そうだ。公にはしてない。葬儀もひっそりだ。殺したのが真帆だから、知られたくないんだ」三郎は少し興奮気味に続ける。「ポリーが奏を殴ったって話も聞いてる。あくまで噂だけどな」「会いに行けないの?」「行けない。真帆が許さない」三郎は言う。「父親を殺してから、別人みたいだ。俺も奏に電話したけど出ない。だから、状況は良くないと思う」「私、今すぐ会いに行く」「待て」三郎は頭を押さえる。「少し待て。もし本当に入院してるなら、回復したら奏から連絡してくる。今は待つんだ」「教えてくれてありがとう。危うく真帆に
マイクがそう言った途端、腕の中のレラは、さらに大声で泣き出す。「ちょっと、縁起でもないこと言わないで」とわこは思わず言う。マイクはすぐに口をつぐむ。「ほら、レラ。もう泣かないで。このくらい、大したことじゃない」とわこは娘をあやす。「パパははっきり言ってた。真帆のお腹の子は体外受精で、パパの子じゃないって。パパを信じよう、ね」レラは顔をマイクの首元にうずめ、くぐもった声で言う。「信じない。あの人だけは信じない」「それでいいよ。でもね、このことで気分まで引きずられないで」とわこは優しく続ける。「前にパパがいなかった時も、毎日楽しく過ごしてたでしょう」「それは、お兄ちゃんが一緒だったから……」「お兄ちゃんは年末に帰ってくるよ」とわこはなだめる。「もうすぐ年末。今はお兄ちゃんがいなくても、弟がいるじゃない」「弟は小さすぎる」レラは不満そうだ。「でも弟も、お兄ちゃんと同じくらいレラのことが大好きよ。さっきレラが泣いたら、弟も一緒に泣いたでしょう」「あれは、私が驚かせたからだよ」レラは涙目のまま、言い訳する。気丈さと悔しさが入り混じった娘の顔を見て、とわこは思わず笑ってしまう。「ママ、笑わないで」レラは顔を赤くする。「ごめんごめん、もう笑わない」とわこはすぐに真剣な声になる。「ママは、レラがつらいのも分かる。でもね、強くなってほしい。ママがパパと一緒にいられるなら、それが一番。でも、もし一緒になれなくても、私たちの生活はちゃんと続いていく。それでいいでしょう」レラは小さくうなずく。「ママ、もう泣かない」「いい子ね」とわこは微笑む。「さっきあんなに泣いたから、会場のおじさんやおばさんが心配して声をかけてくれたよ。私たちは、そうやって大事にしてくれる人たちにも目を向けよう」レラは数秒黙り込み、ぽつりと聞く。「ママ、パパが戻ってこなかったら、また会いに行くの?ママ、もう私のそばから離れないで」とわこの表情が、わずかに固まる。それを見たマイクが、すぐに間に入る。「レラ、たとえママがパパに会いに行っても、俺が君と弟のそばにいる。それにね、パパはママに帰国すると約束したんだ。約束を破る人じゃないと思うよ。だから今は、勉強のことでも考えなさい」勉強という言葉を聞いた瞬間、レラは露骨に嫌な顔をする。二人の子どもを連
それは、奏が自分から誰かに電話を代わるよう頼んだ場合だけだ。「とわこ、奏は前からあなたに日本へ戻るよう言ってたけど、それはあなたの身を案じてじゃない。Y国にいるあなたが、私たちの生活の邪魔だったからよ。あなたが出て行ってから、彼は私に約束した。これからは私と、この子と一緒に生きるって。もう離れないって」真帆の声は、次第に苛立ちを帯びる。「だから、もう私たちの生活に干渉しないで。養育費が必要なら、私に言えばいい。いくらでも払う。もう奏を煩わせないで。彼は、あなたと連絡を取りたくないの」「スマホを彼に渡して」とわこは一言一言、噛みしめるように言い放つ。「彼自身がそう言うなら、私は二度とあなたたちの邪魔をしない」「悪いけど、彼は話せない」真帆は淡々と答える。「私に約束したの。これからは、あなたと一切話さないって。私は妊娠中で気分が安定しないから、彼はすごく気を使ってる。もし私が怒って、お腹の子に何かあったら、誰も責任を取れないでしょう」とわこは言葉を失う。「言うべきことは全部言ったわ。私と奏は休むから」そう言って、真帆は二秒ほど待つ。返事がないのを確認し、通話を切る。真帆はスマホを置き、病床の上の奏を見る。奏の容体は重い。医師は、しばらく意識が戻らない可能性が高いと言っている。たとえ目を覚ましても、回復までには長い時間が必要だ。ポリーは、彼の命を半分持っていったも同然だ。真帆は怒りで胸がいっぱいになる。それでも今は、父の葬儀を進めるためにポリーの力が必要だ。だから、奏が退院してから、改めて決着をつけるつもりでいる。彼女はベッドの脇に座り、分厚い包帯に覆われた奏の顔を見つめながら考える。入院している今こそ、とわことの関係に完全な区切りをつける好機だ。この機会がなければ、とわこに手を出すことなど出来ない。禍福はあざなえる縄のごとし。父を殺したあの瞬間から、体の奥で野心が目を覚ました気がする。目的を叶えるためなら、手段は選ばない。誰にも見下されたくない。父のように、名前を聞くだけで人が怯む存在になりたい。完全に同じにはなれなくても、少なくとも、簡単に踏みにじられる女にはならない。日本の宴会場。レラの泣き方があまりにも激しく、とわこは自分の感情を構う余裕がない。すぐに声をかける。「レラ
「とわこ?」電話の向こうから、女性の声がする。レラは一瞬、頭が真っ白になる。まさか女の人が出るなんて、まったく予想していなかった。この女の人、もしかしてパパの新しい奥さん?「だれなの?」レラは眉をひそめ、声を荒げる。電話の向こうで、真帆は一瞬言葉を失う。とわこからの電話だと思っていたのに、聞こえてきたのは少女の声だ。もしかして、とわこと奏の娘、レラ?真帆は乱れた気持ちを素早く整え、静かに口を開く。「レラちゃんよね。私はあなたのお父さんの妻。真帆って言うの。ママから聞いたこと、ないかしら」予感は的中する。レラの眉はきつく寄り、顔色も一気に曇る。「私、パパに電話したんだよ。あなたにじゃない。なんであなたがパパの電話に出るの」レラは感情を抑えきれず、大声で叫ぶ。その声を聞いて、とわこはすぐに蒼を抱き上げ、駆け寄ってくる。レラの情緒が不安定になっているのを察し、真帆は落ち着いた口調で続ける。「レラちゃん、私の存在を受け入れられない気持ちは分かる。でも私は今、お父さんの合法的な妻よ。それに、彼の子どもを妊娠している。あなたの存在も受け入れるつもり。だからあなたも、私を受け入れてほしい。そうしないと、つらい思いをするのはあなた」「いつ妊娠したの?パパの……奏の子どもって言ったの?」その言葉に、レラは衝撃を受け、涙があふれ出す。子どもは子どもだ。メンタルは、そこまで強くない。「ええ。もう二か月になるわ」真帆は淡々と話す。「つらいのは分かる。でもあなたはもう三歳じゃない。お父さんの選択を尊重すべきよ。これからは私と一緒に、Y国で暮らす。ママにも、前向きに考えるよう言ってあげて。新しい男性を見つければいい」その言葉を言い終えた時、真帆は、とわこがレラの口から真実を聞いた時の怒りを想像していた。「レラ、どうしたの?」とわこは、スマホを握りしめ、涙でぐしゃぐしゃのレラを見て、すぐに蒼を下ろす。「ママ」レラは一気にとわこの胸に飛び込み、嗚咽まじりに訴える。「パパに電話したら、新しい奥さんが出たの。その人、パパの子どもを妊娠してるって」途切れ途切れの泣き声を聞きながら、とわこは片腕で子どもを抱き、もう一方の手でレラのスマホを受け取る。通話はまだ切れていない。とわこはスマホを耳に当て、低い声を出す。「もしもし」
レラは口を尖らせる。「その質問は、ママに聞いてください」「いやあ、聞きづらくてさ」と幹部はにこにこ笑いながら言う。「お母さんに聞いたら、悲しませちゃいそうで」「でも私に聞かれても、悲しいですよ」レラはしょんぼりした顔をする。「お父さんに会いたくなったんだろう」幹部は優しく誘導する。「お父さんが前に何度も言ってたよ。君のことが大好きだって。たくさん稼いで、君に使わせたいって」「ほんとですか?」レラは大きな瞳を輝かせる。「ほかには何て言ってました?」「君のお父さんは感情を表に出すのが得意じゃない。でも君の話になると、毎回すごく嬉しそうなんだ。娘のほうが好きだとも言ってた」レラは鼻の奥がつんとする。「お父さんに電話してみるかい。君からかけたら、きっとすごく喜ぶ」幹部は続ける。「今夜はお母さんが弟の面倒を見るだろうし、スマホを借りて電話してみたらいい」「おじさん、本当はパパと話したいんでしょう」レラは意図を見抜く。幹部の顔は少し赤くなり、照れたようにうなずく。「帰国してからずっと、君のお父さんの会社で働いてる。関係はとてもいいんだ」「そうなんですね……じゃあママにスマホ借りてきます」レラはそう言うと、すぐにとわこのほうへ向かう。とわこは蒼を連れて、ほかの子連れの女性たちと雑談している。「ママ、ちょっとスマホ貸して」レラはとわこの前に来て、手を伸ばす。とわこは考える間もなくスマホを取り出し、娘に渡す。「何するの?」「パパに電話する」そう言って、レラはスマホを持って離れていく。レラが去ったあと、とわこの隣にいた常盤グループの女性社員が口を開く。「レラちゃん、奏さんと本当に仲がいいんですね」「奏はあの子をすごく可愛がってる。ただ私と奏がケンカする時は、あの子は私の味方をする。でも心の底では、やっぱりパパが大好きなの」「奏さんの魅力を拒める人は少ないです。黙って立ってるだけで、人を惹きつけますから」女性社員は笑う。「この数年、ほかの会社からもっと条件のいい話もありましたけど、転職しませんでした」「それはお金に困ってないから?」「ははは。それもありますけど、奏さんの下で働くと安心できるんです。居心地のいい場所に慣れると、動きたくなくなりますよね」「うん、人ってそういうもの。私も最初は奏と毎日のようにケ
「ポリー、やめて!」真帆は大声で叫ぶ。彼女は素早く奏の前に駆け寄り、その体をかばう。ポリーは手を止めたが、怒りはまだ消えない。「もし彼を殺したら、私は絶対にあなたを許さない」真帆は鋭い視線でポリーを睨む。「あなたはただの部外者よ。高橋家のことに、口出しする資格はない」部外者という言葉が、ポリーの胸を深く刺す。彼は真帆の見慣れた顔を見つめながら、まるで知らない他人を見ているような気分になる。彼女は奏と結婚してから、完全に別人になった。彼女の心にいるのは奏だけだ。もし奏が高橋家のすべてを欲しがるなら、彼女は迷いなく差し出すだろう。ポリーは外の人間として、彼女が次々と愚かな選択をするのを、黙って見ているしかない。ポリーが病室を出ようとした、その時だった。彼の背中に向かって、彼女は嗚咽まじりに声を上げる。「ポリー、行かないで」口ではきついことを言ったが、彼女は本心で追い出したいわけではない。ただ、奏があれほど血を流しているのを見て、怒りが抑えきれなかっただけだ。けれど、ポリーが去ったあと、この大混乱を一人でどう片づければいいのか。そう思うと、不安が一気に押し寄せる。ポリーは足を止め、振り返る。「俺は部外者じゃなかったのか」「部外者じゃない」彼女は涙をこらえて言う。「でも、もう奏を殴らないで。父を殺すと決めたのは私自身よ。私はもう大人だし、自分のしたことには全部責任を取る」ポリーは冷ややかに笑う。「いいだろう。自分で責任を取れ」「ポリー、行かないで。手伝ってほしいの」彼女は必死に懇願する。「昔みたいに、一緒にやろう。お願い」「いいさ」ポリーは拳を握りしめ、胸の痛みを押し殺して聞く。「それで、何をしろと言う?」「医者を呼んで。今すぐ医者を呼んで!」しばらくして、医師たちが駆けつける。奏は止血のため、緊急処置室へ運ばれた。別の医師が剛の状態を確認し、静かに告げる。「高橋さんは、すでに亡くなっています」「分かっています」真帆は小さくうなずく。「これから、私は何をすればいいですか?」「死因を調べますか?」「必要ありません」「では、葬儀の準備をなさってください」真帆はポリーを見る。「父の葬儀は、あなたが担当して。それから、もし奏に何かあったら、私は絶対にあなたを許さない」ポリーの表情







