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第2話

ついに江口丞は身を屈め、高柳瑠衣の唇に重ねて息を吹き込んだ。

私はぼんやりと船端に腰掛けて眺めていた。確かに、高柳瑠衣の頼りなげにすすり泣く姿には、私でさえ憐れみを感じてしまうほどだ。

自分の浮かぶ体を見下ろすと、胸の中にはもう心臓の鼓動などないはずなのに、どうしてこんなにも締めつけられるのだろうか。

高柳瑠衣がやっと息を整えると、彼女は江口丞に唇を触れられた場所をそっと撫で、怯えたように顔を伏せた。「あの...... 源お姉さんが知ったら、きっと嫉妬するんじゃないかしら?私は二人の間に入りたくないね」

江口丞の目が一瞬揺れたが、すぐにその迷いは決意に変わった。「瑠衣、これは緊急事態で仕方なかったことだ。今は君の安全が第一だし、源朝陽も分かってくれるはずだよ」

私は思わず失笑した。

分かってくれる?

何のこと?

愛する人が溺れている私を一瞥もせず、助けもしないその心を?

たった他の女のために、私との三年間を迷いなく捨て去るその思いを?

いや、もう私がどう思ったって関係ない。だって、もう私は死んだ身だもの。

ボートは海面で揺れながら進み、高柳瑠衣は江口丞の胸に寄り添い、広大な海の景色を眺めていた。

「江口兄ちゃん、こんな美しい景色を見られるなんて、たとえ死んでも悔いはないわ......」彼女の声は羽のように軽かった。

「そんなこと言うな!」江口丞は彼女を軽く叱責したが、声には優しさがにじんでいた。彼は彼女をしっかり抱きしめ、まるでその温もりが失われることを恐れているかのようだった。「君はこれからも生き続けるんだ。僕たちには、まだまだ一緒に過ごす未来があるから」

甘い言葉だ。残念ながら私には言われていない。

きっと彼の未来に、私の居場所はないのだろう。

その時、突如としてボートの通信機から緊急の呼び出し音が鳴り響いた。

「船長、船長、応答してください!こちらは副船長です。乗客の点呼が終わりましたが、ひとり不足しているため、今から捜索に戻ろうとしています!」

私は首を振った。もう救援資源を無駄にしないでほしい。この魂のような自分を見つけ出せるはずがないから。

すると、江口丞は一瞬の迷いも見せず、断固たる口調で言い放った。「必要ない。残りの一人はここにいる」

その確信に満ちた声に、私は思わず息を呑んだ。

きっと彼は忘れているのだろう。高柳瑠衣は彼が密かに連れ込んだので、正式な名簿には載っていないことを。

そう、きっと私は彼の思考の中に存在していないのだ。

通信機の向こうで副船長が一瞬黙り込み、やがて信じられない様子で答えた。「しかし、船の電磁波人命探査装置が近くの海域に反応しています」

江口丞は迷わず言い放った。「あの探査装置には特殊な電波フィルターはない。鯨か何かが人と誤認されたのだろう」

「ですが......なんだか嫌な予感がして、心が慌てているんですよ......」副船長の声は次第に弱まり、困惑が見て取れた。

江口丞は通信機を甲板に投げつけ、怒りを込めて言い捨てた。「馬鹿げてる!プロらしくしろ!航行は技術で行うもので、迷信ではない!」

その後には長い沈黙が続き、江口丞の怒りが収まると、彼は小さくため息をついて、「信じられないなら好きにするがいい」と呟いた。

荒れる海が小艇を打ち、波の音はまるで自然そのものが私に同情してくれているかのようだ。

私は心の苦さを抑え、そっとため息をついた。

どうして、まったく見知らぬ人が異変を感じ取れるのに、三年間愛した江口丞だけは感じ取れないのだろう?

彼が高柳瑠衣に向ける、抑えきれない愛しさがこもったその眼差しを見た時、答えは見つかった。

それはきっと、私がただの代替品、感情の空虚を埋めるための道具に過ぎなかったからだ。

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